
AIは、私たちの生活や仕事をどこまで変えていくのでしょうか。
メディアアーティストの落合 陽一さんと、さくらインターネット代表・田中 邦裕による対談レポートを、全2回にわたってお届けします。
落合 陽一さんがプロデュースした2025年大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「null²(ヌルヌル)」に、さくらインターネットがGPUクラウドサービスを提供したことをきっかけに実現した今回の対談。
前編では、AIによって変わる生活や働き方、ローカルAIの進化、ソフトウェア産業の未来、そして落合さんが提唱する「デジタルネイチャー(計算機自然)」をテーマに対談。AI時代の社会とインフラのあり方について、2人が語り合いました。
※本記事は、さくらインターネットのYouTubeチャンネル「さくらのデジタルインフラ学校」で2026年6月26日に公開した動画をもとに執筆しています。

落合 陽一(おちあい よういち)さん プロフィール
2015年 東京大学大学院 学際情報学府にて博士取得後、2015年より筑波大学にて助教、准教授を経て現職。
メディアアーティスト・起業家であり、筑波大学教授・デジタルネイチャー開発研究センター長、東京大学大学院 新領域創成科学研究科准教授を兼任。
計算機と自然の融合を目指すデジタルネイチャー(計算機自然)を提唱し、2020年より大阪・関西万博テーマ事業プロデューサーを務めた。

田中 邦裕(たなか くにひろ) プロフィール
さくらインターネット 代表取締役社長
大阪府出身、沖縄在住。舞鶴高専在学中の18歳の時にさくらインターネットを起業。自らの起業経験やエンジニアというバックグラウンドを活かし、若手起業家やITエンジニアの育成に取り組んでおり、現在は、複数の企業の社外取締役やIPA未踏PMも務める。さらに、業界発展のため、SAJ会長・IT連会長・JAIPA副会長・JDCC理事長・BCCC副代表理事など多数参画。最近は、多拠点生活を実践するなど、自ら積極的に新しい働き方を模索している。
AIが進化した未来社会はどう変わる?
対談は、2人が日常生活でAIをどのように使っているのかという話から始まりました。
AIは生活にどう入り込んでいくのか

AIがない社会は、ちょっと生活が想像できないですね。
この前、急にお腹が痛くなって入院したんです。そのときAIに聞いたら、「すぐに救急車を呼べ」と言われて、症状についてもいろいろ教えてくれました。結局、病院に行ったら同じ症状だったんです。
(AIの普及によって)すべてのスピードが上がった感じがしますね。

僕もこの前、Apple製品で取っている自分の健康データを書き出して、全部AIに入れたんですよ。
2016年くらいから10年分近くのデータがあって、体重の増減などをマッピングしてくれました。それで、1日の歩数について「1万歩だと痩せて、6000歩だと太る」と言われて(笑)。
わかっていることなんですけど、10年分のデータをもとに言われると、「やっぱりそうだな」と思いますよね。
AIが生活に浸透していく未来について語るなかで、話題は「その人らしさ」をAIで再現できるのかというテーマへと移ります。
「その人らしさ」はAIで再現できる?

仕事の仕方も変わっていくと思っています。最近感じるのは、「公平であるべきもの」と「むしろ偏りがあったほうがいいもの」が分かれていくんじゃないかということです。公平であるべき審査や評価は、どんどんAI側に寄っていく。

そうですね。それこそ一緒に未踏1をやらせていただいていますけど、未踏の審査なら、プロジェクトマネージャーごとに特徴が出たほうがいいですよね。落合さんのAIが審査すれば、落合さんらしく判断するんじゃないですか。

そうですね。でもその場合、「その人らしさとは何か」は、かなり重要だと思っています。
僕の場合は、いままで書いてきた論文や本、作ってきたものなど、あらゆるものがAIに入っています。それを探索しながら、エージェントが「落合 陽一っぽいとは何だろう」と考えてくるんです。
いままで作ってきたものやキャリアの全部が入ったスープのようなものがあって、そのスープからどんなアウトプットが出てくるか。それで、その人らしさが出るかどうかが決まるのかもしれません。

本になる前の原稿や、論文の査読中のやり取りまで入れたら、かなり落合さんらしいAIができそうですね。

そうなんですよ。
とくに重要なのは、発話のログです。その人が言いそうなことをロジカルに書くことはできても、その人らしい口調や話し方を真似するのは意外と難しい。話し方には考え方がそのまま反映されるので、発話データはかなり重要だと思います。
誰もが強力なAIを持つ時代へ
AIが文字だけでなく、音声や動画も扱うマルチモーダルなものへ進化する一方で、それを動かす環境も変わり始めています。
ローカルで動くAIが当たり前になる

学習はデータセンターでおこなうとしても、推論はエッジでできるようになっていますよね。

そうですね。最先端から1.5年か2年遅れくらいのモデルなら、普通にローカルで動きます。2030年くらいにいまのフロンティアモデルがローカルで動くと考えると、だいたいの問題は数年で解けてしまうのではないかと思います。

一方で、最近は半導体もパソコンも高くなっています。2030年までに性能は追いつくのでしょうか。

モデルの蒸留2が進んでいるという印象が、僕はかなり強いです。「こんなに優秀な蒸留モデルがあるのか」と思うくらい、最近はうまく蒸留されています。いまのモデルには、必要のない学習量が多すぎるのかもしれません。
ハードウェアの性能向上だけでなく、AIモデルをより小さく、効率よく動かす技術も進んでいます。その先では、研究の進め方も大きく変わりそうです。
AIが科学と創造を加速させる

そうなると、AI for Science(AIを用いて科学研究を加速・高度化するアプローチ)の分野は大きく変わりますよね。

そうですね。いまはタンパク質や創薬などの研究が中心ですけど、これからはあらゆる物理現象の分野にAIが介在してくると思います。

法学分野でも、判例をすべて調べられたら、これまでの100年分の研究を1週間で進めるようなことが、専門家ではない人にもできるかもしれません。

シチズンサイエンスも進みますよね。
AIによって研究の速度が上がるだけでなく、研究に参加できる人の範囲も広がっていくのかもしれません。
AI時代における日本のチャンスとは?
AIによってソフトウェア開発のコストが下がる一方で、2人はサイバーセキュリティへの影響にも触れました。AIは攻撃側にとっても強力な武器になるため、守る側もAIの活用が欠かせなくなると指摘します。
そのうえで、田中は「AIによって良くなる部分」について話題を移します。
ひとりでつくる力が加速する時代へ

AIで良くなる部分はどんなところだと思いますか?

一人ひとりが作れる規模が大きくなるのは良いことですよね。一人社長も増えていますし。

「1人ユニコーン」なんて言葉もありますもんね。

最近のツールを見ていると、みんなが好きに作ってGitHubで公開して、コミュニティができて、そのあとでAI企業が取り込むような流れになっていますよね。
ソフトウェアは限界費用に近づいているんじゃないかと思います。
日本企業にとっては「めちゃくちゃチャンス」
ソフトウェアを誰でも作れるようになれば、膨大なコード資産を蓄積してきた企業の優位性も変わるかもしれません。

「SaaS is dead」と言われるようになり、米国のプラットフォーマーが相対的に弱体化するなら、日本企業にはチャンスがあるんじゃないかと思います。

めちゃくちゃチャンスですよね。コードアセットの価値が毎日目減りしているんですから。
逆に、IT化していなかった国のほうが強い可能性もあるということですかね。

日本にもAI開発を支える計算資源やデータセンター基盤がありますよね。
計算機があって、国内でAIやソフトウェアを作れる環境があるのなら、さくらにもまだまだやれることがありそうです。
AI時代にインフラが果たす役割
AIによってソフトウェア開発のあり方が変わるなか、ユーザーインターフェースの役割も変化しつつあるといいます。
ユーザーインターフェースのコモディティ化が進む?

最近、僕はClaude CodeとCodexばかり触っていて、Wordを直接触ることがなくなりましたね。Wordを操作するのも、それらを経由しています。
エンドポイントで使うユーザーインターフェースの問題は、そろそろ終わるんじゃないかと思っているんです。

そういえば、WordファイルもPDFファイルも、純正のWordやAcrobatよりビューアーで見ていることのほうが多いですね。

多いですよね。ブラウザやプレビューで見たり、Slack上で見たりする。純正のユーザーインターフェースでは、ほとんど見ていないんです。つまり、プロトコルとしてのファイル形式は残ったけれど、それ以外の部分はあまり気にしなくなっている。プレビューで十分なんですよね。
それに最近は、ユーザーインターフェース自体も仕様に応じて作られるようになってきています。

ということは、将来は大手メーカーのソフトだけではなく、自社で作ったソフトや、日本の業務に合った使いやすいソフトが普通に使われる可能性もあるわけですね。

あると思います。あとは、バックアップをどう取るか、セキュリティーをどう強くするかくらいじゃないでしょうか。
AIが業務に合わせて必要なユーザーインターフェースを作るようになれば、共通の画面よりも、その下にあるデータの構造が重要になります。それを保存するクラウドやバックアップ、セキュリティーの役割も、さらに大きくなっていきます。
AIが発展させる「計算機自然」
対談の終盤、田中はAI時代を生きる若い世代へのメッセージについて尋ねました。
データを物理で保管する重要性

いまの若い人たちは何でも作れるので、何でも作ればいいと思います。
ただ、データの保存はしっかりやっておいたほうがいいですね。紙に印刷しておくことも重要です。写真も、ちゃんと印刷しておいたほうがいいと思います。
インターネットにつながっていないローカルのNASを、どう構築しておくかも重要です。
必要なものをその場で作れるようになっても、そのデータが将来まで残るとは限りません。デジタル化が進むからこそ、紙やオフライン環境を含めた保存方法を考える必要があります。
AIを支えるのは物理とインフラ

物理空間にはさまざまな物理限界があるので、やっぱり強いんです。シミュレーターは無限に書けるけれど、唯一答え合わせができるのは物理空間だったりして。物理とシミュレーションの主従関係が実は逆転しているような気がします。

シミュレーションのほうが上だと思っていたら、やっぱり物理だったということですか。

そうです。シミュレーターが本当に物理的に合っているのか。その答えを持っているのは、物理世界だけなんですよね。
AIを動かすためにも、電力やGPU、光ファイバーが必要です。ソフトウェアやAIモデルの利用コストが下がるほど、それを支える物理的なインフラの重要性は高まっていきます。
デジタルネイチャーの時代を人間はどう生きるのか

「計算機自然」と言い始めて、11年くらい経ちました。
最初は、リアルなものがデジタルになったり、デジタルなものがリアルに出てきたり、その循環そのものが計算機自然だと思っていたんです。
その後、書籍「デジタルネイチャー」を書いたころには、オープンソースなどによってさまざまな価値が下がっていった末にデジタルネイチャーに近づく、と考えるようになりました。
そしていま、AIによってまさにそういう世界が現実になりつつあります。人間が扱うデータの量はそれほど変わらないのに、AIが扱うデータは爆発的に増えています。
つまり人間は、データを作る側ではなく、選んだり、組み合わせたり、オーケストレーションしたりする側になっていくんです。
それは何をしているのかといえば、山に入って木の実をもぎ、森にあるものを食べている状態と、ほとんど変わらないんですよね。
文明がほぼ自動で進んだ結果、生まれた資源を、僕たちが摘み取る世界になっている。「ずいぶん違う森に来たな」という感覚ですね。

結局、人間も自然の摂理から逸脱して生きることはできないわけですね。

人間は自然を生きている。
AIは、その自然をずっと発展させているんです。
AIが生み出した膨大な情報やソフトウェアのなかから、人間が必要なものを選び取って暮らす。AIは単なる道具ではなく、私たちが生きる環境の一部になりつつあるのかもしれません。
より深く理解したい方は、ぜひ動画もあわせてご覧ください。
- 未踏IT人材発掘・育成事業:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が実施する、独創的なアイデアと優れた技術を持つ25歳未満の突出したIT人材・クリエーターを発掘・育成する国家プロジェクト(https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/it/index.html)。落合さんと田中はともに2026年度のプロジェクトマネージャーを務めている。 ↩︎
- 蒸留:AIモデルの文脈においては、大規模で高性能なAIモデルの知識を、小型で高速なモデルに凝縮して引き継がせる技術を指す。 ↩︎
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