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※本記事は2026年6月10日~12日にかけて開催された「Interop Tokyoカンファレンス 2026」にて、さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 田中 邦裕が登壇したセッション「さくらインターネット田中邦裕のAI戦略2026」をまとめた記事です。
生成AIブームから2年以上が経過し、AIを取り巻く環境は新たな段階に入りました。昨年まで議論の中心だった大規模言語モデル(LLM)の活用に加え、AIエージェントやフィジカルAIといった新たな潮流が生まれ、企業活動や産業構造そのものに大きな変化をもたらし始めています。
また、AIの普及にともなって、データセンターや電力、通信インフラへの投資が世界規模で拡大しています。日本でも、AIインフラの整備やガバメントクラウドの推進、地域分散型のデジタルインフラ構築など、産業競争力や経済安全保障の観点からさまざまな議論が進められています。
本セッションでは、こうしたAIを取り巻く最新動向をはじめ、日本のデジタルインフラが直面している課題や成長機会について、株式会社オプテージ 執行役員 Chief Strategy Officer(国際事業担当)の福智 道一さんと、さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 田中 邦裕が語り合いました。
本記事では、田中のコメントを中心にお届けします。

田中 邦裕(たなか くにひろ) プロフィール
さくらインターネット 代表取締役社長
大阪府出身、沖縄在住。舞鶴高専在学中の18歳の時にさくらインターネットを起業。自らの起業経験やエンジニアというバックグラウンドを活かし、若手起業家やITエンジニアの育成に取り組んでおり、現在は、複数の企業の社外取締役やIPA未踏PMも務める。さらに、業界発展のため、SAJ会長・IT連会長・JAIPA副会長・JDCC理事長・BCCC副代表理事など多数参画。最近は、多拠点生活を実践するなど、自ら積極的に新しい働き方を模索している。
AIによってもたらされたIT業界の構造変化
この数年で、AIを取り巻く環境は大きく変わりました。
4年ほど前は「これからはITが主役だ」という話をしていましたが、いまはITそのものが転機を迎えています。企業がIT人材を自社に置かず、開発を外注する構造や、多重請負を前提とした業界構造が、AIによって変わろうとしているからです。
その象徴が、AIに自然言語で指示を出しシステム開発をおこなう「バイブコーディング」(Vibe Coding)です。これにより、十分な開発体制を持たない企業でも、これまで外注していたシステムを自身で作れるようになりました。元請け企業も、下請けに委託せずに自分たちで作るようになっています。
多重請負構造がなくなることは、下請け企業にとって単に仕事が減るという意味ではありません。これまで下請け業務のみだった企業も、AIを使って力を発揮できれば、顧客からシステム開発を直接受けられるかもしれない。つまり、誰もが上流に行ける可能性もあるのです。
さくらインターネットでもAI開発チームを作り、これまでパッケージやSaaSを使っていたものや、外注していたものの内製化を始めています。おそらく来年には、IT業界の構造がいまとは大きく変わっているのではないかと思います。

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新たな投資を東京以外にも振り向ける
AIの成長を支えるうえで、デジタルインフラをどこに置くかという議論も欠かせません。
日本のインターネットトラフィックやデータセンターは、依然として東京圏に集中しています。しかし、災害リスクや国全体のレジリエンスを考えると、このままでよいとは思っていません。
ここで大切なのは、東京を弱くすることではありません。東京の価値やダイナミズムを損なわず、新たに増えていく投資を東京以外にも振り向けることです。
25年ほど前、東京に集中していたインターネットの相互接続拠点であるIX(Internet eXchange:インターネットエクスチェンジ)が大阪にも作られるようになると、そこからほかの地域へ一気に広がりました。データセンターも同じです。まず関西圏などに投資が広がれば、その先に北海道や九州をはじめとする各地域への展開が生まれます。
さくらインターネットは大阪に本社を置き、北海道の石狩に基幹データセンターを構えています。石狩データセンターの周辺には、いまではさまざまな企業が進出し、データセンタークラスターが形成され始めました。
データセンターも陸揚局(海外との通信を担う海底ケーブルの接続拠点)も、再配置の動きが始まろうとしています。東京と大阪だけではなく、日本全体をどう発展させるかという視点でデジタルインフラを考える必要があります。
AI産業ではサプライヤーの力が強くなっている
今回とくにお伝えしたかったのが、AI産業の拡大です。
AI産業には、大きく3つの層があります。AIサービスそのものを提供する「AI産業」、GPUやクラウド基盤などを担う「AIインフラ産業」、そして機材や設備、冷却技術などを提供する「AIサプライヤー産業」です。
以前はAI産業の事業者が主導する構造で、その下にAIインフラ事業者、さらにその下にAIサプライヤーが位置付けられることが一般的でした。しかし現在は、その力関係が大きく変化しています。
AIインフラの需要拡大によって、AIサプライヤーの存在感が急速に高まっているのです。さくらインターネットのようなAIインフラ事業者にとっても、安定した調達や供給体制の確保が重要な経営課題の一つになっています。
日本はAI産業の領域ではおくれを取っていると言われていますし、AIインフラ事業者も十分に多いとはまだ言えません。ただ、ものづくりやサプライチェーンには大きな強みがあります。光ファイバーや電気設備、冷却技術など、日本企業が持つアセットの価値は間違いなく高まっています。
私は、データセンターやAIインフラなどデジタルインフラ全体については、長期的に伸び続ける産業だと考えています。
だからこそ、個別の企業だけを見るのではなく、この産業そのものを「箱推し」するという見方があってもよいのではないでしょうか。
もちろん、途中で市場が停滞することはあるでしょう。それでも、そこで育った人材や作られたインフラは残ります。短期的な変動はあっても、中長期的には成長していく産業だと私は見ています。
新規事業ではなく、新規市場を開拓する
日本企業がAI市場で成長するためには、何でも新しく始めればよいわけではありません。私は、新規事業よりも「新規市場」を開拓することが重要だと考えています。
さくらインターネットは創業以来、ずっとサーバー屋です。個人向けのレンタルサーバーから始まり、IT企業向けのインフラ、クラウド、GPU基盤、そしてガバメントクラウドへと市場を広げてきました。
新しい市場には進出していますが、まったく別の事業を次々と始めてきたわけではありません。むしろ、新規事業では失敗したものもあります。その経験もあり、さくらインターネットが強みを持つデジタルインフラに集中してきたのです。
個人向けレンタルサーバーの市場と比べて、ネット企業向けのインフラは数千億円、エンタープライズや公共調達まで含めたデジタルインフラ全体は数兆円規模になります。同じ技術や事業でも、届ける市場を変えることで、成長の可能性は大きく変わります。
たとえば、通信事業者向けに提供していた光ファイバーをAIデータセンター向けに展開する。半導体を効率的に届けるためのソリューションを開発する。あるいは、自社の冷却技術を液体冷却に活かす。こうした取り組みは、既存の強みや技術を新しい市場に展開する好例だと思います。
自社の技術や特許、ノウハウをAIデータセンターにどうフィットさせるか。それを経営戦略に組み込めるかどうかで、企業の成長性は大きく変わります。
さくらインターネットが垂直統合を重視する理由

さくらインターネットでは、デジタルインフラにおける垂直統合を大切にしています。
データセンターを作り、物理サーバーを用意し、それを仮想化してクラウドとして提供する。さらに、コンテナ環境や推論基盤、サポートまで自社で担います。同じデジタルインフラのなかでも、それぞれのレイヤーに提供できる価値があります。
GPUも、1台をそのまま提供するだけであれば比較的シンプルです。しかし、シンプルだからこそ差別化が難しく、付加価値にも限界があります。
そこでさくらインターネットは、複数のGPUをつなぎ大規模なコンピューティング環境として提供する「さくらONE」に取り組んでいます。さくらONEは、2026年6月にAI・HPC基盤の実行性能を評価する「HPCG」で世界22位、スーパーコンピュータ処理性能ランキング「TOP500」1では世界63位を獲得しました。
1台のGPUを提供するのと、大規模なクラスターとして提供するのとでは、提供できる価値が大きく異なります。コンピューターは、もはや1台で動かすものではありません。複数台を効率よく、超高速で動かすこと自体が付加価値になります。
また、AIの規模が大きくなるほど、GPU同士をつなぐインターコネクトの重要性も高まります。実際に、その需要は驚くほど増えています。光ファイバーをはじめとする通信インフラの役割も大きくなっており、AIインフラそのものが大きく変わり始めています。
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AIは幻滅期を越え、実需の段階に
2025年ごろは、AIがガートナーの「ハイプ・サイクル」における「幻滅期」に向かっている段階だと感じていました。AIは本当に使えるのかという見方もあり、GPU需要の先行きに対して慎重な局面もありました。
ところが、その後、AIエージェントやバイブコーディングが急速に広がりました。LLMはもはや当たり前になり、AIエージェントをどう使うか、フィジカルAIやサイバーセキュリティーにどう対応するかへとテーマが移っています。
AIの安全性やガードレールが議論されるようになったことも、AIが成熟し、実用化の段階に入った証拠です。また、大きければ大きいほどよいとされてきたフロンティアモデルだけでなく、医療などの用途に特化したモデルも現実に使われ始めています。
性能やコストだけでなく、導入したときの責任をどう定義できるかも重要です。海外のモデルが便利だから使うというだけではなく、自分たちで作れる状態を維持する必要があります。
自国で作れるけれど、利便性を考えて海外のサービスも使うのか。自国では作れないため、海外のサービスを使わざるをえないのか。この2つはまったく違います。
AIを使うことはもちろん重要です。しかし、私は本質的には「作る」ことが重要だと考えています。作る企業があれば、AIインフラも伸びますし、サプライヤーにも市場が生まれるからです。
エンジニアではなく、エンジニアリングが重要
最後にお伝えしたいのが、エンジニアリングの重要性です。
沖縄のとある天ぷら屋の会長が、自身でバイブコーディングをして管理システムを作りました。販売データをAIに入れ、何時にどれだけ魚の天ぷらを揚げればよいかを判断できるようにしたところ、ロス率が5%を切ったそうです。惣菜を扱う事業で、この数字はかなり低いものです。
重要なのは、このシステムは外注したものでも、専門のエンジニアが作ったものでもなく、経営者自身が作ったということです。さらにその仕組みを各店の店長が使い、製造量だけでなくシフトまで最適化していく。このお店では、AIは単なるコスト削減ではなく、売上を伸ばすために使われています。
これから必要なのは、エンジニアという職種だけではなく、エンジニアリングだと思います。課題を見つけ、データを集め、AIと接続し、実際の価値を生む仕組みにする力です。
AIを使って業務を効率化するだけでなく、自社の技術をAIサプライヤーとしてどう事業に結び付けるか。国の方針や成長分野もインプットしながら、自社の経営戦略をAIとともに議論してみてはいかがでしょうか。
- 「TOP500」は、スーパーコンピュータの処理性能を評価する世界的なランキング。ドイツのハンブルクで開催されたHPCに関する国際会議・展示会「ISC2026」において最新ランキングが発表。https://www.isc-hpc.com/ ↩︎
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