より実践的な機会の提供を。高知高専×さくらの担当者が語るIT教育の目指すべき姿

>>さくらインターネットのIT教育支援の取り組みとは?

 

さくらインターネットがこれから成長していくための注力テーマの1つとして掲げている「教育」。クラウド事業者としてどうすれば次世代に貢献できるか、試行錯誤しながら活動を広げており、「高専支援プロジェクト」はその取り組みの1つです。2023年3月に独立行政法人国立高等専門学校機構(以下、高専機構)と包括連携協定を締結し、6月にプロジェクトメンバーであるES本部 前佛 雅人が、高知工業高等専門学校(以下、高知高専)の客員准教授に就任。7月と11月には高知高専の教壇に立ち、授業をおこないました。

 

今回は、協定締結から約1年の取り組みを振り返るとともに、高専機構 学務参事・教授/高知高専 ソーシャルデザイン工学科 教授の岸本 誠一 先生と前佛に、実際に授業をおこなった感想やIT教育の目指すべき姿、高専支援プロジェクトの今後の展望などをインタビューしました。

写真右から、高専機構 学務参事・教授/高知高専 ソーシャルデザイン工学科 教授 岸本 誠一 先生、さくらインターネット ES本部 教育企画部 前佛 雅人
岸本 誠一(きしもと せいいち)先生 プロフィール

高専機構 学務参事・教授/高知高専 ソーシャルデザイン工学科 教授。

長岡技術科学大学大学院を修了後に、高知高専の教員に着任。高知工科大学総合研究所を経て、2022年より高専機構 学務本部事務局 参事・教授に着任。これまでに高知高専の学科改組や国立高専のサイバーセキュリティ人材育成事業を主導し、学外では大学間連携事業enPiTアドバイザ委員、高知工科大学客員教授、地域での産学官連携に関するプロジェクトの委員、内閣官房サイバーセキュリティセンターサイバー人材育成に関する施策間連携ワーキングなどを兼務。

前佛 雅人(ぜんぶつ まさひと)プロフィール

1998年に富山工業高等専門学校(現在は富山高等専門学校)の電気工学科を卒業、2000年に同校の機械・電気システム工学専攻修了。ISP・データセンター事業者、SIerでの勤務を経て、さくらインターネットに2016年入社。エバンジェリストとして、ITエンジニア向けオウンドメディア「さくらのナレッジ」の記事執筆や、社内外へのIT教育支援に携わる。2022年より ES本部 教育企画部に所属。「高専支援プロジェクト」を牽引し、2023年7月に高知高専の客員准教授に就任。

「さくらのクラウド」をテーマに授業を編成

さくらインターネット ES本部 教育企画部 前佛 雅人

――2023年3月の高専機構との包括連携協定締結から約1年が経ちました。高専支援プロジェクトのこれまで、そして現在の取り組み内容を教えてください。

前佛 雅人(以下、前佛):単発の出前授業や、データセンター見学などの学習コンテンツ、当社のクラウド環境など計算資源の提供メニューを検討していきました。そして各地の高専に先駆け、2023年7月に高知高専にて授業を実施し、さくらのクラウドなどを学生に提供しました。その経験をもとに、2024年3月現在、高知高専含めて5校で計算資源の提供や授業をおこなっています。もともと2023年度は高知高専のみで、次年度に順次増やしていく予定だったので、想定以上に早く進められています。高知高専での授業で、伝えるべき内容や学生の求めることが理解できました。自信を持って、より積極的に取り組めていると実感しています。

 

――2023年7月と11月に高知高専でおこなった授業についてお伺いしていきます。授業内容はどのように決めていったのでしょうか。

岸本 誠一 先生(以下、岸本):高知高専からは「クラウド」というテーマでご依頼しました。クラウドが言葉通り「雲」ではなくて、データセンターというハードウェアが存在しているのだという前提のしくみと、実際の活用方法などをIT企業のリアルな立場で話をしていただきたい、そして授業後も学生がクラウドを利用できるようにしてほしいと。

前佛:それを受けて、クラウドコンピューティングの基本説明、当社の「さくらのクラウド」を利用した開発、構築ネットワークセキュリティについて学ぶカリキュラムをご提案したんです。情報セキュリティコースの4年生が対象ということで、過去に当社が実施した社会人向けハンズオンやセミナーなどの資料を参考にしました。高知高専のシラバスを補えるように、講義資料の作成や、実習内容を検討していきました。

 

――全国の高専に先駆け、高知高専で授業を実施した経緯を教えてください。

岸本:高知高専は、2016年度から学科改組により情報セキュリティコースを設置しています。また国立高専機構のサイバーセキュリティ人材育成事業の拠点校として、サイバーセキュリティ教育やデジタル教育に取り組んできました。そのため、IT教育に理解のある教員が揃っており、新しい試みに意欲的ということもあり、最初のモデル校として選出いただきました。
じつは、高知高専のみならず全国の高専で、クラウドのしくみから教える授業はないんですよ。データセンターを自社運営する企業に、リアルな現場で使っている技術を教えていただけるのは、とても貴重な機会だったんです。

 

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クラウドの生まれた背景とともに実践的な技術を伝える

高専機構 学務参事・教授/高知高専 ソーシャルデザイン工学科 教授 岸本 誠一 先生

――実際に授業をやってみていかがでしたか。

岸本:教員がテキストで勉強しても伝えられない、より実践的な技術を教えてくださり、予想以上のもので大変ありがたかったです。 やはりその分野の第一線の方が教えてくれるということが、学生にとっても刺激的だったと思います。また研究授業のように、ほかの教員も授業見学をさせていただいたのですが、教えるべきポイントがわかり、教師側も勉強になりました。

前佛:安心しました。ずっとデータセンターや物理サーバーからキャリアを積んできましたので、皆さまが知らないことがあればむしろ何でも聞いてくださいという気持ちでおりました(笑)。
学生たちは反応が正直でいいですね。内容が難しかったりつまらないと、表情や姿勢にすぐ表れます。それを見て説明方法を変えるなど、より理解を深めてもらうための伝え方を考えるよい機会になりました。これまで社内外向けのイベントで何度も講師をしてきましたが、今回のような大人数に対して集中的に講義をすることは初めてでした。また、プレゼンテーションで一方的に自分の伝えたいことを話すのではなく、学生との対話になるのでとても鍛えられましたね。
高専生は「理論」よりも自分の手を動かす「実践」を重視していると思っているので、そのあたりも意識しました。ぜひ今後、当社の石狩データセンターに生徒や教師の皆さまをお招きしたいですね。実際に見てみるとまた新たな発見があると思います。

岸本:「実践」でいうと、今後はハンズオンなどを入れていただくとよりよいですね。高知高専は1クラス約40名で、授業は1コマ90分ありますので、多くの学生は集中力が欠けがちです。なので演習を入れたり、学生同士でワークをさせたりしています。そうすると、その演習を成し遂げたという小さな達成感が授業でちりばめられます。また座学で得た知識をほかの学生と話し合うことで自分のものにしていけるので、学生も伸びやすいんです。

 

――授業のなかで、学生がとくに関心を寄せたのはどのような内容でしたか?

前佛:そもそものクラウドの成り立ち、それが生活にどう活かされているかという話です。いまの学生は、生まれたときからクラウドが当たり前になっているので、ない状態を想像しにくいんですよ。高専でも通信ネットワークについては学ぶと思いますが、それが自分の生活にどう直結してるのかイメージすることが難しい。インターネットの概念からていねいに説明するようにしました。

 

――さくらインターネットのような民間企業の客員准教授や授業を受け入れてくださっているのにはどのような背景があるのでしょうか。

岸本:2つあります。1つは教員が多忙を極めていること。学生の生活指導のほか、寮の宿直やクラブ活動の引率など、業務が多岐にわたってきました。もう1つは、技術の進歩が目まぐるしく、教員がテキストを勉強して教えるという方法が難しくなってきたことです。テキストに掲載されている情報がすでに古くなっていたりするんですよ。教員ができない部分は潔く外部にご協力いただき、教師は学生を育てる部分に集中しようという流れです。
前佛さんのほかにも、たとえばセキュリティの分野で授業をしていただいてる方もいらっしゃいます。産学連携は、win-winでないと続かないと思っているんですよ。ただ単発の出前授業をしていただくだけでなく、その方のキャリアにプラスになるように客員准教授などの称号をお渡しするようにしています。

全国の高専へ支援の輪を広げていく

――これからのIT教育はどのようにあるべきだとお考えでしょうか。

岸本:ITの最新技術を教えることはもちろん大事ですが、そのIT技術を教えることで、変化への適応力を身に着ける重要性を説くことだと思っています。前佛さんが教えてくださった歴史というのは、技術の本質ではないように見えますが、背景をきちんと理解して、新しい技術が出たときにスムーズに対応する余裕を持つ必要があります。

前佛:間違いないですね。社会変革のための技術という視点はあらためて必要でしょう。最近、タイパやコスパという言葉をよく聞きますよね。そのような考え方ももちろんよいですが、手っ取り早く誰かが作ったしくみを使うだけではなく、きちんと中身を理解して、自分で試行錯誤して改善していくという思考が、今後さまざまな場面で生きてくるのではないかと思っています。社会に出てから、あるいは社会に出る前から、業務で活かせるような実践機会の提供が重要でしょう。

 

――高専支援プロジェクトとして、今後の展望を教えてください。

前佛:ありがたいことに、高知高専から始めたクラウドの授業をモデルとして、来年度も全国の高専を対象に授業を計画できるようになりました。加えて、2023年度はクラウドコンピューティングの基本やコンテナの紹介が中心でしたので、今後は学生が自分で手を動かしたり考えるような機会を設けていきます。PBL(Project Based Learning)でもクラウド環境を利用できるような技術的支援を実施します。これからも新技術はどんどん出てくるでしょう。私自身もそれに適応して、感覚の鋭い高専の学生に役立つような講義や環境の提供に努めていきたいですね。生成AIに関する授業も提供していきますよ!

岸本:学生も生成AIにはかなり興味を持っているので楽しみですね。来年度は、さらに高知高専での授業量を増やしていただきたいと思っています。現在のクラウドをテーマにした授業は情報系学科の学生向けですが、非情報系学科の学生にもぜひ展開したいですね。彼らは実際にクラウドを触る経験をせずに卒業してしまうことが多いですが、スマートフォンでその技術を利用しているわけです。非情報系学科の学生にどう興味を持ってもらうかがこれからの課題ですね。

前佛:そうですね。これまでは情報系の学生だけコンピューターを扱えればよい時代が続いていましたが、気づいたら業種・職種問わず、コンピューターやプログラミングを活用せざるを得ない状況になってきていると感じています。

 

――最後に、個人として今後チャレンジしていきたいことはございますか?

岸本:産学連携を引き続き推進していきたいです。私は高知高専のOBで、先輩や後輩にも恵まれて高専生活が本当に楽しかったんですよ。なので高専に入ってよかったと学生に思ってもらいたい、高専に恩返ししたいという気持ちがあります。先ほども申し上げましたが、教員が自分たちだけで学生を育てようとするのは限界がある。学生のことを第一に考えるのであれば、外部の力を借りていくべきです。高専は実践的なことを教えていくべき場所だと思いますので、学生に生きた技術を教えられるよう、これからも尽力していきたいと思います。

前佛:「教え合う文化」は当たり前にしていきたいですね。国内のコンピューター業界は趣味の延長線上で発展してきたと考えています。初期は、学校が教えなくても自分で勉強していったマイコンの時代。その10年後にパソコンがきて、その次にインターネットだと思っているんですが、技術がスケールせずに各世代で完結してしまっている気がします。知識やスキルを属人的なものとせず、シェア・発展できるような文化作りに貢献していきたいです。

 

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(撮影:ナカムラヨシノーブ)