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新卒で入った会社には階級制度があった。Aランクに恋をしたEランクの同僚

新卒で入った会社には階級制度があった。Aランクに恋をしたEランクの同僚。

大学生の時、「フルメタル・ジャケット」という映画を授業で観た。ベトナム戦争を題材にした戦争映画で、海兵隊に志願した青年が主人公だ。

前半パートは訓練キャンプでの様子が描かれるのだが、ほとんど救いの無いシーンの連続となっている。 訓練生たちの上官、ハートマン軍曹は新兵たちを常に罵倒し、暴力を与え続ける。閉鎖的な空間でストレスを受け続ける主人公たちの様子がこれでもかと描かれている。

強く印象に残る映画で、授業後に友人とカレーを食べながら、「今の日本に階級制度がなくてよかったな」なんて話をしていたことも覚えている。

階級制度があった

2年後、新卒で就職した会社には階級制度があった。

部長や課長など役職のことを言っているわけではない。しっかり、上から順にS,A,B,C,D,E,F,Gという8クラス。「テリーのワンダーランド」の闘技場と同じ組み分けで、営業成績のみによって毎月、社員がランク分けされていた。

ランクは飾りではなく明確に上下関係が当てはまり、自分より上のランクの人間には決して逆らえない。給料や手当にもしっかり反映され、Gランクの社員が昼食を摂ることも許されない中、Sランクの社員は3,000円のランチを食べる。この会社ではランクが全てだった。

新入社員は初月、一律でFランクとされていた。

Fランク社員は朝8時に出社し帰れるのは23時頃、休日もかなり少ないし、有給はなぜか取れない。朝は必ず大声で長い社訓を読まされ、毎日欠かさず怒声や罵声を浴びせられ、時には暴力なども振る舞われる。

あと基本的な人権とかもあんまり無くて、笑顔が禁止で、法事も一親等以内しか行ってはいけないなど細かなルールが設定されていた。

胸元のネームプレートはランクを示した色を用意され、初対面だろうとランクがすぐにわかるので決して逃れられない。Sランクは金ピカで、GランクはどういうRGBの混合をしたらこんな汚い色を出せるんだという色をしており、うっすらドクロも印刷されているという徹底っぷり。

本当に、地獄のような環境だった。ファンタジーだと思えたら幸せなのだと思う。

同期がガンガン退職していく中で3か月働き、「ガッツがあるな」と褒められる頃のことだった。

「Bランクだ、Bランクにならなきゃ、未来が無い」

焦げ茶色のEランクプレートを胸元にくすませながら、同期の西田は言った。

話しかけられたことで終業時間に気が付いた僕は、黄土色のDランクプレートを外して向き直った。今日は月末最終日、ランクは毎月上下に変動する。

「俺、来月もDランクだ。Bは遠いわ」

「Bを目指さなきゃ駄目だ。意味がない。なあマキヤ、本気で一緒に目指そう」

「そうだね……」

ランクを上げるのは、まあまあ難しかった。

そもそもずっとこんなことばっかりやってる営業のベテランがたくさんいるはずなのに、Bランク以上は20%ほどしか会社に存在しない。半分以上がDランク以下だ。

C以上からは少し変わってくるが、D、Eランクの扱いはそんなに変わらない。毎日怒鳴られるし休みも休憩もほとんどとれない。奴隷のように扱われるF、Gよりはマシ。そういう認識だった。

「俺も来月はDに上がる、一緒にBを目指そう」

西田はそう言うと、チラリと遠くの席の女性を見た。

塩谷さんという、Aランクのベテラン女性社員だ。ランクが高い女性は珍しく、さらに美人だったのでかなり目立っていた。

「マキヤ、お前塩谷さんと話したことある?」

「いや、ないよ」

「だよな。あの人、Bランク以上としか会話しないらしい」

ランクの高い人間は基本的に傲慢で嫌な奴が多かった。特に塩谷さんは低ランクと喋るメリットがないからか、こちらからの挨拶は無視するし、話しかけたことで舌打ちをされた奴もいて評判が最悪だった。

スタンフォード監獄実験で「人間の行動は、その人の気質や性格で決まるのではなく、置かれた状況によって決まる」という仮説がほとんど証明されたように、状況の力がもたらす影響というのは非常に高い。

低ランクは休憩が取れないので、トイレでこっそりパンを口に詰め込むのだが、それを眺めたあと自由に行くランチはきっと特別な気分にさせてくれるのだろう。

新卒で入った会社には階級制度があった。Aランクに恋をしたEランクの同僚。

2か月あがいて、怒鳴られたり殴られたりして心が死んでいきながらも、なんとか僕はCランクまで上がった。Cは月に6日も休日があり、なんと昼休みをとっていいことになっている。

「今月もDだ、もうキツい」

「俺もいつ下がるかわからないよ」

「Bにならないと、Bじゃないとダメなんだ」

西田は異常なほどにランクに固執していた。それも、Bランクに強い思いがあるようだった。朝礼中、Gランクの男性が一発ギャグを何度もやらされている中、西田に尋ねた。

「なんでBにこだわるんだ? とりあえずCでもいいだろ、休めるし」

「いや、Bだ。Bじゃないと……」

「Bじゃないと?」

「塩屋さんに無視されるだろ? 俺は付き合いたいんだ」

すごいなコイツは。そのモチベーションで何か月もやってきたのか。僕に一緒に目指そうとか言ってきたのか。すごいな。

この会社で低ランクが高ランクに恋愛感情を持つということが、まず聞かない話で、かなり現実味がなかった。

身分違いの恋をテーマにしたお話を今の感覚で読んでもあまりしっくりこないかもしれないが、俺はめちゃくちゃしっくりくる。わかる。我々のような身分の者がAランクに恋するなんてあり得ないことなんだ。

喫煙所で多少はそういう話も聞いていたが、みんな深窓の令嬢を眺める庭師のように、あくまで憧れに留めている人がほとんどだった。

西田は付き合いたいと、ハッキリと言った。その為に身分を上げるのだと。ランクが低いという理由で無視するというだいぶイカれた女なのに。

「障害は付き物って言うしな」

西田は遠い目をしていた。どこを見ているのだろう、何も見えていないのだろう。目の前では一発ギャグがつまらなかったという理由でGランクの男が飛び蹴りを食らっていて、それを塩谷さんは手を叩いて笑っていた。

数か月が経ち、たまたま大きめの契約が取れ、僕はBランクになれた。輝く赤色のネームプレート。土日に休むことが出来るという好待遇で、なんと一般的な新卒の平均額と同じくらいの給料もいただける。

西田はC、Dランクをさまよいながらわけのわからないオカルトに傾倒し、「電話営業に強い神様がいる神社にお参りにいった」とか言ってた。いないだろそんなハイテクな神様。

終業後、西田と書類の整理をしていると塩谷さんが通りかかった。俺の胸元を見て、「そのネクタイ、細くない?」と話しかけてきた。

ネームプレートの色を見たのかネクタイを見たのか、どちらもなのだろう。あと通販で買って自分でもやけに細いなと思っていたネクタイだったので恥ずかしかった。

「やっぱ細いですよね」

「細いね、変だよ」

それだけ言って塩谷さんは帰っていった。これが初めての会話だったわけだが、西田がプルプルと震えていた。

「おい……Bランクになれば、あんな楽しい会話できるのかよ」

「楽しくなかったよ」

「俺は絶対、Bランクになって塩谷さんと付き合う」

そこからの西田は凄かった。

休日を全て返上して出勤し、一番最初に出勤して一番最後に帰っていく。営業の本みたいなのを読み漁り、上司に何度もレクチャーを請い、嫌な顔されながらも高ランクの人たちにコツとかを聞いていた。あと「営業の架け橋」というすげえ怪しいメルマガもとってた。

気合で勝負! みたいな営業スタイルだった西田が、かなり戦略的に、柔軟に巧みに営業をするようになっていた。

そして二か月後、西田はBランクになった。素直にすごいなと思った。

上司がみんなの前で「Bランクおめでとう。Fランク以下の負債君たちは西田を見習って――」などと告げる中、チラチラと塩谷さんのほうを見る西田はいちいち誇らしげな表情をしていたし、塩谷さんは暇そうにネイルを見ていた。

そして終業後、西田は

「塩谷さんいってくるわ!」

という謎の宣言をして、帰り支度をしている塩谷さんに向かっていった。

すごく笑顔で、満を持した様子だった。そりゃそうか、半年もこの時のためにランクを上げていたんだ。

どうしても気になって見守っていると、待ちきれない様子ですぐに話しかけ始めた。

「いやーお疲れ様です! 塩谷さんかわいいし毎月Aランクですごいですよね!」

「は?」

「今度コツ教えてくださいよ~」

「……」

塩谷さんは無視して帰っていった。

「あれ? 僕Bランクですよー!」

虚しい叫びは、閉じていくドアに発せられていた。 むごかった。なんか見ているこっちが泣きそうになった。

思えばどうしてコイツは、Bランクになったら付き合えると思っていたんだろう。

「Bランクになったのに……なったんだけどな……Bランクなんだけど……」

席でブツブツ呟く西田が怖く、僕も励ますのだけど一切聞いてくれなかった。

それからも西田はわざわざ傷つきにいったりしてたんだけど、そもそも塩谷さんは上司と付き合っていたらしくて喫煙所でぶん殴られていた。

その後数か月でEランクにまで陥落し、しばらくしたら辞めていた。

救いが無いなと思っていたが、1年後くらいに風のたよりで条件のいい会社に転職していることを知り、そのホームページを見たら社員紹介で若手のエースなんて呼ばれていた。すごく良い笑顔の写真だった。

努力をして、望む評価をされないこともあるかもしれない。

しかし、確実に何かのランクは上がっていたのだろう。

執筆

マキヤ

29歳。会社で編集などの仕事をしながら、違う会社の執行役員になっている。先月、実家の牛乳を新しい方から使ったことで親からひどく怒られた。

編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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