どんなに気をつけていても、日常生活にはトラブルやアクシデントというものが起きる。「なんで?」「このタイミングで!」と予期せぬことは予期せぬ時に予期せぬ形で起きるのだ。そんな時に、どれだけ冷静にリカバリーできるかが、本来その人が持つ能力なのではないだろうか。
普通はトラブルやアクシデントが起こらないことが能力だと思うかもしれない。でも、起こるのだ。こっちが気をつけていても、トラブルやアクシデントはご機嫌に、口笛を吹き、スキップしながら体当たりしてくる。
この間なんてトラブルとアクシデントがフォークダンスを踊っているのを見た。ご機嫌なのだ。華麗なステップだった。
大切なことはそれらが起こった時に、一緒にフォークダンスを踊れるかということ。イライラしたり、パニックになったりしたら負け。一緒に踊るのだ。ダンスダンスダンス。私は撮影にカメラを忘れて行って以来、トラブルには強くなった。このトラブルに限れば私だけが悪いのだけれど、ダンスですよ。笑いながら踊ったよね、だってカメラないんだもん。
そんなトラブルなどは、海外に行った際にも起こる。言葉がわからないからある程度覚悟しているし、その言葉の壁を越えるためにいろいろ手を打ってから日本を発つのだけれど、起こる時は起こるのだ。どうやらトラブルはこっちがいろいろ保険をかけた時のほうが盛り上がるようで、予想を上回るようなことをやってくる。
ホテルはあるけどない
2018年の暮れにアラスカに旅立った。アラスカの州都は「ジュノー」という街で、最大の都市は「アンカレッジ」である。アンカレッジには大きな空港があり、今ほど飛行機の性能がよくない頃は、日本からニューヨークに行く時は必ずアンカレッジを経由することになっていた。今はないけど、当時は空港に「うどん屋」があったそうだ。
アンカレッジの空港に到着したのは夜遅くのことだった。当然外は暗く寒く、知らない国の知らない街なので心配があった。もちろん事前に手を打ってあった。空港からすぐの場所に日本からホテルを取ってあるのだ。事前の準備は大切だ。海外の夜は怖いと聞く。夜、うろつくのは危険なのだ。
今は日本にいても、インターネットを使い手軽にホテルを取ることができる。そういうサービスが多々あるのだ。そこから場所や値段を比較し、一番よいものを選ぶ。私もそうしてホテルを取っている。ということで、空港から意気揚々と予約していたホテルに向かった。
そして、ここでトラブルが起こる。本気のトラブルで写真がない。どれだけリカバリーできるかと先に熱弁したけれど、写真はない。理由は焦ったことだけではなく、雰囲気が怖かったからカメラを出すのはやめておこう、というのもある。
そこで起こったトラブルとは「ホテルがない」である。
日本から確実に私はホテルを抑えたのだ。海外旅行になれた人は、向こうに行って取ればいいか、などと考えるかもしれない。私もそのような旅に憧れるけれど、万が一が起きて、野宿になるのは避けたい。危ないし、アラスカだと寒いから凍死しちゃう。だからこそ、私は日本から、しかも1カ月以上前にホテルを予約したのだ。
でも、ないのだ。
厳密に言えばある。取ったホテルの地図があり、その場所にホテルはある。サイトに登録されたドライブインのような外観の写真も一緒だ。名前は違う気がするけれど、確実に予約したホテルはある。
仕方ないので、「なんかすみません」みたいな雰囲気を出しつつ、暗い雰囲気の扉を開けて、ホテルのフロントを覗き込み、スマホでホテルの予約画面を出した。50代くらいの女性が対応してくれて、彼女はけだるそうに言った。
「あんたの予約はないよ」と。
そこからいろいろ粘って見たものの、私がホテルを予約したサービスに、このホテルはそもそも登録していないと言う。つまり取れるはずがないのだ。今日はいっぱいだから、新たに取ることもできないと言っている。そのサービスを通してすでにお金も払っているので、いろいろと焦った。
焦ったもう一つの理由は、ホテルのドアの外に屈強なアラスカの男たちがたむろっていたことだ。彼らをかき分けこのホテルの扉を開けた。寒くて出る白い息なのか、タバコの白い煙なのかわからないような白い何かを吐きつつ、たむろっているのだ。カメラを出さなかった理由だ。怖いのだ。オーバーに言えば身長も体重も私の倍はあるような男たち。怖いのだ。
けだるそうに話すフロントの女性とやりとりしながら、「ここを出てもう一回、あの屈強な男たちをかき分けるのか」と考えると震えた。さらに今夜のホテルをどうしようと思うと倍震える。そもそも寒いから外に出ると震える。しかし、仕方がないので再び扉を開けて外に出ると、屈強な男の一人が声をかけてきた。アラスカの地に私は散るのかと思った。
「この辺は危ないぞ」と男は言った。
その言葉で散りそうだった。さっきやってきたトラブルたちが、よりヒートアップして、ヒップホップダンスを踊り始めている。私も一緒に踊らなければならない。そこで声をかけてくれた男に聞いた。
「この近くにホテルない?」と。
運よくいい人だったらしく、1ブロック先に安いホテルがあるぞ、と教えてくれて、行ってみると本当に安くていいホテルがあった。なんなら先程のホテルより安くて見た目も綺麗、屈強な男達もいない。ホテルの人はニコニコだ。そこに無事に泊まることができた。トラブルが残念そうにどこかに行ってしまったような気がした。
ホテルに着くと、私がホテルを取ったサービスの運営に「お金を返して欲しい」とメールをした。数日後に連絡が来て「ホテルに確認をとります。確認が取れ次第ご返金いたします」とのことだった。
そこから1カ月が経ち、2カ月が経った。時折、私から「返金はまだですか?」とメールしていたのだけれど、戻ってくる返事は「ホテルに確認が取れ次第」といつも同じだった。そして、忘れかけた頃に「返金します」と連絡が来た。そこに書いてある文章に私は驚いた。
「確認が取れなかったので返金いたします」と。
確認を取って返金と言っていたのに、確認が取れなかったから返金となったのだ。そうだよな、とは思った。だって、そんなホテル存在しないのだから。確認のしようがないのだ。私は温厚で、仏よりちょい下と言われている。そんな私も少しプンプンだった。だって、凍死するかしれなかったのだ。サポートが悪すぎるだろと。二度と使わないことにした。
一方でさくらインターネットはサポートもしっかりしている。「まりながサポートします!」と言ってくれている。チャットのような感じで質問できるのだ。まりなという名前がいい。ぜひ付き合いたい名前だ。私は本当にさくらインターネットをもう10年以上使っていて、不満がない。
外で考えろ
アラスカに行こうと思ったのはまだ夏の暑さが残る9月の頃だった。快適な室温のファミレスで、「オーロラが見たい」と思い、アラスカに行くことを決めた。窓の外は暑そうだけれど、ここは快適。寒くもなければ暑くもない。アラスカの寒さなんて微塵も考えていなかった。アラスカで薄着になったら面白いよな、なんて考えていた。
これがよくない。人は何かを考えるとき、快適な場所にいてはダメなのだ。この冬はあれをやろう、この夏はあれをやろう、と快適な場所で考えると地獄を見る。考えているときはいいのだけれど、いざその場所に行くと地獄。冬は寒いし、夏は暑いのだ。快適な場所にいるから、当日のことを考えていないのだ。
そのことはわかっているはずなのだ。以前は、快適な部屋で考えた企画をハワイでやって、炎天下を40キロ歩いて死ぬかと思った。そんな前科があるのに、今回は何をどうしたらそのような発想に至るのか、今となっては謎だけれど、アラスカでハッピを着て書き初めをしようとなっていた。
しかも、それはオーロラを見ることのできる「フェアバンクス」という街で。マイナス30度の街なのだ。あのファミレスではマイナス30度のキツさがわからなかったのだ。あの時、私が少しでも寒い場所にいれば、いや、暑すぎる場所でもよかったかもしれない。自然を感じられる過酷な場所にいれば、そんな発想は微塵も出てこなかっただろう。
言いたいことは何かを考える時は、会議室ではなく、快適な部屋ではなく、外でやるべきということだ。そうすれば、的確な判断をすることができる。人は何度も夏や冬を経験しているけれど、忘れてしまうのだ、その過酷さを。
トラブルとアクシデントが私と手を組んでこの状況を作った感じだ。責めることができるのは自分だけ。悪者は自分だけ。あの日のファミレスの自分を殴りたい。つまり、アクシデントやトラブルを避けるためには、まず外でやろう、ということだ。快適な環境がアクシデントやトラブルを産むのだ。よく考えると先の実在しないホテルを取ったのも快適な室内だった。トラブルやアクシデントは快適を好まないのだ。覚えておいてほしい。