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“点字ブロックの先”にある不安に寄り添う「shikAI」。バスと鉄道を結ぶ全国初のナビゲーション連携

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通学などで駅やバスターミナルの利用に慣れた視覚障がい者であれば、頭のなかに描いた地図を頼りに、白杖や点字ブロックを使ってひとりで移動できることも多い。しかし、初めての場所では、同行援護者など外出を支援する誘導者の存在が欠かせない。慣れていない道を歩くことは、転落や衝突といった危険とつねに隣り合わせであるためだ。

そんな「見えない先」を見えるようにするために、テクノロジーを活用したプロジェクトがつくば市で本格的に動き出した。鉄道・大学・企業と行政が連携し、視覚障がい者向けナビゲーションシステム「shikAI(シカイ)」で駅とバスターミナル間の移動を支援する取り組みだ。

すでに東京メトロをはじめ各地で「shikAI」の活用が広がるなか、つくば市での取り組みは、異なる交通手段をつなぐ実用的な支援として注目を集めている。この取り組みについて、首都圏新都市鉄道株式会社の川崎智弘さん・佐藤 由香さん、つくば市都市計画部総合交通政策課の上田洋輔さん・井﨑俊祐さん、リンクス株式会社の小西祐一さん・藤山悠史さんに話を聞いた。

スマートフォンと二次元コードで“見えない不安”を可視化

「shikAI(シカイ)」は、点字ブロック上に表示された二次元コードを、専用アプリで読み取ることで、現在地から目的地までの移動ルートを音声で案内するシステムだ。2017年から実証実験がおこなわれ、2021年1月にApp Storeで公開、実用化に至った。

2021年1月からは東京メトロの計5駅に導入され、同年には豊島区でも運用開始。2023年には大阪駅(うめきたエリア)に導入され、2025年4月には大阪・関西万博での運用もスタートした。

利用方法は、iOSアプリをダウンロードし、アカウント登録をおこなうだけ。ボイスオーバー機能を使用すれば、すべての操作が音声で読み上げられるため、インストールから利用までひとりで完結できる。

床面の警告ブロック(いわゆる点字ブロック)に貼られている9センチ四方の二次元コードにカメラを向けてスキャンすることで、ナビゲーションが開始される仕組みだ。アプリがダウンロードされ、アカウント登録がされていれば、オフラインでも利用できる。

<shikAIの利用方法>

  1. App Storeで「shikAI(シカイ)」と検索し、アプリをインストール。アカウント登録をする
  2. アプリを開き、メインメニューの上部「ナビゲーションシステム」をタップ
  3. 点字ブロックに貼ってある、二次元コードを読み取る
  4. 音声に従って、目的地を選択
  5. 現在地からのナビゲーションが開始

アプリ利用者は、「直進6メートル」「右7メートル」といった案内に従い、点字ブロックに沿って移動する。分岐点で誤った方向に進むと、「誤った方向です。後退3メートル」といった修正案内が流れるため、落ち着いてUターンして戻れるのだ。また階段では、段数までしっかりと案内されるため、階段を使うかどうかの判断材料にもなる。

このように、shikAIは視覚障がい者が駅構内を安心して移動できるようサポートしてくれる。iPhoneのカメラを床面と平行に保ち、点字ブロックに沿って進むことで、目的地までのナビゲーションがスムーズにおこなわれる。手を空けたい場合は、視覚障がい者歩行支援アプリに対応したスマートフォンポーチを利用すると便利だ。

リンクス:
「分岐点には必ず警告ブロック(点状ブロック)が敷設されています。点字ブロックには2種類あり、1つは線状ブロック。これは線が続いており、『この道をまっすぐ進んでください』という意味を持っています。多くの点字ブロックはこのタイプです。
もう1つは警告ブロックと呼ばれるもので、階段の手前や分岐点などに設置され、『ここに段差があります』『ここで道が分かれます』といった注意を促す役割を果たします。たとえば、駅構内でホームが左右に分かれている場所や、バスターミナルで複数の乗り場が並ぶ地点、歩道のT字路や交差点の手前などが該当します。こうした、視覚障がい者が進む方向を選ぶ必要がある場面では、いったん立ち止まり、状況を確認するための合図として、警告ブロックが機能します。これらのルールに沿って二次元コードを配置することで、より安全な誘導が可能になります」(小西さん)

視覚障がい者が移動する際に、点字ブロックだけでは現在地や行き先の特定が難しい場面が多く、より詳細で状況に応じた案内が必要であることが課題として認識されていた。具体的には、段差や階段、エレベーター、ホームドアの有無に加え、分かれ道でどちらに進むべきかといった情報は、移動の安全を左右する重要な手がかりとなる。また、電車からバスへの乗り換えなどで、別の駅や施設へ移動しなければならない場合、初めて訪れた場所では位置関係を把握しづらく、移動はさらに困難になる。

そこで、駅とバスターミナル間の移動をサポートするため、つくばエクスプレスを運営している首都圏新都市鉄道株式会社(以下、TX)からの提案で、国立大学法人筑波技術大学の協力のもと、2023年5月から6月にかけて、つくば駅およびつくばセンターバスターミナルにて実証実験を実施した。TX、つくばセンターバスターミナルを管理しているつくば市、国立大学法人 筑波技術大学(視覚障がい者・聴覚障がい者のための大学)、shikAIを開発したリンクス株式会社(以下、リンクス)の4者によるプロジェクトだ。

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 「駅から先がこわい」をなくしたい

では、実証実験の開始前、つくば駅およびつくばセンターバスターミナルには、具体的にどのような課題があったのだろうか。

つくば市:
「たとえば、筑波技術大学の新入生として初めてつくば市を訪れた視覚障がい者にとって、鉄道からバスへの乗り換えは、移動のなかでもかなり不安を感じやすい場面です。とくに、つくば駅のようにバス乗り場が広く、どこに進めばよいかがすぐにわかりにくい場所では、その不安がさらに強まります。実際に、実証実験に参加した学生からは、『初めて大学に来る新入生や、市外から訪れる人にとって、つくば駅の利用はとても不安が大きい』という声もあがっていました。

つくば駅のホームから、地上にあるつくばセンターバスターミナルへは、階段・エスカレーター・エレベーターの3通りの移動手段があります。そのため、どの経路を使用した場合でも、問題なくバス乗り場へ案内できる必要があります。

また、つくばセンターバスターミナルでは、バス乗り場が1番線から8番線まであることや、タクシーの乗降場所やバスの降車場所もあるため、視覚障がい者が目的地に迷わずたどり着けるかどうか、あるいは逆に、バスから降りたあと、駅のホームまで迷わずに誘導できるかという点も大きな課題の1つでした」(上田さん)

 一歩を支える仕組みを、三者の連携で

大きな転機となったのが、TXと筑波技術大学が、2022年4月に締結した包括連携協定である。この協定を機に、つくば駅周辺の視覚障がい者の移動支援に向けた取り組みが一気に進展した。

TX:

「当社は、2005年の開業時からバリアフリーの整備を進めていましたが、『設備を整えて終わりでは不十分だ』と、つねに課題を感じていました。そうしたなかで、新しいナビゲーションシステムがあると知り、まずは導入してみようという話になりました」(川崎さん)

つくば市:
「つくば市と筑波技術大学は、すでに2005年10月に連携協定を締結しており、三者それぞれに関係性があり、土台は整っていました。そのため2022年の締結をきっかけに、TXから『視覚障がい者の移動支援に関する連携事業ができないか』という提案を受け、三者で新たな取り組みを始めることとなったのです」(井﨑さん)

こうして、筑波技術大学の協力のもと、視覚障がい者向けナビゲーションシステムの「shikAI」の実証実験が実施された。実験の対象となったのは、つくば駅の地下構内から、地上にあるつくばセンターバスターミナルの乗降場までの経路だ。すでに実用化されているナビゲーションシステム「shikAI」を活用し、駅とバスターミナルという異なる交通手段をスムーズにつなぐハブとして、どのような支援が可能かを検証した。点字ブロックのデジタル化や、案内音声の組み合わせにより、視覚障がい者が安心して移動できる環境の構築を目指した取り組みである。

つくば市:
「まち全体でバリアフリー事業を進めるなかで、『shikAI』のサポートによって、視覚障がい者の移動が、安全・安心におこなえること、そして鉄道からバス、バスから鉄道へと、相互にスムーズに乗り継げることを期待して、この実証実験を実施しました」(井﨑さん)

 「ここに道がある」と実感できる誘導へ

2023年の実証実験は、筑波技術大学に通う学生の協力を得て、現場に立ち会ったスタッフが学生に使い方を伝えながらおこなわれた。同実験の参加者には、スマートフォン自体の操作に慣れている方も多く、操作に関する混乱はほとんど見られなかったという。利用者自身が「こう使えば移動がスムーズになる」と実感を持って活用している様子が確認され、現場でのフィードバックもおおむね良好だった。

この実験を通して、案内精度やシステムの安定性といった技術的な課題に加え、案内時の動線やサポート体制といった実務面の検証もおこなわれた。いずれも大きな問題はなく、本格導入に踏み切る十分な手応えを得た。

実際に利用した方々から「よりくわしい音声案内があると安心できる」「初めての場所でも迷わず歩けた」といった具体的な感想や要望が寄せられた。こうした声は今後の改善に向けて蓄積され、shikAIのさらなる進化につながっていく。

つくば市:
「実証実験に被験者として協力してくださったのは、筑波技術大学に通う、視覚に障がいのある学生の方々でした。見え方の程度はさまざまで、まったく見えない方から、顔をぐっと近づければ見えるという弱視の方までいらっしゃいます。

実際、こうした実証実験では、被験者の確保が大きな課題になることも少なくありませんが、筑波技術大学は視覚障がい者・聴覚障がい者のための大学であるため、多くの学生にご協力いただくことができました。その結果、実験としての有効性を、具体的なデータに基づいてまとめることができたと考えています」(上田さん)

さらに「shikAI」は、これまで誘導が難しかった場所でも、視覚障がい者をスムーズに案内できることを実証した。

つくば市:
「つくば駅の改札を出てすぐの『南北自由通路』は、これまで誘導の難しさが指摘されてきた場所の1つです。この地下通路には茨城県が管理する県道が通っており、駅構内とのちょうど境目に、点字ブロックが一部途切れている箇所があります。


今回の実証実験では、こうした“境目”において、視覚障がい者を『shikAI』のナビゲーションでスムーズに誘導できるかどうかを初めて検証しました。
その結果、点字ブロックが不完全な場所でも、音声による案内が有効に機能することが確認されました。


また、つくば駅の地下から地上へ上がる3つの経路だけでなく、空間構造が複雑なつくばセンターバスターミナルにおいても、『shikAI』による誘導は効果的に機能することが判明しました」(上田さん)

このような実証実験を経て、2024年11月に、つくば駅の地下構内から、地上のつくばセンターバスターミナルの乗降場所の間に「shikAI」が本格導入された。このシステムにより、視覚障がい者がつくば駅とつくばセンターバスターミナルの間を、ひとりでも安心して移動できるようになった。

「どこへでも、ひとりで行ける」をまちのスタンダードに

TXは、今回の実証実験で得られた成果をもとに、将来的には沿線各駅への展開も視野に入れているという。この成果は、つくば市、筑波技術大学、そしてTXが連携し、それぞれの専門性や知見を持ち寄ったからこそ得られたものである。

TXでは、自社の強みである「全駅へのホームドア設置」というインフラを活かしながら、「shikAI」を含む音声ナビゲーションシステムの導入可能性を今後も検討していくとのことだ。「『ホームドアを完備しているから、こうした仕組みを導入できる』という前例を鉄道会社がつくることで、業界全体のバリアフリー意識が底上げされれば」と、TXの川崎さんは語る。

「ほかの鉄道会社と話すなかでも、『shikAIのようなナビゲーションシステムを使いたい』という声は多くあります。ただ実際には、『ホームドアの有無』といったハード面での課題が導入のハードルとなっています。たとえば、ホームまで案内したとしても、そこにホームドアがなければ、転落の危険があり、鉄道会社としては安全が担保できない限り、こうしたシステムの導入に踏み切れないという事情があるためです。
その点、当社は開業時から全駅にホームドアを設置しており、安全性が確保されているため、shikAIのようなナビゲーションシステムも安心して活用することができました」(川崎さん)

リンクスも、今回の成果を活かし、異なる駅や地域での「shikAI」展開を視野に入れている。今後は高齢者や外国人観光客など、多様なニーズに応じた情報提供のかたちを模索し、より多機能なサービスへの進化を目指すという。

なお、2024年に本格導入を終えたあと、利用者への周知を目的として、リンクス主催のもと、「つくば駅とつくばセンターバスターミナルの乗り換え体験会」を2025年2月に開催。システムに対しては、音声案内のタイミングや操作方法に関する要望が寄せられた一方で、目的地に到着できたときの参加者の笑顔が印象的だったという。

「まずは『shikAI』を知ってもらうことが大切です。実際に体験していただくことで、安心して使えると感じていただければ」と、つくば市の井﨑さんは話す。

“移動の自由”が、全国のまちであたりまえになる日を見据えて。「shikAI」の歩みは、これからも続いていく。

つくば市
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執筆

さつき うみ

茨城県在住のフリーライター。取材先は行政機関や公共施設、地域活動、サービス業、農業関連など多岐にわたる。趣味は人の話を聴くこと。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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