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「すべての技術の“一歩目”になりたい」技術解説マンガ『わかばちゃん』シリーズ作者・湊川あいさんの創作哲学

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IT技術をマンガでやわらかく学べる『わかばちゃん』シリーズ。初学者の「最初の感情」に寄り添い、つまずきやすいポイントを丁寧に楽しく解説して、主人公の「わかばちゃん」とともに成長する作風で、多くのITエンジニアや学習者から愛されています。

2025年7月、シリーズ最新刊『わかばちゃんとつくって、壊して、直して学ぶ NewSQL入門』(関口匡稔・小板橋由誉・湊川あい 著、翔泳社)が発売されました。

さくマガでは、本書の作者、湊川あい(X:@llminatoll)さんにインタビュー。創作の原点である経歴やデビューまでの経緯、作品にこめた想い、そして今後の展望まで、じっくり語っていただきました。

学生時代は「こっそりオタ活」。陰で支えたのは、多忙だった父

『わかばちゃんとつくって、壊して、直して学ぶ NewSQL入門』発売おめでとうございます。あとがきで、もともとインフラエンジニアではなかったと書かれていて驚きました。どのような経緯で現在の活動に至ったのでしょうか。

すべての原点は、小学生のころのインターネット体験にあります。小学4年生のとき、女児向けの電子辞書玩具「スーパーピッキートーク」に夢中になっていました。この端末に専用のモデムをつなぐと、ゲームのレアキャラが獲得できたんですよ。それが欲しくて、初めてモデムというものを買ってもらい、マニュアルを読みながら、ダイヤルアップ接続でインターネットに接続しました。
「電話回線を使って、ほかの人が描いたイラストを見たり、自分のイラストを投稿したりできる! すごいすごい!」と感動していました。

中学生になると、趣味のWebサイトを作っていました。HTMLもCSSも、CGIも手打ちで、オタク女子のお約束を通ったなと思います。モバイル用のサイトは、黒一色の背景にカラフルな文字を入れたり、テキストは全部センタリングしたり……(笑)。レンタルサーバーの存在も、このころに知りました。「さくらのレンタルサーバ」も使ったことがあります。

学校ではオタクであることは隠していて、部活もバリバリの体育会系でした。学校に同じ趣味の友達がいなくても、ネットを探せばたくさんの同志が見つかる。遠く離れた人と好きなものを分かち合える。その体験は、本当に胸が躍るものでした。

そのころから、いまの活動につながるものがあったのですね。

そうですね。いま思えば、仕事で忙しく、あまり家にいなかった父が、さりげなくサポートしてくれていました。いつの間にか家にペンタブレットが置いてあったり、パソコンにPhotoshopが入っていたり。Adobeのソフトは子どもが使うものとしては高価だということを知ったのは、ずっとあとになってからです。そういえば、電話代のことをとがめずにダイヤルアップ回線を使わせてくれたことにも感謝ですね……。

また、父はメカニカルエンジニアで、社内では「ITなんでも屋」のような立ち位置だったそうです。いま70歳を越えているのですが、まだまだ新しい技術に取り組むのが好きなようで、現在は再就職してPythonを書いています。

大学では情報工学と情報教育を専攻して、教員免許を取得しました。そういえば小学生のころから大学までずっと、イラストでノートをとっていました。あとからノートを見返したときに、絵でまとめてあったほうが楽しく勉強できるから。このころから、 情報を絵でまとめて、わかりやすく伝えるのが好きだったんだと思います。

大学卒業後はベンチャー企業に就職し、WebデザイナーとしてECサイトの制作を担当しました。少人数の会社だったので、戦略から企画、制作、効果測定まで一貫して任されました。デザイナーとプログラマの垣根はなく、PHPやSQLも書きつつ、お客さまからの電話問い合わせにも対応し……大変だったなあ(笑)。

でも、このときの経験から、お客さまが何を求めているのか、どうすれば伝わるのかをつねに考える癖がついた気がします。

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「わかってたまるか」の声が火をつけた

会社員として働きながら「わかばちゃん」シリーズを描き始めたきっかけは?

当時勤めていた会社では、ファイルのバージョン管理が手作業で、1日単位でしかWebサイトのバックアップができていなくて……。これを効率化したくて、社内で「絶対ラクになります!」とGitを布教しようとしたのですが、なかなか使ってもらえませんでした。

あるあるですね。「今までのやり方でできているし」ではなかなか改善されない。

あるあるですよね。それで、どうすればみんなに伝わるだろう、と考えた末に、マンガを描くことにしました。そして、どうせ描くなら社内だけでなく、Webで公開しようと思ったんです。

それが、2016年ごろに個人ブログへアップした『マンガでわかるGit』の第1話です。この第1話に、800以上のブックマークがつきました。

公開当時のスクリーンショット(湊川さん提供)

好意的なコメントが多いなかで、すごく印象的だったのが「マンガでGitがわかってたまるか」みたいな批判コメントがあったことです。そう言われるということは、「誰もできないと思っていた」「誰もやっていない」ということ。実際、当時はマンガとGitを組み合わせてコンテンツにしている人はいませんでした。これはいける、と思いました。

この反響がきっかけで、わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門』(湊川あい 著・DQNEO 監修、C&R研究所)が出版されました。Webメディアでの連載も始まり、だんだんとマンガを描く仕事が増え、土日だけでは対応できなくなって、フリーランスとして独立することにしました。

「つくって、壊して、直して学ぶ」への想い

『わかばちゃんとつくって、壊して、直して学ぶ NewSQL入門』、とてもわかりやすかったです。とくに「壊して」の部分が印象的でした。すごく壊していましたね。

このシリーズは「学びたいけれど、壊すのが怖い? それならいっそ壊しましょう。どうせ壊すので気軽に触り始めてみてください、きっと楽しいはずです」というコンセプトから始まっています。そうして生まれたのがシリーズ第1弾となる『つくって、壊して、直して学ぶ Kubernetes入門』(高橋あおい 著・五十嵐綾 監修、翔泳社)です。

湊川さんによる「つくって、壊して、直して学ぶ」シリーズの紹介イラスト。
第1弾では高橋あおいさん作のキャラクター「おとうふくん」が登場する

第2弾の『わかばちゃんとつくって、壊して、直して学ぶ NewSQL入門』では、わかばちゃんに「壊れにくいといわれている分散データベースを、あえて壊しまくる」という体験をしてもらいました。 「まずは各ノード1台ずつのTiDBクラスターを壊してみよう!」というところから「次は複数台構成のクラスターを壊してみよう!」と、どんどん壊すものが増えていくという(笑)。

私自身が初心者としてTiDBを操作しながら、共著者であるPingCAPの関口さん、小板橋さんに、わからないところをガツガツ質問し、すり合わせを深めながらマンガをブラッシュアップしていきました。
具体的に、制作中のやり取りを抜粋すると……「Raftアルゴリズムを絵にしてみたのですが、この表現であっていますか?」「テーブルIDは、自動で名付けられると言い切っていいでしょうか? 」といった具合です。

みなさん、仕事中に動いているシステムを「あえて壊す」のはなかなかできませんよね(笑)。この本では、TiDBクラスターを自分のパソコン内で立ち上げてから、わかばちゃんが無邪気に破壊しまくります。ただ壊すだけでなく、壊したときの動きを観察して、直す。まるで理科の実験のような、ワクワクする学びのスタイルに仕上がったと思います。

わかばちゃんと学ぶシリーズ全体を通しては「わかばちゃんが失敗を先回りする」ことを大切にしています。わかばちゃんが漫画の世界で先に失敗してくれるから、読者さんがリアルの世界で失敗しない。
もし失敗しても、すぐに「ああ、これはわかばちゃんで見たことがある」と気づいて、あわてず対処できる。そんな解説マンガになっていたらうれしいです。

湊川さんが「1作目の著者である高橋あおいさんからのバトン(ハンマー)を受け取った」イメージで描いたマンガ。ひとつのシリーズを別の漫画家が代わる代わる担当するという試みは湊川さんにとってもはじめての経験とのこと

表現したいのは「ITって楽しいよ」。すべての学習者の“最初の一歩”に

わかばちゃんシリーズを描くうえで、大切にしていることは何ですか?

私が一番伝えたいのは「ITっておもしろいよ、楽しいよ」です。IT業界はたしかに大変なこともすごく多いので、「ITツラいよね」という共感を誘う発信はバズりやすいです。
ただ、入門書を手に取る方の多くは、これからIT業界を目指す人だと思うので、私は作品のなかで「楽しさ」を伝えたいと思っています。おもしろいよ、こんなことができるよ、優しくてゆかいな人がたくさんいるよ、おいでおいで……みたいな。そんな作品を描き続けたいです。

また、せっかく入門書を手に取ってくれたのだから、手応えや明るい気持ちを感じてもらいたいですね。知らないことを一から勉強するのは面倒だし、しんどいはずなのに、キャラクターのやりとりがおもしろくて気がついたら最後のページまで読んでいたという体験。さらに実際に手を動かして「できた!」という成功体験を得てもらいたい。そのために、専門的な文章を、初心者にもわかるように「翻訳」するのが私の役目だと思っています。

複雑な概念を伝えるために、たとえ話を使うこともあります。たとえば本書では「TSOとは、いわば番号札!」という表現をしました。
専門的な説明ももちろん重要ですが、正直に言って、もし私が初めて学ぶとしたら、いきなり早口で「TSOは一意のタイムスタンプを生成し、トランザクションやデータに時間情報を付与する役割を担うコンポーネントです」と説明されたら、心が閉じてしまうかもしれません。

初心者向けの技術書においては、まずはざっくりと概要を掴んでから、チュートリアルで手を動かして体験する。くわしい仕組みはその後じっくり学んでいけばいいと考えています。

『わかばちゃんとつくって、壊して、直して学ぶ NewSQL入門』より、PDについて解説するマンガの1ページ

まさに、専門家と学習者の橋渡しですね。

私自身、 PHPやGit、Dockerで「動かない!」「なんでこうなるの?」を繰り返してきました。だからこそ、初学者の「わからない」に寄り添える。それが「わかばちゃん」シリーズの強みだと考えています。

シリーズを通して、わかばちゃんを「すべての技術の一歩目」のような存在にしたい。たとえば、何か新しい技術を学ぼうとして、公式ドキュメントで挫折したときに「あ、これの『わかばちゃん』はないかな?」と検索してもらえるようになったら、これ以上嬉しいことはありません。

わかばちゃんは、読者と同じ目線に立ち、共に成長していくキャラクターです。技術が発展していく限り、彼女の学びも続いていきます。技術の進歩は永遠に続くので、わかばちゃんはずっと新鮮に、新しい技術を学ぶ「一歩目」を踏み出せると思っています。

描きたいものが多くて、手が足りない

今後の活動について教えてください。

今後は挑戦したいことが3つあります。1つ目は「図鑑」を作ること。私の子どもが『大ピンチずかん』(鈴木のりたけ 作、小学館)という絵本が好きなのですが、どこからでも読めて、見開きで情報が完結するフォーマットがすごく良いなと思って。たとえば「コンウェイの法則」のような、聞いたことはあるけれどくわしくは知らないIT関連の法則を集めた『法則図鑑』のようなものを作ってみたいです。

2つ目は、ストーリーマンガへの挑戦です。最近『ジャンプ+』で連載されている『こころの一番暗い部屋』(雨夜幽歩 作、集英社)というマンガにすごくハマっていて。この作品は、産後で創作が難しい時期にあった私を、もう一度創作の世界に引き戻してくれたんです。解説マンガは本当のことしか描けませんが、創作マンガは嘘を描いてもいい。嘘のなかに本当を混ぜる。それってすごくおもしろいなと思って。 ここから、自分も解説マンガだけではなく、創作マンガも描いてみたいな、と思うようになりました。

3つ目は、『マンガでわかるITパスポート』。これは、いままさに進行中の企画で、マイナビ出版から刊行予定です。 尊敬する先輩方の試験対策本に並ぶのは緊張しますね。「試験対策本なのにマンガが300ページ以上ある」という、今までにない本になると思うので、ご期待ください!

どれも非常に楽しみです。本日はありがとうございました! 


湊川さんの「わかばちゃん最新作」はこちら
>> 『わかばちゃんとつくって、壊して、直して学ぶ NewSQL入門』(関口匡稔・小板橋由誉・湊川あい 著、翔泳社)

執筆

StudioKOKS

「ただしく、よみやすく、わかりやすく」文・理をつなぐテクニカルライター 。 高専出身、開発者を経てフリーライターとして独立し、メディア編集記者などを兼業しつつ技術系取材を中心に活動中。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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