さくらインターネット研究所の松本直人が語る「災害対応」と「通信技術の可能性」

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※こちらの記事は2020年3月11日に ASCII.jpで公開された記事を再編集したものとなります。 文● 大谷イビサ 編集●ASCII 写真●A曽根田元

2011年の東日本大震災を契機に、さまざまな形で模索が進んでいる「災害×IT」の分野。長らく災害対応と通信技術の可能性について研究しているさくらインターネット研究所の松本直人に、3・11当時の活動を振り返ってもらうとともに、この9年で実現できたこと、昨年10月の台風19号(Hagibis)のときの情報共有について聞いてみた。(以下、敬称略 インタビュアー アスキー編集部 大谷イビサ)

 

さくらインターネット研究所 松本直人

さくらインターネット研究所 松本直人

3・11の前日が石狩データセンターの起工式だった

大谷:ご無沙汰しております。松本さんはさくらインターネット研究所の創業メンバーなんですよね。

 

松本:はい。研究所が開所した当時から携わっていますが、一貫しているのは3~5年先の技術にフォーカスするということです。だから、3~5年前にやっていたのは高密度なスーパーコンピュータをデータセンターにどうやって置くかとか、センサーのデータをいかに人が理解しやすい形に変換するかなどでした。分野を問わず、さくらのビジネスの種を探してくことを目的にしています。

今回のトピックである「災害×IT」も研究テーマの1つです。毎年情報処理学会が開催している「災害コミュニケーションシンポジウム」で登壇しています。災害に対してITはなにができるか、コミュニケーションをどのようにとればよいかが、大きなテーマです。

 

大谷:きっかけはやはり3・11(東日本大震災)だったんでしょうか?

 

松本:災害と通信技術の可能性を最初に知ったのは阪神淡路大震災の時ですが、東日本大震災が起こった2011年は、さくらインターネットにとって特に意義深い年だと思っています。

というのも、創業以来さくらインターネットって東京以南にしか拠点がなくて、当時は石狩データセンターもありませんでした。というか、東日本大震災の前日にあたる3月10日が石狩データセンターの起工式だったんです。

 

大谷:なんと! では、作ろうと思った次の日にあの震災だったんですね。

 

松本:そうなんです。これからデータセンターを立ち上げます! と言っていたときに、東日本大震災が起こったのです。当然、震災以降は資材の調達も難しくなりましたが、なんとか予定通りできたという裏話も聞いています。

ちなみに2011年には「さくらのクラウド」も開始しています。とにかくβ版でもいいからリリースしようということで、短期間でリリースにこぎつけました。突貫工事で、まだ設備も建築途中の中、サーバーを運び入れて、ネットワークをつなぐお手伝いをしていたのも懐かしい思い出です。

 

オープン前の石狩データセンターと松本

オープン前の石狩データセンターと松本

 

大谷:一昨年の北海道の全道停電のときもそうですが、よくも悪くもさくらインターネットって、なんかしら災害に関わっていますよね。

 

松本:昔からそうですね。災害時に出社するか、しないか自己判断するような社内カルチャーはこのあたりから始まっています。災害に対する向き合い方は人によってずいぶん違いますが、さすがに10年経ってくると、いざとなったときどんな手伝いができるか、仕事に影響が出ないようにするための配慮は自主的にやるようになっています。

あの日も官公庁の公開情報をWebサイトでアップし続けていた

大谷:当時はちょうど日本のクラウドサービスも立ち上がったばかりで、災害×ITに関してはいろいろな取り組みがおこなわれましたね。

 

松本:異なる企業のクラウド事業者のメンバーたちも共同で、官公庁の災害関連の情報公開サイトもホストしていました。文部科学省は原発関連の情報、経済産業省は輪番停電の情報といった具合に、とにかく情報は持っていましたが、多くの省庁は自分たちのWebサイトにアクセスが増えたら見られなくなってしまうという危機感を持っていました。

そんな課題感から、震災から2日後の3月13日に、慶応義塾大学の村井純先生や友人を経由して官公庁の方から「サイト手伝える?」という電話が来たので、「手伝えます」と答えたら、「3時間後にはテレビ放送するからアドレスを頂戴」と言われたのでめちゃくちゃ驚きました(笑)。あの当時、そもそもコミュニケーションをまともに取ることすら難しい状態でしたらかね。

 

大谷:すごい無茶ぶりですね(笑)。

 

松本:でも、なんとかWebサイト立ち上げて、省庁が持っているいろいろなデータをアップし始めました。当時、文部科学省は職員の方々は直接現地に赴かれていて、ガイガーカウンター等の測定データを、現地から直接霞ヶ関までFAXで送っていたようでした。そのFAXをPDF変換したものが当時、皆さんが目にした最初の放射線情報だったと思います。一番最初のFAXは手書きでした。

当時の放射線情報の公開は、文部科学省の方も試行錯誤だったのか、とにかく頻繁にPDFの差し替えがありました。当然その中のデータ数値も変化していきます。だいたい毎日昼夜問わず2~3時間ごとに更新されていたのを記憶しています。この後、支援がある程度終結したのは、その年の8月8日でした。

情報共有サイトで工夫したのはケータイでさくっと見られる程度のデータにすることです。結局、サイトは私がHTML直書きしたのですが、サイズの大きな画像は張らなかったし、リンクもリソースに直接張りました。自動的にブラウザ側でミラーサイトに振り分けられるというJavaScriptをプログラマーが仕込んでくれたので、細かい設定が必要だったロードバランサーも入っていません。

 

大谷:確かにスピードと正確な情報が必要な時期でしたね。

 

松本:当時助けてくれた他のクラウド事業者のメンバーと話して、データを加工することだけは止めました。PDFのデータをグラフ化したり、数値化したりすると、われわれがむしろデータを誤って拡散することになってしまうからです。ITの人間としてはもちろんデータに直接触りたいし、グラフ化したいけど、グッと我慢して生データを挙げ続けました。放射線情報という人命に関わる情報でしたので、正直とても逃げたくなるぐらい怖かったです。

公開が始まったPDFは、人間が不規則に閲覧するアクセスパターンを示していましたが、災害が長期化するについれ、業を煮やしたんでしょうね、ボットでデータ参照して専用アプリやサイトで共有する有志の方々が現われ、1時間に1回以上の頻度で公開サイトからデータを拾うようになりました。ガイガーカウンターアプリや輪番停電アプリなどが、「ITでなにかの役に立ちたい!」という有志によって始まった瞬間でした。

 

大谷:オープンデータっぽい活動ですね。

 

松本:そうですね。今から考えればオープンデータの走りだったし、「なにか不安があっても、人は見える化されたデータを見るだけで安心するんだ」という原体験も得られました。

この10年で拡がったコミュニティと災害前提の対策

大谷:そんな原体験を経て、災害×ITにおいてどんな変化があったのでしょうか?

 

松本:この10年で大きく変わったのは、自然災害が起こると、自律的に動くコミュニティが生まれたことです。日本って、毎年なんらかしらの自然災害が起こるのですが、そのたびに裏でコミュニティが動いて、情報共有したり、現地で支援しています。しかも土木建築の人ではなく、ITの人が意思を持って、継続的に活動するようになったんです。

最近のこうしたコミュニティは、あらかじめ備えておくのではなく、災害に対して即応性の高いチームを作ってしまおうという発想に切り替わっています。災害対策って、お金をかけて備えるイメージありますが、未知の災害に対しては対応が難しい。ですから、災害が起こったら、メンバーで話し合って、すぐにシステムを作るという流れになっています。ITを使えば、時間と場所関係なくコミュニケーションできるし、クラウドのようにリソースを瞬時に増やすことも可能です。

 

大谷:まさにクラウドが災害×ITの分野にも恩恵をもたらしているのですね。では、こうしたITコミュニティと自治体の関係は変わってきたんでしょうか?

 

松本:たとえば、昨年の台風のときは、防災科学技術研究所が千葉県の災害復旧支援に入り、県や各通信事業者、電力会社が集まり、すべての情報を共有して、一元的に見られるシステムを構築していたようです。この手の取り組みは広島県での災害が起こりだとは聞いてますが、持っている情報を全部かき集めて、関係者で共有しようという試みです。

 

大谷:災害時の情報共有体制って毎年、課題として上がってきますよね。

 

松本:災害関係の情報って、情報元ごとにフォーマットはバラバラだし、出てくるサイクルも違います。今は国や自治体だけではなく、個人も多くの情報を持っています。これらのデータを横断的に解析するのはとても大変です。その意味で、千葉県の情報共有の取り組みは先進的だと思います。

そもそも異なる組織同士が対外的に出せない情報を出し合うのも大変ですし、普段から馴染みのない第三者に情報を共有するというのも、やはり抵抗感があるのだと思います。信頼感の課題は一日では解決できません。災害系のコミュニティの一部が法人化していったのもそういった流れもあったのかもしれません。

 

大谷:私が取材した限りだと、交通情報や天気情報は専門のセンターが一元的に情報を管理していますが、災害情報はバラバラでなかなかまとめられないと聞きますよね。

 

松本:日本は法規制等もあり、一般の人がいわば野良センサーで天気や災害の情報を共有していくのが難しいと聞いています。衛星データに関しても日本の法規制等があって、ある一定の粒度以上細かくは見られませんし、リアルタイムでも一般にはデータ公開がなされていません。

とはいえ、行政も変わりつつあります。最近、国土交通省は河川の監視カメラを拡充するプロジェクトがはじまっています(革新的河川技術プロジェクト)。事の起こりは、大規模水害が発生した時、「もっと情報をリアルタイムに出せないのか!」という声が行政に対して高まったからだと聞いています。

そこで新たな取り組みとして、今まで河川の監視に用いられるカメラの耐久年度や動作環境のスペック条件を緩和し、多くの監視カメラを設置する試みを始めたようです。これらをオープンデータとして用いることで、もっと災害に対してリアルタイムに有効な情報共有ができていくことを期待しています。

 

大谷:インフラの災害復旧も、かなり迅速になった気がしますね。

 

松本:災害復旧という意味では、通信業界がやはり大きく貢献しています。通信できないと、自衛隊や消防団も含め、復旧作業自体にも大きな支障が出ます。3・11のときは復旧作業の体制も未整備だったし、移動基地局や電源車などもそれほど台数があったわけではありません。車に無理矢理アンテナ乗せて、いわば仮設の移動基地局として現地に赴いた通信事業者の友人もいました。移動先は東北地方だったし、原子力災害が発生している中、その情報がまったく把握できていない状態にもかかわらずです。

でも、昨年の台風の例で見ると、たとえばソフトバンクさんとかは2日前に災害対策本部を立ち上げ、7日間のべ3000人以上の体制で通信インフラの対策をしています。移動基地局や電源車に関しても相当な投資しています。「災害は起こって当たり前」という感覚が、いろいろな会社に浸透してきた気がします。

 

台風19号での通信事業者の通信インフラ対策例(松本の「インターネットを用いたニア・リアルタイムでの災害観測の考察」より抜粋

台風19号での通信事業者の通信インフラ対策例(松本の「インターネットを用いたニア・リアルタイムでの災害観測の考察」より抜粋

 

災害時の情報共有の難しさ

大谷:昨年の台風では自治体のホームページが見られないという課題も露呈しました。

 

松本:確かにそうですね。もちろん、CDN用意しておけば!  等の声もあると思うのですが、自治体として課題になるのは、起こるかどうかもわからない災害に対してあらかじめ投資を毎年継続していくのが難しくなっている点もうかがいしれます。

 

「災害対策の投資を継続するのが難しいという課題が自治体にはあります」(松本)

「災害対策の投資を継続するのが難しいという課題が自治体にはあります」(松本)

私も災害関連のシンポジウムや研究会等によく会話しているので、自治体の方々ともお話しするのですが、自治体も災害対策以外にやらなければならないこといっぱいあるし、自治体職員はおおむね3年で担当変わってしまいます。ノウハウは継承されないし、予算が縮小されることもよくあります。

 

大谷:自治体側の災害に対する意識は変わっていないのでしょうか?

 

松本:3・11以降、各企業から自治体を支援するさまざまなプログラムが出てきましたが、協定を結んだ自治体は正直まばらです。「うちは災害起こらないから」と断言する自治体の話を直接私も耳にしたことがありますが、見事なまで地域や県民性が出ていたのを記憶しています。それくらい地域格差がありますし、担当する人の胸先三寸というところもあります。

 

大谷:昨年の大規模水害ではインフラやリソースを持っているはずの大手の放送局や事業者のポータルサイトが重かったり、見えなくなっていたりしていました。

 

松本:もちろん、相当余力を持ってリソースを確保していたんでしょうが、それすらリミットを超えてしまった。特にダムの放水に関しては、東北地方・関東地方・中部地方と、おそよ人口の1/3以上がいるあまりにも広い範囲での情報共有だったと記憶しています。

 

大谷:確かに昨年の台風のときって、情報に飢えていたような感じでしたよね。結局、自分や家族が大丈夫なのかを知るべく、夫婦でいろんなサイトやSNSを調べていました。

 

松本:ここ数年の教訓から自治体のサイトが使い物にならないことを前提として、情報収集した人が多かったのかもしれませんが、今までは「防災・災害アプリは普段使いのものしか使われない」というのが通説だった状況から、「何かあったらすぐ防災・災害アプリをダウンロードして使おう!」に変わった瞬間だったのではないと思います。

昨年の台風はわりと細かくスケジュールがわかっていたこともあって、情報の質や頻度なども、私が見た限りは、こんなに更新が速いんだと驚きました。たとえばZoom.earthであれば、10分単位で全世界の衛星写真が更新されます。私も気象庁発の情報だけではなく、海外のソースも見ます。私も日頃から複数のソースを見て、精度を担保するようにしています。

 

大谷:確かに1つのニュースソースだけだと果たしてあっているのか不安になるところあります。

 

松本:統一されたソースからの情報を告知するのは理想ですが、もはや立ちゆかないんです。だから、国、自治体、民間、コミュニティ、個人などそれぞれ協力するのが、社会不安を軽減する早道だと私は思っています。

システム設計の教科書ではありませんが、システムのストレージは、データを完全に保存するには、同じデータを6つのまったく違う方法や場所で保存するとよいとされています。情報共有も同じ。防災×ITのコミュニティが複数存在しているのは、逆にいいことだと思います。

 

大谷:逆に課題はどんなところでしょうか?

 

松本:やっぱり、情報を持っている人や組織が情報を出せない、もしくは情報を出すのにまだまだ時間がかかっていることですね。法律や制度面での規制もありますし、なにより人手不足で、特定の人に判断が集中してしまっています。ある程度オートマチックに情報を公開できるようにして、出所の確かなデータを幅広く使える環境がもっと拡がらないと、これからも災害に対応できないと思います。

新型肺炎の対策にも対応するさくらインターネット

大谷:最後にさくらインターネットとしての取り組みも教えてください。

 

松本:4~5年前に調べたことがあるのですが、日本の自治体サイトの6%はさくらインターネットなんです。プロバイダー自体は全部で166もあり、最大手が2割くらいなので、その次くらい。ですから、石狩データセンターも社会的責任として止めてはいけないんです。

さくらとしては当然、自治体向けサイトとしてCDNを提供していますが、災害情報を発信していくためのリエゾンみたいな役割もやっていくといいのかなと思います。情報が出てこないのであれば、組織の中の人の代わりに情報公開の作業をご支援する。そんな未来が来てくれることを祈っています。

 

大谷:自然災害とは異なりますが、今回の新型肺炎のパンデミック対策でもITができることありそうです。

 

松本:はい。さくらインターネットは今回の新型コロナウィルス(COVID-19)に対しても、さまざまな情報共有支援等を始めています。

 

また、研究所では試作していた「さまざま事象や変化を迅速に観測するシステム(モノゴトの見える化)」を使うことで、ホテル・旅館を営む宿泊業おいて、全国の一つの県も欠けることなく新型コロナウィルス(COVID-19)対策をおこなっていることが確認できました(2020年03月09日現在)。

積極的かつ多頻度消毒作業、接触頻度を低減するバイキング、ビュッフェ形式の取りやめ、イベントの休止・延期、営業時間の変更などさまざまな企業努力が続いています。

私たちが体験した東日本大震災の時と同じく、これら感染症対策の事態の収束が見えた時には、こうした多くの人の努力を称え、経済・社会活動にも貢献していくことを私たちは望んでいます。

 

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