さくらインターネットの組織内にある「さくらインターネット研究所」では、インターネットに関連するさまざまな技術の専門家が研究を重ねています。そんななか、IT企業の研究所では珍しい「教育」を専門とする研究員の朝倉 恵は、データセンターのある北海道石狩市を中心に、北海道で地域に根ざした教育活動に取り組んできました。朝倉に、これまでの活動の価値や今後の展望について聞きました。

朝倉 恵(あさくら めぐみ) プロフィール
さくらインターネット株式会社 さくらインターネット研究所所属。
幼稚園教諭を経て2004年よりITの世界に入り、2012年にさくらインターネット入社。石狩データセンターの運用業務に携わった後、2016年に「さくらの学校支援プロジェクト」を立ち上げ、小学校でのプログラミング教育の支援をおこなう。2021年、さくらインターネット研究所に異動。日本臨床教育学会会員、NPO法人こども・コムステーション・いしかり理事、新冠町ICT教育アドバイザー/石狩市教育委員会外部評価委員会委員などを務める。
北海道石狩市でプログラミング教育支援をスタート

小学校でのプログラミング教育支援をおこなう「さくらの学校支援プロジェクト」はどのようにして始まったのですか?
もともとさくらインターネット 代表取締役社長の田中がプログラミング教育に高い関心を持っていて、2016年に業界団体でワーキンググループを立ち上げていたんですね。ちょうどその頃、じつは私もプログラミング教育に興味を持って、個人的にNPOの子ども向けプログラミングイベントにボランティアとして参加していたんです。そこでNPOの代表とつながり、小学校のプログラミング教育に関する文部科学省での検討内容について最新の情報を得ていました。
そんな折にさくらインターネットのデータセンターがある北海道石狩市から協業の相談があり、田中社長からの打診を受け、私がプログラミング教育に関するプロジェクトを始めることになったんです。石狩市からの要望で市内13校すべての小学校でプログラミングの出前授業を実施することになり、半年ほどの準備期間で2017年度から授業をスタートしました。
私は小学生にプログラミングを教えたことはありませんでしたが、以前幼稚園の教諭をしていたので、小学生ぐらいの子どもたちがプログラミングに親しむためにはどのようなやり方が有効かということをイメージできたんですね。田中社長も私に幼稚園での経験があることを知っていて声をかけたようです。出前授業を振り返ると、全校児童が5名という学校で授業をしたり、吹雪のなか大変な思いをして移動したりといろいろな思い出があります。
会社が必要としていた力に、朝倉さんの行動力と知見がぴたりと一致したのですね。この活動が北海道内で広がっていったのでしょうか?
はい。石狩市内での活動が知られるようになり、2018年度からは石狩市内の中学校や北海道内のほかの地域からも声をかけていただくようになりました。プロジェクトは出前授業から始まりましたが、私たちが本来目指していたのは、学校が自立して先生方が自分で授業できるようにすることでした。ですから、私たち自身が出前授業をするだけでなく、教員研修の機会をいただいたり、プロジェクトメンバーが「プログラミング通信」を発行して学校に配布したり、先生を支援するということに主眼をおいて活動を続けました。
2020年度から小学校でプログラミング教育が必須となったことをひとつの区切りとして、プロジェクトの組織としての活動は閉じ、それまでの社会貢献事業から研究活動に移行させました。プログラミング教育の普及啓発をしてきたことが認められ、令和3年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(理解増進部門)を受賞することができました。
企業の社会貢献活動として教育に取り組んできたことの意義をどのように感じていますか?
さくらインターネットが教育に熱心な会社として注目してもらうきっかけになったのではないかと思います。さくらインターネットはテレビCMをしているわけではないですし、目に見える商品があるわけでもないので、なにをしている会社なのか、一般的にはわかりづらいと思うんですよ。ですが、北海道の先生方は、「あ、さくらインターネットって石狩でいろいろと教育活動をやっていたよね」と知ってくれているんです。北海道で会社の認知度を上げることにつながったと考えています。
また、Webサイトで「さくらの学校支援プロジェクト」の記事を見て、自分も教育に携わりたいという想いを持って入社してくれる新卒社員も出てくるようになりました。採用が難しい時代に、教育が企業イメージのひとつになることは価値があるのではないかと感じています。
教育学の裏付けを持つために大学院で学ぶことを決意

教育活動に関わったことでご自身にはどのような変化がありましたか?
「さくらの学校支援プロジェクト」のマネジメントをしていくうちに、営業活動ではない社会貢献活動を継続することの価値を問われる機会が増えてきたのですが、なかなか納得のいく説明ができないと感じていました。
その頃に、石狩市にある藤女子大学とプロジェクトマネジメントの授業支援を通じてつながり、社会人入試で大学院に行けることを知ったんです。もっと教育について説得力のある話ができるようになりたいと思い、働きながら大学院で学ぶ道を選びました。
2021年に大学院に入ってまもなくさくらインターネット研究所に異動となり、それ以来業務として教育に関する研究活動をおこなっています。2025年の4月からは修士課程を修了した藤女子大学で非常勤講師を務めるのに加え、関西大学大学院博士課程に入学して研究を続ける予定です。
それはとても大きな転機ですね。研究も北海道とのつながりが深いのでしょうか?
現在は「さくらの学校支援プロジェクト」を私の研究活動の一環として引き継いでいて、北海道内のあちこちの先生方と知り合ったり、一緒に研究活動をさせてもらったり、いろいろな研究授業を見に行ったりしています。良い視点の授業や活動は共有することが大切だと思うので、さくらインターネット研究所のブログや個人のnoteで発信して先生方の支援をしています。
また、以前からつながりのある新冠町では、教育委員会のICT教育アドバイザーとして、研究者の視点で授業へのフィードバックをしたり、新たに商工会と一緒に社会教育でプログラミングを楽しく学べる場づくりもしているところです。
教育の視点を研究所にとって新しい風に
教育を軸に研究を進めることで、さくらインターネット研究所の研究員としてどのような価値を生み出していきたいと考えていますか?
さくらインターネット研究所は情報技術系の専門家の集まりで、私だけが教育を専門にしていて、異分野なんです。当初はなにができるだろうと悩みましたが、同じような分野の人が集まっているところに私が教育的な視点を持ち込むことで、発展性が生まれればと思っています。
たとえば、AIが専門の研究員と話をしていると、「人間ってなんだろう?」というところに話が行き着くんです。人の発達を扱う教育学の視点から私なりに考えたことを伝えると、「そういう視点もあるんだね」と新鮮に受け止めてもらえました。
また、さくらインターネットは情報技術に関するさまざまな基盤をもっているので、たとえば教育分野で安心して使えるAIや、教育データの安全な管理活用の仕組みなど、なにか教育に関わる開発をする力があるのではないかと考えています。いずれ教育に関連する開発に携われたらうれしいですね。
研究所の活動は社内でもあまり知られていないと思うのですが、ご自身が所属してどのように感じていますか?
私も自分が所属するまで「研究所ってなにをやっているんだろう」と思っていました。だからこそいま、私が力をいれているのが社内広報なんです。その施策のひとつとして、私がパーソナリティを務めて「Labラジ」「Eラジ」というふたつの社内ラジオをやっています。始めてから2年近く経ち、月に1回ずつ、グループ会社までの範囲に公開しています。
「Labラジ」では、研究所の研究員をゲストに、研究の内容や研究所に関する話をしています。研究員はブログを書いて発信することもありますが、内容が専門的すぎて一般社員には伝わらないことが多いので、「Labラジ」ではわかりやすく伝えることを意識しています。
また「Eラジ」はEducation(教育)のEで、私自身の研究に関連する話題を扱っています。社内には「さくらの学校支援プロジェクト」のほかにも、IT人材育成を目指す「KidsVenture」と「高専支援プロジェクト」という教育関連の取り組みがあります。そのメンバーをゲストに呼んで話を聞いたり、最近だと大学共通テストで初めて「情報I」が受験科目になったことを取り上げたりしていますね。
社内での反応はいかがですか?
ありがたいことにけっこう反響があり、ファンになって毎回必ず聞いてくれている社員もいるんですよ。「Labラジ」は技術的な質問が多く、「こんな講座を研究所でやって欲しい」という声が届くこともありますね。「Labラジ」に出た研究員が、社内で同じ関心を持つ仲間を見つけられたという効果もありました。そのときはメールの技術について発信したのですが、実際に社内でメールサービスの構築や保守に関わる社員などと広くつながり、研究のノウハウを現場に渡すことができるようになったんです。
またEラジは、子どものいる社員が自分の子どもの学校について興味を持つきっかけになっているようです。Eラジで保護者座談会を企画したときには、私も保護者の率直な声を知ることができました。学校教育を考えるには保護者の理解を得ることがとても大切だと感じているので、保護者向けの発信も増やしていきたいですね。社員が教育について専門的な知識をつけられる機会にできればと考えています。
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北海道地域の人材をつなぐハブになる

朝倉さんが教育的な視点で行動されることが、社内外のいろいろな場所を活性化しているんですね。これからもその力が発揮されそうです。
私はいろいろなものをつないでいくのが得意なほうで、「せっかくここにいいものがあるから、あっちにうまく影響を与えることができるかもしれない」と、一石二鳥のような発想でよく考えています。
「さくらの学校支援プロジェクト」でも、北海道のプログラミング教育の支援者をつないでネットワークを作り、パンフレットを制作して北海道の教育委員会に紹介していました。北海道はとても広くてどこに支援者がいるのかわからないので、学校の先生が困ったときに自分から支援者につながれるようにしたかったんです。さくらインターネットがハブになるようなイメージですね。
さくらインターネットはインフラの会社ですから、人をつなぐハブになるというのは会社の性質ともリンクしているような気がしています。北海道で教育支援のためにさまざまな立場で動いている人がいますから、そういう人たちの情報を一元的にまとめて、そこに相談がくれば困りごとに応じて必要な人を紹介してつながりを広げていけるような、そんな立ち位置を今後も作っていきたいです。

執筆
狩野 さやか
教育ICTライター。教育現場でのICT活用やプログラミング教育、デジタルリテラシー育成などに詳しく、学校取材やインタビューなど多くの記事を執筆している。著書に「デジタル世界の歩き方」(ほるぷ出版)ほか。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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