経済産業省が作成した『2020年版ものづくり白書』によると、日本の産業が目指すべき姿として「Connected Industries(コネクテッドインダストリーズ)」というコンセプトを提唱しています。これはデータを通じて機会や技術、そして人などがつながることで新たな付加価値が生まれ、社会課題の解決を目指す産業のあり方です。
この「コネクテッドインダストリーズ」を実現するうえでカギとなるのが、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などの最新デジタル技術です。IoTについては、こちらの「IoTの意味とは?社会が変わる技術の仕組みをわかりやすく解説」でくわしく紹介しています。こうしたデジタル技術の活用が製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進していきます。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、サプライチェーンが分断され、製造業の売上は大きく落ち込みました。製造業にとって、DX推進が必要不可欠だとあらためて思い知らされました。今後はDXにより企業を変革することが、不確実性の高い時代において必要とされています。
製造業の課題と戦略
製造業のDXについて考える前に、製造業の課題にはどのようなものがあるのか見ていきます。経産省は『2018年版ものづくり白書』で、日本の製造業が直面している課題を4つ挙げています。
- 人材の量的不足に加え質的な抜本変化に対応できていないおそれ
- 従来『強み』と考えてきたものが、成長や変革の足かせになるおそれ
- 経済社会のデジタル化等の大きな変革期の本質的なインパクトを経営者が認識できていないおそれ
- 非連続的な変革が必要であることを経営者が認識できていないおそれ
この課題に対して『2019年版ものづくり白書』では、戦略として次の4つが重要としています。
- 世界シェアの強み、良質なデータを活かしたニーズ特化型サービスの提供
- 第四次産業革命下の重要部素材における世界シェアの獲得
- 新たな時代において必要となるスキル人材の確保と組織作り
- 技能のデジタル化と徹底的な省力化の実施
戦略のうち、多くはデジタルの力を必要としていることがわかります。しかしデータを見ると、2019年まではデジタル化やデータの利活用が進んでいないことがわかります。
今後、製造業のDX推進をする必要があるのは明らかです。ここからは実際にDX推進に取り組んでいる製造業の事例を紹介していきます。
株式会社フジシールが取り組むDX
株式会社フジシールは、シュリンクラベルとよばれるどんな形の容器にもフィットするラベルや、タックラベルとよばれる加工されたシール用ラベルを製造している企業です。製品は、多くの飲料ボトルや日用品に利用されています。
2020年から代表を務める松﨑 耕介 氏は、日本IBMで25年以上働いており、ITを活用した業務変革をたくさん見てきました。そこで学んだDXを成功させるために必要なことは、「トップの強いリーダーシップ」と「若手を巻き込んだプロジェクト体制」だと語ります。
※2021年6月に開催されたイベント「Salesforce Live: Japan」に登壇された内容をもとに紹介していきます。
日本企業の遅れ
はじめに、日本とアメリカでデジタルトランスフォーメーションに対して、どれくらい取り組みの違いがあるのか、説明してくれました。
「アメリカの製造業の営業利益率は8%ほどに対して、日本の製造業の営業利益率は5%にも届きません。また、日本とアメリカではIT投資に対する意識が年を追うごとに差が開いています。アメリカの製造業のIT投資は売上の約4.1%で、日本の製造業は売上の約1.45%です。日本企業は、ほとんどIT投資の額が増えていない。DXができていません」(松﨑氏)
アメリカの製造業はIT投資が活発で、日本の製造業はIT投資に消極的だとわかります。単純に投資額だけで計れるものでもありませんが、デジタル化への意識の違いは明らかです。
フジシールの状況
松﨑氏はフジシールに入社して驚いたことがあったそうです。それは、アシスタントの方が紙に穴を開け、そこにヒモを通してファイルに保管していたこと。システムも16種類ほどあり、いろいろな人が異なるシステムで入力していて、データの連携ができていなかったそうです。そこで松﨑氏は、DXの第一歩として業務プロセスの改善に取り組みます。
「業務プロセスの簡素化、効率化に取り組んでいます。簡単にいうと、無駄なプロセスをなくして、ペーパーレス化を進めています。データとして有効活用できる状態で、ペーパーレス化が必要です。稟議や承認プロセスの簡略化に加え、電子捺印や電子署名を活用します。情報資源の共有にも取り組んでいます。これにより、情報や記録を探す時間を排除して、作業時間の短縮を実現したいです。また、各部門が保有するデータをナレッジとして活用・分析し、品質向上と予防保全を実現します」(松﨑氏)
過去の資料や契約書などの情報を紙で保存している場合、確認をするためには出社して紙を探す必要があります。それではテレワークは不可能ですし、情報を探す手間と時間がかかります。データ化することで業務の効率化をおこない、社員のリソースをほかにあてることができます。
「日本の製造業は、まだまだ生産性向上の余地があると思うので、成長のためにもDXの推進が必要です」(松﨑氏)
松﨑氏はDXの推進によって、株式会社フジシールの年間売上を45億円増、年間コストを1.1億円減らせると期待しています。
※フジシールの売上高は2019年度で975億円(連結売上高は1621億円)
まさに成長のため、DXの推進が必要といえます。続いてもう一社、製造業のDX推進事例をご紹介します。
株式会社トヨックスが取り組むDX
製造業として、ホースや継手など産業設備用の部品をあつかう株式会社トヨックス。1963年に創業された老舗企業で、この分野では日本トップシェアです。DXで見えた顧客の声に商機を見いだし、狙った商品の売上3倍増を実現しました。
どのようにして結果を出すことができたのか? カギはITツールの活用と営業プロセスにあるそうです。
株式会社トヨックスでは10年以上前からITツールの導入を進めました。その結果、非常に大きな成果を出したそうです。
「ITツールの導入により、ホームページへの年間アクセス件数が2倍、累積お問い合わせの件数が10倍、見込み客数が5倍、そして狙いの商品群の売上が3倍になりました」(能沢氏)
具体的にどのようにして、これだけの結果をあげたのか。その答えはデジタルを活用した営業プロセスにあります。
「取り組んだのは、デジタルを活用した営業プロセスです。まず情報発信をすることで集客をし、商品の特徴、他社との違いなどをお客さまにご理解いただきます。お客さまにご理解いただいた段階で販売に入るのですが、『お試し』という形で一度使ってみていただくことが、非常に大きなポイントです。そして、一度ご利用いただいたお客さまに、もう一度ご愛顧いただく。いわゆるファン化です」(能沢氏)
デジタルを活用して「お客さんをファンにする」。これが株式会社トヨックスの売上増につながったといいます。お客さんをファン化するための具体的な取り組みについても語ってくれました。
「具体的には、お客さまの声をデータ化して、営業提案の質を改善しました。さらに顧客情報をデータで集積して、お客さまの課題とやりたいことを見つけました。たとえばお客さまから『柔らかいホースはありますか?』と問い合わせがあるとします。そこでなぜ柔らかいホースが必要なのかを深堀りし、お客さまの声をデータとしてためます。お客さまが何を求めているのかを考え、ベネフィットを提案できるようにホームページやメルマガで発信するのです」(能沢氏)
お客さんの声を分析して、ホームページやメルマガの改善に役立てることで、効果的な情報を届けられるので、ホームページのアクセス数や問い合わせ数が増加。売上にも繋がったといいます。
デジタル定着化への道のり
デジタル活用前から、商品の問い合わせはあったそうですが、社員によって問い合わせへの対応が異なっていたそうです。
「デジタル活用前は、ある社員はExcelを使ってお客さまの問い合わせをまとめていて、ある社員は電話だけで対応してしまっていました。それぞれがバラバラだったんです。それをしっかりとまとめて、お客さまに対応していくようにしました。デジタル導入当初は苦労しましたが、少しずつ改善を進め、定着までたどり着きました」(能沢氏)
デジタルを定着させるには、コツコツと改善を進める必要があるといいます。社員の中にはデジタルに対して苦手意識を持っている方も少ないありません。
短期間で結果を出そうとするのではなく、長期的な視点で変革を進めていく必要があるのではないでしょうか。
まとめ
経済産業省が作成している『ものづくり白書』から、製造業の課題と戦略を確認しました。また、実際にDX推進に取り組んでいる二社から、DX推進に必要な考え方や効果について学べたと思います。
株式会社フジシール 松﨑社長がおっしゃるように、DXを成功させるためには、「トップの強いリーダーシップ」と「若手を巻き込んだプロジェクト体制」が欠かせません。また、株式会社トヨックス能沢氏がおっしゃるように、DXの推進には改善を少しずつ進めて、組織や社員の意識を変革することも大事です。
日本は海外と比べてDX化が遅れている状況ですが、伸びしろがあるともいえます。まずはDXのはじめの一歩から踏み出しませんか?
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