新型コロナウイルス感染症の拡大によって、働き方が大きく変わった日本。
そんな中、コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)副会長を務め、日本全体のIT化を進める動きを担うサイボウズ代表・青野さんとさくらインターネット代表・田中との対談が実現。
日本のIT化について、企業がどうITを活用していくか、これからの働き方について語ってもらいました。
田中邦裕(以下、田中):今回の対談でお話する青野さんとはコンピュータソフトウェア協会(CSAJ)という業界団体で、共に副会長をしています。デジタル庁の創設だとか、国全体の IT化を進める動きはありますが、なかなか進まないことに対して、しびれを切らしているところです。
そんな中で、その最先鋒である青野さんといろいろなお話をさせていただきます。
青野慶久さん(以下、青野):青野でございます。田中さんとお話できるのは大変楽しみです。いきなり変なことを言いますけれども、本当に僕、田中さんのことが大好きなんですよ(笑)。
田中: ありがとうございます(笑)。
サイボウズがやりたいこと
青野:サイボウズですが、相変わらずグループウェアばかりやっています。情報を共有すればもうちょっとみんな楽しく、効率よく働けるよね、ということで、グループウェアを作り続けています。
主力商品はいくつかに絞っています。とくに「kintone(キントーン)」ですね。業務アプリ開発基盤になります。そのほかに、スケジューラーや掲示板が中心の「サイボウズ Office」、「Garoon(ガルーン)」。これらが主力商品です。
イメージとして僕が作りたいのは、ホワイトボードなんですよ。「超巨大なホワイトボード」を組織の中に置きたいんです。そこに開発部門、営業部門、マーケティング部門、管理部門など、あらゆる部門が書いたら社内の情報をみんなで見られます。
そうしたら、組織ごとの対立もなくなるだろうし、もっとスムーズに効率よく仕事ができるんじゃないかな。
田中:ああ、そういうことだったんですね。kintone って、一人がクラウド上に構築したらみんなが使えるじゃないですか。個別にならないのだけれども、自分で作り上げるという、この感覚はやはりクラウドがないとできなかった価値ですよね。
青野:そうなんです。まさにクラウドでないと無理でしょうね。ローカルに落としちゃうと、中央で全体を最適化するために管理できないですから。
田中:そうなんですよ。それで間違ったやり方だと「じゃあ、個人のパソコンを管理するソフトを入れよう」みたいな感じになっちゃうんですよね。
青野: 現場で勝手にやるな、みたいになっちゃいますからね。
田中:そうですね。
青野:現場が勝手にやるけど、全体としてなんとか調和が取れる、というものを目指すといいと思うんです。クラウドによって、それができるかもしれない。
田中:そこの感覚を企業さんに伝えたいですよね。現場が勝手にやるけど、全員でそれをシェアしているから、意味不明な「野良」が増えるわけではないですよね。
青野:野良が出てきたら「これ、野良だからこっちと統合したら?」と言えるわけです。
田中:なるほど。基本にあるのは「共有」なんでしょうね。
青野:そうですね。「大きなホワイトボード」の何が大事かというと、全員が全部を見られることです。”勝手にやるけど、勝手にやっていること”は見えます。
田中:いいですね。「勝手にやる」のだけれども、勝手にやっているのが(周囲から)見えれば、実は勝手でもないんですよね。
青野:そうなんです。この辺がこれからの情報システム部門に求められる、さじ加減ですね。
田中:弊社でもkintoneを利用しています。ポイントなのは、情シスが始めたわけではなくて現場が始めて、いつの間にか他の部門も「便利だね」って使い始めて……という感じなんですよね。
青野:さすがやなあ。これは、もう風土ですよ。上から言うことを聞かせたがる人がいっぱいいる組織だと、残念ながらツールの良さが活きないんです。それはさくらインターネットさんの、自由でオープンな風土だと思いますね。
現在の日本のデジタル化をどう感じているか
青野:性格的には僕がどちらかというと攻撃的にディスるタイプで、田中さんは建設的に積み上げてくれるタイプ。なので僕はそれを期待しながら、ディスりたいと思うのですけれども(笑)。
田中:(笑)。
青野:日本のデジタル化はダメですよね。マイナンバーカードとかも、何がダメかというと、物理カードを今から発行して全国民に配るというところ。
必要な人だけに配るのだったら、まだわかりますよ。あれを全国民に配ろうとするなんて、どれくらいコストがかかるんだと思いますね。
田中:そうですよね。
青野:筋の悪さだけじゃなくて、その進め方です。トップダウンに進めているんですよ。欲しいかどうかは関係なく、上から「お前ら、使えコラ!」みたいな。
それでどれくらい現場の人が喜ぶかとか、配布する自治体のオペレーションが大変かとか、考えないですよね。
それでも、うれしいなと思うのは「もうちょっとデジタル化しないとね」という世論の空気が少し出てきたこと。これは日本にとって一歩前進かなと思います。
田中:マイナンバーでいうと、おっしゃる通り「カード」というのがナンセンスだと思います。マイナンバーがあること自体は、まあまあ悪くないと思うんです。
かつマイナンバーって、一人ひとつになっているけれど、サイトごとに発行できればいいんじゃないかと思います。
サイトごとに発行して、そのサイトの管理者、例えばさくらインターネットが申し込みを受け付けるときに、さくら専用にその人のマイナンバーを生成する。それを照会すると本人かどうかがわかる程度の、本人確認のための KYC みたいな手段だと、すごく有効だとは思うんです。
青野:うんうん。
田中:そうすれば、補助金などを受けるのも、本人かどうかが分かりますよね。
Facebook にしたって、LINE にしたって「Facebook でログイン」とか「LINE でログイン」がすでにあるじゃないですか。
ID管理ってすごく重要だし「誰かが管理しているのは嫌だ」と言っても、みんなもうLINE のIDなんて、ほとんどの国民が持っているわけです。IDを国民1人ごとに発行するのは良いけど、なぜ物理カードになるんだ? と思いますね。
青野:もう、設計がおかしいですよね。1回立ち止まって考え直したら? と思うけど、走り出したら止まらない。
田中:API連携ができないので、APIの部分を紙でやっている感覚ですね。
青野:なるほど。アナログAPIで、人が介在しないといけないということですね。
田中:データって、共有できるものなのだけれども、伝達するものになっています。「情報共有と情報伝達は違う」という話があります。これ、青野さんがよくおっしゃっていますよね。まさに、そのものかなと思いますね。
青野:そんな中、コロナ禍で国民がデジタル化に向けて踏み出そうとしています。今までは、デジタルよりアナログだろうと言っていたような人でも、コロナで出社できなくなったら、さすがにビデオ会議を使ってみたり、クラウドで情報共有をしていると思うのですが、これはどう思いますか?
田中:非常に良い流れだと思います。国ですら変わってきましたし、政治家の方ですら変わっていますよね。決裁権を持った人たちが IT を容認し始めたら、若い人たちはそもそも IT でやりたかったわけなので、雪崩を打ったように変わると思います。
青野:そうなればいいですが、なかなかどうでしょうかね。
田中:青野さんがデジタル化で懸念しているのは、どんなところですか?
青野:「GIGA スクール構想」のところですかね。子どもに一人一台コンピューター端末を配る。僕らからしたら念願ですよね。とにかく次の世代は、IT ネイティブにしてあげないといけない。
配るのはいいのですが、配ってから自由にさせてあげられるかな? ということが心配です。何か縛りをかけてインターネットすら、ちゃんと見られないような端末にしてしまわないかなと思っているんです。
田中:最初は「端末を家に持って帰ってはいけない」という流れがあったんですよね。それはおかしいだろう、となり家に持って帰れるようになりました。ただネットも弱いし、フィルタリングが変な形で掛かったりします。
そういうのが自治体任せなんですよね。トップダウンがいいのか、ボトムアップがいいのかはよくわからないけれども、トップダウンでガン! と来るわりに、ボトムアップで何かやれるかというと、もう業者の言いなりじゃないですか。
だから、子どもにとって一番良いものよりも、責められないことを一番に考えるのが、風潮としては気になりますね。
青野:大人の理屈でやっちゃうのは、かわいそうですね。
IoTについて
田中:基本的に、IoT って手段だと思うんですよね。例えば「見守り」。これまでだと、すごいシステムを作らないといけなかったけど、今では市販されている見守りのキットが売っています。
それで連絡が来なかったら kintone 経由で通知するようなアプリを自分で作ればいいですよね。そういうことをやりたい人がITを駆使すれば、すぐできるんじゃないですかね。
青野:うん、ずいぶん敷居が下がりましたよね。
田中:そうなんです。敷居が下がっているのに、ITをさも難しいかのように言っていること自体が問題かなと感じています。
デジタル庁について
田中:最近、デジタル庁関連のことに青野さんを誘っているんですよ。
青野:(笑)
田中:最初にお話しましたが、私も青野さんもコンピュータソフトウェア協会という業界団体で副会長をしています。デジタル庁のやり方が、古いのか新しいのか、よくわからないということで、眺めていました。
とはいえ、僕らが入ってデジタル庁のやっていることに対して「いや、これ違うんじゃないの」とか明確に言ったほうがいいんじゃないかな、という話を青野さんに投げかけているところです。
青野:そうですね。破壊者が必要であれば呼んでいただければ(笑)。ただ、僕が入りにくいなと思っていることがあります。
僕はやはり「ベンダー」なので、「そんなん、kintone を使えばええやん」って言ってしまったら、ある意味、我田引水になってしまいます。
サイボウズの社長をやっている以上は、中立的な立場で入ることができないので、ちょっと入りにくいなと思って眺めているところです。
田中:実は私もそうなんですよね。さくらインターネットはインフラの会社なので、「国内にもクラウドあるよ」みたいなことを言ったら「AWS、Azureはどうすんねん」ってなります。国内に誘導しようとしているんじゃないか、って言われるだろうなと思うんですよね。
青野:でも、クラウドこそ国の重要データを置くんだから、それは国産使っといたほうがええんちゃうの? と思いますけどね。
コロナ禍での社内コミュニケーション不足について
青野:サイボウズ社内の話でいうと、Slackなどのチャットツールは一部の人しか使っていません。なぜかというと、サイボウズでは時間も場所もバラバラな人たちが働くことが前提ですから。
チャットってリアルタイムに、相手に電話をかけるような感じですよね。相手がどんな状況かわからないのに、チャットで話しかけて「返事がない、遅い」みたいなことを言っちゃうと、働き方の多様化とは逆行しますから。
社内では殆どのコミュニケーションを kintone でやっています。サイボウズでは2020年2月末から原則全員在宅勤務になったんですけど、そうしたら社内の kintone への書き込み量が5倍になったんですよ。それはなにを意味するかというと、やはり以前は口頭のコミュニケーションが相当あったということです。
口頭のコミュニケーションが減っちゃったから、みんな雑談をkintone上でするようになりました。
それによってある意味コミュニケーションが可視化したんです。口頭のコミュニケーションがグループウェア上にシフトすることで可視化ができて、より多くの人とコミュニケーションできるようになったのは、いいことかなと思います。
田中:全部チャットでやる、全部ストックでやる、というよりも使い分けだと思いますね。口頭のコミュニケーションが減って良くないという意見は多いですが、僕はずっと沖縄にいるから、東京のオフィスでやりとりされて雑談されたりすると、わからないんですよね。
最近、大阪の社員や北海道の社員が、「前よりも雑談に参加できるようになって良くなった」と言っているんです。いつも口頭で雑談していた人は不便になるけれども、バラバラの場所で働いて、バラバラの時間で働いている人にとっては、コミュニケーションが平準化します。なので、変な意味の平等じゃなくて、むしろ公平だと思いますよね。
青野:それによって、どんな拠点の人とも雑談ができるようになるわけですからね。雑談はオンラインでも増やせることを見せていきたいなと思います。
自社のビジネスで社会を変えたと思うこと
青野:創業から10年くらいは、ソフトウェアをダウンロード販売していたんです。2005年~ 2008年くらいから、クラウドの波が来て「クラウドすげえな」となりました。だって、ダウンロードしなくていいわけですよ。ネットで申し込んだら、いきなりサービスが使える。
クラウド化が進むと、使われ方が変わってきたんです。今までは企業の中にダウンロードして、ローカルの範囲で使っていたのが、企業をまたがって使うことが当たり前になってきました。
最近、驚いたのが新型コロナにおける病院間の情報共有ですね。神奈川県さんが病院の逼迫状況を知るためにkintoneを入れてくれたんです。
最初はアナログに手書きでやっていたのだけれども、さすがにこれは病院にとってきついので、オンライン化しようということでした。結果、入力もずいぶん簡単になって、リアルタイムに情報が集まるようになったんです。それがきっかけで今度は「全国でやろう」となりました。
「このパンデミック時に、僕たちのサービスが社会インフラになっているぞ」と思ったんです。
これはちょっとドキッとしましたし、しっかり運用しなければと思いましたね。田中さんはどうですか?
田中:端的にいうと「インターネットを Web の世界にする」ところで、我々は貢献できたのかなと思っています。
インターネットって以前は専用線の代わりで、メールを送るとかが多かったじゃないですか。でも1996年~ 1997年くらいから、Web がすごく広がっていって Web でビジネスをする人が増えてきました。
当時は、ホビーユースというか、ビジネスよりちょっと手前の個人のホームページとか、ライトユーザー向けのサーバが無かったので、そこを開拓したところが大きいと思っているんです。
青野:それはもう、みんな借りていたと思いますよ。いまインターネットで活躍してる人たちも、最初はやっぱり自分のホームページ立ち上げるところからやってますから。
今後を見据えたときに、ビジネスにどのような変化が起こる?
青野:未来がわかりにくくなっているから、とにかく「柔軟に、柔軟に」だと思うんです。クラウドってまさに柔軟じゃないですか。自分でサーバ買ってきて、自分でシステム作って、それを社外に公開したら、アクセスがいっぱい来たときに耐え切れないですよね。そもそもアクセスが来るかどうかもわからない。
クラウドというテクノロジーが入ったことで、システムも柔軟にできるようになりました。
組織も柔軟にならないといけないだろうし、個人としても働くということに対して「柔軟」を心がけておいたほうがいいと思うんです。
コロナでわかったと思いますが、突然、勤めていた会社がなくなる可能性もあるわけじゃないですか。そういうことを前提に、どうやって自分の人生を柔軟に生きていくのか。ゴールを決めてそこを目指していくというよりは、今に集中して俊敏に変化していくことかなと思います。
田中:そういう意味だと、VUCA の時代※ってよくいいますよね。将来がわからないんだったら、変化しようよということです。
※VUCAとは、「Volatility(激動)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」の頭文字をつなげた言葉。
日本って相対的に、確定的にしていくことを好んでいた人が多いですよね。例えば効率化するとか、改善していくとか。どちらかというと固めていくほうですよね。
変化が激しくなかったときは、固めていく方向で良かったと思うんです。ただ、変化が激しくなると、それが不可能になります。
青野さんがおっしゃるように「変化前提」が大事。自分が安定させようとしているなと思った時点で「ハッ」としたほうがいいんだろうなと思います。
これからの働き方について
田中:まず残業をなくすことから始めたほうがいいとは思いますが、労働時間を短くして、副業しやすい環境をつくる。そうしてほかの会社で副業しながら給与をもらって経験を積めば、社員のスキルも上がりますよね。会社としては、給与を払っていないのに副業先で勉強してきてくれるって、最高じゃないですか。
青野:本当に、コロナの影響でさらに副業がやりやすくなりましたね。出勤しなくても大丈夫な会社が増えましたからね。
田中:とにかく「働き方、生き方」は、楽しく働き、楽しく生きる。関わった人が楽しい、幸せということが、本質だと思います。
青野:もっとみんな「幸せに生きる」ことを考えたほうがいいと思うんですよね。社会のため、会社のため、経済のためとかいいますが、結局その先にあるのって、人の幸福なわけじゃないですか。
ありふれた言葉ですが、一人ひとりが、もっと”幸せ”を意識しながら行動すると楽しめますよね。
田中:そうですね。自分が幸せで、ほかの人にも幸せになってもらう。当たり前のことなんだけど、歯の浮くような言い方をみんな嫌うんですよね。
「幸せにやる」とか「楽しくやる」ことに対しての拒否反応がすごく激しいじゃないですか。その拒否反応をまず捨てる。そこからスタートすればいいのかなとは思います。
変化の激しい時代に「変わらないもの」
田中:これだけ変化が激しい時代なので「変わるもの」を前提にやっていこうと話をしてきました。それでも青野さんが思う「変わらないもの」って何だと思いますか?
青野:「自分が楽しめているんだろうか」「相手の人は楽しめているんだろうか」それを確認することですね。それは多分変わらないんでしょうね。
田中:なるほど。
青野:感情って瞬間的に”今”発生するものだから、今に集中しないといけないと思います。その”今”を感じ取りながら、柔軟に変わっていく。そんな感じかなと思います。
田中:キーワードとしては、「今」を生きる。楽しく。
「今、自分が楽しいか?」という問いかけが重要かもしれないですね。