小塚崇彦さん「フィギュアスケーターの経験を活かし、スケート靴を開発」

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小塚 崇彦(こづか たかひこ)さん

1989年2月27日生まれ、愛知県名古屋市出身。5歳の時に本格的にフィギュアスケートを始める。主な実績は、バンクーバー五輪8位、世界選手権2位、全日本選手権優勝など。2016年に現役引退を表明し、現在はフィギュアスケートを始めとしたスポーツの普及活動や、スケート靴の開発、スケート教室(小塚アカデミー)の運営などに取り組む。中京大学大学院 体育学研究科 体育学専攻 博士前期課程修了。

公式ページ:http://takahiko-k.com/

Twitter:@takakozuka

さくマガでは、各界の著名人から仕事のヒントを得ようということで、さまざまな方にインタビューをしています。今回は、元フィギュアスケート選手で、五輪の出場経験もある小塚崇彦さんに、現在のお仕事のことや、さまざまな仕事をする上で意識していることなどを語っていただきました。

相手に伝わるように話すこと

ーー本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、小塚さんは今どんなお仕事をされているんでしょうか。

いろいろあるんですが、トヨタ自動車の社員としての仕事と、フィギュアスケートの靴の開発、スケート教室などをやっています。

トヨタ自動車の社員といっても、車を作っているわけではないんですけど(笑)。社内でスポーツに関するイベントがあったりするので、そういったときにスポーツ選手としての知識を生かして、アドバイザーをしたりとかですね。

 

先日、日本パラ陸上競技選手権大会では、リモート中継のMCをやったりもしました。基本的にはスポーツをどのように盛り上げて、社員の方々には士気を上げてもらい、皆さんにトヨタを好きになってもらうか、というのが仕事です。

もちろん、フィギュアスケートの練習もしているんですが、選手たちを教えるほうに重点を置きはじめていますね。全く練習しないわけではないんですけど、現役の選手だった頃ほど毎日ということではないです。

 

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イベントで滑走する小塚さん(ご本人提供、2019年12月撮影)

 

ーー多岐にわたるお仕事をされていますが、複数の仕事を続けるうえで大事にしていることや意識していることはありますか?

現役のころから、選手をしながらいろいろなことをやりたいと思うほうでした。大学院に行ったり、スケート教室を運営する団体も立ち上げていたので。いろいろやってみようっていう、挑戦する気持ちはいつも持つようにしています。

仕事の管理については、本当に周りの人に助けられているなと思います。多くの方々の助けがあってこそ、今のような形で活動できているんだと思いますね。

 

あと、例えばスケート靴の開発だと、技術者のお話が専門的過ぎてわからないということがあるし、逆に僕がスケートの話をしたら、それも専門的過ぎて技術者に伝わらないことがあります。そういうときは、あいだをとってもらったりとか、自分自身もっとかみ砕いて話をしようと考えています。

専門用語を並べたとしても、相手に伝わらなかったら意味がないですし、余計に時間を使ってしまいます。なので、最初からわかりやすく話をするというのは、気を付けていますね。

 

大学院生だったときに、「幼稚園の子でもわかるように話をしなさい」と教えてくださった先生がいました。研究の論文って難しいじゃないですか。誰もが読むものではないですよね。その専門分野の人は読みたいと思うかもしれないけど、それ以外の人たちに、自分の研究成果をどうやって伝えていくかって考えたら、かみ砕いてかみ砕いて伝えていくしか方法がないと思うんですよ。

研究の成果って、素晴らしいものがたくさんあって、それが論文だけで終わってしまうのはもったいない。そういうところの「通訳」ができればいいなって思って、大学院に行ったというのはありますね。

 

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イベントで子どもたちとふれあう小塚さん(ご本人提供、2020年1月撮影)

バイオメカニクスとフィギュアスケート

ーーフィギュアスケートのテレビ中継でジャンプの高さや幅などを計測したデータが表示されるなど、新しい試みで面白いなと感じました。フィギュアスケート界では、今後もそのような技術を利用する場面は増えていくと思いますか?

ジャンプの計測っていうと、バイオメカニクスと呼ばれるものなんですけど、実は僕も大学院で専攻していました。

そういった具体的な数値がわかってくることで、いろんなことが次につながっていく。それは間違いないんですが、バイオメカニクスでできることって、「将来を良くする」というよりも、「今までやってきたことの証明」だと僕は思っています。

 

日本語に訳すと、バイオメカニクス=生体力学なんですね。つまり「人間が動いたものを力学的に解説するとこういうことになります」というものなので、「こうやったらジャンプ跳べますよ」というのは、人間の身体が解き明かされない限り難しいでしょうね。

 

例えば「5回転ジャンプやってください」って脳にインプットしたら跳べるようになる、という時代がもしかしたら来るかもしれないけど、それはなかなか難しいと思います(笑)。将来的にできるかもしれないことっていうと、人間の可能性を引き上げるサポートじゃないでしょうか。人間がどこまで限界を超えていけるのかっていうところのサポートですね。

そういった話でいうと、僕が取り組んでいるスケート靴のブレードの開発もそのひとつじゃないかなと思っています。

 

ブレード開発は選手時代の問題意識から

ーースケート靴のブレードの開発というのはどういったきっかけではじめたんですか?

父(小塚嗣彦氏)の知り合いの方に山一ハガネさんを紹介していただいたことがきっかけです。山一ハガネさんの技術だったら、ブレードが作れそうだという話になり、そこから始まりました。

もともとスケート靴に関しては、困っている選手がいっぱいいたんです。4回転ジャンプを跳んだりすると衝撃が大きいのか、ブレードが折れたり、曲がってきちゃったりするんですね。自分の感覚では変わっていないつもりでも、ちょっとずつの積み重ねで靴自体は変わってくる。その変化に、自分の身体が合わせていってるはずなんです、どう考えても。

 

そういうことをしなくていいようなブレードってどこかにないかなっていうのは、現役のときからなんとなく考えてはいました。

僕の靴をちょっとお見せしますね。これはまだ履いていないものなので、靴底がたいらになっているんですけど、これがどんどん縦にめり込んでいくんです。ブレードに垂直にジャンプを降りるので、靴底の真ん中に、谷ができていく感じです。

 

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ご自身の靴を使って説明してくださいました

 

構造としては、靴裏にくっつく土台部分となる1枚目と、刃の部分の2枚目という感じなんですけど、1枚目の板が羽みたいにひん曲がっていくんです。やはり、こんなことになるのはジャンプなどの衝撃に耐えきれていないからなんじゃないかと……。そう思ったのが一番最初です。

あとは、日本の技術のクオリティ、手先の器用さですよね。それをうまく生かせたらいいものができるんじゃないかと考えました。さきほど、1枚目と2枚目の板と説明しましたが、この部分って、多くの場合は溶接してくっつけてあるものなんです。これが、前後にズレていたり、角度がズレていたりするんですよね。そういうのがないように、毎回、同じ形のものが欲しいなと。

 

そうすれば、靴を変えるたびに、ブレードの形に身体を合わせる必要はないわけじゃないですか。合わせる時間ってもったいないと思うんです。なので、毎回、ミクロン単位で同じものが作れるようにしています(編集注:山一ハガネさんでは、2枚の板を溶接せず、ブレード全体を削りだす方法のため、毎回同じものができてくるようになっています)。

実は、某社にスケート靴を作ってほしいっていう話をしにいったこともあるんですよ。いつだったかな……多分、バンクーバー五輪に出場するよりも前ですね。

 

でもその時は、需要と供給が合わないということで、実現しませんでした。やはり、大きな会社だといろいろな事情が絡んでくるので、なかなか難しかったんですよね。その当時は「なんだよー、靴のプロフェッショナルなのに」って思ったりしましたけど(笑)。大人になって自分も会社員になると、そういうところも理解できるようになってきましたね。

 

フィギュアスケーターのセカンドキャリア

ーー現役引退後、どういうことをやっていくか、どのように考えていましたか?

現役の頃から、いろいろな方向性を考えてはいました。大学院で研究に進む可能性もあったし、スケートの先生っていうのも少なからず考えてはいたし。スケート教室を運営する団体を立ち上げたというのも、もともとOB・OGが活躍する場を作りたい、フィギュアスケートを長く続けてきた人が、引退した後に活躍できる場所があったらいいな、という思いがありました。

やはり、フィギュアスケートって、ひとつの大きなコミュニティだと思うんですよ。共通言語があるんですよね。楽しかった試合の思い出なのか、嫌いだった先生の思い出なのか(笑)、わからないですけど、そういう話ができるって素晴らしい環境なので、気軽に先輩と後輩がつながれるような場がもっとあったらいいなと。

 

というのは、僕と同じようなOB・OGの中で、スケートを教えている人だったり、アイスショーに出ている人とか、スケートに何らかの形で関わっている人たち以外は、本当に関われる場がゼロになっちゃってたんです。

それで、そういう人たちとスケート界をつなぐパイプが多くなればいいなと。OB・OGの方がフィギュアスケートをやってきて得た経験や技術を、若い世代や今からスケートをはじめたいっていう人たちにつなげていけたらいいなと思って、スケート教室の先生という形で参加してもらっています。例えば、普通に月~金で働いている人だったら、土日のどっちかでスケートを教えてみませんか、という感じですね。

 

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「小塚アカデミー(スケート教室)」の様子(ご本人提供、2019年12月撮影)

 

思い立ったら即行動

ーーお仕事とプライベートの切り替えはどうやっていますか?

はっきり区別はしてるかもしれないです。仕事をするときは思いっきり仕事して、遊んだり、飲みに行ったりとかっていうのも思いっきりする。でも、遊んでいるときも仕事関連で、思いついたことがあったらすぐに行動するようにはしています。

今、スケート靴のブーツの部分も開発しているんですけど、それは、元スピードスケート選手の清水宏保さんにご紹介いただいたのがきっかけだったんです。清水さんとは、富士スピードウェイでレースに出たときに少し話をしていて。清水さんも、僕とは違うクラスで出場されていたんです。

 

後日、清水さんから電話がかかってきたんですね。僕はそのとき移動中で、海老名のインターで眠くなって寝ていたんです(笑)。最初、寝てたから電話に気づかなくて、「やべ、清水さんから電話きてる」と思って出たら「今なにしてるの」って。「寝てました」「そっか」みたいな(笑)。

それで、清水さんのスケート靴を作ってくれた人が、「フィギュアスケートの靴も作りたいって言ってるから、その話にちょっとのってみないか」と。

清水さんが1998年の長野五輪で優勝したときの靴も作ってくれた人だったんです。「カーボンでフィギュアスケートの靴を作ったら、もっとジャンプ跳べると思うんだよね」と。それを聞いて、すぐに高速をおりて話をしに行きました(笑)。

 

いろいろ話を聞いているうちに、これならすごい靴ができるだろうなと思いました。それが、一昨年の7月ぐらいだったかな。今、開発を進めているところですね。

こんな感じで、仕事に対して何か「これだ!」と思ったときには、すぐにその現場に行くということは大事にしています。

 

ーー行動力がすごいですね。

そうですね……それはそうなんですけど……ただ、僕の問題は、ゼロから1にはできるんですけど、1から10にすることはできないということなんですよ。1から10にしてくれる人が周りにいてくれるから、なんとかなってると思うんですけど(笑)。発想力はあるんですけど、継続するのは……なので、本当に周りに助けられています。

 

ーーいや、ゼロから1を作り出すって、大多数の人が難しいと感じるところじゃないですかね。すごいと思いますよ。

ありがとうございます(笑)。まぁ、ゼロから1を作り出すって言っても、僕の場合は、まったくないゼロではなく、0.5と0.5、もともとあったものを合わせて1になっているって感じですかね。「あ、そういえばこのあいだこんなこと聞いたな、アレと一緒になったら面白いかも」とか。

 

いろいろ行動して、いろいろなところにいって、いろいろな人と話をしていると、知識がなんとなく頭の片隅に残っていて、それが引き出しになって、それをつなげれば何かができるかもしれないという発想ですね。

 

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ひとりでは成長できない

ーーありがとうございました。最後に、メディアのコンセプトが「やりたいことをできるに変える」なのですが、今後やりたいことについて語っていただきたいです。

うーん、今、これがしたい、というのはないかもしれない。多分、やりたいことは全部やってると思うので。

ただ、そういうものは今後も出てくると思うんですよね。なので、やりたいと思ったときに、すぐに行動できるようにしたいですね。そのためにも、いろいろな人と会って、いろいろな人と話すのが大事。自分の情報力だけでは、絶対1以上にはならないので。

 

トレーニングでも言われたことがあって。自分で自分を追い込んだとしても、それは1にしかならない。自分の中で限界を決めてやっているから。他の人から、例えばこれだけやりなさいって言われて、そこに追いついていくための1.2が、0.2の分だけ成長に繋がる。他の人たちの力を借りないと、自分の成長っていうのはなかなか難しいんだということです。だから、先生とかコーチがいるんですよね。

仕事に関しても、自分ひとりだけでやるわけではなくて、それぞれのプロフェッショナルの人たちがこうしたらいい、ああしたほうがいいって思うことを一緒にやっていくものですよね。

 

 

インタビュー中、わかりやすい言葉を選んだり、実際に靴を見せていただいたりと、とても丁寧にお話しくださった小塚さん。何度も繰り返し「周りの人に助けられている」とおっしゃっていたのも印象的でした。このような謙虚さと、さまざまな人の話に耳を傾ける姿勢が、多岐にわたるお仕事につながっているのかもしれません。