橋爪峻也さんは、全日本選手権出場など、素晴らしい成績を残した元フィギュアスケーターです。大学卒業と同時に競技を引退、現在は外資系食品メーカーのIT部門に勤務し、「仕事がとても充実している」と語る橋爪さん。しかし、新卒入社した会社では、「これまでの経験がまったく活かせなかった」と言います。そんな橋爪さんに、元スポーツ選手ならではの苦労や、ITの世界に飛び込んだきっかけなどについてうかがいました。
橋爪 峻也(はしづめ たかや)さん プロフィール
1993年生まれ。フィギュアスケート歴15年。大学卒業までフィギュアスケートに打ち込む。2013年・2014年全日本選手権出場。大学卒業後に競技を引退し、一般企業に就職。現在は外資系食品メーカーのIT部門に勤務。みずから立ち上げた「ヅメブログ」で、自身のキャリアやフィギュアスケートに関する情報発信をしている。
Twitter:@zumetsk8
ITに興味をもったきっかけ
――現在のお仕事について教えてください。
外資系食品メーカーのIT部門で働いています。仕事内容は、おもにSEO関連ですね。会社の認知向上と、潜在顧客層へのアプローチを目的として、メディアの企画・記事制作など、コンテンツマーケティングに携わっています。
そういう意味では、さくマガさんと似たようなお仕事かもしれません。取材の立会いをすることもあります。
――橋爪さんは、エンジニアのご経験もあるんですよね?
はい、エンジニアとして働いていたのは、いまの会社の2つ前に勤務していた医療系ベンチャーの会社です。そこではじめてITの世界に飛び込みました。医療従事者と治験希望者のマッチングするWebサービスの開発をしていました。
ただ、ベンチャー企業なので、やることが幅広くて(笑)。会社のWebサイトも見てほしいと言われたんです。
Webサイトの訪問者数を増やすことがひとつの目標だったのですが、そのときに「デジタルマーケティング」という概念を知りました。いまやっているWebの仕事に興味をもったきっかけになります。
――新卒で入社した会社では営業職だったとのことですが、ITに興味をもったきっかけはなにかあったのですか?
僕が入社した当時は、非効率な業務がとても多かったんです。Excelの作業ひとつとっても、関数でやればいいのに大量に手入力するような、そうした手間をかけることで「頑張っている」と評価されるような環境でした。
それは「なんか違うな」と思って自分で関数を作ってみたら、たまたまうまくいったんですね。「業務効率化するのが結構好きかもしれない、これがやりたいことかもしれない」と気づきました。
それで、プログラミングを学べばそういったことがもっとできるかもしれないと思い、スクールに通って勉強しました。
プログラミング自体はやはり、最初は難しかったですね。僕は文系の学部なので、情報の授業で最低限のパソコンの知識を身に着けている程度でした。ただ、趣味の延長でインターネットはつねに利用していましたので、ITに対する抵抗は無かったです。
競技引退後の進路
――フィギュアスケート選手として、全日本選手権に出場されるなど、素晴らしい経歴をお持ちですが、一般企業で働くことはいつごろから意識されていたのですか?
大学1年生のときぐらいから、卒業したら一般企業に就職しようと決めていましたね。でも、大学を卒業するまではフィギュアスケートを続けました。
僕と同じように、大学卒業を機に引退する選手は多いですよ。引退後の進路は世代によってバラバラです。コーチや振付師、プロスケーターなどの道に進む人が多い世代もあれば、逆に一般企業への就職を目指す人が多い世代もありますね。ただ、コーチを目指す人が半数以上はいるのではないでしょうか。
僕の世代は就活していた人が多いですが、じつは、一般企業で1、2年働いてからフィギュアスケート界に戻る人も多いんですよね。僕の世代になると、もう現役選手よりもコーチや振付師の知り合いのほうが多くなっちゃいました(笑)。
――橋爪さんは、フィギュアスケート関連のお仕事をしようとは思われなかったんですか?
思わなかったです。やるにしても、絶対違う形でやろうと決めていました。現場の人間としてではなく、個人で、少し俯瞰した立場でいたかったんです。それで、自分でブログを立ち上げて記事を書いたりしていました。
――就活中はフィギュアスケートの活動はどうされていたんですか?
一般的な大学生と同じように就活しながら、大会にも出ていました。やはり、練習よりも就活が優先にはなります。さすがにコーチも理解してくれていました。
練習量が少ない中で大会に出ないといけないので、就活の時期は成績が伸びづらいというのはありますね。就活のシーズンはなかなか集中できなくて難しいです。
苦労した新人時代
――新卒入社後はかなり苦労されたとうかがいました。どういったことが大変でしたか?
スポーツ選手に限らずみなさんそうだと思いますが、一番大変だったのは「ゼロスタート」だったことです。
自分は競技としてフィギュアスケートを15年もやってきたのに、その経験がなにも通用しませんでした。競技の経験があっても、周りの人にとっては全然関係ないんですよね。
僕は、なまじフィギュアスケートができてしまったので、受験などを経験せずに大学まで進んでしまいました。なので、知識面において、ほかの同期と比べて劣っていると感じていたんです。これは自分の努力不足で、そのツケがまわってきたという話ではあるのですが(笑)。
たとえば、文章の書き方にしても、「自分はできない側の人間なんだな」と思っていましたし、仕事を覚えるのも苦手で、よく怒られました。
――そういったご経験が、プログラミングの勉強をはじめたことにもつながっているのでしょうか?
そうですね。スキルが無いと戦っていけないと痛感しました。なにか武器になるようなものがないとなにもできないなと……でも僕はその当時まだ24、5歳ぐらいで、「それならなんでもできるな」とも思いました。
良くも悪くも、自分の若さをよくわかっていましたね(笑)。もとから決断と行動は早いほうですが、若さもあってフットワーク軽く動けたというのはあるかもしれないです。
競技の経験を活かす
――さきほどから何度かお話にも出ている橋爪さんのブログ(「ヅメブログ」)はどのような想いがあって始められたのでしょうか。
ブログをはじめた理由は2つあります。
1つは、自分の経験を伝えることで、フィギュアスケートが好きな方に新たな視点で楽しんでもらえるのではないかと思ったからです。自分が15年やってきたフィギュアスケートの経験を無かったことにしたくありませんでした。
もう1つは、アスリート、スポーツをしっかり頑張ってきた方の支援をしたいという想いです。僕と同じような苦労をしてほしくないですし、僕が苦労したこと、努力したことなどを共有することで、スムーズにセカンドキャリアを進められるヒントになればと考えています。
――ブログを拝見しましたが、フィギュアスケートの技の解説など、ありそうでなかなか無いコンテンツだと思います。
そうですね。どの界隈でもそうかもしれませんが、フィギュアスケート界の中で言語を留めてしまう傾向はあるかもしれません。一方で、フィギュアスケートのファンの方にとっては、知りたい情報だと思うんです。
「外に発信してはダメ」というわけではないのに、求められている情報があまり発信されていません。「少しでも誰かの役に立つのなら僕がやろう」と思ってやっています。
フィギュアスケートのテレビ中継などでは、いわゆる世界のトップで戦っていた元選手の方々が解説をされています。それもとてもシンプルでわかりやすいですし、もちろん正解だと思うのですが、トップの方々は「できる」ことが前提でお話しされています。
トップ選手たちの技術は非常に高度です。最近、試合でよく目にする四回転ジャンプも、当たり前のようにできることではありません。元フィギュアスケーターの立場でそういったことを伝えられたら、ファンの方もまた違った視点で観戦していただけるかなと思います。
ブログをはじめてから、同業者からも面白いと言っていただいたり、何人かから声をかけてもらって、ブログ掲載用に取材させてもらったりもしました。フィギュアスケートのファンの方からもコメントをいただいています。やってみてよかったなと思います。
――いま振り返ってみて、フィギュアスケーターとしての経験が活きていると思うことはありますか?
フィギュアスケートを通して、なにごとも努力が必要だと身にしみてわかっていることですね。形は違えど、継続と努力が重要だと思っています。
あとは、ほかの人と比べて、人前に出ることへの抵抗感が少ないと思います。大勢に見られるスポーツですからね。
たとえば、公共の場で大勢の人たちに注目されるようなときも、もちろん言葉に気を付ける必要はありますが、普段通りのペースを崩すことなく淡々とこなせます。そういう場が「怖い」と感じる人もいると思うので、その点についてはフィギュアスケートをやっていたからこそかもしれません。
橋爪さんのやりたいこと
――メディアのコンセプトが「やりたいことをできるに変える」なのですが、今後やりたいことについて語っていただきたいです。
先ほども触れましたが、スポーツ関係者の方々の苦労を少しでも減らしたいです。とりあえず就職したけど「なんか違うな」というモヤモヤ感は、多くの方が少なからず持っているのではないかと思います。そこをどう解消できるかを考えていきたいですね。
僕の場合は、ブログを作ったことで経験談も発信できて、ファンにも喜ばれて、お仕事につながったこともあります。文章を書くことやSEOの知識など、ブログをやってみて培われたスキルが本業に活きていて、人生に直結しています。それが答えではないですが、似たような経験をできるように、悩んでいる人たちと一緒に探していきたいです。
将来的には、自分のサービスを作りたいという想いもあります。スポーツ選手のファンの方々によろこんでもらえるような情報を開示できて、スポーツ選手も自分の経験がうまく発信できるようなプラットフォームができればと考えています。そのためにも、プログラミングの勉強も少しずつですが継続しています。