以前から親交があるというお二人にキャリアについて語っていただきました。この記事ではその対談の様子を記事にしました。
人生100年時代、サッカー選手やアスリートに限らず会社員もセカンドキャリアについて考える必要があります。お二人の対談にこれからのキャリアについてのヒントがあるはずです。
サッカー選手に限らず社会人のセカンドキャリアについて
中西哲生(以下、中西):そもそもですが、安彦さんはどうしてプロサッカー選手になろうと思ったんですか?
安彦考真(以下、安彦):自分の中で人生の後悔を取り返しに行くというのがテーマなんです。人生が嘘の上塗りになっていると感じていて……。
中西:その時にやりたかったことを、実現できなかったということですか?
安彦:そうですね。二十歳くらいの時にプロを目指してエスパルスのプロテストを受けさせてもらったんです。その時の練習試合の相手が青森山田高校のサッカー部員だったんですけど、一緒にプレーしたプロの味方にビビってしまって全然ダメだったんですよ。
ファーストプレーでミスしてしまって。当時、ブラジルから帰ってきて調子に乗っていた時期だったんですけどね。周りからプロテストどうだった?と聞かれても「それなりにやれた」と嘘をついてました。情けなくて弱くてダサい自分をさらけ出せなかったんです。そこに嘘の虚勢があったと思っているんです。
中西:それを聞くとあらためて嘘の上塗りっていう表現は違う気がします。安彦さんに限らず、自分に自信を持っていたのに鼻をへし折られて、このままの自分では通用しないという時期は誰にでもあります。
実際、僕も昔はフォワードをやっていて、ポジションが少しずつ下がっていき最終的に3バックの真ん中をやっていたので。
ただ自分としては、華やかなポジションをやりたい気持ちがあったんですが(笑)。 安彦さんはプロ選手としてこういうプロ選手になりたいという理想像があって、それを諦めるのが嫌だったんですか?
安彦:それはあります。カズさん(三浦知良選手)に憧れてたんです。ブラジルから帰ってきて成田空港で逆輸入的な感じでフラッシュを浴びてる姿に憧れたんですよ。
それで、新聞配達をしてお金をためてブラジルに行ったんですけど、プロテストで挫折して喪失感や劣等感が生まれてしまった。そこで反骨精神をもってできれば良かったんだけど、どこか斜に構えてできなかったんです。
中西:でも、現在はちゃんとプロサッカーチームに所属している。どうやって変われたんですか?
安彦:2つきっかけがありました。1つ目はスポーツ界を変えたいという強い思いがあったこと。2つ目は不登校の子どもが集まる学校で講師をしたこと。自分が教えたクラウドファンディングを生徒が実行した時に、自分もやるしかないなと思いました。
中西:教えていた生徒が一歩を踏み出したのを見て、自分もやらないといけない、ということですね。その時はもう失敗を怖がっていないし、カッコ悪いとか気にしてない。
おそらく社会人の方もセカンドキャリア、やってきた仕事とは違う仕事をしようとする時にそうなりがちですよね。僕もそうだったんですけど、今自分がやっている仕事から、次の仕事を始める時は不安しかない。この後、上手くいくかどうかも分からないですし。
僕は不安を取り除くためには準備しかないと考えています。失敗するのはカッコ悪いし、カッコ悪いの嫌いだし。もちろん良いところも見せたい(笑)。とにかく準備をしっかりすることを、常に心がけていました。
名古屋グランパスでサッカー選手を始めた時には、メディアの仕事をする準備をはじめていたんです。グランパスと川崎フロンターレで計9年の間、サッカー選手をしていたんですが、サッカー選手になった瞬間からもうメディアの仕事をするための準備をしていました。
最低でも2つの職業を生きなきゃいけない
中西:プロになっても成功する保証はないから、辞めた後のイメージをしておいたほうが良いと学生時代から父親に言われていました。サッカー選手は必ず人生で最低でも2つの職業を生きなきゃいけない職種だと、早くから認識できたことが良かったです。
安彦:そこまで考えていたなんてすごいですね。
中西:すごいのは親父です(笑)。今はメディアの仕事をしていますが、気持ちとしてはサッカー選手の時と同じですよ。この後、メディアの仕事を一生やっていけるかは分からないので、常に今の仕事と並行して新しいチャレンジをしています。
実際、この15年間パーソナルコーチをやっていて、中村俊輔選手のプレーのネタ出し係から長友佑都選手、永里優季選手、久保建英選手、中井卓大選手などとずっと一緒にトレーニングしています。
そのトレーニングのメソッド自体は完成しているので、そろそろ表に出して伝えても良いかなと。選手たちには無償で教えているので、それは仕事ではない。いつかパーソナルコーチを仕事にするかもしれないけど、まずは自分が選手とトレーニングをしながら、自分も選手から学ぶ。そして選手と共に進化し続けたいと15年間やってきました。
サッカーのパーソナルコーチの他にも、いくつか新しいことも並行して進めています。今後は、これが仕事になったら面白い、ということを準備することが、今の仕事にも良い影響を与えるんです。
これを読んでいる人も仕事をしていて、今の自分の仕事に違和感があって、他の仕事をしたくなったとします。遠回りをすることもあるかもしれないけれど、次の仕事っていうのは前の仕事よりも自分がやってみたかった仕事に、少しずつ近づいている感覚があるはずです。
それがセカンドキャリアを、より良いものにしていくためのヒントではないでしょうか。
準備不足は自分の責任
中西:もし自分が将来に対して不安があるのなら、それは準備が足りていないということです。何も不安がないなら、良い準備ができてるということですよね。今も自分自身にいつも言っているのは、準備不足っていうのは自分の責任だということです。
安彦:そうですよね。足りてないってことですもんね。
中西:よくサッカー選手が現役引退後に仕事がないと言うんですけど、サッカー選手向けの職業訓練学校のようなところに、現役中から同時進行で通って欲しい。ただ実際、そんな学校はないから、語学を磨くとか、話すスキルを上げるとか、何かしら準備すべきです。
安彦:生活優先でとにかく何でもいいから仕事しないといけなくなりますからね。
中西:例えば、久保建英選手が素晴らしいのは、事前に周りの状況をしっかりと把握しているからなんです。要するにちゃんと、今の自分の状況を客観的に捉えているんですよ。状況を把握できている選手は、良い準備さえすれば怖がらずに次のプレーができる。トラップも絶対に止まるトラップがあれば、その後は怖くないんです。
周りが見えていなかったり、トラップも止まるか不安だと、次のプレーで創造力を発揮するのは難しいですよね。それが、今の現役のサッカー選手の引退後に向けて抱えている不安と似ています。
安彦:なるほど! そこがリンクするんですね。確かになあ。
中西:もう一つ言うと、その次にどういうプレーをするか、パスかシュートか、シュートならどんなシュートか、そこで選択肢をたくさん持っているか。久保建英選手は様々なプレーバリエーション持っているし、シュートバリエーションも持っているから、見てる方もワクワクします。
つまり、次の仕事は何をしよう? と思っているのか、ということです。あれもやれるし、これもやれるとなれば、この後の人生も楽しいですよね。僕も現役時代から色々と準備をしてきて、その中から「スポーツジャーナリスト」を選びました。
仕事でも活用できる指導方法
中西:指導する際に、とても気をつけていることがあります。「しまった」という情報、つまり上手くいかなかったことが感情を伴って記憶されると、その失敗のイメージは成功のイメージより、3倍定着しやすいんです。
なので指導者を指導する時には、悪い記憶ではなく、良い記憶を定着させて欲しいといつも話しています。「今のプレーは良かった。上手くいった理由はなんだろう?」と選手に聞いてくださいと。
サッカーだけではなく、おそらく仕事でも同じです。そうすると自分の良いところ、ポジティブな情報、良いイメージを脳に定着させることができる。それが、とても重要なんです。
安彦:なるほど。哲生さんは感情に左右されたり、規模によって幸福の度合いが違うことってありますか?
中西:僕はなるべくそうならないようにしています。たとえ観客が一人でも、何万人でも、常に同じクオリティを意識してます。
安彦:僕、サッカー選手のセカンドキャリアの問題として感情に左右されるところがあると思っているんです。次のキャリアに興奮できないというか。
サッカーのように多くの観客の中で一瞬のプレーで高揚する場面って普段の仕事じゃないと思うんです。そうなるとキャリアの見つけ方が難しくなるのかなと。
中西:個人的にはやはり、感情に左右されてはいけないと感じています。僕のようなメディアの仕事は一度仕事をもらったとして、またこの人と仕事をしたいと感じてもらわないと次の仕事はないんです。その積み重ねが日々の仕事なんですよね。
直接オファーをくれる人だけでなく、会ったすべての人に対して丁寧に接して、仕事に対しては120%の力を出す。そうなれば必ず、どこかで次に繋がっていくはずです。
仕事は感情ではなく、高揚するからいい仕事だとは限らない。そうじゃないと、ずっと仕事を頂いていくことは難しいです。
セルフブランディングの重要性
安彦:哲生さんの考え方はお父さんによる教育の影響が大きいんですか? それとも、後天的に徐々についてきた考え方なんですか?
中西:どっちもですね。やはり昔は感情で動いていました。ただ、この仕事につく前に、このままじゃダメだなと。厳しいことを言ってくれる方が常に周りにいて、「お前はサッカー選手を辞めた瞬間に、誰も知らない存在なんだ。
だから、その時に一番の武器になるのはお前のことが好きとか、お前に好意を持ってるかだ。お前が好きだから試合を見に来るという人が増えないと、引退後、誰もお前の話を聞いてくれない」と言われました。
サッカーって僕にとっては全てだけど、世の中のスポーツに携わってない方からすると”たかがサッカー、たかがスポーツ”なんです。新聞の一般紙は40面ある中で2、3面しかスポーツ面はないですよね。
スポーツは僕にとっては大きなものですけど、社会全体から見たらそんなに大きいものではない。だから、とにかくサッカー界、スポーツ界以外の人と、たくさん会っていました。
安彦:セカンドキャリアの問題の一つにそこもありますよね。多くの選手は周りに厳しいことを言ってくれる人が居ない。監督とコーチと選手という狭い世界で生きているので。それに、いくら言っても変わらない人も居ますよね。どういうきっかけがあれば変わると思いますか?
中西:不安にさせればいいんじゃないですか。いつも選手には、「誰かが何とかしてくれるわけじゃないんだよ。引退したら一人ぼっちだから。
今は川崎フロンターレの誰々ですって言えるけど、川崎フロンターレっていう肩書が外れたら誰も見てくれない。元プロサッカー選手なんて世の中に山ほど居るんだから」と話してます。
結局、最後は自分でなんとかするしかない。そこは早く気づいた方がいい。誰かがなんとかしてくれるわけじゃないから、自分で自分を磨くしかないんです。その時に大事なのが「セルフブランディング」。そこを間違えると、ドンドン可能性が狭まってしまう。
安彦:現役の時からセルフブランディングを意識していたんですか? あと、外から見た自分と、自分から見た自分。どちらを意識してるんですか?
中西:どちらもです。外から見た自分と、自分から見た自分のギャップを、どう埋めていくかを考えてます。自分にとってのセルフブランディングはサッカーを分かりやすく伝えてくれる人、サッカー以外のことについても話せる人。
そのためにインプットを増やして、インプットした中でもしっかりと絞り込んで、極上の一滴を絞り出すように心掛けています。受け取る側がどう思うのか、結果は 分からないけど、自分で考えに考えた末に話すようにしています。
安彦考真の今後やりたいこと
安彦:Jリーグが開幕した時に川淵さんとかが100年後のサッカー界を考えていたと思うんです。僕は今、100年後の社会を考えたい。過去の自分を変えることができたので、自分の中だけでとどめることなく、ひ孫の代が喜ぶ社会を残したいと思ったんです。そういう取り組みをしたいんです。
J3の場合はアルバイトをしている選手もたくさんいるので、世の中からするとJ3って逆にJリーグの価値を下げてるんじゃないの?とも思われている面もあると思うんです。J3の給料を上げればいいって問題ではなくて。そこで、地域に密着して地域貢献や地域の活性化をできればと思っています。
中西:それ、すごくいいですね。J3がどうだって話じゃなくて、サッカーが地域の方々の力になるのがいいですよね。対価がお金じゃなくてもいいかもしれないし。
例えば全選手、農業をやっているチームがあっても良いかもしれない。これだけ一次産業の後継者がいないんだったら、あるチームは農家をみんなでやって野菜やお米を作って、スタジアムで野菜やお米を売ってもいい。発想の転換というか。プロじゃなくても、Jリーグじゃなくてもいいし。
安彦:クラブチームに任せるだけでなく、選手自ら動きださないといけないですね。
中西哲生の今後やりたいこと
中西:僕が今までこの仕事をしながら、並行してやってきたことを表に出したいですね。まだ今の50歳の僕であれば、ボールを蹴ってもピピ(中井卓大)が驚くようなシュートが打てる(笑)。つまり自分が手本を見せて映像に残して、いろいろな人に伝えていくということです。もう準備も進めています。
あと先日、南原清隆さんに言われたんですけど、「人生の最初の50年は前世の人生を背負って生きている人生。ここからの50年は自分のやりたいことをやる人生なんだよ。」それを聞いて、ああそうなんだ。確かにそうだなと。ここからは自分が本当にやりたいことをやるのが大事だなと、改めて感じました。
僕、この仕事をはじめて20年目ですけど、自分のやりたいことをほとんどやっていないんです。もちろん、今までの仕事は重要で否定はしていないんですけど。
でも、やっぱり自分はサッカーの奥深いところを気づかせてもらったので、そこを残していきたい。これは名古屋グランパス時代のベンゲル監督やストイコビッチ選手のおかげなんですが、あの二人がいたからこそ、自分が気づかなかったことにたくさん気づいたんです。
ベンゲルに関してはとにかく論理的である、どんなことに対しても説明がつく部分。ストイコビッチに関しては、全てのプレーに再現性がある。
あれは天才的感覚だと周りは言うけど、感覚ではないんです。論理があった上での再現性なんです。実際、ストイコビッチは試合で何度も同じことを再現していたし、その論理を何度も僕に説明してくれました。
さらにベンゲルがアーセナルの監督になって、アーセナルの練習も何度も見学させてもらえたんです。その時のメンバーは世界トップレベルの選手が何人もいて、グランパスと同じ練習をしていました。そこで気づけたことが、僕のメソッドには入っています。
もちろん自分が独自に編み出したものもありますが、ベンゲルとストイコビッチと出会わなかったら、この論理を構築することは難しかった。それを今年から本格的に、全国の子どもたちに伝えていきたい。
安彦:それはまだ指導していない子どもたちにですか?
中西:はい。あとは指導者の方々からもたくさんのオファーをいただいているので、それもやっていきたい。実際、指導者の方々を教えることは、すでに去年から始めています。
安彦:中西さんのメソッドは再現性があるものなんですか?
中西:もちろんです。素晴らしいプレーを言語化し、論理化して、そのプレーの再現性を高めることが、僕のメソッドですから。奈良クラブのアカデミーのコーチ、京都にあるTechneFFAというサッカースクールのコーチに、去年から教えています。
そういうところから少しずつ、全国に広げていければと思います。