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木村和司、初のオンライン取材 「もう一回監督をやらないけん」

現役時代は正確な右足で日本代表の10番を付け
監督時代は歯に衣着せぬ発言で人気を博した
そんな木村和司は監督を辞めた後どうしているか

横浜に広大な土地を買い夢を実現した
土地活用を工夫しながらサッカースクールを立ち上げる
子供たちだけではなく大人たちも楽しくボールを追う

監督を辞めた後にどうしていたか
2015年に発症した脳梗塞の影響はどうか
自宅からのビデオ通話で答えてもらった

木村和司、初のオンライン取材

木村和司、初のオンライン取材

こんなビデオ通話の取材って初めてよ。なんでこんなことが出来るの? でもこれがこれからの主流になるのかもね。

ワシも自宅こもりっきりやな。顔色いいのは、まだのう、コロナにかかってないからな。わははは。外に出んからヒゲ伸ばし放題や。

1994年に現役を終えて、あと自分で食っていくしかないやん。クラブに残してくれるとか、そういうことはなかったな(笑)。

どこかのチームのコーチに入るということもなかったな。コーチングライセンスは取っておこうと思ったけどな。1995年だったかな、Jリーグの監督できるS級コーチライセンス取りに行ってな。

ワシらは特別というか、当時は日本代表で実績を残した選手は飛び級という制度が使えたからな。12歳以下を教えられるC級ライセンスとS級ライセンスを同時に取ることができたんよ。

一度に講習受けられたこと考えたら、よかったよ、ライセンス取っておいて。あんな面倒くさいことをな。金かかるしさ、1年ぐらい時間もかかるし。そういうこと、日本サッカー協会に言いたいよ。ワシがライセンス取ったときの講師は今の田嶋幸三会長やからな。

ライセンスの講習のとき、ワシにサッカー教えることになった人はイヤやったと思うよ。あんなの受けなくていいやんなぁ。ホント、何教えるんやろうなって。それでテストでさ、何の試験だったか忘れたけど……サッカー理論かなんかで落とされてさ(笑)。怒鳴り込んでいったよ。講師の人のところに。

S級ライセンス取ったけどな、どうなんじゃろうな。すぐに監督をやってほしいとかいう声は全然なかったな。だから自分で探さなきゃならんかったからな。よくわかんなかったね。それで2010年から2年間、横浜F・マリノスの監督をやってな。

横浜F・マリノスの監督時代 (撮影:佐藤博之/Backdrop)

横浜F・マリノスの監督時代 (撮影:佐藤博之/Backdrop)

木村和司がスポーツジャングル10を始めたきっかけ

そんで2012年に辞めて、今の「スポーツジャングル10」をやることになったんだけどさ。まぁ始めたきっかけは……たまたまじゃない?  なんだったかな。なんかで知り合った人が……うちの社長(木村夫人)のほうが先に知り合ったのかな。工務店の人でさ、その人もたまたまサッカーやっててさ。

で、土地があるって言うんで、見に行ったら本当の野っ原よ。3,000坪あったけどな。そういうね場所はほしかったというか、そういう思いはあったよ。自分でもやっぱり蹴りたいというかさ。蹴って教えたいってね。

でもそこは「市街化調整区域」でさ、あんまりいろんなことができないという土地だったんよ。建物の建築とか大規模な開発とか、あまり自由にできないって法律で決められてんだよ。

けど、そこを買って「スポーツジャングル10」がやっとできたというか。土地を買ったときは、社長が勝手に決めてきてさ(笑)。調整区域でも金払わなきゃいかんからさ。大変だったよ。あんまり大きい声で言えんけどな、借金して。

もしあれが市街化調整区域じゃなかったらさ、ワシは今ごろあの土地売って大金持ちよ。調整区域から抜ければかなりな額やろうな。でも調整区域から抜けたら自分のとこでは持てんよ。固定資産税とか払えん。払ってくれや(笑)。

だけど調整区域だからいろいろできないんよ。クラブハウスとかも建てられんから、トレーラーハウスを置いてるんよ。トレーラーハウスだから動かせて、建物にはならないんよ、あれは。あとはいびつな形の土地だったからな、フルコートができんかったからちょっともったいなかったけどね。

それでも7、8人制サッカー(ソサイチ)ができるコートが作れたし、フットサル場は3面できたな。JFA公認のロングパイル人工芝敷いてな。ちょうどいい大きさじゃない?

東京からもすぐやん。車だと東京インターチェンジがある用賀から30分じゃもん。首都高の新横浜出口からはもっと近いし、東名高速道路の横浜町田インターからはさらに近いし。アクセスはいいよ。自然もあるし、目の前には「よこはま動物園ズーラシア」があるからな。サッカーの前後に行って遊ぶことも出来るし。

場所を手に入れたときからさ、子供とかプロじゃない大人を相手にやろうと思ってたね。そういう固定したところでサッカー教室でもできればいいなと思ってた。教える相手は子供とか、あとは普通の大人の人たちだからね、だからおもしろいんよ。こっちが言ったことができないからさ。そういうのがいいんよ。

指導するのは疲れるし、「もうええわ」っていう終わりかたするんだけどね(笑)。一時は東大のグラウンドも借りてやってたな。最後は大学から「辞めてくれ」と言われたけどな。もうちょっとやりたかったけどな。

新型コロナウィルスの影響で営業自粛中

こういうことやって黒字にするのは大変よ。従業員もいるしさ。それにマネージャーがいないと、ワシ、何もできないもん。まだ借金は返してる段階よ。ワシはよう金のことはよくわからんけどな。まだだと思うで、そら。

仲のいいメーカーに、「サッカー教室をする場所とか土地を提供してくれ」とか、そういうことやってればもっと楽なんだろうけどね。ワシは言えんからなぁ。性格的にダメ。もっとね、欲があればいいんだろうけどね。強くなればいいんだけど。人がいいからのう。

本当はたくさん月謝とか利用料金とか取りたいけど、良心的だろう? 優しいだろ? そういうところ分かってほしいのう(笑)。でもね、いっぱい来てくれるようになって助かってるよ。今、大人は3、40人来てて、子供は100人弱ぐらいやったかな。

今は新型コロナウィルスの影響で4月から自粛しとるけどな。コートは屋外やけど一応自粛してる。ワシは「やれ」と言ってるけど、社長が反対するからのう。こういうサッカーでも接触とかあるからな。ワシから思うと大したことなくてもな。

こうやって休みになってやばいのう。この時期は全員ヤバいやん。どうする。ホント、ワシらだけじゃないよ。誰が助けてくれるんじゃろうか。

「スポーツジャングル10」を作ったのが2012年やから、8年間よくやってるのう。どうやってやってるんか、わからんけどのう。出来て3年経ったところ脳梗塞やったからな。熊本行ってゴルフしとってな。空振りを2回したから「これはおかしい」と思って途中で止めて、そのまま病院に行ったのよ。でも歩いててフワフワするぐらいで、診察してもらってすぐ帰ろうかなと思ったもん。

リハビリを語る木村和司

木村和司が語る「脳梗塞からのリハビリ」

そしたら「ちょっと待ってください」って言われたんよ。「ちょっと調べますから」って。それ「脳梗塞です」って、即入院よ。おかげでギリギリセーフのところやったからな。下手したら危なかったからな。入院した次の日から体が動かんようになったもん。

足は全然治らんぞ。でも、だいぶよくなったかな。最初は車椅子やったからな。そこからギブスになって、何かにつかまって歩けるようになって、今は1人で歩けるようになった。

まぁ思うたよ。サッカーよくサボりよったからな、こういうのも治らんよ。リハビリも真面目にしてないからな。あとは古傷があるからな。右足首が痛くてさ。右足首は大学のころからもうボロボロやったね。ワシが倒れた後もスクール生は残ってくれてのう。人徳かもね(笑)。

この前、病院でまた見てもらったよ。もう体はボロボロよ。日本と一緒よ。ボロボロ。日本というか地球規模での。人間が悪いんだけどの。

今は部屋から出られんからな。糖尿病だから今回コロナに感染したらやばいんよ。重篤、重症になる。だからならんように周りがしてくれとるんよ。気つかってくれとる。今は何カ月かに1回病院に行ってるからね。

部屋から出られんぶんリハビリかなあ。マネージャーがワシのためにブルブル震える運動器具持ってきてくれたんで、毎日それに座って乗ってるよ。一応運動やからな。でもな、乗ってても足首が痛かったりもするんよ。

大学から日産自動車に入ったころにはもう右足が変形してたしね。軟骨がすり減ってて。整形のお医者さんに言われたで。変形性の病気だって。しょうがない。これだけ長いことやってたらな。現役のころは周りの筋肉でもってたんよ。でも今、筋肉が全然ない。どっかに行ったもん。

筋肉、どっかに行ったけどさ、そのぶん脂肪が増えてさ、体重が増えてばっかり。酒は飲んでないよ。今だけな。このインタビューの時間だけ(笑)。そらそうだろ。もうちょっとしたらシャワー浴びて17時ぐらいから飲みだすんよ。

はよ、この新型コロナウィルスの騒動が終わって、みんなが来てくれたらの、ええけどな。今は本当に大変やからな。仕事もできん、金も回らんなぁ。政府もちゃんと金出しゃええのよ。金出せば文句言わんのよ。誰が助けるんか、いつ助けるんか。今じゃないかのう。……今でしょ(笑)。

木村和司「もう一回監督をやらないけん」

今、「カシャ」って音がしたのは……この画面を写真撮ってるんか。おもしろいね。すごいな。最近、ほとんどこれやろ。会社もこれでやるんやろ。すごくなったね。いろんな技術は進んでるな。

けどな、こういうのはいいけどさ、よくなってるけど、医療はのう。ちゃんとのう、なってほしいのう。その椅子に座ればさ、体全部見られるとかさ。そりゃ昔に比べたら医療もよくなってるけどさ、まだまだでしょ。

新型コロナウィルスのええ薬がすぐ出てくりゃええんやけどな。それからワシの右足を治す薬が出てくればいいけどな。あとは採血って、なんであんな痛いの、せにゃあかんの。ワシは注射が一番大っ嫌いやもん。

これから何かせんといけんのう。ワシは病気したけど生かされたんだからな。もう一回最低でも監督をやろうかなと。やらな、いけんな。あのまま終わっちゃいけんやろう。何かを残さんといかんな。サッカー界というか、よく言う「恩返し」というかさ、何かしていかんといけんな。

倒れた後もグラウンド行ってるよ。ヒマだから、見に行かなきゃ。でももうFKはダメだな。蹴れないもん。どっかで蹴られるようになればな。左足だったら今も蹴られるけどな。でも左足もな、右足が立ち足だからさ、やっぱり痛いんよ。

今は「スポーツジャングル10」の場所を、もうちょっとな、整備したいな。金があればね。もうちょっと広げてフルコートが出来るぐらい。うまくやればな、できると思うんだよね。

まぁフルコート作らなくてもええけど、あそこをどう言うんかな、もっともっとよくしたいよ。入ってきた道路からうちの土地やからな。あそこの入り口にETCのようなの付けてお金取ればいいかな(笑)。

駐車場もタダやからな。ワシはなんて人がいいんやろうな。うまいとこやれば、グラウンドを上から見ながらくつろげるところも作れるけどね。調整区域やから、あんまりいじっちゃいけんのやけどね。

それから夢に向かってな、やってることがあって、まだ話できんけどな。いろいろ準備しとるよ。マネージャーが嫌な顔したから言えんけどさ。最近、怖くて何にも言えんよ、ワシ(笑)。まぁ今、やっとるよ。それまでに新型コロナウィルスが収まるといいけどな。これだけはな、わからんな。まさかこんなことが起きるとはのう。大変じゃのう。 おー、そろそろか。なんでこれが繋がってるの? って思うよな。

じゃ、またね。

執筆

森雅史

多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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