2013年から2015年まで3年連続Jリーグ得点王に輝いた大久保嘉人は苦しんでいた。2017年から2019年の3年間で挙げたゴールは14点。2013年からの3年間で67得点だったことを考えると急落したと言えるのだ。
2019年に所属した磐田では90分間フル出場が開幕戦だけと、出場機会も減少してしまった。その大久保が再起をかけて選んだのは高校時代の大先輩、永井秀樹監督が率いる東京ヴェルディ。新たなシーズンに向けた大久保の決意を聞いた。
大久保嘉人が語る「日本人監督と外国人監督の違い」
自分のサッカー人生は苦労の方が多いですね……苦労のほうが多いと思います。
その辛かった事って、別に監督に理解してもらえないとか、そういうんじゃないんです。良いプレーが出来るかどうかって、そのチームのスタイルがあって、それに合うとか合わないとかいうのがありますから。
でも、監督が揺れ動いちゃうというか、目の前のことばかり考えてしまうようなサッカーになってしまったり、そういうときは、辛かったですね。こうやったら普通に勝てるのにって、ピッチ外やスタンドから、冷静に客観的に見てたら分かることでも、監督になったら分からなくなってしまうというか。その立場にならないと分からないことなんだろうと思いますが、そういうのが多かったですね。
日本人監督の特徴って結構似ているとこがあったんです。それは外国人監督とはまるで違って。日本人監督は割と分かりやすくて、目の前の試合にどう勝つかということに集中するというか。それはもちろん悪いことではないんですけどね。
直近の試合に勝たなければいけないというのは分かるんです。けど、そこにだけフォーカスしてしまうことが多くなる。そうなると「こういうサッカーを続けてると最後は後悔するんじゃないか」と思うことが多かったですね。
そういう意味では、川崎フロンターレのときの風間八宏監督とか、今の永井秀樹監督のサッカーはめちゃくちゃ面白いです。風間さんや永井さんは、自分を貫き通すというか、やりたいサッカーを貫くから。そしてそのサッカーがアカデミーまで伝わっていきますから。
そうやって貫いたからフロンターレの色とかサッカーというのが出来上がった。ヴェルディも今はそうだと思います。そういうやり方ってなかなか日本人監督は出来ないと思います。結果を求められるうえで、それをやり続けることに批判も来るだろうし。
「サッカーを知ってるよ」っていう感じで見てる人でも、ただ何かを読んだ知識だけって人もいて。だから、試合に勝つか負けるかで判断されて、「あそこはこうすればよかったとか、ああすればよかった」とか言われたりするんですよ。
そういう批判があったり、どうしても勝点を稼がなきゃいけないということで考えを曲げてしまう。そういう時、僕はもうちょっと長期的に考えて信念を貫けばいいと思うことがあったんです。その考え方の違いに悩むこともありましたね。
一方、外国人監督はブレない人が多い。その信念に合うんだったら若い選手でもどんどん使う。そこはやっぱり素晴らしいところで、そういうところがまだ日本との違いとしてあるのかなと。歴史かもしれないですね。Jリーグは始まって27年だけど、海外では100年を超える歴史がありますからね。
信念を貫くというか頑固というか、そういう意味では2009年にヴォルフスブルクに行って、フェリックス・マガト監督の下でもやりましたが、彼の信念はすごかったですよ。
例えば「オーバーヘッドシュートは打つな」という信念を持っていて、それを常に言われる。ある試合でオーバーヘッドシュートして怒られました。惜しかったんですよ。ポストに当たって。普通だったら「いいぞ」って言ってもらえるとこだと思うんですけど、ダメなんですよ。マガト監督は。
自分の考えを貫き通す監督だというのは話に聞いていたし、それが分かって自分もヴォルフスブルクに行きましたから。だからまぁ、自分としてもそれを受け入れて。「なんだよ」と不満に思いながらもね(笑)。
大久保嘉人「周りの目は気にしない」
自分は暴れん坊のイメージを持たれてるかもしれないけど、九州の人だったらそうじゃないと分かってくれると思うんですよ。特に自分の地元の感覚なんかだったら普通だと思うんです。いろいろはっきり言うけど、その場が終わったら終わりだから。怒ってるわけじゃないし。
だけど他の地域の人は分からないから、ビビっちゃうかもしれないですよね。喋り方もちょっと怖いと思われるかもしれないし。北九州の言葉なんか汚いと感じちゃうかもしれないし。そういうのもありますね。
でも誤解された感じでメディアに書かれても反論なんかしたことないですよ。自分は書いてもらうんだったら何でもいいです。発信してもらってるんだから。だからいろんな事を正直に全部言うし、書いてもらっていい。海外だったらそうじゃないですか。日本はそういうとこ甘いというか、周りの目を気にしすぎるところがあるな、と思います。人の目ばっかり心配してたら成長しないですよね。
自分が周りを気にしたって、「その周りの人たちが何かやってくれるの?」って。「自分の代わりに稼いでくれるのか?」って思うんです。結局はただ文句言ってるだけで、言ったほうはその後忘れちゃうけど、実際にやるのは自分だから。
人の目を気にしてたら結局はダメだって、そういうのって後々わかってくれると思うんです。そしてそのとき後悔しますよね。周りの目なんて気にしなければよかったなって。
自分もそうは言ってるけど、高校までは言われたことしかやってなくて。自分が思ったとおりにやってれば絶対ゴールできたのに、言われたことをやらないといけないと思うからそれでミスして得点取れなくなっちゃうんですよ。
「絶対これゴール決められたわ」と思うのが何回もあって。それで、周りからなんと言われても絶対自分が思ったことをやろうと高校3年生の時に決心したんです。
悔いのないように自分を貫く
プロになった時も偉大な先輩がいっぱいいたんですけど、そこはもう貫くしかない。プロになって最初に入ったセレッソ大阪ってものすごい選手がたくさんいたんですよ。特に森島寛晃さんは日本代表で活躍してて、凄かったです。
でもその中でも考えは曲げないでいこうって思ってて。生き残るか潰れるかだから。自分の思うとおりにやってダメだったら仕方ないけど、人から言われてそれをやってダメだったら後悔しかないから。そうなってしまうのがマジ嫌で。絶対悔いのないようにしようって。
だから気性が激しいと思われちゃったのかもしれないですね。まあ警告でイエローカードもレッドカードもいろいろもらいましたけど。もらった時は、それは周りの選手やクラブにもいろいろ言われましたよ。罰金もめちゃくちゃ取られたし。でも自分は自分のやり方を変えなかったですね。そっちのほうが絶対生き延びられると思って。
海外に行った時も変えませんでした。あ、でもマガト監督にオーバーヘッドを禁止されたときは「もうやっちゃいけない」と思って、シュートじゃなくてトラップするようにしましたね。「ダメ!」ってすごい勢いで言われちゃうから。日本じゃ退場になった時でも、そんなにひどくダメって言われませんでしたから(笑)。
そうやって自分を貫こうとしてきたから、周りとの衝突とかあっただろうって言われるんですけど、全くないです。気にしてないとか、そういうことじゃなくて、何かあったとしても自分としてはその場で終わりだから。試合が終わったらみんな仲いいし。自分は「あいつ嫌だ」とかそんなこと全く思わない。試合が終わったらみんな友だち。
大久保嘉人「あれはナイスファウル」
相手選手といろいろあったとしても、試合が終わったらどうでもいいですね。向こうも一生懸命なんだし、生活がかかってるし。相手選手の立場になったら「そこはファウルしてでも止めなきゃダメだ」とも思うし。
昔Jリーグで、抜け出して独走しようとしたときに抱きつかれて止められたことがあったんです。あれも相手にしてみたら「ナイスファウル」だったと思いますよ。あそこで抱きつかなかったら自分はゴール決めていたと思いますから。
でもね、あそこで抱きついてでも止めようってする日本人はなかなかいないですよ。退場したらダメだ、怒られる、そう思って当たりにいけないんです。でもそこでいけないでゴールを決められたら、勝利給とかゼロになりますからね。だからそこはやらないといけない。
自分も、相手選手ならあそこはファウルしてでも止めなきゃダメだというシーンだと思いましたね。もしファウルしたことでPKになるような場面でも、ファウルしなければゴールだし、PKは運だけど、もしも入らなかったら、それはファウルした選手の勝ちだと思います。
自分がやりたいことだけをやってるわけじゃない
日本人は器用ですからね。いろんなサッカーに対応できる。でもここは日本で、海外じゃないから。海外のやり方をまねして、それでおかしくなってる感じってあると思うんですよ。みんな「海外はこうだ」って言いすぎてて。
ここはプレミアリーグじゃないんだから。海外ではああいう大きなパワーがある選手が揃っているからそのためのやり方をやっている。でも日本じゃそんな大きな人はいないし、それに合うサッカーをやっているのに、なぜか見失ってしまうことがあるんですよね。
自分は試合中、チームメイトには「ボールを出せ!」とか言いますけど、元々監督とかに何かを言うってことはほとんどしたことがないです。でも昔はいろんな選手が苦しんでたのを見て「これはヤバイ」と思って、監督のところに話に入ったこともありますよ。それでしばらく監督やコーチとうまくいかなかったなんていうこともありましたね。
ただ、自分がやりたいことだけをやってるというんじゃないんですよ。2007年にヴィッセル神戸へ行ったときって自分とレアンドロがFWで14点と15点取ったりしてまだよかったんです。けど、2008年はチームが苦しかったんで自分が中盤をやるしかなかったから、アウトサイドだったりトップ下だったりでプレーしました。
これまでの所属チームでの思い出
それで2013年に川崎に入り、風間さんのもと、ストレスなくやれました。風間さんの考えが ぶれないから。周りもいろんなプレーが出来るようになってきたし、自分もFWに入ったらゴールを取れるって自信がでてきたので。だからチームメイトに「前にパス出せよ」って厳しく言ってたんですよ。自信がなければ「パスを出せ」なんて言わないです。
2018年にFC東京から、もう1回川崎に戻ったときって、もうチームが出来上がっててなかなか出番も来ないし、一度引退も考えたんです。そんなときに磐田に誘ってもらって、もう一度別のチームで勝負してみようと。
そういう思いで移籍したけど、チームは残留争いに巻き込まれて、監督も1シーズンで3人代わって。そんな経験は今までなかったし、大変でした。出たらゴールを取れるという気持ちはあったんですけど、なかなか出番も回って来なくて。
でもいつ出番が来てもいいように体だけは動くようにしておこうと思っていました。体を動かしてたら、自分は全然まだやれるというのも分かりましたし。だから東京ヴェルディに来て初日の練習でシャトルランという持久力を計るトレーニングをやったときも、川崎の時よりも良い成績出ましたからね。
2008年に神戸で中盤をやってたときには、2013年から3年連続得点王を取れるなんて考えられなかったですけどね。でも「ボールが出てくれば点は取れる。やれる」ってことを証明できたと思います。今でも縦パスを貰ったらいけると思ってますよ。
自分ではまだちゃんとプレーできると思ってるし、みんなから「どうしてJ2に行くんだ?」って言われたりもするんですけど、やっぱり面白いサッカーをしてるところに行きたくて。
J1とJ2
普段、自分はJ1の試合もJ2もほぼ見ないんです。けど永井さんがヴェルディの監督になって、国見高校の大先輩だからやっぱり気になるじゃないですか。それで見てたんですよ。そうしたらヴェルディのサッカーがどんどん変わってきて。パスサッカーだし面白いなって思えて。それで誘われて「あのサッカーだったら絶対自分はハマる」と思って入ったんです。
それに、もしJ1のクラブに入ったとしても、どんどん相手陣内に蹴り込むようなサッカーだったら絶対自分は生きないし。だったらJ2でも、パスをつなぐサッカーをするチームのほうがいいじゃないですか。永井さんのサッカーで楽しくプレーして、なおかつJ1に上がると。それが面白そうだと思えたのがヴェルディに来た理由の中で一番大きかったですね。
C大阪からヴェルディまで、のべ10クラブでプレーしたんですけど、それぞれに思い出はあって。みんなからは「3年連続得点王を取った川崎から移籍したのはなぜなんだ?」って言われるんですけど、正直に言うとマンネリしてたんです。ずっと得点を取ってきて、好き放題できるんですけど、逆にそういうのが嫌で。やっぱり常に刺激がなきゃいけないと思うし。それが移籍の理由ですね。
今回も刺激が思いっきりありますよ。練習試合でもたくさんの人が来てくれて、 期待が大きいのもすごく分かります。それにこのチームはみんな上手い。ヴェルディはアカデミーがすごくしっかりしてて、昔からうまい選手がたくさん出てくるから。それにヴェルディってやんちゃが多い(笑)。ちゃんと言い合う文化はあると思うんです。
大久保嘉人の”やりたいこと”
今一番やりたいことは、それはもちろんJ2で優勝してJ1に上がることですけどね、後は別にないです。
……特にないな。車買い替えちゃったばっかりだし。家族を旅行に連れて行きたいっていうのも、オフにハワイに行ってきたし。もう1回海外挑戦したいというのは……ないね。得点王は、そりゃあ取れればいいけど、もう3回取ったしそこまで固執はしてなくて。
……。うーん……ないですね。MVPは……そんなに取りたいとも思わないし。レフェリーになりたいとか、そういうのは無理無理。キツそうやもん。走るのが。もし自分がレフェリーだったら選手は何も文句言ってこないからいいかもしれないですけどね。自分に何か文句言ってきたらすぐ退場させちゃいそうだと思うだろうし。
……いやマジないな。柿谷曜一朗は「家を買いたい」だったんですか? 自分は車も買ったし家もあるし、旅行にも連れていったし……。
あ、そうだ! 子どもがプロになるのを見たい! それは見たい。そこですね。今、子どもは14歳、10歳、8歳と2歳の4人いるんですけど、どの子でもいいからプロになるところを見たいです。もし4人ともプロになったら最高です。それが一番の楽しみですね。
そのためには……自分が国見高校でやっていた思いを子どもにさせたいですね。いろいろ自分のためになったから。礼儀だったり、全てのことに対してよかったから。キツかったですけどね。でもそのキツいのが大人になるにつれて、すごくためになったんで。
だから子どもにも経験させたいです。子どもには「長崎に行けよ」って言ったんですよ。子どもは「自分はプロになれる」と思ってるから、「調子に乗るな」って。プロになってほしいけど、なれるかどうかわかんないです。もし、うちの子が、プロになったらインタビューしてくださいね。
それから、今2歳の子に自分がプロサッカー選手だったという姿を覚えてほしいですね。そこまで現役をやりたいから、あと4、5年は続けたいですね。
(写真:松田杏子)
大久保 嘉人(おおくぼ よしと)
1982年生まれ。福岡県出身。サッカーJ2 東京ヴェルディ所属。背番号13。ポジションは主にフォワード。Jリーグ初の3年連続得点王、J1通算最多得点記録保持者。日本代表としても通算62試合出場(2020年現在)