株式会社YEデジタル(以下、YEデジタル)は、福岡県北九州市に本社を構えるITソリューションの開発・提供をおこなう企業である。同社の前身となる安川情報システム株式会社は、安川電機の情報部門から1978年に分離独立した。安川電機は、北九州市から世界へと発信を続ける産業用ロボットなどの製造を行うメーカーである。安川情報システム株式会社は、2019年に YEデジタルに社名変更、新しい技術を積極的に採用し邁進を続ける。また、同社はダイバーシティの未来を見据えて人材の「豊かさ」を高める改革にも積極的に取り組んでいる。
採用チームの再編や採用サイトの全面リニューアルによって、男女採用比約2:8の実現という、従来からの流れを大きく変える舵取りをした山下 敦夫さんと鶴留 麻由さんに、改革案の詳細を聞いた。
(写真右)山下 敦夫(やました あつお)さん プロフィール
管理本部人事総務部長。1998年の新卒入社以来、一貫して人事・採用関連の業務に従事。2008年12月から3年ほど、安川電機へ転籍して労働企画部門に在籍。2012年に安川情報システム(現YEデジタル)へ復帰し、2017年より現職。
(写真左)鶴留 麻由(つるどめ まゆ)さん プロフィール
管理本部人事総務部所属。2017年に新卒で安川情報システム(現YEデジタル)へ入社。人事総務部への配属後、新卒採用、給与計算、出向者管理などの業務を担当。2022年より新卒採用チームのリーダーを務め、新入社員の受け入れや入社後の若手社員のフォローも主導。
コロナ禍以前よりリモートワーク環境を整備
同社が求める人材の豊かさとは、多様性のバランスにあった。
出身母体が製造業メーカーであることから、顧客も同業種が大半。機械関連の製造業へ向けたビジネスがメインだった。その経緯もあり、長年、社員のほとんどが男性という環境が続いていた。
しかし、培ってきた技術をもっと幅広い市場に適用していこうとしたとき、「これでよいのか」と疑問の声が上がった。
「DX推進、ダイバーシティ構想といった施策も打ち出され、IT企業として新たな未来へ向かういま、世の中の男女比率とのズレを大きくしたままではいけないと考えました」
折しも、2019年に社名を株式会社YEデジタルとあらため、2020年に現在のオフィスビルへ移転したタイミング。企業理念として新たに「デジタルで、暮らしに新しい変革を」というミッションを掲げ、先進的な取り組みへ向かおうとした矢先のことだった。奇しくも移転した年に新型コロナウイルスが流行し、世相がガラリと変わり始める。
社会が感染症対策を急ぐなか、じつは社内のハイブリッドワーク環境は十分に整っていた。働きやすさの改革にも、早くから取り組んでいたのだ。
「妊娠や出産、介護といった家庭環境の違いによって社員が退職することは、企業にとっての損失です。辞めたくないのに仕事を辞めざるを得ない状況や、休みたくないのに休まざるを得ない状況を、根本から解決したいという想いがありました」
しかし、育児・介護短時間勤務者向けの在宅勤務制度を整えたものの、「自分だけ特別扱いされているようで申し訳ない」と制度の利用を控える人も少なくなかった。
そこへ新型コロナウイルスの影響による、リモートワーク推奨の流れが来た。誰もが特別な理由なく在宅勤務の日を選択できるようになったことで平等感が広がり、制度を利用しやすい雰囲気へと切り替わったそうだ。
「新型コロナウイルスが流行する前から、『どこでもオフィス』というキーワードを掲げて環境整備を進めていました。場所に縛られずにできることなら、いつ、どこで仕事をしてもよいという制度です。リモートワークを選択する際に理由に縛られなくなったことは、よい結果に繋がりました」
もちろん現場にいなければできない仕事も山ほどある。そのなかで、「デジタル化できることはしていこう」という姿勢を持てるかどうかが、企業の明日の姿に関わってくる。
共働きの男性社員からは、「保育園に預けている子どもが急に熱を出したときに、妻が早退できなくても自分が行ける。『僕がいるからいいよ』と言える環境は嬉しい」との率直な感想も増え、時流に乗って制度がうまく回りはじめたことを感じたという。
情報発信を見直して多様な人材の採用に成功
早くから DX実装を着々と進めてきたおかげで、制度や環境といった土台づくりは整った。しかしバランスを欠く部分がある。男女比の歴然とした偏りだ。
「ソーシャルIoT へのサービス展開を担う企業でありながら、男女比の偏りが顕著なままで事業を進めて行くことに疑問がありました。しかし、女性の採用数を抑えているのではなく、新卒の応募者がほぼ男性メインという状況だったため、そもそも社の発信状況から見直さなければなりませんでした」
企業の社会的責任を果たすため、今後の事業展開を拡大するためにも、採用側の意識を変えるショック療法的な大胆な策が必要だと感じた。そこで、採用手法を見直し、新たなスタートを切ったのだという。
「制度は整っている。現実に活躍しているワーキングマザー社員も少なくない。土台は出来上がっているのに、なぜ女子学生からの応募が極端に少ないのか? と疑問を感じていました」
問題の原因を追求するべく、山下さん、鶴留さんは過去の採用データを分析。若手社員や内定者、学生や女性など幅広いターゲットへのヒアリングも重ねて、人材採用の弱点をあぶり出していった。
「想像以上に多くの課題が見つかりました。BtoB の事業内容のわかりづらさや、システムエンジニア職は情報系の学生でないと難しいという先入観、自社のホームページの伝わりづらさなど、多方面に原因があったのです。女性が就職したあとに迎えるライフステージの変化を、会社がどう受け止めているかを理解するためのロールモデルの提案が少なすぎたのも大きな要因でした」
そこで、ホームページの全面リニューアルに着手。それまでは採用関連の情報は外部の就職ポータルサイト上からの発信が中心となっていたため、自社の採用情報ページを充実させた。
誰にでも親しみを感じてもらえるよう、やわらかなカラーとデザインを採用し、独自制度の打ち出しを強化。女性社員のキャリアパスや1日の仕事の流れを掲載して、働いた際のイメージが具体的に想像できるよう工夫した。
多様なキャリアを持つ技術者のインタビューも掲載されており、「理系でなければ採用されないのでは」という不安を払拭してくれる。
大きく功を奏したのは会社説明会だ。
「型通りの説明会では、届けたい人に届けたい情報が伝わらない」と鶴留さんが企画したのは、本社オフィスビル6階のコワークスペースでおこなう女子学生限定の座談会スタイルの説明会だった。
「スイーツを用意して、美味しいケーキを食べながらリラックスした雰囲気で会社のことを知ってもらう場を提案したんです。ポップなチラシも作成して配布しました」
デザインにも、キャッチコピーにもこだわった。
説明会に訪れたのは、想定を上回る33名。そのうち約8割が選考に進んだというのだから、イメージ戦略の成功でもあるが、対応にあたったスタッフの人柄も大いに貢献したことだろう。
インターンシップも IT未経験者が取り組める内容に切り替えた。Web でのグループワークをおこなうなど、「ここにあなたの活躍できる場所がある」ことを直接伝える場を増やし、学生がどこからアプローチしても一貫したメッセージが受け取れる形を整えたのだ。
多岐にわたる問題点を丁寧に拾い上げた施策の結果、2022年新卒採用の女子学生の応募者数は倍増した。
実際の採用数は、女性 22名、男性 7名。前年度の男性 24名、女性 5名から逆転した形だ。
「男女比率のバランスを改善する目標を達成できたことは嬉しかったです。同時に、内定後の辞退率が下がったのは思わぬ効果でした」
女性はとくに、妊娠、出産などを機に、生活スタイルが大きく変化する場合もある。企業のシステムが十分でなければ退職や休職を余儀なくされることも少なくない。
ときとして社会から取り残される不安にも襲われる、大きな問題だ。
その不安を抱えることなく働ける企業であることが、ホームページや説明会を通じて、就活生たちにしっかり伝わった。
「これまで、外に対しての発信が不足していたために、私たちを見つけてもらう機会を損失していたのではないかと気づかされました。入社する方たちのルートも、無意識のうちに固定化していた部分があったかもしれません。情報発信強化への取り組みによって、いままでこちらを向いていなかった層へ届き、多様な方が入ってきてくださったと実感しています」
社内のさまざまな取り組みや、多様性を受け入れて活かす環境づくりも大いに貢献しているのだろう。この3年間の新卒社員の離職率は0% だという。
社内の多様性を育むことがDXの未来を拓く
YEデジタルが手がけている事業は、暮らしやすさや働きやすさの向上に貢献するものだ。
その一例が、「スマートバス停/スマートバス停クラウド MMsmartBusStop」だ。
電源環境のあるところ、ないところ、さまざまな設置環境に対応できるよう省電力技術を駆使した「スマートバス停」と、そこにむけて情報を発信するクラウドサービスを提供している。
これまで、時刻表の変更や臨時対応があるたびに、プリントされた用紙を持ってバス会社の職員が貼り出しや差し替えのために全バス停を回っていたが、その手間を一挙に省いた。
また、時刻表の見やすさの改善、バスの接近情報が確認できるなど、乗客の利便性も向上している。
酪農業への展開例としてユニークなのは、家畜の食料をストックするタンクの残量をほぼ正確に測量できるシステム「飼料タンク残量管理ソリューション Milfee」だ。
飼料タンク内の残量確認は、これまであまり正確性が保てなかった。
目視するために6から8メートルもあるタンクに人がのぼり、転落する事故もたびたび発生し、最悪の場合は命を落とすこともある。
「DXで人を幸せに」という企画提案は、利便性向上だけを目的にするのではない。使う人々を守る役目も担うのだ。
ここで生きてくるのが、多様性のあるチームづくりなのだという。
「飼料残量をどう正確に計測するか、繰り返しお客さまのもとへ足を運び、担当者がコミュニケーションを取って確認を進めました。私たちは心をこめた仕事がしたい。そのために、各自の持つ特性や目線を活かせる企業でありたいという願いがあります。それを叶えるための採用改革でした」
大型開発プロジェクトにおいては、クライアントから、「チームを組んでいる御社の社員が進行の遅れに気づき、やんわりと全体を促してくれた。そのおかげで衝突やトラブルなく、非常にスムーズに業務が遂行された」と感謝の声が届くこともあった。
クライアントの側に立って DX のベストを探るには、たくさんの「気づきの目」が必要だ。多様性が実現すれば、目線も増える。
他社から、YEデジタルの働き方改革の取り組みについて教えて欲しいと声をかけられることもある。北九州市などと話をすることも出てきた。市内のイベントで講演する機会も増えているという。
「新入社員の瞳がキラキラして眩しいです」と嬉しそうに話す山下さんと鶴留さん。最近では自分の意見をしっかり発信できる学生が増えていることもあり、今後ますます層は厚くなるだろうと期待を寄せる。
「何らかの事情で一度退職すると、職歴としてはブランクとして扱われ、復帰のハードルが高くなってしまいがちです。そういった個々の事情も包括して、社会や職場とつながり続ける環境を DX で実現したい。よりよい人生を送れる社会づくりに貢献していきたいですね」
世の中では、カムバック採用やジョブ型雇用といったシステムも広がりつつある。その なかで、あくまで一度入社した社員を大切にするために働く環境を進化させていく YEデジタルは、「これも DX で人を幸せにするひとつの形です」と胸を張る。