
自治体のDX推進において、最大の壁となるのが「セキュリティーと利便性の両立」です。この課題を解決する鍵として注目されているのが「LGWAN-ASP」です。
LGWAN-ASPは、行政専用の閉域ネットワークであるLGWAN(総合行政ネットワーク:Local Government Wide Area Network)を通して、民間事業者がアプリケーションサービスを提供できる仕組みで、高度なセキュリティーを維持したまま業務効率化を実現できるため、多くの自治体で導入が進んでいます。
本記事では、LGWAN-ASPの基本的な仕組みから導入メリット、活用事例、2024年から可能になったIaaS対応まで、自治体のIT担当者が押さえるべきポイントを解説します。
なお、自治体におけるAI活用については以下の記事で解説しています。
1. LGWAN-ASPとは?自治体向けアプリケーションサービスの基本
ここでは、LGWAN-ASPの目的と、5つのサービス層について整理します。
1-1. LGWAN-ASPの定義と目的
LGWAN-ASPとは、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が運営する「LGWAN(総合行政ネットワーク)」を通じて、民間事業者などが地方公共団体向けに行政事務サービスを提供する仕組みです。
LGWANは原則としてインターネット(公衆網)に直接接続しない閉域ネットワークであり、外部からの不正アクセスやサイバー攻撃のリスクを最小限に抑えられます。そのため、行政業務に必要な情報を安全にやり取りできる環境が確保されています。
LGWAN-ASPの目的の一つは、自治体間での共同利用・標準化を促進し、各自治体が個別に類似したシステムを開発することで生じるコストの重複を抑えつつ、運用品質の底上げを図ることにあります。
これにより、自治体の規模にかかわらず、誰でも高品質な行政サービスを提供できる基盤が整備されます。
1-2. LGWAN-ASPを構成するサービス層
LGWAN-ASPは、5つのサービス層で構成されています。以下で各サービスを紹介します。
アプリケーションおよびコンテンツサービス
電子申請、電子入札などの行政手続きや、証明書発行、文書管理、グループウェアなど、自治体職員や住民が実際に操作するアプリケーションや情報コンテンツを提供するサービス層です。
ホスティングサービス
アプリケーションを動かすサーバー環境や通信インフラをLGWAN経由で提供し、運用管理をおこなうサービス層です。これにより自治体側で設備を持つ必要がありません。
ファシリティサービス
サーバー設置スペース、電源、空調などを提供するサービス層です。耐震性・災害対策を備えたデータセンターで運用されます。
通信サービス
LGWANとホスティング環境を接続する専用回線を提供するサービス層です。行政専用の閉域ネットワークを利用することで、高度なセキュリティーを維持します。
ネットワーク層および基盤アプリケーションサービス
IPアドレスやドメイン名の管理、認証基盤(LGPKI)などを提供するサービス層です。ほかの4つのサービス層が民間企業などによって提供されるのに対し、このサービス層はLGWAN全体の運営を担うJ-LISが管理しています。
2. LGWAN-ASPが必要とされる背景
従来の自治体システム構築が抱えていた課題と、LGWAN-ASPによる解決策を見ていきましょう。
2-1. 従来の課題:独自開発の限界
自治体が業務システムの利用を検討する場合、高いセキュリティー要件や住民情報の保護などの観点から、インターネットを利用したSaaSの活用は難しく、各自治体環境に個別のシステム構築をおこなてきました。しかし、各自治体での独自仕様による整備を進めた結果、次のような課題が顕在化しました。
開発・保守コストの重複
各自治体が個別にシステムを開発・保守することで、同様の機能に対して複数の自治体で重複して費用が発生していました。とくに人口規模の小さな自治体では、IT予算や人材の確保が難しく、老朽化したシステムの更新が滞るケースも散見されました。
IT人材不足と業務の属人化
専門知識を持つ職員の確保や育成が難しいことからシステムのリプレイスを含んだ運用が特定の職員に依存する「属人化」に陥ることもありました。その結果、異動や退職によって引き継ぎの難航や業務水準の維持が困難になるリスクがありました。
自治体間のIT格差拡大
自治体ごとに独自のシステムを採用するのでは、自治体規模によってIT環境や機能の面で格差が生じ、住民サービスの質にもばらつきが見られるようになっていました。
2-2. LGWAN-ASPによる解決
LGWAN-ASPは、LGWANを通じて、クラウドサービスなどを利用したアプリケーションサービスを安全に自治体間で共同利用できる仕組みです。従来の各自治体の独自仕様に起因する課題を解決する有効な手段として注目されています。
標準化されたアプリケーションを複数の自治体で共有することにより、システム構築に伴う投資の重複を避け、開発費用や保守・運用コストを大幅に抑えることが可能です。
また、J-LISによる登録・審査制度によって、一定の品質とセキュリティー水準が保証されており、安心して導入できる点も大きな利点です。すでに開発された実績のあるサービスをそのまま活用できるため、短期間での導入が可能です。
3. LGWAN-ASP導入のメリット
LGWAN-ASPの導入により、自治体はさまざまなメリットを享受できます。
3-1. 業務効率化と住民サービス向上
LGWAN-ASPを活用することで、たとえば下記のような住民サービス・庁内業務の双方において、以下のようなメリットが期待できます。
電子申請システムの導入によるメリット
住民側のメリット
- 自宅やスマートフォンから各種手続きが24時間いつでも可能になり、来庁の手間が省けます
職員側のメリット
- 窓口業務の負担が軽減され、複雑な相談業務に注力しやすくなります
- 紙の申請書類にかかる管理コストやスペースを削減できます
- 文書の検索性や決裁スピードの向上が期待できます
AIチャットボットの導入によるメリット
住民側のメリット
- 「ごみの分別」や「証明書の取得方法」などのよくある質問や市民生活に関する相談などに対し、24時間365日いつでも回答が得られます。
職員側のメリット
- 定型的な問い合わせ対応から解放され、より専門性が高い業務に集中できます
- 電話やメールでの問い合わせ件数が減少し、全体的な業務負荷が軽減されます
3-2. 高度なセキュリティー環境でのクラウド活用
LGWANはインターネットから分離された閉域ネットワークのため、外部からの不正アクセスやサイバー攻撃のリスクを最小限に抑え、安全な環境を維持できます。
また、LGWAN-ASPとして登録されるには、J-LISによる審査を通過しなければなりません。セキュリティー条件や運用管理体制、サービス継続性などが評価されるため、自治体側で安全性を検証する負担が軽減できます。
この構成は、総務省が推進してきた「三層の構え」(インターネット接続系、LGWAN接続系、マイナンバー利用事務系の3層に分離するセキュリティー対策)を前提としつつ、近年進められているクラウド活用を踏まえた最適化の流れとも整合しています。
3-3. 環境を変えずに実現する、導入とコスト削減
LGWAN-ASPは、既存のLGWAN接続環境を活用して導入できるため、大規模なネットワーク構成の変更を伴わずに済みます。
また、同一サービスを複数の自治体で共同利用することにより、共同購入に近い仕組みで、各自治体のコスト負担を大きく軽減します。
さらに、自治体で新たにシステムを開発する必要がないため、初期投資を抑えることが可能です。保守・運用費用についても、定額制が一般的で、予算の見通しが立てやすくなります。
4. LGWAN-ASP導入時のポイントと注意点
LGWAN-ASPを導入する際には、サービスの選定や運用体制において、以下の点に注意しましょう。
4-1. サービス選定の流れ
LGWAN-ASPとして利用できるのは、J-LISに登録されたサービスのみです。自治体は、J-LISが公表している「LGWAN-ASPサービスリスト」から、業務要件に合致したサービスを選定します。
選定の際は、機能だけでなく、サポート体制の充実度や自治体での導入実績なども含めて総合的に評価しましょう。
データセンターのセキュリティーレベルや災害対策(BCP対応)の有無については、必要に応じて提供事業者に確認することをおすすめします。
4-2. 運用時の留意事項
サービスの運用管理はホスティング事業者がおこないますが、利用端末の管理やアクセス権限の制御については、各自治体の責任範囲となります。
そのため、職員のアクセス権限の設定を適切におこない、定期的に見直すことが求められます。とくに人事異動の際には、速やかな権限変更やアカウントの削除が実施できる体制を整えておく必要があります。
また、セキュリティーインシデントを早期に発見するため、アクセスログの取得や監視体制の整備も重要です。外部とのファイルのやり取りをおこなう場合には、無害化処理(ウイルスチェックや不正なスクリプトの除去)を含めた運用ルールを事前に策定しておきましょう。
5. LGWAN-ASPの活用事例と最新動向
ここでは、代表的な導入事例と、2024年の制度変更による最新動向について解説します。
5-1. 代表的な活用サービス
AI-OCRやAIチャットボット
AI-OCR(AIによる文字認識技術)は、紙の申請書や帳票を自動で読み取りデータ化する技術です。手書き文字の認識精度も大きく向上しており、職員による入力作業を大幅に削減できます。
また、AIチャットボットは、ごみの分別や各種証明書の申請方法、施設の予約手順など、おもに定型的な問い合わせに対して24時間365日自動回答します。住民の利便性が向上すると同時に、電話・メールの問い合わせへの職員の対応負荷を軽減します。
電子決裁・文書管理システム
庁内の意思決定をデジタル化し、ペーパーレス化と業務効率化を両立するシステムです。
物理的な書類の回覧が不要になり、電子決裁システムでは承認プロセスが並行して進み、決裁スピードが大きく向上します。
また、過去の文書の検索性が高まり、参考資料としても活用しやすくなるほか、テレワーク環境下でも業務を継続できる点も大きなメリットです。
コンビニ交付サービス
マイナンバーカードを活用し、住民票の写しや印鑑登録証明書、戸籍証明書などを、全国のコンビニエンスストアで取得できるサービスです。
自治体の開庁時間外である早朝や夜間、土日祝日でも手続きが可能なため、就業者や子育て世帯を中心に利便性が向上します。また、窓口での証明書発行件数が削減されるため、職員は専門性の高い業務により多くの時間を割けるようになります。
5-2. IaaS対応とガバメントクラウド連携
これまでLGWAN-ASPで提供されていたサービスの多くは、SaaS(Software as a Service)形式でしたが、2024年3月11日の制度変更により、LGWAN-ASPのホスティング基盤としてIaaS(Infrastructure as a Service)の利用が可能となりました。
IaaS対応のポイント
従来は物理または専用環境を前提とした構成が主流でした。
しかし2024年以降は、ISMAP(イスマップ:政府情報システムのためのセキュリティー評価制度)に登録されたIaaSクラウド上でも、LGWAN-ASPのホスティングサービスを構築できるようになっています。
これにより、ASP提供事業者はクラウド基盤を活用した柔軟なサービス提供が可能となり、自治体にとっても以下のようなメリットが期待できます。
- システム構築のスピードアップ
- 柔軟なシステム拡張・冗長化
- 生成AIなど最新技術の活用
- サービス提供の低コスト化
ガバメントクラウドとの接続
2024年10月からは、LGWANからガバメントクラウドへの専用接続サービス「LGCS(LGWANガバメントクラウド接続サービス)」の運用が開始されています。
これにより、自治体はLGWANを利用してガバメントクラウドにも接続できるようになり、LGWANの利便性がさらに向上しています。
まとめ
LGWAN-ASPは、自治体がLGWANを活用し、クラウド等を利用したアプリケーションサービスを高いセキュリティーを維持しながらクラウドサービスを安全かつ効率的に活用できる仕組みです。従来の独自開発によるコスト負担や専門人材の不足といった課題を解決し、業務効率化と住民サービス向上に貢献しています。
とくに2024年のIaaS対応により、パブリッククラウドの柔軟性とLGWANのセキュリティー性を両立できる新たな選択肢が生まれました。今後は、LGCSによるガバメントクラウドへの接続も始まり、LGWANを起点としたサービス活用の幅はさらに広がっていくことが期待されます。
本記事で紹介したAIチャットボットやAI-OCRのように、LGWAN-ASPを通じたAI活用は今後さらに広がっていくと考えられます。
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