
AI開発や科学技術計算の現場では、従来のサーバーでは処理しきれない大規模な演算が求められるケースが増えています。そこで注目されているのが、複数の計算機を並列に動かして超高速処理を実現する「HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)」です。かつては研究機関や大企業が専有する技術でしたが、クラウドHPCの登場により、中堅企業でも活用できる選択肢が広がっています。
本記事では、HPCの基本概念から構成要素、業界別の活用事例、導入のポイントまで広く解説します。自社の計算処理課題の解決に向けて、HPCがどのように役立つのかを理解していきましょう。
さくらインターネットが提供している高火力シリーズ「PHY」「VRT」「DOK」を横断的に紹介する資料です。お客様の課題に合わせて最適なサービスを選んでいただけるよう、それぞれのサービスの特色の紹介や、比較表を掲載しています。
HPCとは
まずはHPCの基礎知識と特長について解説します。
1-1. HPCの定義とスーパーコンピュータとの関係
HPC(High Performance Computing)とは、大規模かつ高速な演算処理を実現する技術の総称です。日本語では「ハイパフォーマンスコンピューティング」や「高性能計算」と呼ばれ、複数の計算機を並列に動かすことで、膨大な計算を短時間で処理できる点が最大の特長といえます。
一般的にHPCといえば「スーパーコンピュータによる処理」を指すことが多いのですが、必ずしもスパコン限定ではありません。クラスタ型サーバーやクラウド環境でも、並列処理による高速演算を実現できればHPCと呼ばれます。
重要なのは、単一の計算機では処理しきれない規模の計算を、複数のリソースを組み合わせて効率的に実行する仕組みです。
HPCの活用は、科学技術分野での数値シミュレーションやAIの大規模モデル学習、金融分野のリスク計算など、多様な領域で進んでいます。膨大なデータを扱う現代において、HPCは研究開発や事業競争力を左右する重要な技術基盤となっています。計算速度の向上は、製品開発のリードタイムを短縮し、より精密なシミュレーションを可能にするため、ビジネスの成否を分ける要因にもなり得ます。
1-2. HPCと一般的なサーバー・AI学習環境との違い
HPCと通常のサーバーやクラウド環境との最も大きな違いは、処理性能にあります。適切に並列化できるタスクの場合、通常のサーバーでは数日かかる処理が、HPC環境では数分から数時間で完了するケースもあります。この圧倒的な速度差は、タスクを細かく分割し、複数のノード(個々の計算処理を担うサーバー)で同時に処理する並列処理技術によって実現されています。
さらに、インフラ面でも明確な違いがあります。HPC環境では、高速ネットワーク(InfiniBandやRoCEなど)、大容量メモリ、用途に応じたGPU搭載など、高負荷処理向けに最適化されたインフラを用います。通常のクラウドが汎用性を重視するのに対し、HPCは高負荷処理に特化した設計になっているため、ハードウェアの選定から構成まで、用途に応じた最適化が求められます。
また、一般的なAI学習環境との違いも理解しておくことが必要です。単一のGPUサーバーで行う小規模から中規模モデルの学習では、通常のクラウド環境でも十分対応可能です。一方、大規模言語モデル(LLM)のような基盤モデルの学習では、複数GPU・複数ノードによる分散並列処理が一般的で、超高速インターコネクトを備えたHPC環境が事実上必須となるケースが多くなります。モデルのパラメータ数が数百億から数千億というように巨大になると、単一GPUや小規模ノード構成ではメモリに収まらないことが多く、複数GPU(場合によっては複数ノード)に分散して学習を進める必要が出てきます。
2. HPCの構成と仕組み
HPCの性能を最大限に引き出すには、システムを構成する要素と動作原理を理解することが重要です。ここでは、HPCを支える技術的な基盤と最新のトレンドについて解説します。
2-1. HPCの基本構成
HPC環境は、主に計算ノード、ネットワーク、ストレージの3つの要素で構成されます。
計算ノード
高性能なCPUやGPUを搭載したサーバー群で、実際の演算処理を担います。数十台から数千台規模でノードを並べ、協調して計算を実行することで、単一サーバーでは不可能な処理速度を実現します。
また、複数のノードを効率的に管理するため、ジョブスケジューラ(計算タスクを管理・割り当てるソフトウェア)が重要な役割を果たします。ジョブスケジューラは、複数のユーザーやジョブを効率的に管理し、リソースを最適に配分することで、システム全体の稼働率を高めることができます。
ネットワーク
ノード間の通信を高速化するための重要な要素です。InfiniBandのような専用の高速インターコネクト技術のほか、近年ではRoCE(RDMA over Converged Ethernet)を活用したEthernetベースの高速ネットワークも普及しています。これらの技術により、ノード間でのデータ転送の遅延を最小限に抑え、並列処理の効率を高めます。
ネットワークの性能がボトルネックになると、せっかくの計算能力を活かしきれません。特に、ノード間で頻繁にデータをやり取りする処理では、ネットワーク性能が全体の処理速度に直結するため、適切なネットワーク設計が不可欠です。
ストレージ
高I/O性能に対応した分散ファイルシステム(LustreやBeeGFSなど)が採用されます。大量のデータを複数のノードから同時に読み書きする必要があるため、通常のストレージでは性能不足となるケースが多くあります。シミュレーション結果や学習データなど、数テラバイトから数ペタバイト規模のデータを扱う場合、ストレージの読み書き速度が全体のパフォーマンスに大きく影響します。
2-2. GPU/クラウドHPCなど最新トレンド
近年のHPC環境では、GPU(Graphics Processing Unit)の活用が急速に進んでいます。もともと画像処理用に設計されたGPUですが、機械学習や数値解析といった並列計算が求められる分野でも優れた性能を発揮します。
CPUとの使い分けとしては、逐次処理や複雑な分岐処理にはCPUが適している一方、ベクトル演算や大量の並列処理にはGPUが圧倒的に有利です。たとえば、深層学習における行列演算では、GPUを使うことでCPUの数十倍から数百倍の速度を実現できる場合もあります。そのため、多くのHPCシステムでは、CPUとGPUを組み合わせたヘテロジニアス(異種混合)構成が採用されています。
クラウドHPCの登場も、HPC活用の裾野を広げる大きなトレンドです。従来のオンプレミス型HPCでは、高額な初期投資が必要でしたが、クラウド型なら必要なときに必要な分だけリソースを調達できます。短期集中的な計算や、実験・開発用途には特に適しており、中堅企業や研究チームでも導入しやすい選択肢となっています。
また、GPUクラウドとHPCクラウドを組み合わせることで、AI開発から本格的な科学技術計算まで、幅広いワークロード(処理したい作業やタスクの内容)に対応できる柔軟な環境を構築できるようになりました。クラウド事業者各社も、専用のHPCインスタンスやマネージドサービスを提供しており、インフラ運用の負担を軽減しながら高性能計算を利用できる環境が整いつつあります。
初期投資を抑えつつ、必要に応じてスケールできる点は、予算が限られる企業や研究機関にとって大きなメリットといえるます。
3. HPCの活用事例と導入のポイント
HPCの具体的な活用例と導入時のポイントを解説します。
3-1. 業界別のHPC活用事例
HPCは、さまざまな業界で実践的に活用されています。ここでは代表的な活用例を紹介します。
製造業
CAE(Computer-Aided Engineering)解析や衝突シミュレーションにHPCが活用されています。自動車の衝突安全性評価や航空機の空力解析など、物理的な試作を減らしながら設計精度を高めるために、膨大な計算が必要です。
適切なHPC環境を利用すれば、従来は数日から数週間かかっていたシミュレーションを数時間から数日に短縮できるケースもあり、開発サイクルの大幅な短縮につながります。試作回数を減らすことで、コスト削減と開発期間の短縮を同時に実現できる点も大きな魅力です。
医療・創薬
遺伝子解析や分子構造の予測にはHPCが欠かせません。新薬候補物質と標的タンパク質の相互作用をシミュレーションする際、数百万通りの組み合わせを高速に計算することで、創薬プロセスを効率化できます。
また、ゲノム解析では、個人の遺伝情報から病気のリスクを予測する精密医療にもHPCが貢献しています。従来は時間とコストがかかっていた候補化合物探索や分子設計など、創薬プロセスの一部をHPCやAIにより大幅に短縮できる可能性があり、医療分野におけるHPCの重要性は今後さらに高まるでしょう。
金融
リスク評価や高頻度取引のシミュレーションにHPCが使われます。市場の変動シナリオを数万パターン計算してポートフォリオのリスクを評価したり、ミリ秒単位での取引判断を支援したりする際に、HPC環境が競争優位性を生み出します。
金融市場ではわずかな時間差が大きな利益の差につながるため、計算速度の向上により、より多くのシナリオ分析や迅速な取引判断が可能になり、結果として収益向上に寄与し得ます。
AI開発
大規模言語モデルや画像認識モデルの学習基盤としてHPCが活用されています。数百億パラメータ規模のモデル学習を現実的な時間で完了させるには、複数のGPUノードを連携させた分散学習環境が不可欠です。ChatGPTのような生成AIサービスの背後には、大規模なHPCインフラが存在しており、今後のAI技術の発展においてもHPCの役割は増していくと考えられます。
3-2. HPC導入のメリットと課題
導入のメリット
HPC導入の最大のメリットは、処理速度の劇的な向上です。計算時間が短縮されることで、製品開発サイクルの加速や研究成果の早期創出が可能になります。
また、これまで計算コストの制約で実施できなかった高精度なシミュレーションも実行できるようになり、業務の質そのものが向上します。たとえば、製造業では設計の試行回数を増やせるため、より最適な製品設計が可能になりますし、研究開発では新たな発見や知見を得る機会が増えます。
導入時の課題
一方で、導入時にはいくつかのハードルも存在します。
オンプレミス型HPCの場合、ハードウェア購入や設置、電力・冷却設備などを含めた初期投資が大きく、規模によっては高額なコストがかかります。また、HPC環境を適切に運用するには専門知識を持つ人材が必要であり、ジョブスケジューリング(計算タスクの実行順序やリソース割り当ての最適化)やネットワーク最適化といった技術領域に精通したエンジニアの確保が課題となります。
さらに、実証環境を整備せずにいきなり本番運用を始めると、期待した性能が出ないリスクもあります。自社のワークロードが本当にHPC環境で効率化されるのか、事前に検証する体制を整えることが重要です。並列化の効率はアプリケーションの特性に大きく依存するため、実際に使用するソフトウェアでベンチマークテストを行い、投資対効果を見極めることが必要です。
3-3. 中堅企業でも始められるHPC活用法
これらの課題を踏まえ、中堅企業でHPCを導入するうえで有力な選択肢のひとつが、クラウドHPCの活用です。クラウド型であれば、初期費用を大幅に抑えることができ、必要なときに必要なだけ使える従量課金型のサービスも多数提供されています。
さらにマネージドサービス(インフラの運用管理をサービス提供者が担うサービス形態)を活用すれば、専門人材の不足も補えます。インフラの構築・運用をクラウド事業者に任せることで、自社チームは計算処理そのものに集中できます。また、外部の技術サポートを受けながら、徐々に社内にノウハウを蓄積していくアプローチも有効です。
まずは小規模な構成でスタートし、効果を確認しながら段階的に拡大していく方法をおすすめします。パイロットプロジェクトとして特定の計算タスクをHPC化し、その成果を社内で共有することで、導入への理解と支持を得やすくなります。
高火力PHY/さくらONEで実現するHPC活用
HPCの導入を検討するうえで、信頼性の高いインフラ基盤とサポート体制は不可欠です。ここでは、さくらインターネットが提供するHPC対応サービスについて紹介します。
4-1. 高火力PHY/さくらONEの特長と提供価値
さくらインターネットの「高火力PHY」および「さくらONE」は、HPC用途にも対応できる高性能な計算環境を提供するサービスです。
高火力PHY
物理サーバーを専有できるベアメタルサーバーサービスで、最新世代の高性能CPUやGPUを搭載しています。仮想化のオーバーヘッドがないため、計算処理のパフォーマンスを最大限に引き出せる点が特長です。
月単位または年単位での契約となり、長期的に安定したHPC環境を構築したい場合に適しています。継続的に高負荷な計算処理を行う企業や研究機関にとって、コストパフォーマンスに優れた選択肢といえるでしょう。
生成AI向けクラウドサービス 「高火力 PHY(ファイ) 」GPUベアメタルサーバー
さくらONE
エンタープライズ向けのマネージドHPCクラスタサービスで、専有環境でありながら柔軟なリソース拡張が可能です。ネットワーク帯域も高速で、複数サーバー間での並列処理にも対応できる設計となっています。
1日単位での利用が可能(最低利用期間30日)で、最大55台のうち必要な台数と期間を予約して利用できます。短期間の集中計算や、実験的なワークロード検証にも適しており、必要に応じてスケールアップ・スケールアウトできる拡張性も備えています。プロジェクトベースでHPCリソースが必要になるケースや、繁忙期に計算リソースを追加したい場合に有効です。
4-2. HPC用途での導入メリット
AI開発や科学技術計算といったHPC用途でも、高火力PHYやさくらONEは十分な性能を発揮します。最新のNVIDIA GPUを搭載した構成を選択すれば、機械学習モデルの学習やシミュレーション計算を高速に実行できます。
さくらインターネットの強みは、国内データセンターと日本語サポートの組み合わせにあります。データの国内保管が求められるケースや、迅速な技術サポートが必要な場面では、海外クラウドにはない安心感があります。また、検証環境から本番運用まで、同一のプラットフォーム上でスムーズに移行できるため、開発フローの一貫性を保ちやすい点も評価されています。
HPCに取り組む際は、まずは小規模な構成でスタートし、効果を確認しながら段階的に拡大していくアプローチが現実的です。高火力PHYやさくらONEであれば、初期投資を抑えつつ、必要に応じて柔軟にリソースを追加できるため、リスクを最小限に抑えながらHPC活用を始めることができます。技術的な不明点については、日本語でのサポートが受けられるため、スムーズな導入と運用が期待できます。
まとめ
HPCは、複数の計算機を並列処理で連携させることで超高速演算を実現する技術基盤であり、AI開発や科学技術計算、製造業のシミュレーションなど幅広い分野で活用が進んでいます。かつては研究機関や大企業が専有する技術でしたが、クラウドHPCの登場により、中堅企業でも現実的に導入できる選択肢が広がりました。
導入時には初期投資や専門人材の確保が課題となりますが、クラウド型サービスやマネージドサービスを活用することで、これらのハードルを大幅に下げられます。処理速度の劇的な向上により、製品開発サイクルの短縮や研究成果の早期創出が可能になり、ビジネスの競争力強化に大きく寄与し得ます。
さくらインターネットの高火力PHYやさくらONEは、HPC用途にも対応できる高性能環境を提供し、国内データセンターと日本語サポートによる安心感も兼ね備えています。自社の計算処理課題に応じて、スモールスタートから段階的にHPC活用を進めていくことをおすすめします。まずは実証環境で効果を検証し、成果を確認しながら本格導入することで、確実な投資対効果を実現できるでしょう。
さくらインターネットが提供している高火力シリーズ「PHY」「VRT」「DOK」を横断的に紹介する資料です。お客様の課題に合わせて最適なサービスを選んでいただけるよう、それぞれのサービスの特色の紹介や、比較表を掲載しています。
New