これまで『さくマガ』に多くのコラムを寄稿いただいてきたトイアンナさん。今回は趣向を変え、さくらインターネットの現在注力する取り組みや今後の展望について、副社長 兼 執行役員の舘野 正明にインタビューいただきました。
さくらインターネットがあったから、学生時代にウェブサイトを作れた。さくらインターネットがあったから、やりたいことができた。そう感じているユーザーは多いのではないだろうか。だが、中年の郷愁にのみ想起されるようなサービスは、いつかレガシーになる。
会社設立から 6年で上場してからも常に変革を求め、時代に寄り添い続けてきたさくらインターネット。いまのリアルな姿を、さくらインターネットの執行役員であり副社長の舘野 正明さんに聞いた。
日本のインターネットを支えるサービスを次々と開発
さくらインターネット株式会社 副社長 兼 執行役員。茨城県出身。金沢大学経済学部卒業後、味の素株式会社に入社し、国内食品事業を中心に営業を 10年経験。2002年にさくらインターネットに入社し、2004年に執行役員就任。以降、 ほぼすべての事業・サービスに企画担当・事業責任者として関わる。2008年に副社長就任。現在、経営戦略やマーケティングなどを管掌。ゲヒルン株式会社取締役兼任。
――そもそも、さくらインターネットの名前を聞けば「ああ!」と、なにかしらの記憶があるインターネットユーザーは多いと思うのですが、これってなぜなのでしょう。
「さくらのレンタルサーバ」はもちろんのこと、VPS、専用サーバー、クラウドと、日本の方が IT と接点を持つうえで重要なサービスの多くを手掛けてきたからだと思います。私は 2002年に入社後、「さくらインターネット」と聞いて真っ先に思い浮かぶであろうサービスは企画担当や事業責任者としてほとんど関わってきました。2004年からは経営の方にも携わるようになり、現在は経営戦略やマーケティングなどを管掌しています。
――さくらインターネットのビジョンは「『やりたいこと』を『できる』に変える」ですよね。これも舘野さんが参画されてからできたのですか。
そうですね。じつはこれができたのはわりと最近です。背景となった思想は昔からあったものですが、創業20周年の 2016年に言語化して生まれました。高い熱量を持って挑戦するすべての人たちが、自分のやりたいことを叶えられるような社会をインターネットとともにつくる。それが、さくらインターネットの目指す姿です。
――現在、さくらインターネットが取る戦略はどのようなものでしょうか。
事業ごとに個々の目的や戦略はありますが、現在の中期経営計画では「全ての人が『サクセス』する DXプラットフォーマー」を目標として掲げています。デジタル時代の顧客の「やりたいこと」を、ソフトウェアファーストで「できる」に変えていく。
2020年度までは「クラウドプラットフォーマー」としていたんですが、2021年度から「DXプラットフォーマー」に変えたんです。クラウドというと、当社では「さくらのクラウド」、つまり IaaS を連想しがちで、既存の延長線上での持続的な成長を目指すというメッセージとして受け取られる危惧がありました。それだけでなく新しい領域でも非連続的な成長を目指すんだという想いを込めて、DX にしました。
DXプラットフォーマーというと、Amazon、Google、Meta、Uber といった世界的な企業が名を連ねます。私たちのメイン顧客は ITリテラシーが高い方々が多く、こういった企業が競合になるのです。2011年に AWS の東京リージョン開設以降、私たちのライバルはハイパースケーラーになりました。
――厳しい戦いですね。そのための勝ち筋を、どこに見出していますか。
国や行政が活用できるレベルのサービスを提供することにより、信頼を獲得したいと考えています。2023年11月には、ガバメントクラウドのサービス提供事業者に選定されました。国や官公庁が要求するレベルを基準に置くことで、法人、個人問わず日本で信頼してもらえるサービスを提供していきたいです。
クラウド分野でのビッグ3 として AWS、GCP、Azure があるかと思いますが、そのようなメガクラウドの機能をフルに使う案件ばかりではありません。ですので、メガクラウドの特定の機能を前提とするようなケース以外では、さくらインターネットがこれらの企業と比較される存在になりたいと考えています。
国内事業者の中ではシェアでも勝っていきたいですね。まずはマインドシェア……すなわち、お客さまの心の中でクラウドサービスを想像したとき、さくらインターネットが想起される比率に注目しています。「クラウドといえば、さくらインターネットだよね」と、マインドシェアの国内事業者 No.1 を目指したいです。
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社名でもある「インターネット」は、文化をも包含する
――失礼ながら、さくらインターネットが「インターネット」という単語を社名に残し続けるからには、サーバーなどの分野で生き残ろうとしているのではないかと誤解していました。
それはもう、社名にインターネットと冠するからには、インターネットには並ならぬ情熱があります。そして、私たちが考える「インターネット」という単語は、複合的な意味合いを持ちます。普段、インターネットという単語を使うとき、その言葉はネットワーク、テクノロジー、各種ネットサービスの総称でもありますよね。さらに言えば、インターネットが育んできたカルチャーも含め「インターネット」の一部だと考えています。
そして、歴史的に見れば、さくらインターネットにおいてレンタルサーバーが事業の中心となっていた時代がありました。現在はパブリッククラウドを主眼に置いています。私たちは変化し続けることで、日本の ITインフラを支えています。
――インフラという単語は、得てして保守的で、変化の少ない業態を想起させます。さくらインターネットはそうではないのですか。
ITインフラは、最先端のテック企業のみが参入できるフィールドです。社会の発展に不可欠なものを作るためには、最先端になるしかありません。日本の IT企業で明暗を分けたのは、「パブリッククラウドを自社開発できたか」どうかだったと思います。それができなかった方々は、クラウドの導入支援をおこなうインテグレーターになるか、かつてのビジネスや強みに依存する戦い方になるはずです。
日本のテック企業の一社として、データセンターやネットワークといった物理インフラから上物となるソフトウェアまでを垂直統合できるテック企業、それがさくらインターネットだという捉え方をしていただけるようになるとうれしいですね。
最先端といえば、生成AI に向けたクラウドサービスを始める意思決定の速度は、日本企業の中でダントツ早かったという自負があります。そのお陰もあり、経産省のご支援をいただけました。
>>さくらインターネット、生成AI向けクラウドサービス開始へ〜NVIDIA H100 GPUを搭載した2EFの大規模クラウドインフラを石狩データセンターに整備〜(ニュースリリース)
――2022年に、経産省が安全保障の観点から安定供給が必要なアイテムを選ぶ「特定重要物資」のリストに、クラウドプログラムが追加された件ですね。
はい。さくらインターネットは 130億円規模の投資をおこない、「NVIDIA H100 Tensor コア GPU」を搭載した、合計2EFFLOPS(エクサフロップス)*1 の大規模クラウドインフラの整備を決めました。
生成AI では、通常のパブリッククラウドと違って、単に AWS のようなメガクラウドを使えばいいというわけではなく最新GPU が必要です。当時の状況を見ると、メガクラウドは NVIDIA社の最新GPU である H100 を使った GPUクラウドを日本国内では提供していませんでした。一世代前の A100 ですら満足に提供されていない状況だったのです。生成AI による需要急増により、世界中で奪い合いになっていたからです。
しかし、ここで日本企業がリスクテイクして、事業機会の評価や採算性を踏まえつつも、国の産業や社会を支えるインフラとしてのサービス提供をせねばと考えました。さくらインターネットとしては、そこで先陣を切ったわけです。ただでさえ、日本は「デジタル敗戦」の悔しい歴史があります。第二のデジタル敗戦を防ぎたければ、日本独自の LLM(大規模言語モデル)は絶対に必要です。それが、さくらインターネットが守りたい包括的な意味での「インターネット」でもあります。
このようなガバメントクラウドや生成AI の取り組みを推し進め、会社としても非連続の成長をしていくために、組織改革も 10月に実施しました。
これまで中心だった IT企業や個人に加えて、官公庁や地方自治体がターゲットに入ってくる。さらに、生成AI の影響がない産業はないので法人顧客もこれまでより幅広い業種となり、新しいセグメントにリーチしていく必要が出てきました。そこで、事業・サービスのグロースに、よりコミットしていくための「マーケティング本部」を新設しました。いままでは事業・サービスごとにマーケティング機能が存在し、データの取り方も各サービスで異なっていました。そこを横串で統一し、データドリブンで施策の検討や効果の検証などをおこなっていく組織です。
従業員のサクセス(ES)が顧客のサクセス(CS)を作るサイクル
――日本のために 130億を超える投資をおこなうというのは非常に視座の高い決断ですが、それを実現できたのはなぜですか。
当社はもともと、社長の田中が学生時代に起業したスタートアップだからだと思います。大きな意志決定は社長がおこないますが、それができるのも創業者である社長が、最新のテクノロジーを理解したうえで動けているからです。また、意志決定を実現するための手段については、経営層と一般社員がフラットに話せる社風です。だからいい案が自然と出てきて、すぐに採択される。社風とビジネスのいい循環が生まれていると思います。
――たとえば、普通の社員が幹部社員と 1対1 で話すことも可能なのですか?
もちろんです。むしろ推奨されている雰囲気すらあります。社長と 1on1 をしたければ、社長の秘書に依頼するだけです。
さくらインターネットは、誠実で素直な人が多くいます。だからこそ、理想に向けてどういう手段を取るべきか、真正面から議論できる社内環境が作れました。
「社員の成功があって、次に顧客の成功、そして最後に会社の成功」だと社長が常々言っていることもあるかと思います。社員が安心して熱量高く仕事をするからこそ、顧客の利益につながるのだという考えが昔から根付いているんです。
好循環を加速させる人事制度
――その土壌があるなかで、ビジョンを策定したときは、どのように決まっていったのでしょうか。
人事戦略をテーマにした役員合宿をおこないました。普段はリモートで働いている役員も全員集合して、社内制度をどうやっていくかを真剣に話し合ったんですね。そこで登場したのがダグラス・マクレガーの「X理論・Y理論」です。
――X理論は「人は従来、仕事が嫌いなのだから、仕事をしてもらうためには強制力や管理が必要だ」という考え方ですよね。逆に Y理論は、「人は、自分が設定した目標であれば積極的に働きたくなるもの」という性善説に近いセオリーです。
そこで、さくらインターネットは「Y理論」を信じることにしました。そう信じたいと思わせてくれる社員がいたからです。だからこそ、近江商人のいう「三方よし」や、利益を求めつつも社会にとって有用であれという「公益資本主義」に近いメッセージを発信していこうと考えました。さくらインターネットが発展した結果、どこかの誰かが犠牲になるようなビジネスはやめましょうと。みんながサクセスする世界を、みんなで目指していきたいと。
現在さらに、人的資本経営に基づいた人事戦略を策定し、さまざまな取り組みをおこなっています。
>>さくらインターネットの人事戦略。人材の成長と成功を導く「5つの柱」
――その「みんながサクセス」を反映している施策はありますか。
さまざまなものがありますが、たとえば、地方創生です。もともとインターネットには都会も地方もありません。今も、インターネットを使いたい人は日本中にいます。ところが、事業者側は大都市に集中してしまっています。コロナ禍でリモートワークが一般化し、事業者側も都会である必然性がなくなりつつありますが、まだまだ分散できていません。
さくらインターネットは、この状況を打破するべく、かねてより北海道の石狩にデータセンターを建設したり、福岡や沖縄に拠点を作っています。
内閣官房が発信している「誰一人取り残さない社会」を作るうえで、デジタルの力で地方を豊かにするデジタル田園都市国家構想と、近しいものがあります。その土地ならではのデジタル化がより活発になるよう、地域の方々との交流を通じて、地方を創生しながら利益も生んでいきたいと考えています。
インターネットの原理原則を知りたい人の最終地点
――いま、さくらインターネットは積極的に採用もされていますね。多くの IT企業ではハードスキルを持つ人を望みがちですが。
さくらインターネットの場合は、カルチャーフィットも真剣に見ます。現場はとにかく即戦力がほしいですから、スキルだけで人を採用しがちです。ですが、それでさくらインターネットに来ていただいても、居心地が悪いはずです。
さくらインターネットでは人事評価制度にバリューと照らし合わせた評価項目があります。さくらインターネットが社員に求めている 3つのバリュー「肯定ファースト」「リード&フォロー」「伝わるまで話そう」を尊重して仕事ができているかを、半期ごとにチェックしているのです。
――それは、マネジメント層においてもそうなのですか。
そのとおりです。これらのバリューを活かせないミドルマネジメントは、評価されません。たとえば「私を通せ」「私は聞いていない」といった理由でプロジェクトの速度を遅くするマネージャーはいませんね。そもそも、評価されないからミドルマネジメントまで役職が上がりません。
さくらインターネットのこういった文化は、オウンドメディアなどでも発信していますので、そのあたりを期待して応募してくださる人も多く、いいサイクルだと感じています。
――最後に、あえてカルチャーフィットではなく、スキルフィットの面でほしい人材像を教えてください。
エンジニアなら「クラウドを作る」という大きなプロジェクトを楽しめる方です。クラウドを使う、売る、サポートするだけでなく、作る側になれるチャンスです。ディープなエンジニアに応募していただきたいですね。OS のカーネルなど低レイヤーに関心を持っていただいたり、CPU の脆弱性とぶつかったり。クラウド自体は、こういった低レイヤーのテクノロジーに触れなくていいものです。ですが、作る側になれば話は違います。なぜ A が B になっているのか、といった原理原則に興味を持っていただけるエンジニアなら、きっと楽しんでいただけると思います。
マーケティング部門では、グロースを意識できる方に来ていただきたいです。さくらインターネットのビジネスを伸ばす、そのための戦略を練り、施策をやっていける方ですね。マーケティングを「ビジネスプランニング」と意識できる方を求めています。
営業部門へは、顧客のカスタマーサクセスやアップセルを考えられる方を歓迎したいです。さくらインターネットが提供しているサービスを知っていただく必要があるため、技術にも明るい必要がありますね。ただ、これらを全部最初から持っている方はかなり限定されると思いますから、学ぶ意欲のある方にぜひ来ていただきたいです。最終的には、技術も営業としての専門性も身につけていただくことが理想です。
ぜひ一緒に、日本を代表するテック企業を作りましょう!
*1:EFLOPS(エクサフロップス)はコンピュータの処理能力の単位で、Exa Floating-point number Operations Per Secondの略。Exaは100京(10の18乗)であり、毎秒100京回の浮動小数点演算ができることを表します。2EFLOPSという演算能力は、クラウドサービスとして整備予定のGPUの性能(「NVIDIA H100 Tensor コア GPU」を2000基以上)を合算した場合の理論値であり、数値形式として半精度で計算をおこなった場合を想定したものです。