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「宇宙産業を次の日本の基幹産業へ」という目標を掲げる株式会社Tellus。さくらインターネットのグループ会社として2024年4月に分社化し、「新たなビジネス創出を促進する衛星データプラットフォーム」として、「Tellus(テルース)」を運営しています。
今回は株式会社Tellusの代表取締役社長であり、さくらインターネット株式会社 執行役員を務める山﨑秀人から、宇宙ビジネスの現状と実態、日本の動向などについて聞きました。
前編となる本記事では、民間企業による宇宙進出が進む華やかなニュースの裏側で、実際の宇宙ビジネスはどのように動いているのか。そして日本の宇宙産業は世界のなかでどのような位置づけにあるのか。リアルな視点から、宇宙産業の現状に迫ります。

山﨑 秀人(やまざき ひでと) プロフィール
株式会社Tellus 代表取締役社長、さくらインターネット株式会社 執行役員
宇宙開発事業団「NASDA」(現:JAXA|宇宙航空研究開発機構)、さくらインターネットを経てTellus代表取締役社長に就任。JAXA時代は国際調整業務や「ALOS」(だいち)防災利用プロジェクト、「はやぶさ」プロジェクトの帰還業務などに従事した。
国家間・組織間の調整に奔走したJAXA時代
まず、JAXA時代のお仕事についてお聞かせください。
入社後最初は、国際調整の部署で、主にESA(欧州宇宙機関)やNASA(アメリカ航空宇宙局)との国際調整業務を担当しました。宇宙開発プロジェクトは、1つが大きいプロジェクトなので、「衛星バス(本体)は日本が作り、搭載するセンサーはアメリカが作る」といったパートナーシップで進みます。それらの担当を調整をして協定文書まで落とし込む仕事です。
次に経験した「ALOS(だいち)」の防災利用プロジェクトは、衛星を実利用につなげる取り組みとして始まりました。だいち2号につなげようと防災プロジェクトも担当しまして、当初予算要求が厳しい状況でしたが、だいちは東日本大震災などで活躍し、ALOS-2(だいち2号)などの後継プロジェクトに引き継がれました。
その後経験した「はやぶさ」プロジェクトの帰還業務は思い出深いです。当時は、イオンエンジンの故障などの探査機の状況から帰還は難しいと考えられていました。私が着任したときは、はやぶさの帰還関係のコアメンバーも4、5人しかいませんでした。帰還が迫ってからは必要な人材の洗い出しやオーストラリアの着陸交渉などに追われたのですが、もともとISAS(文部省宇宙科学研究所)のプロジェクトだったことや私のスキル不足もあって、JAXA全体での連携には当初苦労しました。帰還当日までには、なんとか体制を整備出来て無事に帰還を果たし、はやぶさの地球再突入の瞬間にも立ち会いました。真夜中、オーストラリアの砂漠の空が、大気圏再突入の火球で明るくなって……。
帰還準備当初は、4、5人だった人数が、サンプルリターン後はたくさんの人が集まりました。たしか、最終的には、プロジェクト全体が500人くらいになって、記念写真も撮っています(笑)。
>>日本発の衛星データプラットフォーム「Tellus」の詳細を見てみる

単純な「官から民へ」ではない、スペーステックの現状
近年、民間企業の宇宙参入が注目されます。どのような変化が起きているのでしょうか。
宇宙ビジネスが「政府から民間に入れ替わっている」というわけではありません。確かに以前と比べて、民間の役割はどんどん大きくなっていますが、政府はいまでも、宇宙ビジネスで大きな役割を担っています。
変わりつつあるのは、企業と政府の関係です。たとえば伝統的に宇宙産業は、従来はNASAやJAXAなどが設計を担当し、製造メーカに開発・製造を発注していました。一方、イーロン・マスク氏のSpaceX社などは、民間企業として自前でロケットを設計・開発し、NASAはロケットをサービスとして利用します。つまり開発主体は民間側にあるものの最終的な顧客の大きな部分は現在でも「その国の政府」などが担っています。
この形態だからこそ、実用化が加速できた技術があると思います。代表的な例が「ロケットの再利用技術」ですね。SpaceXが実現したブースター(第1段ロケット)の着陸・回収技術は、宇宙進出のコストを大きく削減できると言われています。このコンセプトそのものは以前からありましたが、政府機関だけではそこまでの予算を確保できませんでした。同社が「リスクがあっても」で自社投資をおこない、投資・開発して実現させたもので、このような戦略的なアプローチとスピードはSpaceX社ならではだと思います。

米中の開発競争を追い上げる新興国。日本の現況は?
米中を中心に宇宙開発が加速しています。現在の状況と日本の立ち位置についてお聞かせください
かつてはNASAとESA、JAXAは3極と言われており、宇宙開発をリードしていましたが、近年はかなり情勢が変わってきています。NASAが世界をリードしてましたが、中国やインドなどの大国が現れ、米国に迫る勢いですし、アジア各国でも、スペース・エマージング・カントリー(新興宇宙開発国)が猛スピードで追い上げている状況です。
とくにインドが延びている感じがしますね。若い人材が多く、宇宙開発へ投資する予算も大きい。若い人材といえば、日本が地球観測衛星「LOTUSat-1」で協力したベトナムのチームも20~30代が中心のチームでした。どちらの国もとても勢いがあり、そのぶん競争的な側面も強まっているように思います。
一方で日本の国際協力のなかでの存在感は、残念ながら、以前より薄れている面があります。日本政府も課題の1つとして認識されているようで、いろいろな政策ツールを駆使して、日本の宇宙企業の海外進出などを支援されているようです。
想定される「宇宙ビジネスの成功例」とは
「いまでは想定できないような宇宙技術の一般利用」には、どんなものがありそうでしょうか?
現時点で具体的なソリューションが見え始めているのは、防災や農業などの一次産業の分野が多いです。しかし、これらも結局は「使い方次第」と言えるでしょう。たとえば、狭い範囲の観測であれば、地上にセンサーを設置する方がコストを抑えられるケースもあるかもしれません。
一方で、広範な地域を対象にする場合には、衛星の優位性が発揮されます。たとえば、地球規模での二酸化炭素やメタンガスの排出量を観測し、全球モデルを構築。そのモデルと衛星観測データを組み合わせてAIに解析させるといった環境モニタリングの分野は、まさに衛星ならではのアプローチです。このように、衛星だけで完結しようとするのではなく、多様なデータや技術と組み合わせてソリューションを設計することが重要だと考えています。
また、宇宙データを活用したサービスの普及には、もうひとつ大きな課題があります。それは、ユーザーのニーズから逆算(バックキャスティング)してサービスを設計し、収益性を確保するという、一般的なビジネスモデルを宇宙データに当てはめることが難しいという点です。この構造的な難しさが、宇宙データサービスの社会実装を妨げるハードルのひとつになっているように感じます。
ただ、私がJAXAに入社した二十数年前と比べると、衛星データにアクセスできる環境は格段に向上しており、それを活用してソリューションを生み出そうとする企業も確実に増えてきています。いまは、人類の活動圏が宇宙へと広がり、経済圏も拡大しつつあるなかで、産業構造が大きく変わろうとしている転換期です。
たとえるならば、これは15世紀半ばに始まった「大航海時代」に似たフェーズなのではないでしょうか。未知のフロンティアに挑み、新たな経済圏を切り拓く、そんな時代に私たちは生きているのだと感じています。

「旅をする種族」が経済圏を広げ、産業が生まれる
航海士の向かう先が地球の外になった、ということでしょうか。
たとえば現在、月までロケットで行く場合の所要時間は約3~5日です。この航路が民間に開放され、月旅行が実現したら、旅客が数日間の閉鎖空間で過ごすための娯楽が必要になるでしょう。食事やエンタメ、地球にいる人と連絡を取り合うための通信サービスも求められます。行動範囲が広がれば経済圏が広がり、産業が多様化して、みんなが豊かになる……。これは、人類が長く続けてきた進化の過程の延長線上にあるものです。
私は超氷河期世代ですが、就職時には「100年後に残る仕事がしたい」と考えて、最終的にJAXAを選びました。当時は私もですが「第一志望が宇宙」という人はそんなに多くはなかったように思います。でもいまは「第一志望がJAXA」とか「宇宙業界で働きたい」という声を聞くことが大きくなりまして、時代の変化を感じています。
少子高齢化が進むなかでも、宇宙産業に希望を見出す若い人材が増えているのは心強いですね。
そうですね。 (後半に続く)
【ソフトがハードを超越する世界へ】さくらインターネットの創業者が語るクラウド事業の真髄と衛星データプラットフォームTellusの役割(宙畑)
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(撮影:ナカムラヨシノーブ)