
クラウド活用が当たり前となった現在でも、OSパッチの適用や容量計画といったインフラ管理は、開発のリソースを圧迫し続けています。こうした課題を根本から解決する選択肢として注目されているのが「サーバーレス」です。
本記事では、サーバーレスの基本概念からクラウドサーバーとの具体的な違い、メリット・デメリット、導入の可否判断までを体系的に解説します。運用負荷とコストを同時に最適化したい企業の技術担当者の皆さまは、ぜひご一読ください。
サーバーレスとは?
サーバーレスとは物理サーバーが不要になるわけではなく、インフラの運用・管理をクラウドプロバイダーに委ね、実際に消費したリソース量に応じて課金される従量課金型のアーキテクチャを指します。基盤となる物理サーバーや仮想マシンはプロバイダーのバックエンドで稼働し続けますが、その構築や保守といったライフサイクル管理はすべてプロバイダー側が責任を負うため、利用企業はOSのセキュリティパッチ適用やスケーリング戦略策定などのインフラ管理作業から解放されます。
たとえばクラウドにビジネスロジック(関数)をデプロイし、「画像がアップロードされたら縮小処理を実行する」と設定すれば、イベント発生時だけ実行環境が起動し、処理終了後にリソースが解放される仕組みを実現できます。
クラウドサーバーとの違い
サーバーレスについて語るうえで必ず浮上するのが、「クラウド上の仮想サーバー(IaaS)と何が違うのか?」という疑問です。同じクラウド基盤を使っていても、責任分担・課金モデル・スケール方式は大きく異なります。そこで、サーバーレスとIaaS型の仮想サーバーとの違いを一目で把握できるよう、対比表にまとめました。
観点 | サーバーレス | クラウドサーバー(IaaS・VPSなど) |
運用責任範囲 | OSやミドルウェアのパッチ適用・冗長化をクラウド事業者が管理 | 仮想マシン作成後のOS・ミドルウェア管理は利用者の責任 |
スケール方式 | イベント発生時に自動スケールし、アイドル時はゼロ | オートスケーリング設定や手動増設が必要。常時リソースを保持 |
課金モデル | リクエスト数と実行時間の従量課金。無料枠が設定されるサービスも多い | インスタンスを起動している時間分の課金(秒・時間単位) |
初期セットアップ | 関数コードと設定をデプロイするだけで開始 | OS設定やソフトウェア導入、性能見積もりが必須 |
カスタマイズ自由度 | 対応ランタイム内で動かすため一部制約がある | OS選定やカーネル設定まで自由に変更可能 |
適した用途の例 | 変動負荷のAPI、画像変換、PoCなど短時間イベント処理 | 長時間バッチ、複雑な環境依存アプリ、専門的チューニングが必要な業務 |
表が示すとおり、サーバーレスは「利用した分だけ課金される」モデルのため、負荷変動に強く、小規模な立ち上げを低リスクで始められる点がメリットです。一方で、独自ライブラリの導入や OS レベルの細かなチューニングが不可欠なアプリケーションでは、カスタマイズ性に優れるクラウド上の仮想サーバー(IaaS)のほうが適している場合もあります。
システム要件・維持コスト・運用体制を総合的に検討し、自社のビジネス目標に最も合致する選択肢を見極めることが、サーバーレス導入を成功させる第一歩となります。
サーバーレスの仕組みとアーキテクチャ
クラウド内部で何が起きているかを理解すると、サーバーレス導入の勘所やトラブルシューティングの手がかりが見えてきます。まずは 「サーバーレスアーキテクチャとは何か」 を把握したうえで、その仕組みと構成要素をくわしく見ていきましょう。
仕組みの概要
サーバーレスの処理は、HTTPリクエストやファイルアップロード、スケジュール実行など、あらかじめ設定したイベントが発生した瞬間に開始されます。クラウド基盤は関数専用の実行環境を即座に用意し、必要なライブラリを読み込んでコードを実行します。処理が完了すると、環境を一定時間ウォーム状態で保持したあとに破棄されます。
アイドル時にリソースを保持しないため、課金対象は実行時間とリクエスト数に限定されます。リクエストが集中すると複数の実行環境が並列に立ち上がり、ピークを過ぎれば自動的にスケールインするため、サービス側は意識せずとも性能とコストを両立できます。
FaaSとBaaSの違い
サーバーレスには「FaaS」と「BaaS」の2つの提供形態があります。両者の違いは、「どこまで自前で実装し、どこからクラウドに任せるか」という責任分界点にあります。おもな相違点は以下のとおりです。
FaaS(Function as a Service)
FaaSは、開発者が記述したビジネスロジック(関数)をクラウドにデプロイし、あらかじめ設定したイベント発生時に実行するサービス形態です。関数は短時間で完結する処理単位として設計され、クラウド側は関数ごとに独立した実行環境を立ち上げ、実行後はその状態を破棄します。
アクセスがない時間帯には実行環境自体が存在しないため、ランニングコストを抑えられます。ただし、対応言語・実行時間の上限・メモリ割り当てなどの制約はサービスによって異なるため、要件に合わせた設計が必要です。
BaaS(Backend as a Service)
BaaSは、認証、データベース、ストレージ、メッセージングなどのバックエンド機能をAPI経由で一括提供するサービス形態です。開発者はロジックを実装する代わりに、用意されたAPIを呼び出すだけで高度な機能を利用できます。
多要素認証やリアルタイムデータベースを自前で構築する手間を省けるうえ、スケーリングもサービス側が自動対応します。FaaSが「自分のコードを実行する場所」だとすれば、BaaSは「完成済みの機能をサービスとして借りる」イメージです。
サーバーレスアーキテクチャとは?
サーバーレスアーキテクチャとは、FaaS と BaaS を中核に、ワークフローオーケストレーション、イベントブローカー、オブジェクトストレージなどのマネージドサービスを組み合わせてシステムを設計する手法です。業務フローをサーバーレスで分割した例は次のとおりです。
- API Gatewayがリクエストを受信
- FaaSが入力バリデーションとビジネスロジックを実行
- 結果をイベントキューに送信し、非同期処理をトリガー
- 必要に応じてBaaS(データベースや認証サービスなど)へアクセス
このようなイベント駆動型の構成により、モノリシックなアプリケーションを小さな機能群へ分割できます。各機能は独立してデプロイおよびスケールできるため、障害を局所化でき、大規模開発でも機能追加や保守を並行して進めやすくなります。
さらに AWS Step Functions、Azure Durable Functions、Google Workflowsなどのワークフローエンジンを併用すれば、複雑な順序制御や例外処理を宣言的に管理できるため、テストや可視化も容易になります。
サーバーレスのメリット
「クラウド上でコードだけを動かす」というサーバーレスの発想は、インフラ運用・コスト管理・開発プロセスなど、さまざまな領域に波及効果をもたらします。ここでは代表的なメリットを5つ挙げます。
サーバー運用・保守が不要
サーバーレスでは、OSパッチ適用やミドルウェアのアップデート、障害対応などの日常運用をクラウド事業者が担います。運用担当者は監視設定やIAM権限管理に専念でき、開発者はビジネスロジックの実装に集中可能です。その結果、運用工数の削減と属人化リスクの低減を同時に実現できます。
従量課金でコスト最適化
サーバーレスは関数が呼び出されたときだけ実行環境を起動し、処理が終われば停止します。そのため アイドル状態の間は課金が発生しません(※)。小規模トラフィックや検証環境でも固定費を抑えられるうえ、無料利用枠を活用すれば月に数十万リクエスト程度まで無償で運用できる場合もあります。結果としてROI(投資対効果)を適正な水準で維持しやすくなります。
※ 常駐インスタンスを予約するプランでは、アイドル時にも課金が発生します。
オートスケーリング対応
アクセスが急増すると、クラウド基盤が瞬時に実行環境を水平拡張し、ピークを過ぎれば自動的に縮小します。サーバー台数の見積もりや増設申請が不要なため、セールやキャンペーンなど変動の大きいビジネスでもサービス品質を保てます。同時実行数には初期上限(例:AWS Lambdaは1,000並列)があるため、大規模イベント前には増枠申請やプロビジョンド設定で余裕を確保する運用が推奨されます。
可用性・冗長性の自動提供
主要クラウドのサーバーレスサービスでは、関数実行環境を複数リージョン・アベイラビリティゾーンに分散でき、障害時も自動フェイルオーバーで処理を継続します。冗長構成を自前で設計しなくても99.9%以上のSLAが得られるケースが多く、可用性要件の高い業務にも採用が進んでいます。ただしサービスごとに既定の冗長レベルが異なるため、導入前にSLAとオプション設定を必ず確認してください。
マイクロサービスや新規開発と相性が良い
サーバーレスは機能を小さな関数単位に分割できるため、モノリシックなアプリケーションを段階的にマイクロサービス化する際に有効です。機能ごとに独立してデプロイでき、複数チームが並行して開発・保守することが可能なため、リリースサイクルを短縮できます。
スタートアップのMVP(Minimum Viable Product)開発から大企業のレガシー刷新プロジェクトまで採用が拡大しているのは、こうした柔軟性とスピードが評価されているためです。
サーバーレスのデメリット
サーバーレスには多くのメリットがありますが、一方で特有の注意点も存在します。ここで代表的な5つの課題を紹介します。
コールドスタートによる遅延
サーバーレス環境では、一定時間呼び出しがない関数は休止し、次のリクエスト時に実行環境とランタイムを初期化します。この「コールドスタート」により応答が数百ms〜数秒遅れることがあり、とくにJavaや.NETなど起動が重いランタイムで顕著です。AWS SnapStartやAzureの常駐インスタンス設定などで短縮できますが、リアルタイム性が求められるシステムでは事前検証が欠かせません。
ベンダーロックインのリスク
サーバーレスはトリガー定義や権限制御、オーケストレーションDSLなどがクラウドごとに独自仕様のため、別クラウドへ移行する際は設計の見直しやツール整備が必要となり、移行コストが増大する場合があります。移植性を重視するなら、Knativeなどベンダー中立の基盤やIaC(Infrastructure as Code)で抽象化する設計を検討すると安全です。
言語・実行時間などの制限
FaaSにはランタイム、実行時間、メモリ容量などの上限があります。たとえばAWS Lambdaは最大 15分/10GB、Azure Functions(消費プラン)は10分/1.5GB、Google Cloud Functionsは9 分などで、長時間バッチや大容量メモリを必要とする処理には不向きです(拡張プランで緩和される場合もあります)。
こうした制限を超えるワークロードは、Cloud RunやApp Runnerなどのサーバーレスコンテナ、あるいは従来型サーバーと組み合わせるのが現実的です。
デバッグ・監視が難しい
サーバーレス関数はリクエストごとに短時間で起動・終了し、状態を保持しない前提で設計する必要があります。実行基盤はクラウド事業者が完全に管理しており、SSHでインスタンス内部へ接続してログを確認することはできません。
したがって、OpenTelemetryなどによる分散トレーシングと、CloudWatch Logs・ELKなどの集中ログ基盤をあらかじめ整備することが欠かせません。サービス間の連携が増えるほど依存関係が複雑化し、障害の切り分けや監視負荷も比例して高まる点に注意してください。
セキュリティ要件の変化
サーバー層の脆弱性管理はクラウド側が担いますが、関数の実行権限やネットワーク設定は利用者の責任です。IAMを最小権限で設計し、通信および保存データを暗号化しなければ新たなリスクが生じます。また、PCI DSSなど一部業界規格では、短命コンテナのログ保持や監査要件に追加対策が求められる場合があるため、法規制への適合状況を必ず確認してください。
サーバーレスが向いているケース・不向きなケース
サーバーレスを採用するかどうかは、ワークロードの特性とサーバーレスの得意・不得意を擦り合わせて判断することが欠かせません。以下にサーバーレスが「向いているケース」と「向いていないケース」の例を紹介します。
向いているケース
まずはサーバーレスが向いているケースをご紹介します。
新規サービスやPoCの迅速な立ち上げ
サーバーレスは、新規サービスやProof of Concept(PoC)を小規模かつ短期間で立ち上げたい場面で最も効果を発揮します。インフラへの初期投資をほぼゼロに抑えつつ、開発者はコードを記述してデプロイするだけで公開まで進められるため、仮説検証サイクルを大幅に短縮できます。
短時間で完結するイベント駆動タスク
画像リサイズ、チャット通知、Webhook受信など、処理が単純で実行時間も短いタスクは関数単位に切り分けやすく、イベント発生時のみ動かすことでアイドル時の課金を回避できます。
トラフィック変動の大きいサービス
ECサイトのセール期間や動画配信のゴールデンタイムのようにアクセスの波が大きい場合でも、ピーク時には自動的にスケールアウトし、閑散時にはリソースを解放できるため、従量課金モデルでコスト効率を最大化できます。
向いていないケース
次に、向いていないケースをご紹介します。
長時間・高負荷のバッチや学習処理
何時間もかけて大量データを処理するバッチジョブや機械学習モデルの学習は、FaaSの実行時間やメモリ上限に抵触しやすいため、サーバーレスコンテナ(例:Cloud Run、App Runner)や従来型サーバーのほうが適しています。
ミリ秒レベルのリアルタイム応答が必須のサービス
オンラインゲームのマッチングや株式取引システムのように、レイテンシをミリ秒単位で厳しく求められる場合は、コールドスタートやネットワーク呼び出しがボトルネックとなるため、専用の低遅延基盤が選択される傾向があります。
高度な環境チューニングが必要なワークロード
マルチプロセス構成やOSレベルの細かなパラメータ調整が欠かせないアプリケーションでは、サーバーレスの固定ランタイムが制約になりやすく、移植や運用の負荷が増大します。こうしたケースではIaaSや自前コンテナ基盤のほうが適切です。
導入時のチェックポイント
サーバーレス導入を成功させるには、性能要件の整理・コスト試算・コンプライアンス確認・運用体制の整備という4つの観点を事前に精査し、自社要件に最適な構成を選定することが欠かせません。以下に、それぞれのポイントを簡潔にまとめます。
性能要件の整理
許容レイテンシ、同時実行数、ピークトラフィック、1関数あたりの最大処理時間・メモリ使用量を数値で明示し、各クラウドの上限(例:AWS Lambdaは15分/10GB)がボトルネックにならないか確認します。
コスト試算
月間リクエスト数と総実行時間を基に従量課金額を算出し、プロビジョンド設定や常駐インスタンスを利用する場合は固定費も加味します。平常時とピーク時の両方でシミュレーションし、予算超過リスクを把握しましょう。
コンプライアンス確認
ISMAPや個人情報保護法などの規制適合状況をチェックし、必要に応じて国内リージョンや認証取得済みリージョンを選択します。IAMは最小権限で設計し、通信・保存データの暗号化を徹底することも忘れてはいけません。
運用体制の整備
OpenTelemetryなどの分散トレーシングと集中ログ基盤を早期に導入し、CI/CDパイプラインにテストと静的解析を組み込みます。呼び出し回数・エラー率・レイテンシをダッシュボードで可視化し、ピーク負荷に合わせてアラート閾値を調整することで誤検知を防げます。
まとめ
サーバーレスは、インフラ運用をクラウドに委ねつつ、リクエスト単位で課金できる最新の実行モデルです。変動トラフィックに自動追従できる高い柔軟性を備えており、クラウドサーバー(IaaS)との責任分担を正確に把握したうえでメリットとデメリットを比較すれば、自社ワークロードとの適合度を判断しやすくなります。
新規サービスやスモールスタートにはとくに有効ですが、長時間バッチ処理やミリ秒レベルの応答が必須のシステムでは慎重な検討が欠かせません。導入前に性能要件や法規制を定量化し、コストと運用体制をシミュレーションしたうえで、各クラウドの上限・SLA・サポート内容を比較してください。
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