
生成AIの業務活用が進むなか、LLM(大規模言語モデル)の限界を補う技術としてRAG(検索拡張生成)が注目されています。LLMは強力なツールですが、学習データに含まれない情報への対応や、古い情報に基づく誤った回答といった課題があります。RAGは外部データベースから必要な情報を検索し、LLMに提供することで、こうした弱点を補完します。
本記事では、RAGとLLMの関係性から実装方法、具体的な活用例までを詳しく解説します。生成AIの業務導入を推進するIT部門の責任者の方にとって、実践的な手引きとなる内容です。
1. RAGとは?仕組みと必要性
RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)は、LLMの能力を外部知識で補強する技術です。人間が資料を調べる際に「関連するキーワードで文献を探し、該当箇所を取り出して、結果をまとめる」といった作業をするように、LLMも外部データベースから必要な情報を検索・参照しながら回答を生成します。
これにより、学習済み知識だけでなく、リアルタイムで最新情報や企業固有のデータに基づいた、より正確な回答の提供が可能になります。
1-1. RAGの基本的な仕組み
RAGは以下の3つのステップで動作します。
Retrieval(検索)
ユーザーの質問に関連する情報を外部データベースから取得します。企業の社内文書、製品マニュアル、最新のニュース記事など、あらかじめ用意されたデータソースから、質問と関連性の高い情報を検索します。
この検索にはベクトル検索という技術が使われます。ベクトル検索では、文章を数値の配列(ベクトル)に変換し、意味の近さを数学的に計算します。これにより、キーワードが完全に一致しなくても意味的に関連する情報を見つけ出せる仕組みです。たとえば「AI活用」と「人工知能の導入」は表現が異なりますが、ベクトル検索では意味が近いと判断されます。
Augmentation(拡張)
検索で得られた情報をLLMが理解しやすい形式に整えます。複数の検索結果から重要な部分を抽出し、質問と一緒にLLMに渡すためのコンテキスト(文脈)を構築します。この処理により、LLMは質問と関連情報の両方を把握したうえで回答を生成できるようになります。
Generation(生成)
LLMが検索された情報を参照しながら、自然な文章で回答を生成します。LLM本来の言語生成能力と、外部から取得した正確な情報を組み合わせることで、信頼性の高い回答を作り出します。
1-2. RAGとLLMの違いと補完関係
LLMは学習によって獲得した膨大な知識を内部に保持し、プロンプト(AIへの指示や質問)を受け取るだけで即座に回答を生成できます。しかし、その知識は学習時点で固定されており、新しい情報や個別企業のデータには対応できません。
ここで重要なのは、LLMは学習時点の一般的な情報のみを保持し、それ以降の最新情報や、公開されていない企業固有のデータは学習していないという点です。そのため、「自社で最近導入した新しいシステム」や「最新の法改正内容」といった情報には対応できません。
一方、RAGは必要な情報を外部データベースから動的に取得し、LLMに渡します。データベースを更新すれば即座に最新情報に対応でき、企業ごとに異なるデータソースを柔軟に扱えます。取得した情報をどのように活用するかは、LLMの能力に依存します。
具体例として、ある製造業の企業が「2024年10月に導入した新しい品質管理規定の内容を教えて」と質問した場合を考えます。
このように、LLMの言語生成能力と外部データソースを組み合わせることで、正確性と表現力を両立した実用的なシステムを実現できるのです。
なお、LLMについては以下の記事で詳しく解説しています。
LLM(大規模言語モデル)とは?生成AIとの違いや仕組み・種類を解説
1-3. なぜRAGは必要?LLMの限界とRAGによる解決
LLMは膨大なデータから学習した強力なツールですが、ビジネスで活用するうえで次の3つの限界があります。RAGはこれらの課題を、外部データを参照することで解決します。
情報の鮮度問題
LLMは学習時点までの情報しか扱えないため、最新の製品情報や法改正、市場動向には対応できません。一方、RAGは常に最新のデータベースから情報を取得するため、この問題を解消します。システムリリース後も、データベースの追加・更新によって継続的な最新情報への対応が可能です。
ハルシネーション(幻覚)
LLMは質問に対してなんらかの回答を生成しようとするため、知らない内容についてもっともらしい誤情報を生成してしまうことがあります。RAGは実際に存在する情報のみを参照するため、ハルシネーションの発生を大幅に抑制できます。必要に応じて「該当する情報が見つかりません」といった回答も可能です。
未学習データへの対応
企業独自の社内規定、特殊な業務フロー、独自仕様の製品情報など、一般に公開されていない情報はLLMの学習データに含まれません。RAGは企業の固有データを検索対象とすることで、こうした業務に特化した情報にも対応できます。
2. RAG + LLMで得られるメリット
RAGをLLMと組み合わせて業務に活用することで、企業は以下のような具体的なメリットが得られます。
2-1. 情報の鮮度が向上する
データベースを更新するだけで即座に最新情報へ対応できます。たとえば、毎日更新される在庫情報や価格データを反映すれば、LLMはリアルタイムに近い鮮度で顧客からの問い合わせに答えられます。モデルの再学習が不要なため、情報更新のコストと時間を大幅に削減できるのも大きな利点です。
2-2. ハルシネーションを大幅に削減できる
RAGは実際に存在する情報のみを参照するため、LLMが誤った情報を生成するリスクを低減します。また、回答とともに情報源(ドキュメント名やURL)を提示することで、ユーザーが回答の根拠を確認でき、信頼性が高まります。
2-3. 専門知識や社内データを活用できる
企業独自の業務マニュアル、手順書、契約書などを検索対象として、LLMを専門的な業務に適用できます。たとえば営業担当者が「製品Aの保守契約の更新手続きを教えて」と尋ねた場合、RAGを通じて社内資料を検索し、該当手順をLLMが自然な文章で提示します。新人教育や業務引き継ぎの効率化にもつながるでしょう。
2-4. 学習コストを抑えられる
LLMに新たな知識を学習させるファインチューニングには、高性能なGPU環境や高度な専門知識が必要で、数百万円規模の費用が発生することもあります。一方でRAGは、データベースへの情報追加だけで新しい知識に対応できるため、導入・運用コストをストレージ費用やAPI使用料など最小限に抑えられます。
ファインチューニングについては以下の記事で詳しく解説しています。
ファインチューニングとは?転移学習やRAGとの違い・メリット・やり方を解説
2-5. 回答の透明性と信頼性が高まる
RAGでは、回答生成に使用した情報源(該当箇所の抜粋、文書名、リンクなど)を併せて提示することが可能です。これにより、ユーザーは回答の妥当性を自ら検証でき、業務上の意思決定にも安心して活用できます。とく特に法務やコンプライアンスの分野では、このような透明性が大きな価値を持ちます。
3. RAGの実装方法:構成と導入ステップ
RAGを実際に導入する際の構成パターンと、具体的な実装ステップを解説します。
3-1. 代表的な3つの構成パターン
RAGには用途や要件に応じて、いくつかの構成パターンがあります。各パターンには特性があり、プロジェクトの規模や精度要件に応じて選択します。
ベーシック型
質問に対してベクトル検索で関連情報を取得し、そのままLLMに渡して回答を生成します。実装が容易で、小規模なデータセットや初期検証に適しています。まずはこの構成で効果を確認し、必要に応じてより高度な構成へ移行するアプローチが推奨されます。
再ランキング型
最初の検索で候補を多めに取得したあと、専用の再ランキングモデルで関連度を再評価し、本当に必要な情報だけをLLMに渡します。検索精度が向上し、回答品質が安定する一方、処理ステップが増えるため応答時間がやや長くなります。精度を重視する業務システムに向いています。
ハイブリッド型
ベクトル検索に加えて、キーワード検索やメタデータフィルタリングを併用することで、より柔軟な情報取得を実現します。「2025年4月以降の売上報告書から、東京支店に関する情報を検索」といった複雑な条件にも対応できます。
導入初期はベーシック型から始め、精度や要件に応じて再ランキング型やハイブリッド型へ発展させるアプローチが現実的です。
3-2. 実装の5ステップと成功のポイント
RAGの実装は、段階的に進めることで失敗リスクを抑えられます。以下の5つのステップで確実に構築を進めましょう。
ステップ1:データ準備
検索対象となるドキュメントを収集し、RAGで扱える形式に整理します。PDFや文書ファイルは、テキスト抽出と適切なサイズへの分割(チャンキング)が必要です。分割サイズは用途によって異なりますが、500〜1,000文字程度が一般的な目安となります。この段階でデータの品質を確保することが、後の検索精度に大きく影響します。
ステップ2:ベクトル化
準備したテキストデータを、数値の配列(ベクトル)に変換します。この処理にはエンベディングモデルと呼ばれるAIモデルを使用します。たとえば「りんご」と「果物」は異なる単語ですが、意味的には近い関係にあります。ベクトル化によって、こうした意味の近さを数値で表現できるようになり、質問と関連する情報を効率的に検索できるようになります。
ステップ3:検索システムの構築
ベクトル化したデータをベクトルデータベースに格納し、類似度検索ができる環境を整えます。Pinecone、Weaviate、Chromaなどの専用データベースが利用できます。これらのデータベースは高速な類似度検索に最適化されており、大規模なデータセットでも効率的に動作します。
ステップ4:LLMとの統合
検索システムとLLMを連携させ、一連の流れを自動化します。LangChainやLlamaIndexといったフレームワークを使うことで、この統合作業を効率化できます。これらのツールは、検索結果の取得からプロンプトの構築、LLMへの入力まで、RAGに必要な処理をパッケージ化して提供しています。
ステップ5:評価と改善
実装したRAGシステムの精度を測定し、継続的に改善します。回答の正確性、検索の適合率、応答時間などを指標として設定し、定期的にモニタリングします。ユーザーからのフィードバックを収集し、検索精度やチャンクサイズの調整を行うことで、システムの品質を向上させられます。
成功のポイント
高品質なデータの準備、適切な評価指標の設定、段階的な導入と継続的な改善が重要です。小規模なPoC(概念実証)から始め、フィードバックを得ながら改善を重ねることで、リスクを管理しながら確実に導入を進められます。
4. RAGの活用例と導入ポイント
RAGが実際にどのような場面で活用されているか、具体例を交えて紹介します。
4-1. 主な活用シーン
社内ナレッジ検索
膨大な社内文書、過去のプロジェクト資料、業務マニュアルなどを検索対象とし、従業員が必要な情報に素早くアクセスできるようにします。従来の全文検索では適切なキーワードを知らないと情報にたどり着けませんでしたが、RAGを使えば自然な質問文で検索でき、要約された回答が得られます。これにより、情報検索にかかる時間を大幅に削減できます。
カスタマーサポート
製品のFAQ、トラブルシューティングガイド、過去の問い合わせ対応履歴などを活用します。顧客からの質問に対して、関連する情報を即座に検索し、オペレーターに提示することで、対応時間の短縮と品質の均一化を実現します。
専門分野のQAシステム
医療、法務、技術サポートなど、高度な専門知識が必要な領域で活用されています。専門文献、ガイドライン、技術仕様書などをデータベース化し、専門家の判断を支援するツールとして機能させます。最新の研究成果や改訂された規制情報も迅速に反映できる点が強みです。
コンプライアンス対応
法令、社内規定、契約書などを検索対象とします。「この取引はコンプライアンス上問題ないか」といった質問に対して、関連する規定や過去の判断事例を提示し、リスク管理を支援します。
4-2. ツール選定とインフラ要件
RAGを実装する際のツール選定と、必要なインフラについて解説します。適切なツールとインフラの選定が、RAGシステムの成否を分けます。
主要なフレームワーク
LangChainは、LLMを使ったアプリケーション開発を包括的にサポートするフレームワークで、RAG以外にも多様な機能を提供します。柔軟性が高く、複雑なワークフローにも対応できます。
一方、LlamaIndexは、RAGに特化したフレームワークで、データの取り込みから検索、LLMとの統合まで、RAGに必要な機能を効率的に実装できます。RAG構築が主目的の場合は、LlamaIndexのほうが学習コストが低く、迅速な開発が可能です。
ツール選定の3つの観点
ツール選定では、以下の3つの観点からバランスよく評価することが重要です。
構成の柔軟性
自社のデータ形式や検索要件に合わせてカスタマイズできるかを確認します。データソースが多様な場合や、将来的な拡張を見据える場合は、柔軟性の高いツールを選択すべきです。
コスト
初期費用と継続的な運用コストのバランスを評価します。クラウドサービスの場合、検索回数やデータ量に応じた従量課金が発生するため、想定される利用規模でのコスト試算が不可欠です。
人材要件
社内のエンジニアのスキルセットで運用可能かを見極めます。高機能なツールほど学習コストが高くなる傾向があるため、チームの技術レベルや運用体制に見合ったツールを選ぶことで、導入後のスムーズな運用が実現できます。
GPU環境の重要性
RAGシステムでは、ベクトル化の処理やLLMの推論に大量の計算リソースが必要です。大規模なデータセットを扱う場合や、高頻度のアクセスが予想される場合、GPU環境の性能がシステム全体のパフォーマンスを左右します。ベクトル検索の処理速度、LLMの応答時間、同時接続数への対応など、ユーザー体験に直結する要素がGPUの性能に依存します。
AI開発環境の構築や、GPUクラウドサービスの選定については、以下の記事で詳しく解説しています。
AI開発環境の選び方と構築指南:小規模開発から大規模チーム開発まで
GPUクラウドとは?研究機関・スタートアップが導入するメリットと選定ガイド
まとめ
RAGは、LLMの限界を外部知識で補完し、ビジネスでの実用的な活用を可能にする技術です。情報の鮮度向上、ハルシネーション(幻覚)削減、専門知識や企業独自データの活用といった3つの課題を解決することで、LLMを実験的なツールから、業務の中核を支える実践的なシステムへと進化させます。
導入時には小規模なPoC(概念実証)から始めるのが成功のポイントです。データの品質維持、評価指標の適切な設定、そして継続的な改善を行うことで、リスクを抑えて確実に成果を得られます。段階的に導入を進めることで、投資対効果を見極めながら柔軟に対応できます。
RAGシステムの本格運用には、高性能GPU環境が不可欠です。さくらインターネットの高火力シリーズは、AI・機械学習ワークロードに最適化されたGPUクラウドサービスで、大規模なベクトル検索やLLM推論を高速に処理できるインフラを提供しています。
さらに、RAGをはじめとする生成AI機能を手軽に実装できるさくらのAI Engineも提供しています。RAGシステムの構築に必要な検索機能やLLM連携機能をAPI経由で利用できるため、開発期間の短縮とコスト削減の両立が可能です。
詳しくは各サービスページをご確認ください。
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