さくらインターネットの最新の取り組みや社風を知る
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2024年4月19日にQiita株式会社主催のもとおこなわれた「Qiita Conference 2024」にて、さくらインターネット 代表取締役社長 田中 邦裕が登壇。エンジニア出身の起業家として、創業のきっかけ、自らの経営フィロソフィー、そしてイノベーションを続ける企業文化の醸成などについて語りました。本記事ではその一部をレポートします。
少年時代からの「好き」が高じて起業へ
私は子どものころから工作や機械いじり、コンピューターが大好きでした。そして、テレビで見たロボットコンテストへの出場を夢見て1993年に舞鶴工業高等専門学校に入学します。転機となったのは、サーバーやインターネットとの出会いです。当時流行していたPC-98というパソコンで、UNIXのワークステーションをよく触っており、Linuxサーバーを自分で立ち上げるなど、サーバーの機能におもしろさを感じていました。1994~1995年は、ちょうどオープンソースのサーバーソフトウェアも普及してきた頃で、World Wide Webに代表されるようなHTMLやHTTPも普及し始めていました。所用で訪れた秋葉原のとあるパソコンショップの店頭にあった「インターネット体験コーナー」にて、遠く離れた舞鶴にある自身のWebサーバーにアクセスできたときは感動すら覚えたものです。
インターネットが持つ可能性を多くの人と共有したいと思い、周囲の友達にもどんどんサーバーを勧めて、やがてインターネット上で知り合った友人にも利用してもらうようになりました。 そしてXデーが訪れます。私のサーバーは学校に勝手に置いており、回線も学校所有のものだったため「学外の人にタダで使わせているのはよくない」ということになりました。そこでいったんサーバーを落とすことになるわけですが、友人に「お金を払うから続けてくれないか」といわれたのが起業のきっかけでした。1996年、18歳のときです。サーバーが大好きで、起業までしたわけです。
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目下の目標は「デジタルインフラのトップ」
さくらインターネットの企業理念は、「『やりたいこと』を『できる』に変える」。利益が出るかどうかではなく、「自分たちがやりたいことをやる」というのがアイデンティティです。もちろん利益は必要ですが、それが目的で起業したわけではありません。デジタルインフラを通じてお客さまがやりたいことを達成する。それが社是なのです。
とはいえ、利益を増やしたからこそ大規模なデータセンターを自社運営できています。エンジニアとしては、より巨大なサーバーやネットワークを構築したいし、トラフィックが増えるととてもうれしいのです。そういう意味では、これがさくらインターネットのインセンティブです。会社が大きくなればなるほど、社員も「やりたいこと」がさらに「できる」ようになる、という継続的な成長を目指しています。
現在、中長期ビジョンとして「デジタルインフラトップ企業になる」ことを掲げています。いまの日本には、デジタルインフラであるクラウドを“作る”企業はあまりありません。データセンターを作る側はなかなかおらず、ほとんどは“使う”側です。インフラとしてのクラウドを作っているのはほぼ海外企業です。このような現実のなかで、さくらインターネットは使うだけではなく「作りたい」と考えています。
日本の企業が作る側に回ろうとしない、あるいは回れない要因はいくつかあります。まず、インフラは短期の利益を得にくいビジネスです。さらに日本では「株主に対して短期的に配当で報いなければいけない」という風土の企業が多く、利益をなかなか投資に回せません。この点において、GAFAM企業は利益を配当よりも投資に回して成長してきました。
さらに掘り下げていえば、バブル崩壊後の1993年ごろから、日本企業ではコストダウンが正義とされてきました。そして「持たない経営文化」、すなわち「自分たちが所有するのではなく借りてくる」という企業文化ができあがりました。その最たる姿が多重請負構造です。自社で手掛けることは最小限に抑え、どんどん外注に仕事をさせる。いわゆる水平分業体制ともいわれます。これはGAFAMとは対照的です。WindowsやGoogle検索は、けっして複数企業が分業して作り上げた製品ではありません。1つの企業がインフラのレイヤーまで自分たちで作っているのです。
さくらインターネットは、GAFAMのような垂直統合のビジネスをしています。このビジネスモデルの会社は日本ではあまり多くないので、しっかりとしたポジションを確立していきたいと考えています。
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社員の「やりたい」をかなえる会社が生き残り成長していく
日本のソフトウェア業はサービス業ではなく製造業に近いです。あるいは「これだけのものを作ってください」ということを「1人1か月いくら」で契約して開発させるというモデルになっています。1990年頃までサーバーやパソコンの製造は日本が世界的に強く、メーカーが中心となりビジネスをしてきた背景があります。
ここに新たに登場したのが、ネット系といわれるクラウドサービス提供企業です。アメリカのビッグ・テックといわれる企業も、事業領域の1つとしてクラウドサービスを提供しています。アメリカでは、そのネット系企業がインフラやデータセンターといった物理空間にもどんどん進出しています。しかし残念ながら、日本のネット系企業は物理空間に対する投資はほとんどしていないのが実情です。本来は、どんどんインフラに参入していくべきです。
もう1つ重要なことは、インフラの外販です。自分たちで作ったインフラを自社で使うのではなく、それを製品として社外に売るのです。AmazonにはAWS、GoogleにはGCPがありますよね。
さくらインターネットは、28年前の創業時からインフラを外販してきました。これがわれわれのビジネスの源泉です。データセンターや、そのうえに作った専用サーバーを外販してきた延長に、現在のクラウド事業者としてのさくらインターネットがあります。さくらインターネット以外でも「自分たちでインフラを作って広く使ってもらおう」というモチベーションが日本国内にどれだけ生まれてくるか。それがこの国でクラウドを“作る”ベンダーやエンジニアの増加につながると考えています。
「売れるから」というモチベーションでインフラに手を出しても、すぐに利益はでないので、撤退も早くなるでしょう。多額の設備投資も必要です。さくらインターネットが今日まで続けてこられたのは、やはり「好きだからやる」というモチベーションがあったからだと思います。
さくらインターネットには、「データセンターで働きたい」「サーバーを組み立てたい」という新入社員がたくさんいます。28年前、私が学生時代に思っていたことと同じです。会社規模となれば、個人で作るよりもずっと大きなネットワークを操れますし、通信回線の単位も桁違いです。「自分ではできないことを会社でやる」ということにモチベーションを感じているのです。
また、第二新卒の方も多くいます。自分でサーバーを触りたかったのに、水平分業において下請けや外注などに指示をする側になり、自分でインフラを作るおもしろさを経験できなかった人たちが、「サーバーを触りたい」「クラウドを作りたい」と転職してくるわけです。
最近はクラウドの立ち上げができればインフラエンジニアだと言われるそうですが、本来はサーバーが触れたり、KVM(Kernel-based Virtual Machine)やKubernetesの立ち上げなどまでできるのが「フルスタックのインフラエンジニア」ではないでしょうか。いわゆる低レイヤーの部分まで「自分で作りたい」人がいてこそ企業が成り立っていると考えています。
ですから「クラウドを作ってもうけよう」ではなく、「社員の『やりたい』からクラウドを作る」という想いを大事にしてビジネスをしていきたいのです。自分たちがやりたいことをして、それで作ったものがお客さまのやりたいことをかなえていく。これは都合のいい話に聞こえるかもしれません。そのためには、しっかり利益を出してこの環境を維持・成長させる必要があります。だからリスクを負いながらも、どんどんインフラに投資をしています。
成長のチャンスを逃さない「余白の経営」
子どもの服を買う場合、普通は大きめの服を買いますよね。ジャストサイズで買っても、すぐに成長してあっという間に着られなくなってしまいます。ということは、ぴったりしたものを選ぶというのは成長を目指していないことと同じなのです。人材においても、いま必要な人材を確保しようとするのではなく、3年後にどれぐらいの人材が必要かを考えながら採用しないと成長できないでしょう。
コストダウンに次ぐコストダウンが日本のお家芸のようになり、多くの企業では、データセンターの物理的なキャパシティも人員もギリギリでしか配置していません。これでは新たなビジネスチャンスが来たとき、あるいは自社が得意とする業務が急成長したとき、機会損失となります。しかし、これが日本の現状なのです。コストダウンし、稼働率を上げることが是とされています。私は「自分たちが『やりたいこと』をやって会社の成長を目指す」なかで、これに疑問を持ち、「余白の経営」を実践するようになりました。余白があれば、急成長しても受け入れることができますし、急な開発にも対応できます。
インフレが続き人件費も上がっている昨今の状況下で、デフレ時代のコスト削減型の経営は本当に正しいのかと疑う。これは共有すべき価値観だと思っています。
現在、IT業界にとって久しぶりに大きな成長期が訪れています。さくらインターネットでも賃上げと正規雇用の拡大を進めており、現在ではほとんどの社員が正規雇用です。自社のビジネスは自前で作る。これが垂直統合のビジネスですが、日本のIT業界はなぜか水平分業です。自分たちで投資をして人員も抱えると、リスクは当然あります。しかし、成長する市場においてはリスクではなくチャンスになると私は考え、会社を経営しています。
利益が出ているうちはオープンソースを開発する人材も社内で抱えたいですし、彼らがコミットアウトしてくれることでオープンソースのコミュニティが広がり、自社も高品質なソフトウェアを利用できます。使う側ではなく作る側にいることは個人としても組織としても重要なのです。「自分は作ることができる、成し遂げられる」という気持ちを養うことが、個人のキャリアパス、そして会社やひいては日本が発展していくことにつながるでしょう。
また、人的資本主義経営という考え方があります。多くの現場では、エンジニアは“手段”として捉えられがちです。「エンジニアがなかなか定着してくれない」「言うことを聞いてくれない」と相談してくる経営者は多くいます。しかし「エンジニアに言うことを聞かせる」という発想自体がおかしいのではないでしょうか。エンジニアは一緒に働く仲間です。エンジニアに限らず、たとえば法務部門の社員が、目的を共有されずにただ契約書を作る外注先のように扱われることもあります。人材を単なる手段として捉えてはいけません。「ともに仕事をしていく」という感覚がなければ、社員一丸となって成功するのは不可能です。会社は仕事に必要な人を採用しますが、入社する人から見ると、自分たちが「やりたいこと」が「できる」からその会社に入るのです。
「この会社は日々新しいことが起こっておもしろい」と言ってくれる社員がいます。さくらインターネットに限らずどのような会社でも、変化しないことで作られる居心地のよさより変化することで作られる居心地のよさが、生存戦略のために重要ではないでしょうか。もともとは「サーバーを触りたい」というモチベーションで起業した私ですが、いまは自分の仕事も「変化・成長が心地いい状況を作る」ことに変わってきています。これからもエンジニアの地位を向上させ、そのなかから「自分たちで作りたい」、最終的には「会社を作りたい」と起業する人が生まれてくれれば大変うれしいです。