>>さくらインターネットの生成AI向けクラウドサービスとは?
人工衛星の活用といえば、おもに天気予報とGPSが挙げられるが、もう1つ注目したいのが、リモートセンシングだ。遠く離れた場所から対象物に触れることなく測定する技術で、その活用は環境保護、災害防止、安定的な食糧供給などにつながると考えられている。この技術の具体的な活用法、技術の確立、実用化までの道のりについて、株式会社ポーラスター・スペース(以下、ポーラスター・スペース)の代表取締役を務める中村 隆洋さんに聞いた。

中村 隆洋(なかむら たかひろ)さん プロフィール
代表取締役。1996年に防衛大学校航空宇宙工学科卒業。1991年に青山学院大学大学院理工学研究科博士前期課程を終了後、同年に三菱電機エンジニアリングに入社し、人工衛星開発に携わる。2012年に情報サービス業の設立を経て、2017年にポーラスター・スペースを設立。
アブラヤシを病害から守るため、リモートセンシングを活用
超小型衛星、ドローン、地上計測機器等の使用によるリモートセンシングを事業としているポーラスター・スペース。リモートセンシングとは、人工衛星やドローンに測定器(センサー)を載せ、触れずに対象物を調べる手法だ。地上や海上から反射・放射される電磁波をセンサーで観測することで、地表の温度や高さ、植物の状況などを把握できる。とくに農業分野では実用化が期待されており、実証実験がさかんにおこなわれている。

「当社では、最終的には超小型衛星によるリモートセンシング技術の確立を目指しています。衛星を活用するのであれば、大規模な農地が適しているでしょう。そこで、まず目を向けたのがアブラヤシ農園でした」(中村さん、以下同)
アブラヤシは熱帯地方で栽培される換金作物だ。そこから採れるパーム油は、洗剤や化粧品などの日用品、ポテトチップスやインスタント麺などの加工、マーガリンやチョコレートなどの原材料として使用されている。世界で流通しているパーム油の約9割がマレーシアとインドネシアで生産されており、日本は100%輸入に依存している。
パーム油は、ほかの植物油と比較して面積あたりの収穫量が多いことからも重宝されてきた。しかし、近年の環境問題に対する意識の高まりもあり、積極的に農園を切り開くことは難しい。そこで注目されたのが、生産ロスを減らす試みだ。
アブラヤシが感染するガノデルマは、最終的には枯死を招く病害だ。根本的な治療法は確立されておらず、伐採し、ほかの木への感染を未然に防ぐ以外に有効な手立てはない。伐採されるアブラヤシの割合は1~2割、最悪の場合は半分近くにも及ぶ。そして、感染初期の症状は微細で、診断士による目視での判断には誤差が生じる。広大な農園を歩いて確認するにも限度があり、気づいたときには伐採せざるをえない状態を迎えているのが現状だ。
この感染拡大を防ぐために有効なのが、ポーラスター・スペースのリモートセンシング技術であり、2025年3月現在は感染を特定するための実証実験をおこなっている最中だ。
>>日本発の衛星データプラットフォーム「Tellus」の詳細を見てみる
AIアルゴリズム構築の成否は意外にもアナログな作業

ポーラスター・スペースでは、2021年からマレーシアにあるアブラヤシ農園での実証実験を開始。2023年には、洗剤や化粧品の製造に多くのアブラヤシを使用している株式会社花王(以下、花王)と業務提携をし、現在に至るまでインドネシアの農園で実証実験をおこなっている。
実証実験にはマルチスペクトルセンサーを搭載したドローンを使用。同社が保有するスペクトル計測技術を活用することで、木が健康か否かによって生じる、人間の目では捉えられない違いを見つけることができるからだ。
農園の100m上空にドローンを飛ばしてスペクトル写真を撮影。計測されたスペクトルデータに画像処理をおこなったあとに機械学習させることで、木が健康か否かを判定するAIアルゴリズムを構築していく。
「人でも体調のよい人と悪い人では顔色が違いますよね。どの波長で木を見ればいいのか、おおむねわかってきています」
アルゴリズムの構築のためには、機械学習をおこなうための正確な学習データが必要だ。やるべきことは明確だが課題もある。
たとえば、ドローンで撮影をすると、ドローン本体やアブラヤシの葉が風で揺れることから、正確な画像を撮ることが難しい。しかしアルゴリズムの精度を高めるためには正確な画像が必須だという。撮影後にはデータのクレンジングをおこなうが、この作業に多くの時間を費やしており、アルゴリズムの構築までには莫大なデータと時間が必要なのだ。
また、農園側との連携にも課題があったという。データの採取のために、まずは複数の診断士の目視により、健康な木と感染初期段階の木を標本木として選定。経過を撮影し、観察することで、感染している木の波長を知り、正しいデータを採取できるという。ところが、人が介在することで、作業を誤ったり、データの採取に遅れが発生したりすることがあった。
そこで、中村さんは花王の担当者と一緒に現地へおもむき、現地のR&D部門だけでなく、経営層と会議を実施。正確なデータの採取への協力を訴えたという。さらに、実証実験当初は3か月に1度であった標本木の確認を、2024年12月より2週間に設定。農園側からすると大きな負担にはなるが、理解を示してくれたそうだ。これによって、さらなる精度の向上を期待できるという。
生活を幅広く支える技術に
「農園の理解と努力もあり、おかげさまで感染している木を特定する精度は高まっています。木を伐採せずに済めば、環境保護だけでなく、作業員の労働環境の改善、企業の利益増にもつながります。いまはその実現の一歩手前におり、花王さん、現地の農園からの期待を感じています」
現在は実証実験の最終フェーズにあり、2025年4月には花王、現地の農園に精度を示すレポートを提出。うまくいけば、2025年の夏ごろにはサービスインできる予定だ。そして現在は、ドローンでリモートセンシングをおこなっているが、「サービスインが実現したら、いずれは人工衛星を打ち上げたい」と中村さんは言う。ドローンの場合、データを収集できる範囲が限られている。そのため、複数台を飛ばしながら、時間をかけて収集せざるをえない。しかし、地上から400km離れた人工衛星であれば、5ショット程度で農園のすべての範囲を撮影することが可能となる。つまり、ドローンより効率よく感染した木を見つけられるわけだ。
また、このリモートセンシング技術と、それによるアルゴリズムの構築は、アブラヤシ農園だけでなく、似たような病害にかかる樹木の感染拡大防止にも応用できるという。
「海外の農園から原材料を購入している複数の日本企業から問い合わせがあり、ニーズを把握しています。まずは、フィリピンのバナナ、インドネシアの生ゴムまで対象を拡大する。それがうまくいけば、地域や対象とする農作物を広げられるでしょう」
さらには、山火事、土砂崩れといった災害対策にまで応用することを目標として掲げているという。
「山火事はいくつかの要因が重なって発生し、その1つに乾燥が挙げられます。衛星からリモートセンシングをおこない、山の土壌や生えている木の葉などの水分量を確認できれば、事前に危険を察知できるでしょう。衛星を災害ソリューションのために活用したいと思って起業したので、それを実現させたいですね」
最後にリモートセンシング事業にかける想いを聞いた。
「いまは、実用化できるかどうかの境にあり、気が気ではないというのが正直なところです。ですが、これが実現すれば、さまざまな課題解決の道が一気に開けます。それが、大きなモチベーションになっていますね」
コンテナー型GPUクラウドサービス 高火力 DOK(ドック)
>>サービスの詳細を見る

執筆
増田洋子
東京都在住。インタビューが好きなフリーランスのライターで、紙媒体とWebメディアで執筆中。ネズミを中心とした動物が好きで、ペット関連の記事を書くことも。
ポートフォリオ:https://degutoichacora.link/about-works/
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
- SHARE