ミライロ垣内社長が語る「お客様としての障害者」とは?

「改正障害者差別解消法の施行に向けて」のタイトル画面

 

株式会社ミライロ 代表取締役社長の垣内さんは「バリアフリーは社会貢献であると同時に、ビジネスとしてとらえるべき」と語ります。

 

本記事では、垣内さんが登壇したセミナー「2024年までの改正障害者差別解消法施行に向けて『自ら障害をもつ企業経営者が語る』お客様としての障害者とは?」(HRソリューションズ株式会社主催)の内容をまとめてお届けします。

垣内俊哉さんのプロフィール写真

垣内 俊哉 (かきうち としや)さんプロフィール

1989年生まれ。2010年、立命館大学経営学部在学中に株式会社ミライロを設立。障害を価値に変える「バリアバリュー」を企業理念とし、デジタル障害者手帳「ミライロID」の開発や、ユニバーサルデザインのコンサル事業を展開。一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会 代表理事や、日本財団パラスポーツサポートセンター 顧問も務める。

ミライロが提唱する「バリアバリュー」

2006年の国連総会で採択された障害者権利条約は、世界共通のルールとなっています。そして、これに沿って多くの国が障害者に関する法整備を進めました。日本でも、多くの企業が障害者対応を積極的におこなっています。

これから企業がどのように障害者対応をおこなうべきか、取り組むことでなにが得られるのか、どのような課題があるか、などをお伝えします。

 

株式会社ミライロでは、障害(バリア)を価値(バリュー)に変える必要があると提唱しています。障害を克服し、取り除くのではなく、価値へと変えていく。それが「バリアバリュー」です。歩けない、見えない、聞こえないからこそ、できることもある。障害を新たな価値として活かし、ビジネスを生み出すことを目指しています。

ビジネスとして障害者と向き合う

近年、法整備をきっかけに劇的にバリアフリー化が進んでいます。結果、いままでは外に出られなかった人たちが外へ出るようになり、生活の幅がぐっと広がりました。

具体的な例をご紹介します。大阪府高槻市には、JR高槻駅、阪急高槻市駅がありますが、エレベーターが設置されていたのは阪急のみでした。法律が変わったことで、JRにも4000万円を投じてエレベーターが設置されました。

すると障害者はもちろん、高齢者や子育てをされている方の利用も増え、高槻駅を中心として半径1.5キロ圏内で、年間2億円の経済効果がありました。4000万円を投じて2億円。十分に元が取れています。

 

これからは、社会的弱者を守るための取り組みではなく、経済活動、ビジネスとして障害者と向き合っていく必要があるでしょう。

従来、障害のある方が利用するのは、バリアフリー化されている環境のみでした。しかし、交通機関のバリアフリーが充実してきたことで、近隣の飲食店・病院・ホテルなどにも広がりつつあります。

これから、多様な方々が外出し、モノやサービスを利用する機会はますます増えていくことでしょう。だからこそ、私たちは、そういった方々と向き合うための環境の整備や心の準備を進めていかなければなりません。

障害者差別解消法とは

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2016年より施行された障害者差別解消法では、2つのことを定めています。

 

  1. 障害を理由とした不当な差別的扱いの禁止
  2. 社会的障壁を取り除く合理的配慮をおこなう

 

現在、自治体・行政と民間企業、ともに「差別的扱い」は禁止となっていますが、「合理的配慮」は、自治体・行政には「義務」、民間企業には「努力義務」という形で適用区分がわかれています。

海外では、すでに民間企業においても義務として合理的配慮を課している国もあります。今後、障害者対応は、多くの企業にとって、社会貢献だけでなくコンプライアンスという側面も帯びてくるでしょう。

 

昨年5月に障害者差別解消法の改正法が成立し、2024年までに民間においても、合理的配慮が法的義務となります。現在、多くの企業でゆるやかな対応となっていますが、2年後までには、義務として取り組まなければなりません。

「法律があるから」「訴えられるから」ではなく、「まだほかの企業が取り組んでいないから」「自分の会社が業界を引っ張っていく」といったポジティブな視点で、障害者差別解消法を理解していただけたらと思います。

日本の「惜しい」現状

2013年、オリンピック・パラリンピックの東京開催が決まり、それをきっかけに急速にバリアフリー化が進みました。当時、都内でエレベーターが設置されている駅は68%。そこからオリンピック・パラリンピックへ向けて整備が進み、たった7、8年で96%まで向上しました。

2025年には大阪万博も控えており、さらに多様性に配慮した環境づくりが進んでいます。いままでは外に出られなかった人が出られるように、学べなかった人が学べるように、働けなかった人が働けるように。すなわち、お金を持っていなかった人がお金を持つようにもなる。社会的弱者ではなく、ひとりの顧客、ひとつの市場として私たちは向き合っていかなければなりません。

 

総務省の発表によると、日本に暮らす高齢者は3622万人、全人口のうち29%。障害のある方は965万人、全人口の8%。

子育てをされている方なども含めれば、決して少なくない方が、外出する際になんらかの不便を感じている可能性があります。

 

そのような状況にも関わらず、日本は、惜しい現状にあります。

先ほども言ったとおり、東京の交通機関におけるエレベーターの設置率は96%。大阪は100%。札幌は98%、仙台、横浜、名古屋、京都、福岡は100%です。全国各地でバリアフリーが進んでいる。世界と比較しても、このような国はほかにありません。日本は、”世界一外出しやすい国”と言えます。

ただし、”外出したくなるかどうか”は別です。なぜなら、障害者への対応が二極化しているからです。

「無関心」か「過剰」のどちらか。関心が低くあまり取り組んでいない企業、対して過剰とも言えるようなアクションをとっている企業もある。なぜこのように偏るのかといえば、私たちがまだ多くの「違い」を理解できていないからです。

障害は、人ではなく環境や社会に存在する

代表的な「違い」は、右利きと左利きです。私は右利きですが、全体の1割といわれる左利きの方はどういったことに不便を感じるのでしょうか。

思い出してみてください。駅の改札で、ICカードをタッチする場所や、切符の投入口。また、自販機の硬貨の投入口。すべて右側にあります。それは、大多数の人が右利きだからです。

大多数の人に合わせて作られた社会。ここに不便があります。

私にとっての不便は、街中に段差や階段があることです。なぜ段差や階段があるかというと、右利きの人のほうが多いように、歩けない人よりも歩ける人のほうが多いからです。

左利きであることはもちろん、歩けない、見えない、聞こえないこと、それ自体が障害なのではありません。障害は、個人が抱えているものではありません。障害は、人ではなく、環境・社会に存在するものです。これを変えていくことが求められています。

向き合うべき社会に存在する3つのバリア

「社会に存在する3つのバリア」のスライド画像

 

私たちが向き合うべき3つのバリアについてお伝えしましょう。存在するバリアは、大きくわけると3つです。

 

  • 環境
    障害のある方にとって使いやすい製品や、居心地が良い店舗・施設
  • 意識
    障害のあるお客様に対する適切な接客サービス
  • 情報
    障害のある方に対する情報提供

 

企業に求められているのは、この3つのバリアを解消していくことです。では、どのようなアプローチが有効か、具体的な手段・事例をお伝えします。

環境のバリアへのアプローチ

施設、店舗についてお話しします。法律、条例などのルールに準拠しているからといって、使い勝手がいいとは言い切れません。

従来、バリアフリーを考えるうえで多くの企業が意識していたのは、車いすユーザーでした。車いすユーザーに配慮しているからといって、すべての障害のある方にとってよい環境とは言えません。

車いすに乗っている方、杖をついている方、見えない・聞こえない方、また、精神障害・知的障害のある方にとって、落ち着ける環境はどういった環境なのか。障害のある方々の視点を活かし、どこにどういった問題があるか明らかにすること。そして、すべてをすぐに改善できなくても、優先順位をつけ、ひとつずつ解決する必要があります。

 

しかし、限界もあるでしょう。大切なことは、最初からバリアを作らないことです。

あとからスロープやエレベーターを設置したり、トイレを広くしたりすると、時間もコストもかかります。企画・設計の段階で十分に配慮しておけば、バリアフリーは実現可能です。新しい店舗やオフィスをつくる段階で、障害のある方々の声を取り入れておくことで、結果、コスト削減に繋がります。

 

バリアの解消はべつのアプローチでも実現できます。そのひとつが情報です。

ある宿泊施設では、客室のスペック、つまり通路幅・ベッドの高さ・浴槽の深さなどの情報を開示しています。客室の設備が完璧なバリアフリーではなくても、障害のある方にとって選択基準となりそうな情報を積極的に開示することで、宿泊できるかどうかの判断を当事者にゆだねることができます。

すべての方に選ばれる施設・店舗を作ることは難しいです。ただ、選んでもらいやすくすることは可能です。店舗・施設がどういった状況なのか、くわしい情報を開示することで、多くの方との最初の接点を作れるでしょう。

意識のバリアへのアプローチ

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コミュニケーションも重要なテーマです。

ミライロでは、「ユニバーサルマナー」を提唱しています。障害者や高齢者と向き合ううえでのコミュニケーション、サポートするときのポイントをお伝えしています。

従来、こうしたサポートは、医療・福祉・介護の従事者など、特定の人が身につける知識・技術としてとらえられていました。でもこれからは、すべての方が当たり前に身につけていかなければならないでしょう。

すべての課題をバリアフリー化で解決できるわけではありません。仮に、”ハード”を変えられなくても、”ハート”は今すぐ変えられます。

ありがたいことに、この5,6年でユニバーサルマナーは一気に普及しました。

情報のバリアへのアプローチ

職場において、どれだけ適切な情報保障がおこなわれているか、聴覚障害のある方に聞いたところ、2人にひとりが「十分ではない」と答えています。自分だけ蚊帳の外にいるような感覚になってしまっているのです。

それは、企業がおこなっていることと、障害者が求めていることの間にギャップがあるからです。そのギャップを埋める必要があります。

たとえば、聴覚障害のある方に対して、6割近くの企業で筆談、もしくは口元を読んでもらうという対応をおこなっています。しかし、聴覚障害のある方の中には、手話やUDトーク(音声をテキスト化できるツール)での文字起こしを求めている人もいます。企業がおこなっている対応と実際の要望が異なるケースも大いにあります。

 

ミライロでは、遠隔手話通訳派遣サービスを提供し、職場における情報保障を円滑化するお手伝いをしています。たとえば、ZOOMなどのオンライン会議システムでおこなわれる採用面接や新入社員研修、評価面談などに通訳士も同席し、手話や文字でその場の会話を通訳します。

また、ご要望があれば、手話ができる人の派遣もできます。コロナ禍で多くの企業に利用いただいています。

UDトークなどを導入し、できるだけ低コストで情報保障をするという動きもあります。しかし、手話が必要な方もいらっしゃることを考え、それぞれに合わせた適切な情報提供をすることが望ましいでしょう。

Webアクセシビリティ

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Webアクセシビリティとは、Webにおけるバリアフリーです。

障害者のWeb利用は、8割を超えています。これは平成24年度のデータですので、いまは9割を超えているのではないでしょうか。インターネット上のバリアフリーも重要性が高まっています。

みなさんがお持ちのスマートフォンには、音声読み上げ機能があります。視覚障害のある方は、これを有効にすることで、SNSやメール、Webサイトなどで表示されている文字情報を音声で把握することが可能です。

ただ、読み上げ機能で適正に読み上げられるように努力をしている企業は、たった1割しかありません。これを変えていく必要があります。

たとえば、目が見えない方がWebサイトを利用する場合、入力フォームがあってもどこになにを入力したらいいかわからない。また、チェックボックスにチェックを入れる操作は、キーボードではできないこともあります。視覚障害のある方は、マウスを十分に使えないこともあるのです。キーボードだけで完結できれば良いのですが、マウス操作に依存しているWebサイトは、十分にバリアフリー化されているとは言えません。

 

このようなWeb上のバリアフリーを進めるためのアプローチは2つあります。

ひとつは、JIS規格に合わせてWebサイトを作ること。基本的にはこれが重要ですが、多くのWeb制作会社の方々は十分にアクセシビリティを理解できていません。そのため、規格に沿って作ったとしても、あとから穴が見つかってしまうことがあります。

それを補完するため、障害のある方に、Webサイト・アプリをチェックしてもらう必要があります。定量的には「規格に沿っているか」、定性的には「多様な方々の声を拾えているか」です。

2つのアプローチで、Webアクセシビリティに取り組んでいただけたらと思います。

障害者対応のDX、ミライロID

「DXを通じた外出促進」のスライド画像

 

障害のあるほとんどの方は障害者手帳という身分証を持っています。これがあれば、各種交通機関や、映画館、カラオケ店など、あらゆるところで割引が適用されます。素晴らしい制度です。

ただ、この障害者手帳には問題があります。発行する自治体によって形式が異なるため、日本だけでも283種類もあるのです。

対応する交通機関や施設などの現場は混乱していました。一覧表をつくるとしても、図鑑のようになってしまう。毎回の確認にとても時間がかかってしまいます。

 

現場の負担とともに、障害者本人の負担も減らすため、283種類を1つにまとめる。そういった取り組みを進め、「ミライロID」というデジタル障害者手帳が誕生しました。障害者対応のDX(デジタルトランスフォーメーション)化のひとつです。

ミライロIDを使えば、障害者手帳の情報をスマートフォンで管理できます。加えて、私のような車いすユーザーは、飛行機に乗る際などにカウンターで車いすの情報などを伝える必要がありますが、毎回伝えなくても済むように福祉機器の情報を登録できます。

このように、障害のある方の情報を各企業と連携し、予約や問い合わせをよりスムーズにします。

 

2019年7月のリリース時点では、ミライロIDの参画企業はたった6社でしたが、現在は3,399社(2022年1月末時点)にまで広がりました。

これを活かし、ミライロIDを使ったさまざまなアプローチがはじまりました。たとえば、ECサイトやコンビニなどで利用できるクーポンなど、販促に活用されている企業もあります。

また、スポーツの観戦チケットなどのネット予約・決済をスムーズにする取り組みもあります。

 

たとえばサッカーチームの観戦チケットを購入する場合、障害者割引が適用されたチケットはオンラインで購入することができず、わざわざスタジアムの窓口まで行き、障害者手帳を提示して購入する必要がありました。障害者本人はもちろん、対応するスタッフの方にとっても負担です。

このような煩わしさを取り除くために、ミライロID上で本人確認をおこない、チケットやサービスの販売、予約・決済を可能にする。スポーツ施設・レジャー施設、そして交通機関などでも、こうした動きが広がっていくでしょう。

多様性について

「障害種別の割合」のスライド画像

 

ひとことで障害者と言っても、多様な特性があります。大きくわけると、身体障害、精神障害、知的障害。ほかに発達障害や指定難病の方。先ほど、日本に暮らす障害者は965万人とお伝えしましたが、それどころではなく、潜在的には2000万人を超えるとも言われています。

車いすユーザーのことだけ考えるのではなく、偏りなく多様な障害者に配慮していかなければなりません。そして、その延長線上には高齢者がいます。

ご高齢の方は、加齢にともない、見えづらく、聞こえづらく、歩きづらくもなります。つまり、ご高齢の方のニーズは、障害者のニーズを統合した状態にあるわけです。障害者への理解なくして、高齢者への理解はありえません。まずは、965万人の障害者と向き合い、3622万人の高齢者に向き合う。この市場へのアプローチが重要です。

 

さらに、世界で暮らす障害者の総人口は12億人以上。障害者とその家族・友人などを合わせた購買力の総額は、10兆ドルにもおよびます。これだけ大きなマーケットがありながら、この市場へのアプローチができている企業はたったの5%というデータもあります。

バリアフリーに対応している飲食店も、およそ5%です。95%の店舗に、車いすユーザーの私が入店することは難しいです。だからこそ、バリアフリー化されている5%の店舗には、足しげく通うわけです。

ビジネスとしてバリア解消を考える

「社会貢献と経済活動の両立へ」のスライド画像

 

環境・意識・情報という3つのバリアの解消は、社会貢献であると同時に、これからはビジネスチャンスとなります。

ほかの店舗・企業が取り組んでいないからこそチャンスととらえ、前向きに取り組んでいくことが望ましいと考えます。多くの方から選ばれ、喜ばれ、感動を与えるきっかけとなるでしょう。

2000年頃から、労働人口の減少や人口構成の変化によって、労働力の確保が課題となってきました。高齢者・障害者の活躍についても議論が深まっています。

 

SDGsの達成に向けて残された時間はあと8年。2030年に向けて各企業がさまざまな取り組みを進めています。

こういったものに取り組むことで、新たなビジネスチャンスをつかむきっかけや、企業のPRにもなるかもしれません。

また、ESGの観点もあります。投資家に対する説明責任を果たしていく、社会的意義のある活動を積極的におこなっていく。それを通して共感を集め、賛同を集めていくということです。

 

多様性を重視した取り組みは、社会貢献だけではなく、ビジネスとしての側面が今後さらに高まっていくことでしょう。従来は、社会貢献に留まっていたから続かなかったし、広がりませんでした。

世界中で12億人が求めていることだからこそ、続けて、広げていかなければいけません。

それは、お金のかかることです。社会性・経済性の両輪あってこその継続です。ビジネスとして、障害のある方々と向き合う。これを多くの企業で進めてほしいと願います。

日本のバリアフリーは世界一であるとお伝えしました。”ハード”はもちろん、”ハート”においても世界をリードできる、世界に誇れる日本。そんな未来を、一緒に作っていけたらと思います。