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ジャーナリズムとAIの葛藤。ホンモノの現地の声に耳を傾けて

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2024年12月9日、OpenAIが動画生成AI「Sora」を一般公開しました。文章で指示をするだけで、簡単に動画を生成できる最新AIです。この技術によって、誰もが自宅で高いレベルの動画を制作できる時代が到来し「誰もが映像作家になれる」可能性が広がりました。

その反面、AIの目覚ましい発展によって、自分の仕事がAIに奪われるのではないかと不安を感じる人も少なくないのではないでしょうか。これまでアフリカと日本を往復しながら、社会問題を発信し続けてきた原貫太さんも、その1人です。現地での取材を通じて、世界と私たちを取り巻く社会問題について、YouTubeや講演会で発信し続けてきました。

AIなどの技術の発展によって、膨大なコストやリスクをかけて現地に足を運ぶ意義が問われるいま、原さんの考える「現地取材の価値」とはなんでしょうか。原さんがこれまで抱えてきた葛藤と、その先に見出した現地取材の意義についてお話を伺いました。

原 貫太(はら かんた)さん プロフィール

1994年生まれ。フリーランス国際協力師。フィリピンで物乞いをする少女と出会ったことをきっかけに、学生時代から国際協力活動を開始。アフリカを中心に世界各地で取材をおこない、国際協力の情報発信に力を入れている。YouTubeチャンネル登録者は32万人超(2024年11月現在)。著書に『あなたとSDGsをつなぐ「世界を正しく見る」習慣』がある。2019年~2021年、さくマガでコラムを連載。

AI時代における「現地取材の価値」とは

原さんのような現地取材を重視するジャーナリストにとって、AIなどの技術の進化はどのように映りますか?

AIを駆使しながら手軽に映像をつくることができるようになったいま、現地に行くことの意義がより深く問われるようになったと感じます。私自身、アフリカを含む世界各地で映像を撮影する意義について、改めて考える機会が増えています。

海外取材、とりわけアフリカの紛争地や貧困地域を訪れるには、数十万円の費用、膨大な時間、そして身の安全を脅かされるリスクまで伴います。それに対して、日本にいながらAIを利用して高品質な画像や動画を制作して配信するほうが、再生回数や登録者数などの成果において、圧倒的にコストパフォーマンスが良いのが実情です。

実際、YouTubeにはAIを使って情報をまとめたり、画像や映像を生成したりするコタツ記事ならぬ「コタツ動画」を量産するチャンネルも多数存在します。それらを見ていると「わざわざ時間とお金をかけて海外に行き、映像を撮影する意義はどこまであるのだろうか」と思うこともありました。

しかし、自分なりに考えた結果、やはり自分で現地に足を運び、情報発信をすることには大きな意義があるという結論に至りました。その理由は、大きく2つあります。

>>さくらインターネットの生成AI向けクラウドサービスとは?

そこに生きる人たちのありのままを捉える重要性

動画生成AIは、膨大なデータをもとに、誰もが想定しうる平均的なイメージ映像を作ることが得意です。しかし、現実の世界で起きている平均値に収まらない出来ごと、いわゆる「外れ値」を捉えることに関しては、AIだと限界があるように感じます。

現地と日本を行き来していると「データでは正しいけど、現実世界では違った」ということがよくあります。たとえば、コンゴ民主共和国の紛争地を訪れた際、武装勢力の人々と握手を交わしたことがあります。彼らに出会うまでは、漠然と「武装勢力」=「銃を持った、過激で恐ろしい人たち」だろうとイメージしていました。それこそ、 AI に「武装勢力」と入力すれば、いわゆるわかりやすい「武装勢力」のイメージ映像がすぐに出てきますし、既にネット上はそうした「武装勢力」の映像であふれています。

しかし、実際に「武装勢力」と呼ばれる彼らと出会い、握手したときに伝わってくる手の温もりや、ふいに見せてくれる優しい笑顔、家族や故郷を守りたいという彼らの強い想いを知ったとき、彼らも私たちと同じ「人間」なのだと実感しました。また、彼らはつねに銃を持って戦っているのではなく、普段は農業や小規模ビジネスなど、ほかの仕事をして穏やかな生活を送っている。このような「外れ値」の情報は、現地に行ってみないと知ることができなかったと思います。

AIで映像を簡単に生成できる時代だからこそ、これからは相対的に現地のありのままを伝える価値が高まってくると思います。YouTubeのコメント欄や講演会でも、そういった現地でのリアルな情報や、そこで感じた体験談を求める声があがっているように感じますね。

「発信者の体験」が唯一無二の価値に

AI技術でクオリティの高い映像を容易に生成できる時代においては、発信者自身の人間性や視点がコンテンツの差異化につながると考えています。私は、現地で感じたことや悩み、葛藤のプロセスを赤裸々に発信することで、AIにはない「自分らしさ」を伝えるようにしています。

たとえば、アフリカでの取材活動を終えたあと、アメーバ赤痢という病気にかかったことがあります。

アフリカで死の淵をさまよいました…【コンゴ取材・番外編】

アメーバ赤痢というのは、日本のような衛生的な国ではかかることのない病気ですが、適切に治療しなければ、命を落とす危険のある病気の1つです。幸いにも、私は病院でもらった抗生物質を飲むことで徐々に快復していきました。しかし、ホッとしたのも束の間「もしかして自分は、外国人だから治せたのかもしれない」と考えさせられました。現地では、薬代が払えずに命を落とす人たちがたくさんいるからです。

この葛藤は、私自身が現地で身をもって経験したからこそ生まれたものであり、AIでは再現できなかったものだと思います。こういった体験談や、そのときに感じた心の機微は、間違いなく本人である私にしか伝えられなかったことです。少なくとも、この病気を経験する前と後で、死生観が変わりました。こういった動画を通じて、視聴者のみなさんにとっても視野が広がるきっかけになればうれしいです。

現地取材と発信の両立に向けて

それでは最後に、これからの情報発信について一言お願いします。

これからの時代、事実を淡々と述べるだけの情報発信は、どんどん先細っていくのではないかと懸念しています。情報と映像さえ手に入れば誰でも発信できますし、それこそAIに生成してもらうことだってできるからです。

めまぐるしい技術の発展によって、AIと人間の境界線が曖昧になっているかのように錯覚してしまうこともあるでしょう。それでも「技術に頼っていいこと」と「私たち人間にしかできないこと」をうまく切り離すよう心がける必要があると思います。

AIが提示できるのは、あくまで「ひとまずの最適解」にすぎません。人間が試行錯誤を重ねて辿り着く答えと、AIが瞬時に生成する答えでは、その深さや重みが大きく異なるのではないでしょうか。

私が取り組む社会問題は、単純化できない複雑で難解な問いばかりです。それらの問題には、必ずしも1つの答えが存在するわけではなく、多様な視点や解釈が存在しています。

だからこそ、現地に赴き、そこで得られた情報や映像には、膨大なデータから最適解を作りだすAIとは異なる、唯一無二の価値があると信じています。

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執筆

吉井 詩乃

新卒でアパレル販売員を経験し、ストーリーテリングの面白さに目覚める。2024年からフリーランス国際協力師 原貫太のアシスタントとして海外取材に同行し「現地で出会った人びとの話」を執筆中。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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