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GPUクラスタ実践ガイド – 生成AI時代の計算インフラ構築と運用

生成AIやLLMの急速な普及により、企業のAI活用ニーズが急増しています。SIer企業やITインフラ事業者では、顧客のAI基盤構築案件において、GPUクラスタの提案・構築能力が競争力を左右する状況となっています。

しかし、GPUクラスタは従来のサーバー構成とは異なります。ネットワーク設計の良しあしが性能に直結し、運用管理にも専門知識が必要です。本記事では、GPUクラスタの基本概念から、ハードウェア選定、ネットワークトポロジ設計、運用自動化まで、実務で必要となる知識を体系的に解説します。

1. 生成AI時代の計算インフラ「GPUクラスタ」とは? 

現代のAI開発では、単体のGPUでは処理しきれない大規模な計算需要が急速に拡大しています。この課題を解決する手段として、複数のGPUを連携させるGPUクラスタ技術の重要性が高まっています。

1-1. GPUクラスタの定義と仕組み

GPUクラスタとは、複数のGPUをノードとして連携させ、大規模な並列演算処理を可能にする計算インフラです。従来の単体GPU環境では、メモリ容量や計算能力の制約により処理できる問題規模に限界がありました。GPUクラスタでは、各ノードに搭載されたGPUが協調してひとつの大きな計算タスクを処理することで、この制約を突破します。

従来のCPUクラスタと比較すると、GPUクラスタは数千から数万のコアを並列活用できるため、行列演算や深層学習などの計算集約的なタスクで大幅な性能向上が見込めます。

1-2. 生成AI/LLM開発におけるGPUクラスタの重要性

大規模言語モデルの進化は、GPT-3から始まり、現在のChatGPT(GPT-5)やClaude、Geminiに至るまで、一貫してGPUクラスタによる分散学習によって支えられてきました。たとえば、この流れの出発点となったGPT-3の学習には1万台のGPUを数か月間稼働させる必要がありました。これは単体GPUでは現実的に不可能な規模です。このモデルは1,750億ものパラメータを持ち、その学習には膨大な計算リソースが投入されました。

このような技術的要求の拡大により、GPUクラスタの設計・調達・運用技術が企業の事業差別化要因となりつつあります。SIer企業が顧客のAI基盤構築案件で競合と差をつけるには、GPUクラスタの専門知識が不可欠です。

1-3. GPUクラスタの主要構成要素とアーキテクチャ

GPUとノード

各計算ノードには1台から8台程度のGPUが搭載され、演算処理を分担します。NVIDIA A100、H100、最新のB200などのデータセンター向けGPUが一般的で、ノード内のGPU間は高速バス(NVLink)で接続されます。2025年現在、NVIDIA B200 Blackwellアーキテクチャが最新世代として注目されています。

単体GPUの選び方については記事で詳しく解説しています。

機械学習に最適なGPUとは?選び方・重要性・おすすめメーカーを徹底解説

CPUとメモリ

GPUを補完する処理やI/O管理を担当するため、各ノードには十分な性能のCPUとメモリが必要です。GPUへのデータ供給や前後処理を効率化するため、メモリ帯域も重要な設計要素となります。

インターコネクト(ネットワーク)

ノード間通信の効率性を左右するもっとも重要な要素であり、InfiniBandやRoCEv2対応のイーサネットが主流です。GPUクラスタでは各GPUが協調して計算を行うため頻繁なデータ交換が発生し、低遅延・高帯域のネットワークが性能に直結します。とくに数百ノード以上の大規模構成では、ネットワークトポロジ(ノード間の接続形態)の設計が全体性能に与える影響が極めて大きくなります。

1-4. ホモジニアス構成とヘテロジニアス構成の違い

GPUクラスタの設計では、構成方式の選択は運用効率とコスト最適化に直結する重要な判断要素です。選択した構成方式により、管理の複雑さ、性能の予測可能性、将来の拡張性が大きく変わります。

ホモジニアス構成は、同一モデルのGPUを統一的に使用する方式です。管理が簡素化され、負荷分散や同期処理が効率的に行えるメリットがあります。性能予測も容易で、トラブルシューティングの際も原因の特定がしやすくなります。一方で、用途の多様性や段階的な拡張には制約が生じます。

それに対しヘテロジニアス構成は、複数モデルのGPUを混在させた柔軟な構成です。用途に応じた最適化や段階的なハードウェア更新が可能で、投資効率を高められます。しかし、負荷バランシングやジョブスケジューリングが複雑になるという課題があります。運用チームには、より高度な技術知識と管理ツールの活用が求められます。

2. GPUクラスタの主な活用分野と導入事例

GPUクラスタの活用領域は多岐にわたります。とくに従来の計算環境では処理が困難だった大規模かつ複雑なタスクで、その効果が顕著に現れています。

2-1. 生成AI/LLM開発での大規模分散学習

大規模分散学習により、従来では不可能だった巨大なモデルパラメータの実現が可能になっています。GPT-3では1,750億パラメータ、GoogleのPaLMでは5,400億パラメータの学習に成功しており、これらはいずれもGPUクラスタによる分散学習の成果です。

技術的課題としては、データ転送速度の最適化、勾配同期処理の効率化、数千ノード規模でのリソース割り当て管理などが挙げられます。とくに通信がボトルネックとなりやすいため、効率的なAll-Reduceアルゴリズムの実装や、パイプライン並列化の活用が重要です。

2-2. 科学技術・映像処理・金融での活用

いくつかの分野での活用例を紹介します。

科学技術分野

気象シミュレーションでは、全球規模の高解像度予測モデルで数千GPUを活用し、より詳細で精度の高い予測を実現しています。複雑な気象現象を細かく再現できるようになり、災害予測の精度向上に貢献しています。

ゲノム解析分野では、数百万か所の遺伝子変異(SNP)を一度に解析する全ゲノム関連解析(GWAS)が可能になりました。これにより、病気と遺伝子の関連性を短時間で特定でき、新薬開発の期間短縮につながっています。

映像処理分野

8K動画のリアルタイム処理や、VR/AR向けの高精細レンダリングにGPUクラスタが活用されています。映画やゲーム制作の現場では、複雑な光の表現や精細な3D映像の生成(レンダリング)に膨大な計算が必要です。GPUクラスタの導入により、従来は数日かかっていた処理を数時間に短縮でき、制作期間の大幅な短縮を実現しています。

金融分野

高頻度取引システムでのリスク計算や大規模ポートフォリオ最適化にGPUクラスタが使われています。金融取引では、無数の価格変動シナリオを瞬時に計算し、最適な投資判断を下す必要があります。ミリ秒(1000分の1秒)単位の処理速度が求められる環境において、GPUの並列処理能力により、膨大な組み合わせ計算を高速に実行できます。

3. 技術的メリットと単体GPU環境との違い

単体GPU環境では対応が難しい大規模な計算需要に対して、GPUクラスタは異なる仕組みで対応可能です。

3-1. 高速化とスケーラビリティ

単体GPUでは、メモリ容量やコア数の物理的制約により、処理可能な問題規模に限界があります。GPUクラスタではスケーラビリティが確保されており、ノード数に応じて性能を拡張できます。必要に応じてノード数を柔軟に調整できるため、プロジェクトの規模や予算に応じた対応が可能です。

3-2. 並列分散処理による効率性

GPUクラスタでは、ノード単位での処理分散により、メモリ不足やCPU処理のボトルネックを回避できます。データの前処理、GPU間の通信制御、結果の後処理を効率的に分散することで、全体のGPU使用率を最大化できます。

また、複数のジョブを同時に実行する際も、GPUリソースを共有できるため、設備の稼働率が向上します。

3-3. リソースの柔軟な割り当て

Kubernetesのようなオーケストレーションツールを活用することで、用途に応じたGPUリソースの動的な割り当てが可能になります。たとえば、学習ジョブには多くのGPU、推論ジョブには少数のGPUを割り当てるといった柔軟な運用が実現できます。また、優先度に応じたリソース配分や、時間帯による再配置なども制御可能です。

4. 設計・構築の実務ポイントとネットワーク設計

GPUクラスタでは、個々のGPUの性能だけでなく、それらを効率的に連携させるシステム全体の設計が重要です。

4-1. ハードウェア・ネットワーク設計の基本

GPUとノード構成の選定指針

用途と予算に応じたGPUモデルの選定が最も重要です。学習用途ではNVIDIA A100、H100、最新のB200 Blackwellアーキテクチャが適しており、推論用途では処理効率に優れたモデルが選ばれます。ノードごとのGPU数は、メモリ容量と通信パターンを考慮して決定します。一般的には、1ノードあたり4〜8GPUの構成が効率的です。

インターコネクト技術(InfiniBand vs Ethernet)

GPUクラスタではノード間で頻繁なデータ交換が発生するため、ネットワーク性能が全体の処理速度に大きな影響をおよぼします。RDMA(Remote Direct Memory Access)に対応したネットワーク技術の選定が重要です。

InfiniBandは高性能を誇りますが、コストが高く運用に専門知識が必要です。一方、RoCEv2対応のEthernetは既存インフラとの親和性が高く、段階的な導入が可能です。一般的には100Gbps以上の帯域とマイクロ秒レベルの低遅延を目指す構成が推奨されます。より大規模なシステムでは、200Gbpsや400Gbpsといった超高速ネットワークの採用も検討されます。

大規模GPUクラスタのネットワークトポロジ設計

Fat-tree構成や、ToR(Top of Rack)スイッチを用いたCLOS構成が一般的です。これらは、任意のノード間で均一な通信性能を確保できるため、負荷分散の効率化に寄与します。スパインスイッチとリーフスイッチによる階層構造により、数千ノード規模への拡張性と通信帯域の最適化が可能です。

4-2. ソフトウェア構成と運用管理環境

コンテナとオーケストレーション(Docker/Kubernetes)

GPU環境の再現性と移植性を確保するために、コンテナ化は欠かせません。DockerとNVIDIA Container Runtimeを組み合わせることで、GPUを含む環境の標準化が実現します。Kubernetesでは、GPU Device Pluginを活用してGPUリソースの自動スケジューリングと負荷分散を行えます。

DockerでGPUを活用するための具体的な構築手順やエラー対応については、以下の記事で解説しています。

DockerでGPUを使う方法とは。構築手順・動作確認・エラー対応をわかりやすく解説

ジョブスケジューラ(Slurmなど)

大規模な計算ジョブを効率よく管理・実行するために、Slurmなどのスケジューラが不可欠です。キューイング、優先度制御、リソース予約などの機能により、効率的なジョブ実行と公平なリソース活用が実現できます。とくに複数チームでクラスタを共有する環境では、適切なスケジューリングポリシーの設計が重要です。

GPU使用率の可視化と管理

nvidia-smiやPrometheusなどの監視用ツールを用いたリアルタイム監視により、GPU使用率、メモリ消費量、温度などの情報を常時確認できます。これらを基にワークロードの配置最適化や障害の早期発見を図ることで、コスト削減と安定運用につなげられます。

4-3. GPUクラスタ構築・運用時の主な課題と対策

冷却設計では、高性能GPUの消費電力(1台あたり300〜1,200W)を考慮した空調計画が不可欠です。ホットアイル・コールドアイル構成や液冷システムの導入により、効率的な冷却が可能です。とくに大規模構成では、冷却コストが運用コスト全体に占める割合が大きいため、初期段階からの綿密な設計が求められます。

運用負荷の軽減には、自動化ツールの活用と運用手順の標準化整備が有効です。属人化を防ぐために、運用ドキュメントを作成し、チーム内で知識を共有する体制を構築することが重要です。

5. GPUクラスタの運用管理と最新技術動向

オンプレミスとクラウドの適切な使い分けにより、GPUクラスタの価値を最大限に引き出すことが可能です。

5-1. クラウドGPUとの連携と自動オーケストレーション

AWS EC2 P4インスタンス、Google CloudのGPU(A100/H100など)、Microsoft AzureのNDシリーズといったクラウドGPUサービスと連携することで、オンプレミスの制約を超えた柔軟な運用が実現します。

Google Cloudでは、GPUに加えて独自開発のTPU(Tensor Processing Unit)も提供されており、特定のワークロードでは有力な選択肢となります。TPUは、Googleが機械学習に特化して設計したアクセラレータで、GPUとは異なるアーキテクチャを採用しています。

ハイブリッド構成では、通常時はオンプレミスで運用し、ピーク時のみクラウドリソースを活用する「バーストモード」を導入することで、コストと処理能力のバランスを両立できます。自動オーケストレーションには、KubernetesのHorizontal Pod AutoscalerやVertical Pod Autoscalerを利用し、負荷に応じた自動スケーリングを実現します。

5-2. コスト最適化と運用改善

利用状況の分析と自動スケジューリング

GPU使用状況の分析により、時間帯別の需要を予測し、スケールアップ/ダウンの自動化戦略を立案できます。機械学習を用いた予測モデルによって、数時間先の負荷を見越してリソースを事前に確保することで、応答性とコスト効率の両立が可能です。

コスト効率を意識した構成見直し

GPUモデル、ノード数、課金体系などを定期的に見直すことで、技術進歩やコスト変動に対応可能です。新世代GPUの性能向上と価格変化を比較し、最適なタイミングでの更新を判断することが重要です。

また、ワークロードの特性に応じて、専用GPU、共有GPU、クラウドGPUを組み合わせることで、全体のコストパフォーマンスを最大化できます。

まとめ

GPUクラスタの構築と運用には、ワークロードに適したGPUモデルとノード構成の選定、低遅延・高帯域を確保するネットワーク設計、そしてKubernetesやジョブスケジューラを活用した効率的な運用管理体制の整備が重要です。とくにネットワーク設計はシステム全体の性能に大きく影響する要素であり、100Gbps以上の帯域と最適なトポロジ設計が求められます。大規模な構成では、400Gbps級の高速ネットワークの導入が標準になりつつあります。

具体的な導入を検討されている場合は、さくらインターネットの高火力シリーズもご検討ください。なかでもGPUベアメタルサーバー高火力 PHYは、8GPU構成の物理サーバーに400Gbpsを複数本束ねた高速ネットワークを標準装備しており、大規模分散学習に必要な通信性能を備えています。国内データセンターでの安定運用に加え、2025年8月からは最新のNVIDIA B200を搭載したプランの提供も開始しています。

GPUクラスタを適切に設計・運用することで、AI開発における競争力を高められます。まずは自社のワークロード要件を明確にし、最適な構成の検討から着手してみてはいかがでしょうか。

編集

さくマガ編集部

さくらインターネット株式会社が運営するオウンドメディア「さくマガ」の編集部。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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