ものづくりをする人が増えている。YouTubeやTikTokには「なんだこれは!?」と思わず引き込まれるような動画も数多く投稿されている。コロナ禍によって在宅時間が長くなり、可処分時間も増えた。DIYをする人が増え、ホームセンターの出店数も増加している*1。
ネット上では、クリエイティブで新しいモノを作り出す人たちが続々と、自身の作品発表や販売に乗り出している。DX(デジタルトランスフォーメーション)が浸透する中、ファブラボのものづくりに対するかかわりは? 最新動向について株式会社デジタルファブリケーション協会 エグゼクティブプロデューサーの梅澤さんに話を聞いた。
梅澤 陽明(うめざわ ひろあき)さん プロフィール
1984年生まれ。機械設計会社を経て、2011年よりファブラボ鎌倉の立ち上げに参画。その後、2012年に渋谷のコワーキングスペース内にプラグイン型ファブラボのファブラボ渋谷を立ち上げる。株式会社デジタルファブリケーション協会 エグゼクティブプロデューサー(現職)。
ファブラボとはネットワークされたデジタル工作機器の工房
FabLab Japan Networkによると、ファブラボとは「デジタルからアナログまでの多様な工作機器を備えた、実験的な地域工房のネットワーク」とある。ファブラボの「ファブ」とは、「Fabrication」(ものづくり)と「Fabulous」(楽しい・愉快な)からできている。
ファブラボのコンセプトはボストンのマサチューセッツ工科大学の研究からはじまった。地域の人たちが自分たちの手で必要なものを作るための工房だ。それもデジタルで世界中にネットワークされた町の工房とも言えようか。ほぼ、あらゆるものを作り出せる環境を目指して、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機器や各種ハンドツール、電子工作ツールが揃っている。
全世界のファブラボネットワークで、デジタルデータの交換が可能な共通の推奨機材が備えられ、国際規模でのものづくりプラットフォームも目指している。地域にも開かれているので、誰でも利用が可能だ。*2
ファブラボとの出会い
梅澤さんは大学中退後、大手機械設計事務所に就職。エンジニアとして、大手建設機械メーカーのショベルカー設計に携わっていた。勤務から数年が経った時、ユーザーの姿が見えない設計の仕事にモヤモヤを感じていた。そんな時、とあるきっかけがあった。「開発途上国の人々に向けたものづくり」だ。
開発途上国と言われる地域には1日1ドル以下で生活をしている人たちが多くいる。しかし、その人たちに向けてつくられる製品は少ない、という事実。エンジニアとして自分はこの領域に、何かできることはないだろうかと活動をはじめた。
この領域のビジネスは、当時BOP(Base of Pylamid)ビジネスと呼ばれた。既にこの領域で奮闘していた仲間に合流し、開発途上国向けのプロダクトを生み出すビジネスコンテストを企画運営した。そのコンテストのフィールド活動として東ティモールを3回訪問。現地の人と寝食をともにし、生活の中にある課題を自ら感じながら、テクノロジーで解決できないだろうかと模索した。
梅澤さんが東ティモールで見た光景がある。日本の援助で提供された高性能な工作機器には、蜘蛛の巣が張っていた。高度すぎて現地の人たちには、活用しきれていなかったのだ。日本人の指導者が現地を去って数年も経つと、技術と知見は継承されていなかった。
2010年に世界を変えるデザイン展という展示会が開催された。開発途上国向けにつくられた、さまざまなプロダクトが世界中から集められた展示会だ。この展示会のあるセッションで、梅澤さんはファブラボのコンセプトを知る。
すぐにアイデアをプロトタイピングできる製作環境と、デジタルファブリケーションの描く未来図、グローバルでつながるものづくりネットワークの魅力に心を掴まれた。直後から、日本での立ち上げを目指していた有志団体FabLab Japanに参加する。
2011年のファブラボ鎌倉のスタートに立会い、2012年からファブラボ渋谷の立ち上げメンバーとなる。最先端のIT企業が本社を構え、第一線のクリエーターやデザイナーが集う渋谷。そこに建つ、クリエーターに特化したコワーキングスペースに、ファブラボをつくりませんか? と、主宰からお声がけをいただいたのだ。こうしてファブラボ渋谷は、異なる組織の中にファブラボを作るという新しいコンセプトで作られた。
「異なる組織の中にあるファブラボなので、プラグイン型ファブラボと表現しました。既存の施設にファブラボが加わることで、施設の機能が強化されていくことを願っていました。このコワーキングスペースには、各界で活躍するトップクリエーターたちが入居しています。そのクリエーターたちのアイデアを、ファブラボで具現化していく。そんなコラボレーションがさまざまありました」梅澤さんはそう話す。
2017年、コワーキングスペースのクローズに伴い、神田錦町へ移転し「ファブラボ神田錦町」と改名したそうだ。
ファブラボ神田錦町の役割
ファブラボ神田錦町の役割について聞いた。
「何かの機能を強化していくために、デジタルファブリケーションツールを導入していく。既存にあるものとデジタルの間をどうつないでいくのか、デザインしていくのか。それを提案するのが、私たちの役割だと考えています。
今、一般企業や学校、行政と一緒に仕事をしています。たとえば一般企業、小売店ではどういった新しいサービスをお客さまに提供できるかを一緒に考える。お客さまがハッピーになれば小売店もハッピーになります。既存ビジネスの次の形を一緒に考えることが役割だと考えています」
食品用の3Dプリンターがある。これを利用すると、フランスの海に浮かぶ城、モン・サン=ミッシェルのような複雑な形のチョコレートでさえ作れる。このような新しいテクノロジーを活用したアイデアは、新商品開発に結びつくかもしれない。
「何かおもしろそうなアイデアを持っている人に伴走するような、こうやったらいいのではないかと、共につくるそういった活動をしています。固い言葉だと『試作開発』とも言えます。DXの浸透で、企業内でもいろいろなアイデア発想のワークショップも盛んになってきました。アイデアは出てくるが、だれもそれを作れない。夢は描けるが、その夢を実現するにはどうしたらどうした良いのだろう。
そんな時に一緒に考え、アドバイスし、共につくる。一方、企業だけでなく、個人もアイデアを発信したり、発表する機会が増えてきています。ファブラボ渋谷の立ち上げから10年以上たちましたが、圧倒的に個人がアイデアを発表することが増えてきていると感じます」
デジタル工作機器や設計用ソフトウェアの低価格化もこうした流れを後押しする。スペックにもよるが、3Dプリンターは今ではアマゾンで2万円台で購入できるものもある。3Dプリンターが家庭に1台置ける時代になりつつある。
ファブラボに求められる役割も変化しつつある。以前はデジタル工作機器を利用できる場所は少なかった。そのため、見てみたい、体験したい、というニーズが高かった。現在では、より良いモノを作りたい、探求したいというニーズが高くなっている。
ファブラボと地域社会の課題解決
時代と環境の変化によって役割も変わっていく。コロナ禍の中、ファブラボがその役割を遺憾無く発揮した例がある。
コロナ禍で感染予防のフェイスシールドの需要が急増した。メーカーの生産が追いつかず品薄状態だった。そこで、ファブラボみなとみらいを主宰する神奈川大学経営学部の道用大介(どうよう だいすけ)准教授が、3Dプリンターを用いたフェイスシールドの製作に取り組んだ。製作のためのデータはオープンソースとして公開された。
そこで活躍したのが、日本中に広がる3Dプリンターユーザーのネットワークだ。日本各地のファブラボも3Dプリンターを稼働させ、量産プロジェクトに参加した。それだけに留まらず、全国の3Dプリンターユーザーの有志たちも参加し、巨大な工場ネットワークがつくられた。公開されたデータをもとにフェイスシールドを日々生産し、同じ地域の病院や医療機関へ届けたのだ。
「『オープンソース』『データの改変』『シェア』という、ファブラボコミュニティの仕掛けが、自然と広まっていったように感じます。ユーザーが増えた3Dプリンターと、デジタルものづくりの利点が活用され、地域で迅速にものづくりができた好事例でした」
ファブラボでは、プロダクトの発案から製作までのリードタイムを短くできる。たとえば、既存の商流をもちいた試作検証が1サイクルに10日必要だとすると、ファブラボでは10日間に10サイクルが可能だ。そうすることで、より的確に課題に対して向き合うことができるのではないかと梅澤さんはそう話す。
ファブラボでは、他にも特徴的な取り組みがある。同じく東京にあるファブラボ品川では、障がいを持った人の自助具(『自らを助ける道具』身体の不自由な人が日常の生活動作を便利に、容易にできるように工夫された道具)を制作している。
作業療法士がデジタルテクノロジーを身につけ、3Dモデリングや3Dプリントをし、障がい者にも利用しやすいスプーンなどの道具を作っている。細かな調整ができるデジタルファブリケーションの特性を活かして、個々の症例にあわせた開発が行われている。製作のためのデジタルデータはネットワークを通じて、必要な人たちへシェアすることもできる。
地方において、ファブラボは町おこしとして活躍している。熊本県の阿蘇郡南小国町(あそぐんみなみおぐにまち)では林業が盛んだった。しかし、高齢化と過疎化により林業を継ぐ人たちは減少。そこでファブラボ南小国では、特産品の小国杉と最新のデジタル工作機器とを組み合わせて、独自のものづくりに取り組み、林業の再活性化をめざしている。
「地域のいろいろな課題が集約し、そこにいるエンジニアやクリエーターたちが課題に向き合い解決し、発信していく。そのような場がファブラボであればいいなと思っています」
これからの未来に向かってやりたいこと
今、ファブラボをしっかりと運営したい、という人が増えてきている。ファブラボを活用して地域とともに生きていきたい、地域の子どもたちと教育を豊かにしたい、地球課題に向き合う同志と集い解決策を考えたい。そうした未来を思考したテーマを持ち、ファブラボをはじめる人たちだ。
ファブラボ神田錦町では、広島県にある広島工業大学高等学校に、STEAM教育*3に特化した教室「クリエイティブ・ラーニング・ラボ」新設をプロデュースした。教室内に3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機器を並べ、生徒の創造力育成を支援する。
「私たちは、デジファブ人材を育てながら、人材が活躍できる場を増やしていくことを目指しています。まだまだこれらのスキルで食べている人は少ない。そもそも、ファブラボ自身が持続できるビジネスモデルが確立されているとは言えません。ですが、ファブラボは社会をよりよくする機能、未来を創る機能のひとつであると信じています。
そのことを社会に示すことが、私たちの役割です。次世代の生活を考えていく際に、社会機能としてファブラボが役立てると考えています。どういったファブラボが考えられるのか、提案して実践していく。そして、ゆくゆくは後生にバトンをつなげていけるようにしたいと考えています」
デジタルとネットワークの力で、ひとりひとりが必要なものを、自らの手で作れるようになる。そんな時代がもう来ている。梅澤さんは穏やかに熱く語ってくれた。そして自身の原点に思いを馳せた。「いつかは自分の原点である、東ティモールでファブラボを立ち上げたいですね」
*2:日本国内では、22年4月現在17のファブラボが開所している。利用方法は各ラボに問合せください。
*3:STEM (Science, Technology, Engineering, Mathematics)に加え、芸術、文化、生活、経済、法律、政治、倫理等を含めた広い範囲でAを定義し、各教科等での学習を実社会での問題開発・解決に生かしていくための教科等横断的な学習 文部科学省 STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進より。