実際に異動を経験した方や異動を受け入れた方、キャリアコンサルタントの方などにお話をうかがいます。
前回は、データセンターから ES(人事)部へ異動を経験した社員、玉城 智樹に話を聞きました。
➡「技術畑から人事へ。未経験だからこそ発揮できたバリューとは?」
今回は、その玉城の異動先である ES部 部長、矢部 真理子にインタビュー。ES部初となる役職者の受け入れにともない、工夫したことや部内への影響などについて質問しました。
ES本部 ES部 部長
メーカーでの営業、社長秘書を経て、前職は約7年間新卒・中途の採用業務と研修企画、マネジメントに携わる。2012年、採用担当としてさくらインターネットに入社。年間100名のエンジニア採用を中心に採用広報も担当。2016年4月からリーダー、2018年7月からはマネージャー、2021年10月からは部長として、人・組織で事業に貢献するための人事業務全般に従事し、ES部を率いる。
変わっていく採用シーンと人事の役割
――矢部さんは前職も含めると人事歴が約18年。人事や採用に関して、世の中の変化をどのようにとらえていますか?
まず企業側の視点でいうと、「人」は、単なる働き手ではなく、経営資本の1つであって、きちんと投資すべきものだという考えが浸透してきたように思います。
また、求職者の視点でいうと、大企業至上主義ではなくて、「成長できる環境かどうか」という部分を重視するように変わってきていると感じますね。
終身雇用がなくなりつつあるいま、転職やリスキリングでキャリアアップしていきたいという声をよく耳にします。「新卒で大企業に入社できたから安心、満足」という時代ではなくなってきているのではないでしょうか。
――さくらインターネットでは、入社された2012年から現在まで11年ほど人事・採用業務に従事されています。その間、社内でもなにか変化はありましたか?
私が入社した2012年ごろは、コスト削減が推進されて採用は欠員補充のみだったんです。でも、2014年ごろから、会社の成長のために人に投資していこうという方針に転換され、採用も強化されました。それから「社員の成功(ES)がお客さまの成功(CS)につながり、会社としても成功につながる」という考えのもと、「CSの実現」と並んで、「ESの実現」が会社の重要方針として打ち出されました。部署名も、人事部から ES部に変わっています。さらに、2016年には「さぶりこ」(※)が制定されるなど、働きやすく成長できるかという観点を重要視するようになりました。
(※)さぶりこ(Sakura Business and Life Co-Creation)とは、会社に縛られず広いキャリアを形成しながら、プライベートも充実させ、その両方で得た知識・経験を共創につなげることを目指した制度の総称です。
――会社の方針が転換したことで、ES部に求められる役割も変わったのでしょうか?
従来よりも、社員の成功に寄与することが求められるようになりました。私たち自身も、「これって社員の成功につながるの?」という視点で業務をおこなうように、意識が変わってきましたね。その影響かわかりませんが、社内でES部の存在感が増したようにも思います。
これは私の考えですが、ES の1つとして「働く時間を楽しく過ごせること」があると考えています。1日24時間のうち 8時間働く前提で考えると、ざっくり1日の3分の1。その時間がつらい我慢の時間になるのは、望ましくないですよね。
まずは当社の中で、「ES の実現が CS の実現に繋がり、会社の業績向上にもつながっている」と実証し伝えることができれば、社会の中で ES を重視する会社が増えると思います。さくらインターネットの ES の取り組みを波及させることで、もっと活力あふれる社会にしていきたいですし、次世代にも繋いでいきたい。それも私たちの役割の1つなのかなと考えています。
初めての役職者受け入れ
――玉城さんの受け入れ前、ES部としてはどのような課題を抱えていたのでしょうか?
現在さくらインターネット全社として採用や教育を強化しているため、おのずとそれらを推進する ES部も人事領域以外の各専門家の力も必要になっていて、積極的な採用と社内公募をおこなっています。
当社では ES の実現のため、2週間に1回の 1on1 の実施など対話を重視するマネジメントスタイルを推奨しているため、1人のマネージャーが見られるメンバー数には限りがあります。そのため、メンバーが増えるのであればマネージャーも増やさなければいけないという課題がありました。
――玉城さんに異動を打診された経緯について教えてください。
玉城さんは、「肯定ファースト」「リード&フォロー」「伝わるまで話そう」という、さくらインターネットが社員に求める3つのバリューを存分に発揮している方です。メンバーが安心してチャレンジができるような、チームづくりやしくみづくりに強みを発揮していて、玉城さんの管掌するチームでは10年間くらい正社員の離職者がゼロでした。
人事領域の経験はないものの、玉城さんのマネジメントスキルは ES部でもそのまま活かしていただけると思いました。
また、玉城さんはお客さまの近くで仕事をしてきていて、本質的な顧客志向を持ち、ニーズをとらえる力があります。本当に社員が望んでいる制度やルールを作るには、顧客のニーズをとらえられているかを見誤らない経験やスキルが求められますので、ES部内でも啓蒙してほしいと思いました。
あとは、「マネジメントは専門スキル」であり、スペシャリストとしてマネージャーをめざすキャリアパスもあることを、社員に提示したいという意図もありました。マネジメントは、型があって磨くことのできる専門性の高いスキルです。玉城さんに ES部で活躍してもらうことで、結果として、その事例を作れるのではないかと思っています。
――異動の打診を受け入れてくれたことへの、率直な感想を教えてください。
すでに玉城さんが自分に代わるマネージャーを部内で育てていたからか、玉城さんの上長は理解を示し異動の打診を受け入れてくださいました。一方で、玉城さん本人としては、驚いたと思います。
自分に置き換えてみると長く在籍していた部署や仕事から離れて、まったく異なる領域の部署に異動するのは相当勇気がいることだと想像できます。受け入れてくれて本当にありがたかったですし、来ていただくからには玉城さんが自身の ES を叶えられるようにフォローしたいと、私も気が引き締まりましたね。
――部署として初めての役職者受け入れでしたが、なにか工夫していたことはありますか?
スムーズに ES部になじんでいただけるように、異動前に6~7回面談を重ねました。玉城さんには「お客さまのそばにいたい」という強い想いがあったので、「ES部の活動がどうお客さまに影響を与えるのか」については時間をかけてディスカッションしましたね。あとは会社や ES部の方針に加え、私自身の価値観や判断軸など、言語化されていないハイコンテクストになりがちな要素を丁寧にすり合わせていきました。
――役職者ということで、業務の引き継ぎというよりは、お互いの考え方や理念のすり合わせをおこなっていったのですね。異動受け入れ後、なにか苦労されたことはありましたか?
事前にたくさん面談をしたものの、異動後は ES部メンバーへのマネジメント方法について迷いが生じたようで、その点については追加でフォローアップをおこないました。
玉城さんは、つねにメンバーに対して「どうしたい?」と問いかけをしながら進めていく、横型のマネジメントスタイルが得意な方でした。石狩データセンターの玉城さんの管掌チームでは、メンバーのスキルレベルが一定以上で、高度に定型化が進んでいたため、メンバーが過去の事例ベースにどうしたいかを判断するスタイルでうまくいっていたようです。一方、ES部のメンバーは専門性のある領域が人それぞれ異なります。また、不確定要素が多い「人」を相手にする仕事なので、前例や正解のない決断を求められるケースも散見されます。そのため、同じ方法ではうまくいかず相当悩んでいる様子でした。
そのため、マネジメント方法については、異動後に玉城さんと私でミーティングをしながら形を作っていきました。話し合いの結果、最終的に玉城さんは「その人に合った方法でやってみよう」と、個々に合わせたマネジメント方法に切り替えていましたね。
――玉城さんに期待していたのはどういった役割でしたか?
「業務で人が足りないから、足りていない業務に人を入れる」という考えでは、組織はスケールしないと思っています。つまり、足りていない業務に人を入れるのではなくて、人に業務をつけるという考え方です。ですから玉城さんには、「玉城さんがやりたいこと、やるべきことをやってください」「業務はなるべく持たないで」と伝えていました。それが玉城さんのこれまでの経験やスキルをもって ES部をスケールさせるひとつの手段だと考えていました。
――玉城さんの異動後、部内にどのような影響がありましたか?
それまで、マネージャー間でのコミュニケーションは、一言でお互いの言いたいことがわかり合えるような”阿吽の呼吸”の状態だったんです。でも、別の部署から来た人事未経験の玉城さんとのコミュニケーションでは、そうはいきません。そのため、必然的に1つひとつ言葉にして、丁寧に説明するようになりましたね。頭のなかの考えを言語化するのは大変ですが、見落としていたことに気づいたり、新たな視点を得られたり、自分の振り返りになります。
メンバーにとっても、上司が変わるのは大きな変化だったと思います。玉城さんに相談すると、「いいね」と受け止めてくれつつ、「社員は本当に望んでいますか?」「費用対効果はどうですか?」「どんなリスクが考えられますか?」など、ゼロから説明するように求められると聞きます。客観的な視点で指摘をもらえるのはありがたいことですし、勉強になっているのは間違いないと思います。
――メンバーに対しては、何かフォローをしていましたか。
基本的にマネジメントは玉城さんにお任せしています。レポートラインが 2つになると、お互いやりにくいですから。たまにメンバーと私で 1on1 をしますが、内容は中長期的なキャリア形成の話や、「最近気になっていることは?」といった雑談がメインですね。
異動受け入れによって組織の代謝が促される
――異動のメリットは何だと考えますか?
異動する側としては、転職せずに、新しい経験やスキルをプラスオンできることでしょうか。すでに保有している経験やスキルに新しいスキル経験が加わることで、貢献できる幅が広がります。また、完全にゼロからのスタートではないため、転職よりチャレンジのハードルが低いはずです。
受け入れ側としては、「同じ会社の社員」という共通のバックボーンを持っているという前提のもと、新しい視点やスキルが加わることがメリットです。多様性を得られることで、仕事の進め方に疑問を持ったり、知識と知識の掛け合わせで新しい価値が生まれたり、組織としてプラスに働くと思います。また、先ほどもお話ししたとおり、いままで言語化せずともうまくいっていたことがそうはいかなくなります。言葉にして正確に伝わるまで話す必要が出てくるので、曖昧になっていたことが明確化され、代謝が促される効果があるのではないでしょうか。
――今後、ES部をどのようなチームにしたいですか?
メンバーそれぞれが自分の ES を言語化し行動できている状態にしたいですね。自分自身が明確に自分のやりたいことを把握し表現できることで、ほかの社員の ES を叶えるための方針や方法を考え出せるようになると思っています。
当社に限らず、企業で人事をしている方は利他的で、自分のことよりも社員のことが優先になりがちだと聞きます。それはそれで尊く素晴らしいことなのですが、本質的には自分が満足や成功していない状態では、社員の ES を支援し貢献し続けることは難しいと思うんです。
そのため、メンバー自身が ES を実現することは、ES部を持続可能な状態にするための重要なテーマの1つだととらえています。
また、さくらインターネットの社員である以上、社員の先にいるお客さまに貢献できる存在であり、貢献実感が持てる状態にしていきたいと思っています。自分たちの人事の仕事がどのようにお客様への価値提供につながっていくのかは、玉城さんの力を借りながら、しっかり検討していきたいですね。
――どのような方に ES部へ加わってほしいですか?
企業理念の”「やりたいこと」を「できる」に変える”を実践した経験をお持ちの方は大歓迎です。人事の経験は問いません。
玉城さんのように3つのバリューを発揮する方法を主体的に考えて実行できる方に、ぜひ組織に加わっていただきたいです。
(撮影:ナカムラヨシノーブ)