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日本ではなぜネット投票が実現しない? エストニアの実践からみえてくるDX推進のカギとは

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「これだけインターネットが発達しているのに、なぜにネット投票ができないのだろう?」

という疑問の声をよく聞きます。かくいう私も、いまだに選挙が投票所での用紙による投票だけでおこなわれていることに疑問をもっている1人です。

ネット投票が可能になれば、スマートフォンでどこでも投票が可能になり、投票率も上がることが期待できますし、開票の労力や時間も大幅に減らせます。

すでにスマートフォンでネットバンキングが可能なのですから、通信に用いられる暗号技術やハッキング対策なども実用レベルのはずです。

海外から投票するのはかなり大変

筆者は現在アメリカを拠点に活動しているので、投票は大仕事です。

投票の資格を得るために、まずは最寄りの在外公館(大使館や領事館)まで1日掛けて出向き、在外選挙人名簿への登録申請をします。

申請から2か月ほどすると在外選挙人証を取得できます。2か月という期間が必要な理由は、申請書が在外公館から日本の外務省、外務省から渡航前の住所地の選挙管理委員会まで送られ、そこで投票資格を確認したうえで、再び同じルートで在外公館まで書類が戻ってくるためです。*1

図1 在外投票人名簿への登録までの流れ
出典:外務省「在外選挙人名簿登録申請の流れ」

こうして長旅の末に発行された在外選挙人証を受け取るために、申請者は再び1日掛けて大使館に出向く必要があります。手に入れた在外選挙人証は、日本に帰国すると抹消されるので、帰国のたびにやり直す必要があります。

投票にも同じように1日掛かりますので、選挙のために3日掛かることになるのです。ただしアメリカは在外公館が多く、1日程度で行けるため、まだましなほうかもしれません。

日本にいるから自身には関係ないと思う方も多いと思いますが、申請や投票に関する費用はすべて税金で賄われており、さまざまな労力が省かれることは、日本にお住まいの皆さんにとってもよいことでしょう。

在外投票のための申請は無料なのですが、このような手続きに関わる役所の方々や、税金を支払われている日本の方々に申し訳ないと感じています。単に自身の労力を減らしたいだけでなく、自身が社会の負担にならないように、インターネット投票によりさまざまな社会コストが削減されたらと思うのです。

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すでに海外ではネット投票が実現されている

すでにネット投票がおこなわれている国として、エストニアがよく知られています。エストニア以外にも一部の選挙でインターネット投票をおこなっている国はあり、今後も拡大していくことでしょう。

これまでにエストニアでは、地方選挙(2005年、2009年)、議会選挙(2007年、2011年)、大統領選挙(2011年)、欧州選挙(2009年)においてインターネット投票が実施されています。回を重ねるごとにインターネットによる投票率が増えてきました。すでに10年前となった2011年の議会選挙においても、全投票の1/4がインターネット投票でした。*2

エストニアでは、有権者が同じ選挙において複数回のインターネット投票をおこなうことが認められており、個人が何度も投票した場合には、最後の1票のみが有効票にカウントされます。*3 また投票日の投票所における投票が、インターネット投票よりも優先されます。*4

なぜ複数投票を認める必要があるのか?

なぜ複数回の投票のやり直しを許可しているのでしょうか。たとえばアプリで投票できる場合の利便性は投票所に行かなくて済むことですが、どこでも投票できることは便利な一方で、さまざまな問題が懸念されるようです。そのおもなものは以下に挙げる秘密投票が守られないリスクと、システムの不具合やハッキングです。

秘密投票

インターネット投票は、どこでも投票できて便利ですが、脅されて本人の意に反する投票をさせられる恐れもあります。また、それぞれのインターネットには、住所と同じようにIPアドレスがあるため、インターネットプロバイダーに問い合わせれば、どこから投票したのか調べることも可能です。日本でもIPアドレスを特定することで、有名人の誹謗中傷をした人物が検挙されたりしています。

投票システムの不具合やハッキング

ネット投票の場合には、ハッキングなどにより投票が歪められないこと、他人のふりをして1人の人が複数回の投票をする可能性を防ぐこと、インターネットでのやりとりが集中しサーバーがダウンする事態などを避けなければいけません。

エストニアでは、システムの公平性や脆弱性を担保するために、インターネット投票に関するプログラムのソースコードまで公表しており、実際に誰でも閲覧、ダウンロードできます。*5

エストニアのインターネット投票システムの限界

このようにエストニアでは、さまざまな工夫によりインターネット投票を可能にしていますが、秘密投票の原則からすれば、完全ではないともいえます。

言い換えると、エストニアでは、秘密投票の原則とインターネット投票ができることのどちらも重要とした上で、インターネット投票によって投票を容易にすることに、より重きをおいているともいえるでしょう。

インターネット投票を通じて見えてくること

日本では既存のルールに完全に従ったうえで、DXを実行しようとするため、システム開発の難易度が高くなってしまう傾向があります。

選挙のルールが作られたとき、インターネットやスマートフォンの出現は予測されていませんでした。ルール作成時の状況と大きな変化があったなら、ルールそのものの変更を検討することも大切でしょう。あくまでもルールは目的を適切に遂行するためのもので、それを守ること自体は最終目的ではないのです。

同じような例には、現状にマッチしない「ブラック校則」や「社内ルール」などが挙げられるでしょう。これらのルールもそれを作った時点では、それをよしとする時代背景やなにかしらの正当な理由があったと推測されます。

選挙において、できるだけ多くの市民の声を反映して議員を選出することや、すべてのルールを完全に満たすシステムを構築することは、ともに大切です。しかし、もう少し柔軟に、選挙の本来の目的を果たすには、どちらをより重視したらよいか議論する時機に来ているように思います。

インターネット投票には限界があることを周知したうえで、それを許容する人にとっての選択肢の1つとすることは、実効性のある解決策の1つでしょう。まずは海外居住者の在外投票についてのみインターネット投票を試行することで、国内でインターネット投票をおこなうための課題や解決策を探ることも有効です。

既存のルールに縛られず、なにが本当により大切かを再検討して、ときにその前提となるルールを疑うことは、DXを推進するための前段として重要なプロセスではないでしょうか。

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執筆

鯉渕幸生

Ph.D。米国標準技術研究所研究員、中央大学研究開発機構教授、Recora LLC 代表取締役CEOを兼務。米国を拠点に科学者として研究開発に従事している。ライターとしては、科学技術、環境問題、Webマーケティング、英語学習などのテーマで執筆している。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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