社会実装型のデジタル技術に強みを持ち、イノベーションが盛んであると言われる中国。ITは金融などと並び、この国で最も稼げる業界の1つとなっており、SEをはじめとするIT従事者は基本、食いっぱぐれのない人々と言っていい。
だが、実際に現地の技術者たちがどのような環境で働き、どの程度収入を得ているのか、仕事の進め方はいかなるものかといった具体的な話となると、日本ではあまり知られていないのが現状だ。
日本と中国、IT人材にとって働きやすいのはいずれの国なのか?
このような問いはデータから分析する方法もあるが、やはり日中両国のIT業界で働いた経験を持つ方に話を聞くのがベターである。
そこで今回お招きしたのはITキャリア30年以上、フロンティアエンジニアを皮切りに電子認証事業の立ち上げ、システム構築、ゲーム事業に至るまで、ITにまつわるさまざまな仕事を手掛けてきた飯島剛氏だ。
2008年頃から中国におけるITイノベーションの飛躍的発展を予測していた飯島氏は、当時勤めていた大手IT企業を休職し、上海に語学留学。
帰国後も安定した日本での仕事に飽き足らず、中国のITビジネスに携わるというかねてからの夢を追い、海を渡った好奇心の塊のような方である。
筆者は時期こそ異なれど、たまたま同じ大学で中国語を学んでいたことから、飯島氏は自分の先輩に当たる。
中国を愛しつつも、決してかの国に対して無批判になるわけではなく、冷静な目で両国を見つめ続ける異能のIT技術者は、果たしていかなる見解を持っているのか?
現在はコロナ禍で帰国を余儀なくされ、日本でIT人材にまつわる業務に携わる飯島氏に、電話取材でお話をうかがった。
深センに行けば収入倍増も夢じゃない?
「IT人材が日本と中国で働く場合、まず一番違うのはお金です」
そう語り、話の冒頭からいきなり核心を突いてくる飯島氏。当たり前だが、IT人材をいかに大事にしているかという基準で最も分かりやすいのは、スキルに対する対価、報酬である。この点において、日中の間ではすでに大きな開きがあるという。
「現在、IT人材を各企業に紹介する仕事に携わっているのですが、世界各国の技術者から『日本で働きたい』というオファーを受けるんですね。アニメや漫画、ゲームといった日本のカルチャーへの憧れや、住みやすさなどで日本での仕事を希望している方が結構多くて、そこでいつも思うのは『このスキルだったら、日本ではなく中国で働けば収入が全然違うのに』ということです。
特にエンジニアに関しては、円安のせいでもありますが深センなら日本の倍ということもザラで、英語ができれば20代でも1000万円を狙えます。それに比べると日本はここ30年間、先進国の中で給与水準がさほど上がっていないほとんど唯一の国であり、IT技能に対する給与面での評価もまだまだ低いと思います」(飯島氏)
実際、深センというのは中国の中でも特殊な性格を持つ都市であり、ビジネスとイノベーションを中核とする一種のコスモポリタニズムが育まれている。
以前深センで事業をする方に聞いたのは、たとえ出身がどこの国、どこの都市であろうが、ここに来て一緒に仕事をしている以上はみんな深セン人だという意識があるということ。
深センの労働環境
国籍に関係なくスキルや実績で評価が決まり、なおかつ収入面でも日本を上回るとなると、IT人材にとって深セン、そして中国はうってつけの場所のように思えるが、労働環境などは問題ないのだろうか?
「一概には言えませんが、基本向こうではIT人材は引くてあまたの状態で、最近テック企業の人員削減などが話題になったとはいえ、それでも高い技術を持つ人材にとってはいまだに売り手市場であることに変わりはありません。そのような状態で労働環境が悪ければ、当然優秀な人ほど残りませんよね」(飯島氏)
筆者が思うに、おそらく日本のIT人材が中国進出に挑戦する場合、ネックとなるのは職場よりも生活環境だろう。いくら大金が稼げて職場での待遇が良かったとしても、その土地での生活に馴染めなければ続かない。
逆に言えば、そこさえクリアできるなら、腕に覚えのあるIT技術者にとって中国でのチャレンジは十分選択肢となりそうだ。
「中国のIT世界にはまだまだ伸びしろがあり、人材の需要が落ち込むことはないと思っています。そもそも日中両国を比べて見ると、中国ではあらゆる面でITの導入を進める意識が強いのに対し、日本はどうしても人の手でやる部分を残しがちです。
これはある意味自然なことで、中国ってやはりおおざっぱだったりいい加減な面があり、人が介在するとミスが起こりやすいんです。それに対して、日本では人で回しても精度が高い分、今のままでもいいだろうという話になりがちで、中国ほどIT化の強い動機を持ちにくいんですね。
中国でもまだまだDXが進んでいない業界はありますから、そこには大きなIT技術者のニーズがあります」(飯島氏)
中国にはない日本のIT業界の強みとは?
さて、筆者としてはここまで話を聞いてきた限り、中国に軍配を上げていいのではと思ってしまうわけだが、飯島氏によれば日本でIT技術者として働くことにも、メリットは多々あるという。
「日本は中国に比べてITの歴史が長いぶん企業も業界も成熟していて、中国にはない強みがあり、その中でも品質管理や工程管理は世界トップクラスだと自分は思っています。例えば、私は日本で長らくシステム構築に携わった経験があり、これは簡単に言えばソフトとハード、インフラを組み合わせてコンピューターで何かをつくり上げる仕事です。
当然、何のシステムでも納期というものが存在するのですが、これを期日通りに納めるにはしっかりした工程管理のノウハウが必要で、簡単に思えて非常に難しいことなんです。また、製品だけでなく業務の質も高いのが日本企業の優れた点であり、逆に言えば中国が立ち遅れている部分です。それらを学ぶために国内のIT企業からキャリアを始めるのは十分アリだと思います」(飯島氏)
これはITの世界だけでなく、他業種でも言えること。仕事のクオリティが低ければ、いくら日本と同じ設計図やマニュアルがあったとしても、中国で同様の製品やサービスを生み出せるとは限らない。
「結局、自分のスキルをどう活かしたいか、仕事の目的は何かといったことを考えて、自分に合った働く場所を決めるのがよいのだと思います。個人的には、お金を稼ぐことが目的ならば、仕事をしながらコツコツと英語か中国語を身に付けるか、もしくは一度退職して集中的に勉強をして、海外を目指した方がいいのではと考えてしまうんですね。
私のような歳になると、医療を含めて日本の優れた生活インフラというのは大きな価値があるため、収入だけで海外での仕事を選べるわけではありません。ただ、若いIT技術者には一度中国へ足を運び、自分の目で現地の姿を見てほしいですし、個人的な思いを言えばどんどん中国へ行ってチャレンジしてほしいです。
人から聞くのと自分で見て感じるのでは大違いということもありますが、何よりも今、ITイノベーションの世界最先端はシリコンバレーでなく深センにあると思っていますので。そこにいるIT人材や起業家と交流を持ち、彼らのイノベーションを生み出そうとする熱意や時代の最先端を行っているという気概に触れれば、若い方にとってきっと刺激になるはずです」(飯島氏)
食わず嫌いはもったいない
改革開放後の高度成長を経て、いずれバブルが弾けると延々言われながら、なんとなく今まで持ちこたえている中国経済。そして、当局に目をつけられてかつてのような急成長は難しいとの観測がありつつも、やはり中国で圧倒的存在感を見せているテック業界。
中国で働く身として正直なことを言えば、こちらの暮らしは決して楽ではなく、日本がいかに住みやすい国であるか痛感することが週に一度は普通にある。しかし同時に、チャンスが今もなお探せば転がっている国であるということも、確かに感じる。
中国進出は個人にとって決して簡単な決断ではないと思うが、とりあえず言えるのは「食わず嫌いはもったいない」ということ。IT業界に携わる方々におかれては、中国での活躍という選択肢もぜひ視野に入れながら、自分にとって最適なキャリア形成をしていただきたいものである。
執筆
御堂筋あかり
スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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