中国語ではどう表記する?日々生まれるIT&ネット新語、日中の翻訳事情

中国語ではどう表記する?日々生まれるIT&ネット新語、日中の翻訳事情

 

メタバース、デジタルトランスフォーメーション、コネクティビティ、サスティナビリティ…。

技術革新や社会の進歩に伴い、主に欧米を中心として新たな言葉や概念が続々と生まれる中、それらはわれわれ日本人にとって、暮らしや仕事のさまざまな場面で耳にするものとなっている。むろん、これは日本の専売特許でも何でもなく、お隣中国でも頻繁に見られる現象。かの国では日本と同様、もしくはそれ以上に海外からの「言葉の輸入」が盛んである。

ただし、ある一点において、日中の間には大きな違いが存在する。それは、日本がいわゆるカタカナ新語として受容するケースが多いのに対し、中国の人々は自国の言語、つまり漢字を使って翻訳に取り組み、新たな概念を取り入れていることだ。

 

中国にはカタカナという便利なものが存在しない以上、当たり前といえば当たり前。とはいえ、外国の人名や地名などでは「スティーブ・ジョブス=史蒂夫・乔布斯」といった風に、似た音の漢字を当てて表現する事例が珍しくない。それでもDXならば「数字转型」もしくは「数字化转型」といった風に、気合いで漢字化しようとするのは何故なのか?

そうすることにより、果たしてどういったメリットが存在するのか?ここでは中国における新語の世界について、余談を交えつつ考察を加えてみたい。

漢字化で生まれる「字面で何となく意味が通じる感」

中国において外来語を漢字に翻訳すること自体は、何も今始まったことではない。一例を挙げると、スチュワーデスもしくはキャビンアテンダントは、中国語では「空中小姐」、略して「空姐」となる。

空中お姉さん……これを最初に訳した人は、きっとうたごころの持ち主であったのだろうと個人的には思ってしまうのだが、全てカタカナ表記で自国の言葉に取り込むのに比べると、頭を使う作業であるのもまた事実。

しかし、これが外来語に対するもともとの向き合い方であり、かつては日本にもその伝統が息づいていた(今もないわけではない)。

 

日本語と中国語の間には共通語彙が非常に多いが、その原因のひとつとして主に明治以降、西周や福沢諭吉、福地源一郎らによって西洋からの外来語が日本語に訳され、それらが大陸にそのまま持ち込まれたことが挙げられる。

社会、哲学、自由、観念、化学、共和、理性、文明……かつての偉人たちは一語一語に真剣に向き合い、和製漢語を作り出すことで、自国の言語を豊かなものとしていったわけだ。

だからといってカタカナ新語が悪いわけでは決してなく、それどころか非常に便利なシロモノであるのだが、そんな日本とは対照的に中国の人々は今も新たな言葉が海外から入ってくるたび、頭を悩ませているのである。

中国ではメタバースを「元宇宙」と表記

中国ではメタバースを「元宇宙」と表記

 

例えば、インターネットは「互联网」、メタバースは「元宇宙」、SDGsならば「可持续发展目标」。それって余計分かりにくくなるのではと思われる方もおられようが、中国の人々にとってはむしろ漢字表現のほうが、よほど頭に入ってくる。

なぜなら、「互联网=互いにつながるネットワーク」といったように、知らない概念であっても字面を見れば、なんとなく意味が想像できるからだ(さすがに今どきインターネットの概念が分からない人はまずいないと思うが)。

コネクティビティという言葉を理解していなくても、漢字で「互联互通」、直訳すると相互連結となるわけだが、これならおぼろげながらも指し示す意味が想像できる。

「域内の一体化発展においては『互联互通』を推し進めることが肝要だ」という話ならば、コネクティビティという言葉に初めて触れた中国人であっても、人とモノの両面で域内における相互のつながりを強めていくのだなという大意は分かる。

また、筆者が住む北京で、街ゆくおじさんやおばさんに「sustainability」と言ったところで、おそらく100人中99人には伝わらないだろう。だが、中国語訳である「可持续性」(持続可能性)と書いて見せれば、これからの時代、大事だよなという話になるわけだ。

漢字化はより深く自国の言語に取り入れる試み

むろん、中国で日々生まれる新語は外来語に限らず、若者言葉やネットスラングもごまんとある。さすがにネットスラングは難解で、日本のネット界隈で使われる「草」のように由来を知らなければ理解するのは至難の技。

それに比べ、若者言葉も容易ではないとはいえ、その多くは字面を見れば何となく分かってしまうのが中華新語の素晴らしいところである。例を挙げると、韓流男性アイドルのような中性的イケメンを表す言葉に「小鲜肉」というものがある。

試しに、高性能であると名高い某翻訳アプリにこの言葉を放ってみたところ、「フレッシュミート」と訳された。日進月歩で進化するAI翻訳だが、どうやら新語対応は遅れているようで、翻訳を仕事のひとつとする筆者としてはひと安心といったところである。

それはともかくこの「小鲜肉」という言葉は中国語のニュアンスからすると、「小」が前にあるのでなんとなく人を表す単語なのかな、と類推される。

新鮮な肉みたいな人→フレッシュでおいしそうな人→つまりイケメンね――と直球で言い当てられるお年寄りはまずいないだろうけれども、少なくとも日本語においてシステムインテグレーションやウェルビーイングといった言葉から意味を想像するよりは、まだ難しくない。

また、外来語を英文のまま使ったり当て字で済ませたりするのではなく、手間であっても漢字化するということは、よりしっかりと元の意味を咀嚼して、自己の体内に取り入れている印象も受ける。

そのことがDXの推進や社会の意識変革などで、プラスの効果を発揮している……という証拠は全くないのだが、海外からやってきたよく分からない概念を、人々にとってほんの少しだけ身近なものとしているのは間違いなさそうだ。

新語を好んで使う政府当局

新語を好んで使う政府当局

 

中国とは国名が表す通り、自らが世界の中心であることを自称する国である。

基本、人々から謙虚さを感じることはあまりなく、排外的な一面がある一方で、海外の新しいものを盛んに取り入れる気質も持ち合わせている。よって、政治的には欧米を目の敵にしつつも、海の向こうで生まれた概念は続々と輸入&漢字化され、積極的に世に広められる。

ただし、そこには問題もある。

何も中国に限ったことではないが、よく分かっていないのにとりあえず言っておけば意識が進んでいる感を出せる、といった使われ方をすることだ。

それが顕著なのは政治文書であり、自分などは「デジタル化時代の国家戦略」などとうたうものの中にメタバースやブロックチェーンといった具体的な単語が出てくると、それらの中国における前途に暗雲を見てしまう。

中国のこれまでのイノベーションは、全てではないとはいえ国が放ったらかしにしていた分野で芽生え、成長してきたものが多い。そうして大きくなりすぎると国が自らのコントロール下に置こうとするのが定番のパターンであり、現在中国で進むテック業界への締め付けは、その典型例と言えよう。

もうひとつの懸念

そしてもうひとつの懸念は、「どうせあなたたち、ロクな使い方をしないでしょう」というもの。いくらメタバースの発展と言ったところで、中国ではネット言論空間同様に間違いなく統制が敷かれるのは目に見えている。

どうせ介入してくるのは分かっていたけれど、せめてもう少し育ってからにして欲しかったと思わざるを得ないのである。そんな中でも、中国ではDXを始めとするさまざまな分野の新語が生まれてゆく。ただし、海外から取り入れてばかりのうちは、中国もまだまだということだ。

(一応)この国の文化を愛するひとりの者として、世界に広まってゆく新たな言葉や概念が、今後中華の大地から生まれることに期待したい。