イーロン・マスクの「出社して働け」は出社してから本当のキツさが待っている

イーロン・マスクの「出社して働け」は出社してから本当のキツさが待っている

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マスク氏の「出社して働け。さもないと、クビ」が世界中でトレンドになった

『テスラの社員は、1週間に最低40時間はオフィスで過ごすことが義務付けられている。しかも、そのオフィスは、遠隔地の疑似オフィスではなく、実際の同僚がいる場所でなければならない。出社しない場合は、退職したとみなす』。

要約すると「出社して仕事をしなさい。さもなければクビですよ」という世界一の富豪イーロン・マスク氏の発言が先日、大きな騒動になった。

話が大きくなったのは、影響力絶大のマスク氏、時代のヒーローで時代を切り拓いているスターが、時代錯誤ともいえる「出社して働け」と言い出したからだ。マスク氏が率いる、スペースX、テスラという企業が持つ「時代の寵児」「時代の先端を走る企業」という先進的な企業イメージと、「出社して仕事をしろ。さもなければクビ」という昭和の日本企業感との乖離が大きくて、インパクトがあったのだ。

世界一の富豪の自身がリーダーをつとめる企業グループ向けの発言であれば、門外漢の僕らはスルーするだけであるが、イヤな予感がした。SNSを眺めていると多くの人が同様にイヤな予感を抱いたようだ。

イヤな予感とは、テレワークや在宅勤務といった場所に縛られない働き方への流れが、逆流するのではないかというものではなく(それもあるが)、氏のこの発言を都合よく解釈して利用しようとする人が出てくることである。

マスク氏の発言に盛り上がる人たち

マスク氏の発言に盛り上がる人たち

 

我が国には、出社して働くことに意味を見出す『出社病』を患った人が昭和から生き残っている。

出社病にかかった会社上層部に効率化や生産性向上の話をしても無駄なので粛々と結果を出し続けよう

 

比較的年齢の高い層が多いが、驚くべきことに、若い世代にも一定数いる。昨今のテレワーク推進の流れの中で、彼らは劣勢であった。「時代遅れ」「老害」と呼ばれて、悔しい思いをしていたのは想像に難くない。そこでマスク氏の発言である。ここ数年、世間の逆風にあっていた彼らが千載一遇の逆転チャンスととらえたのは想像にかたくない。

「我々は正しかった。マスク氏が言うように働くと出社は一体であり、引き離せないものだ。仕事は出社してナンボ。先端を走っている、世界一の富豪であるマスク氏がそう言っているのだ」と復活の狼煙をあげるのが見えるようだ。イヤな予感とは、出社に囚われた人たちのイキった姿を見せつけられるという憂鬱から来るものであった。

 

僕の会社でも出社推進派の上層部が、マスク氏の発言に乗って自己正当化していた。「世界一のビジネスパーソンが出社することこそ仕事だとはっきりと仰っている。会社に出勤して仕事をする、近代から人類が築いてきた仕事のスタイルは21世紀にも通用するということだ。テレワークみたいな一過性のブームとは違うのだよ」と。

ちなみに当該上層部の口からイーロン・マスクという言葉を聞いたことはない。そこまでマスク氏を後ろ盾にするのならきっと氏に詳しいにちがいないと思って、「マスク氏って何をしている人ですか? 勉強不足なので教えてください」と質問したら、普段は無駄に教授してくる人なのに、途端に不安定な様子になり「あれだよ、あれ。あれを作っている会社のトップだよ」とキーを叩くような動作をしながら教えてくれた。

スペースXの宇宙船のコンソール操作を再現しているのだと信じたい。

「出社して働く」ようになると出社のスペシャル感は失われる

「出社して働く」ようになると出社のスペシャル感は失われる

 

このように、マスク氏の「出社して働け」発言は、その真意は定かではないまま、「出社イコール仕事」というショッキングな内容と時代のスターの発言という2つの要素のケミストリーによって大きな騒動となった。

そしてマスク氏の意図とは離れたところで、「出社して仕事しろ」は出社病を患った人たちにとって名誉回復の助け舟となっている。だが、本当に彼らの側に立った言葉なのだろうか。マスク氏の発言の真意を、落ち着いてもうすこし深く考えてみるべきだと思われる。

新型コロナ感染拡大以降のテレワーク、在宅勤務推奨の世界の中心で「出社しての仕事」を叫んだ人たち自身は、本心から、社員全員が出社することを望んでいたのだろうか。逆にいえば、彼らが出社してこそ仕事だと叫べたのは、出社するという行為が希少になったからである。

従って、彼らが主張していた出社は、社員全員の出社ではない。もし、以前のように皆が出社するようになったら、出社しているという希少性、特殊性が失われてしまう。存在意義がなくなる。出社しろと叫べば叫ぶほど出社という価値は下がることを、どれだけの出社病の人が理解していたのだろうか。他人事ながら心配になってしまう。

 

実際、僕が働いている会社ではこの春から、ほぼ以前と同じような出社しての働き方に戻っている。希望者は在宅勤務可能だが、現場が動いているので、出社するほうが効率的なのだ(コロナ感染拡大状況下では稼働していない現場が多かった)。社員が戻ってくれば、社内のつながりや活気も戻ってくる。

人の気配のないオフィスで「在宅勤務なんて仕事ではない」「自宅で仕事をしているか怪しい」と鼻息荒かった上層部のもとに、打ち合わせへの参加、書類の精査、社内の苦情処理、ありとあらゆるタスクが舞い込んでくる。単純に忙しくなる。社員が在宅勤務やテレワーク体制のときは、静かなオフィスで鼻をほじりながら、電話で活を入れていればよかったのに、なんだこれは! と考え始める人も出てくる。

そこで気付くのだ。出社してオフィスにいるだけで仕事をしている感を得られたのは、社員たちが出社しないという条件があったからこそだと。実際、僕の勤めている会社では、従来の働き方に戻したあと、在宅勤務への回帰を提案する上層部も出てきている。出社がスペシャルだと考える、都合の良い考え方をあらためたほうが良いのではないかと愚考する次第だ。

 

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「出社して仕事しろ」は「出社すればオッケー」ではない

「出社して仕事しろ」は「出社すればオッケー」ではない

 

マスク氏の「出社して仕事しろ。さもなければクビ」は、ある種の罠である。とりあえず全員出社させて、仕事ができる/できない、会社にとって必要/不必要を直にみて判断を下そうとしているのではないか。リストラは難しい。

特に在宅勤務やテレワークでは、データとして可視化される成果以外の、どのように仕事をしているのかを判断するのは難しい。その点、社員を出社させることで、彼らの仕事をしている様子は観察しやすくなる。「近くでキミの働きぶりをこの目で見ていたのだが…」といって対象に逃げ場を与えないで済む。

企業のトップは社員に週40時間きっちり働いて成果を出すことを臨んでいるが、社員は現実的に40時間働くのではなく、40時間の労働で求められる結果とはこの程度のものだろうと自分で設定して、それをより短い時間で手早く済ませて、余った時間をユーチューブやSNSを眺めて過ごしたいと考える。

事実、ツイッターなんて仕事中の呟きばかりではないか。社員サイドから40時間の労働とは40時間に見合う成果はこんなものだろという自身で取り決めた目標か、会社から課せられたノルマである。ノルマとは最低限のタスクだ。

 

トップのいう40時間の労働とは、40時間に見合った成果とノルマの達成ではない。40時間ガチガチに働いて、成果を出し、目標を達成したうえで、目標以上の新しいものを見つけ獲得することである。それを踏まえてマスク氏は「自宅で40時間働いているんでしょ。オーケーわかった。40時間働いているよね。だったら来週からは出社して40時間働きなさい。自宅で出来ることなら会社でもできるよね」と言っているのだ。出社しても地獄である。きっつー。

つまり、マスク氏の発言は、自宅で40時間働いているのなら、会社で40時間働けるでしょ? という踏み絵であると同時に、出社させることで出社することを仕事だと考えているような、会社や事業にとってプラスにならない社員に対して直接駄目出しするリストラチャンスを生み出すことを目的としている。

かつ、週40時間出社して働くだけでなく、目標やノルマを超越した新しいものを得られるまでガチガチに40時間働ける人材かどうかをふるいにかけているのである。

「自宅でできることは会社でもできるよね」はテレワーク2.0である

そのことから導き出せるのは、マスク氏の発言は、在宅勤務やテレワークといった新しい働き方についていけない古い人たちを援護するものではなく、むしろ、逆であるということだ。

緊急事態宣言下で誰もいない会社に顔を出して新聞を読んでいるような老人たちが、出社して週40時間全力で働きなさい、といわれて明日からゴリゴリ働けるとはとても思えない。一日も持たずに潰れる。間違いない。だから出社病にかかっている人がマスク氏の発言を歓迎するのは滑稽であり、哀れなのである。

 

場所に縛られずに働くというテレワークの理想を突き詰めていくと、「自宅だろうが会社だろうが同じように働けるよね、じゃ僕の目がいちばん届くところで働いてよ」になる。これはマスク氏によるテレワーク2.0だ。テレワーク派各位には気をつけてほしい。

なお、この文章を書いている途中で、前述の弊社上層部がキーの叩く動きが「キングジム」さんの『テプラ』を使っている様子を再現していたことが判明した。テプラじゃなくてテスラと教えるのも疲れるのでスルーしたのは言うまでもない。

 

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