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デジタル技術は中華LGBTQたちの「虹の懸け橋」となるか?

デジタル技術は中華LGBTQたちの「虹の懸け橋」となるか?

中国と台湾、香港はひとくくりに中華圏といっても政治制度から価値観に至るまでさまざまな違いがあり、そこにはLGBTQに対する意識も含まれる。アジアで最初に同性婚を認めた台湾に対し、1997年まで同性愛が違法だった中国。そして、自由や民主だけでなく多様性などの価値観までも当局によって日々抑圧されていく香港。それぞれの地域でLGBTQが置かれている立場は大きく異なる。

とはいえ元は同じ民族であり、基本的に言語も同じくする以上、大陸部と台湾のLGBTQシーンはしっかりと繋がっているはず。とりわけデジタル技術が進んだ今、相互交流はかつてに比べ、はるかに容易であるに違いないーー。

 

いわば、DXとは中華圏の政治的分断を乗り越える「虹の懸け橋」になり得るのではないか。そのような予断のもと、筆者は中国で暮らし始めて数年間、この国におけるLGBTシーンの取材を続けてきた。その中で感じたのは、情報技術によって世界がこれほど小さくなっているにも関わらず、中台には未だ大きなギャップが存在するという厳然たる事実である。

大まかに言えば、台湾ではITが多様な価値観を広めるために活用されているのに対し、中国本土ではLGBTQたちが、言い方は悪いが「お上の目を盗んで」自分らしく生きる上での自衛ツールとなっている感がある。

なぜこのような現象が生まれているのか。今回は香港在住ジャーナリストであり、『「中国人の9割が日本が嫌い」の真実』(IWJ books)『ブラック企業やめて上海で暮らしてみました』(扶桑社)などの著書を持つ初田宗久氏に話を聞いた。

中国はLGBTQの権利主張を警戒している?

中国はLGBTQの権利主張を警戒している?

(画像:筆者撮影)

 

中国というのは暮らしてみると分かるが、世の中をよくしたい、社会はこうあるべきといった問題意識を持たない限りにおいては、割と気楽に生きていける部分がある(筆者が外国人だからかもしれないが)。より正確に言えば問題意識を持ってもよく、自国民にとっては奨励すらされるのだが、それは必ず政府と同じ方向であることが求められる。

では、中国のLGBTQに対するスタンスはいかなるものかといえば、限りなく否定的。とりわけ昨年以降、LGBTQ団体の社会活動を封じ込めるなど、さまざまな抑圧が進んでいる*1

その理由には伝統的な儒教的価値観もあれば、少子化が社会問題となる中で同性愛を目の敵とする向き、ひいては「男は男らしく、女は女らしく」といった美意識の押し付けなどさまざまな要素がある。だが、中国の政治・社会に精通する初田氏に言わせれば、最も大きいのは権利主張に対する当局の恐れだという。

 

「香港で起こった2019年からの民主化デモでは、LGBTQが無視できない役割を果たしました。同性愛者とカミングアウトしている歌手のデニス・ホー*2がその代表格ですが、デモを主導した人々の中にはLGBTQの議員もいたんですね。

もともとは性的マイノリティの権利のために戦っていた人々が、公然と当局を批判したわけです。中国にしてみれば、そのような動きが本土にまで波及することは絶対避けたいはずです。中国国内のLGBTQ団体が単に性的少数者の権利を主張しているだけだとしても、それを黙認してしまえば、他の人々が自由や民主といったものを声高に求め出すかもしれない……そのような懸念が抑圧の理由のひとつとなっていると見ています。

もともと香港にはさまざまなLGBTQ関連の団体があり、プライドパレードもたびたびおこなわれてきました。中国に比べればはるかに多様性への理解があり、私自身、過去には地下鉄の駅構内でピンクドットというLGBTQイベントの広告を見かけたこともあるほどです。しかし香港の中国化が進む中、今後はどうなるか分かりません」

「中華圏のLGBTQの心はひとつ」と言いたいが……

実際の狙いはそれこそ中央にいる人々の頭の中を覗いてみなければ分からないとはいえ、中国で近年、性的マイノリティへのプレッシャーが強まっているのは紛れもない事実。そこで抜け道として生きてくるのがIT技術だ。

おおっぴらな社会活動はできないが、ネット空間でコミュニティを作ったり、チャットグループで仲間を集めてイベントをやったりすることは、「現在のところ」という但し書き付きながら可能である。

デジタルネイティブの中国LGBTQにとって、アプリやSNSの活用はパートナー探し、さらには自己表現の上でも欠かせない。ただし、SNSは中国国内のものではなく、VPNを使って海外のプラットフォームにアクセスするのが主流となりつつある。

とはいえ、そこでゲイや女装子などのみなさんが何かを訴えかけるわけではない。これまで筆者自身、大陸に住む多くのLGBTQに話を聞いてきたが、雑談ならともかく取材となると、言葉を慎重に選ぶか、口をつぐむ人が珍しくなかった。

例えば、LGBTQの権利という面では、言うまでもなく台湾は中国のはるか先を行っている。しかし、中国に暮らす性的少数者の全てが手放しで「台湾こそあるべき姿」と言うかといえば、必ずしもそうとは限らない。

 

「例えば、知り合いの同性愛者が先日おこなわれた北京冬季五輪で、中国系アメリカ人のフィギュアスケート男子金メダリストのネイサン・チェン選手についてこんなことを言ったんです。『なんで中国国籍に変えなかったのかしらね。名誉も、お金を稼ぐチャンスも逃して、一体どうするのよ』

また、香港の民主化デモについても、一定の理解は示しつつも『香港は中国の一部』と言ったゲイの知人もいました。本来、LGBTQのムーブメントとは国境や人種などに縛られないものであるはずです。

しかし、愛国心のせいか、それとも教育のせいなのか、オープンな意識を持っているはずの人であっても敏感な問題では自国を支持するケースが見受けられ、『中華圏のLGBTQの心はひとつ』と簡単に言い切れない現状があります」(初田氏)

 

なぜそうなるかといえば、LGBTQに対するスタンスは今や中国と台湾、とりわけ台湾にとって相手との違いを鮮明に表す大きな政治的マターとなっているからだろう。台湾を肯定することは中国の人々にとって国内的に大きなリスクを伴うため、立場を鮮明にできない場合は確かにある。だが同時に、「それとこれとは別」とばかりに、やはり中国はひとつと考える方もいるということだ。

それでもいつかは台湾海峡に虹の橋が打ち立てられる、と信じたい

(画像:筆者撮影)

(画像:筆者撮影)

 

日本でも性的マイノリティに関してさまざまな議論がされているとはいえ、台湾の場合はまさに国論と呼ぶべき重みを持っている。

 

「台湾の蔡英文総統といえばデジタル担当大臣にトランスジェンダーのオードリー・タン氏を任じたことで知られています。他にも同性愛者であることをカミングアウトしているインフルエンサーの鍾明軒氏と対談をおこなうなど、この問題で積極的な取り組みをおこなってきました*3

また、同性婚に関する国民投票では一時反対の声が上回っていたものの、SNSを中心とした世論喚起も功を奏し、合法化が成し遂げられました。そうして自由、民主主義、人権といった価値観と並び、ダイバーシティは中国に対する台湾の明確なアイデンティティとなったのです」(初田氏)

 

台湾の人々の間でLGBTQに対する理解が一定程度あったのは事実だが、それだけでこの結果は得られなかっただろう。政治的リーダーシップと情報技術の活用、中国に呑まれまいとする危機意識が相乗効果を生み、台湾はアジアに誇る多様性の島となったのだ。

……と、ここまで書いてきたようなことを中国のLGBTQが自国のSNSで論じたらどうなるか。よくて投稿削除、責任ある立場の人なら職を追われるのは確実で、下手をすれば公安が家に来る。

それゆえに双方のLGBTQは個々の交流こそ盛んでも、連帯して大規模な社会活動をおこなうとなると、ハードルは限りなく高い。台湾海峡をつなぐ虹の橋、未だ懸からずというのが現状なのである。

それでも筆者は、この分断が永遠に続くものとは思っていない。かつて中国のクラブで知り合ったトランスジェンダーにみっちり数時間話を聞いた時、彼女は確かに政治について触れることはなかったが、現状に対する泣き言もうらみつらみも、ひと言として口にしなかった。

 

「ネガティブな感情は私たちには似合わないし、美しくないと思わない?」

ド派手メイクに全身金ラメのタイツをまとった彼女は、強がりというよりは確信に近い面持ちで、よりオープンなLGBTQシーンが中華の大地で育まれていく未来を見ているように見えた。

「上有政策,下有对策」(上に政策あれば下に対策あり)。中国の人々はお上が打ち出す理不尽な施策を、ありとあらゆる手立てでかわす知恵を持つ。そしてこの場合の「対策」とは、まさしく情報技術の活用である。

政治が生み出した人為的な壁を、進化し続けるIT技術がいつか必ず打ち破る。DXが生み出す未来については前出のトランスジェンダー同様、筆者もまた限りなくポジティブな思いを持っている。

両岸のLGBTQが今よりもっと深く混じり合う世界。それはきっとデジタル空間から始まるはずだ。

 

執筆

御堂筋あかり

スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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