コミュニケーション・買い物・オンライン診療…デジタル・ライフを謳歌するシニアたち

コミュニケーション・買い物・オンライン診療…デジタル・ライフを謳歌するシニアたち

高齢者はデジタル弱者ってホント?

「昭和かよ!?」

正真正銘の昭和生まれで昭和育ちとしては実に胸クソ悪い言葉ですねぇ。まあ(たぶん)言い出しっぺの平成世代が、

「平成かよ!?」

と揶揄されるのも時間の問題かと腹黒く期待してますが。

たしかに昭和は、昨今の目線からみれば合理性なんぞとは無縁の、万事が非効率な時代でした。戦後の混沌が徐々に秩序だっていく過程でしたからムリもありません。

経済とは右肩上がりの成長が際限なく続くもの。今日より明日、今年より来年は状況が上向くのだから、努力は必ず報われる。そんな希望というか夢物語が誰の胸のうちにもあった時代が昭和でした。

 

だからというべきなんでしょうか。パワハラやセクハラが横行する会社でも、堪えて勤続年数を積み上げれば地位も収入もアップしたし、そんな「我慢強いオトナ」になるために、子どもたちへの教師の体罰や先輩の横暴は、ある種の通過儀礼として容認されていたような気がします。

こんな社会で成長した人や企業の体質が、令和ジャパンの手かせ・足かせになっているのは紛れもない事実。旧態依然とした現状にしがみつくオトナへの憤りが「昭和かよ」というフレーズとなって若者の口から漏れるのは当然なんでしょう。

目下、昭和を牽引した世代はジジババとなり、病院の待合室は彼らのサロンと化し「老害」扱い。フツーに考えれば、加齢でオツムの固くなった彼ら(アタシも含みますよ)は変化著しい情報化社会から置き去りにされた存在のはず。ましてDXの恩恵を受けるなんてムリ。

ですが、ちょいとお待ちを! 情報技術やそれによってもたらされる変革に無関心で無知なシニアがいるのは確かです。でも、それって「シニアだから」なんでしょうか?

デジタル・ライフを謳歌するシニアたち

デジタル・ライフを謳歌するシニアたち

 

自他ともに認めるジイさんのアタシには当然、ジジババ友達が多いんですが、とくにデジタル・ライフを楽しんでいるシニアたちを紹介します。

Kさん(65歳、女性)

東京で皮革製品の修理店を経営していたKさんは、パーキンソン病を患ったのを機に店を畳み、千葉県の片田舎に移住しました。

普通なら手足が震えたり、身体の自由がきかなくなってネガティブな気持ちに支配されて隠遁生活を送りそうなもんですが、Kさんは違っていました。

 

「私より先に旦那が脳梗塞で片腕が麻痺したんですよ。私の連れ合いだからなのか、男だからなのかは知りませんけど、もう人生が終わっちゃったみたいに落ち込んじゃって。書斎に籠もって何にもしないでいたら、今度はうつ病に! ああ、後ろ向きになると全部ダメになっちゃうんだなって気がついたんです」

 

田舎に越したのは、夫婦ともに土いじりが好きだったから。2人の夢だったガーデニングや畑仕事を一緒にできたら前向きに生きられるかもしれない。

 

「外に出る口実ができて、ご近所さんと交流するようになったからでしょうか、旦那のうつ症状はアッという間に改善しちゃいました。麻痺も良くなりましたし。私も身体を動かしたせいか、それまで効果がみられなかった症状が徐々に良くなったんです」

 

しかし外交的なKさんには耐え難いことがありました。

 

「コロナ禍のせいでお友達を招待したり、上京しておしゃべりを楽しめないのが凄いストレスで…」

 

そこでKさんは、心の隙間を埋めていたSNSに加えて、Zoomを利用したヨガ教室の生徒になりました。

 

「FacebookやTwitterって、コミュニケーションには違いないんだけどリアルタイムのお付き合いじゃないでしょ。それがZoomだと、いろんな人と何かにチャレンジできるのでスゴく楽しいんです。今ハマっているヨガ教室は代々木にあるんですけど、いちばん遠くの生徒さんは尾道にお住まいなんですよ。上手くできれば先生が褒めてくれるし、失敗すれば他の生徒さんに笑われるし」

 

今回の取材もZoomで応じてくださったKさんですが、こうしたデジタル・ライフのスキルはどうやって身につけたんでしょうか?

 

「仕事ですよ。オフィス系のソフトは仕事をしていればイヤでも使わなきゃだし。スマホしか弄らない若い子よりパソコンのスキルは高いわよ(笑)。SNSは、初めは店の広告が目的でした。それがいつの間にか仕事の憂さ晴らしになっちゃって。ITに興味があったんじゃなくて、必要に迫られてスキルが身についたんです」

Iさん(71歳、男性)

名古屋市にお住まいのIさんは、5年前に最愛の奥様がお亡くなりになりました。

 

「もう生きる理由がなくなったと…。辛いなんてもんじゃなかったですね。食べることができなくなって、半年で12キロ以上、体重が減っちゃいました」

 

そんな絶望の淵にあったIさんに手を差し伸べたのは、長女のMさんでした。

 

「Mがね、一周忌に活ける花の花器を作ってほしいと言うんです。妻と娘は花道をたしなんでおりましてね。私は陶芸が好きだったものですから、生きる目標を与えてくれたんでしょう」

 

以来、Iさんは毎日のように電車で1時間ほどの陶芸教室に通い続けました。そして一周忌には、娘さんが活けたお花とIさんの手になる花器を奥様にお供えすることができたのでした。Iさんの胸中には目標が芽生えていました。

 

「通信制の芸術大学で日本の伝統文化を学ぼうという意欲が湧いてきたんです。高卒の私にとっては、4年制の大卒資格が取れるっていうのも魅力がありましたし。昔の通信教育は何だかんだと大学に出向く必要があったんですが、今どきは出願から卒業まで、ほぼオンラインで済んじゃう。それじゃ交流もなくって寂しいかっていうと、直接じゃなくとも毎日、リアルタイムにやり取りが発生するので楽しいもんです。10代の友達だっているんですよ」

 

陶芸に見え隠れする日本文化の源を探求するIさんの瞳には、老いというものが微塵も感じられません。アタマを使うって大事なんですねぇ。アタシも見習わなきゃ!

Tさん(82歳、男性)

航空管制官のお仕事を定年退職し、その後ネパールでJICAのお仕事をされていたTさんは現在、南アルプスの麓でログハウスの暮らしを奥様と楽しんでいらっしゃいます。お元気で動作が機敏なせいか、60の前半でヨタヨタしているアタシより、よほど若く見えます。

 

「普段の生活に、適度に心身に負荷をかける工夫が必要ですね。僕の場合は、冬場の薪探しや薪割り、ログハウスのメンテ、庭の草むしりなんかで十分に運動になってますね」

 

なんだ、ぜんぜんオツムを使ってないじゃないですか。

 

「んなことありませんよ! 今は東南アジア諸国の航空安全政策を向上させるプロジェクトのお手伝いをしていますし、NTSB(米国の国家運輸安全委員会)の資料を漁って管制官絡みの事故研究もしています」

 

ん〜、なんか凄いことをやってらっしゃるんですね。

 

「こういうご時世だから山奥にも光ファイバーが来てますしね。カンタンに世界中と繋がっちゃう。タイに住んでいる曾孫とも毎日、Skypeでやり取りしてますよ」

 

Tさんの場合、海外在住のお子さんやお孫さんたちとはSkypeやZoomで、国内のご家族やご友人とは主にLINEで繋がっているとのこと。

 

「それぞれのアプリに個性がありますから、やり取りをする相手の国情や個人の事情に合わせて使い分けています。たとえば国内ではLINE人口が圧倒的に多いですが、海外ではWhatsAppが一般的ですよね」

 

Tさんのお宅にうかがっていつも感じるのは、ここが一体、日本の山奥なんだろうかということです。田舎暮らしも、かつてのイメージでは推し量れないものになっていますね。

Sさん(75歳、男性)

生涯独身を貫いておいでのイラストレーターSさんは、都内某所の1LDKを住居兼仕事場にしています。生まれついてのカウチポテトというべきか、Sさんは外出するのは月に数度という仙人のような方です。

 

「人と会うのがイヤというか、怖いんだよね。ひと昔前の編集さんなんてさ、たいした打ち合わせじゃなくても『膝つき合わせなきゃ大事な話はできない』とか言っちゃって編集部や喫茶店に呼び出したじゃん。辛かったなぁ、あれ」

 

人たらしのアタシには想像もできませんが、Sさんにはただの打ち合わせも大冒険だったようです。

 

「今はその点、天国だよね! 打ち合わせも原稿の入稿も全部、ネットでできちゃうもん。買い物だって生協とネット。そうそう、1年ぐらい前からオンライン診療で面倒見てもらっていてね。たまに(病院に)行かなきゃならんのだけど、アプリとビデオ通話さえ使えたら自宅で用が済んじゃう」

 

これだけ出不精のSさんは、当然のように糖尿病と高血圧です。あ、でも薬はどうしてるんでしょうか?

 

「院外処方だと調剤薬局に行かなきゃならんのだけど、俺の場合は院内処方。宅急便で届けてくれるんだよ。いやぁ、ホントにいい時代になったもんだ!」

 

不健康な顔色のSさんを見ていると、彼の言う天国が甚だ怪しいものに思えてくるんですが…。

デジタル・ライフへの関心が高い高齢者

デジタル・ライフへの関心が高い高齢者



以前に書いた拙稿でも紹介したんですが、実際に高齢者のデジタル製品に関する関心や購買意欲は思いのほか高いんです。これは当然といえば当然で、身体の自由が利かなくなり、親しい人々と死別して孤立感が深まった高齢者にとって、情報技術がもたらすであろう恩恵は若者以上に切実だという事情があります。先に挙げた事例は形や有りようこそ違え、共通したニーズがあります。

また高齢者が、高い経験値のためか、個人情報の漏洩と悪用、監視社会に対する警戒感等々、デジタル・ライフの利便性の陰に潜むリスクを的確に理解していることも見落とされがちです。日頃、オレオレ詐欺の餌食になる高齢者のニュースが耳タコで流れているためか、老人は騙されやすい情報弱者という認知バイアスが働いてしまうのかもしれませんね。

昭和世代を舐めんなよ!

老いによる行動の制約はどうにもなりません。身体が思うように動かないと、行きたいところに行けず、やりたいこともできません。瞬発的な判断力が低下すれば自動車免許も返納しなければなりません。

仕事から身を引けば、自分が他者から必要とされる機会も尻すぼみになります。マザー・テレサが指摘していた通りで、

 

「人にとって最も耐え難い貧困とは、誰からも必要とされなくなること」

 

徐々に根を切られる植物のように社会との繋がりが失われていくことは、高齢者にとっては恐ろしい現実です。

情報技術とDXは、そんな状況に置かれる高齢者にとっては一縷(いちる)の希望だともいえます。こんなに切実なニーズが他にあるでしょうか?

昭和という時代は、万事において激しい変化に人々が翻弄されていました。「新しい」ことが正。「古い」ことは、それだけで誤の烙印をおされたんです。なので当時の若者は、新しくないというだけの理由で、

「遅れてるぅ〜」

と蔑みました。今思えばホントにバカげた考えです。ですが、当時若者だった今現在の高齢者の心には、「遅れている」ことへの恐怖心が刻み込まれています。デジタル社会に取り残されることは、下手をすれば生きていくのもままならないことであり、滅茶苦茶ダサいことでもあるんです。そんな昭和世代を「昭和かよ〜」と揶揄するのは勝手ですが、舐めてかかると足をすくわれますぜ!

 

数字にはさまざまなトリックがあります。調査によっては、高齢者のデジタル・ライフに対する無関心ぶりを補強する数字が出ていますが、それはあくまで「高齢者をひと括りにした場合の結果」。

関心のある人とない人が極端に二極分化している場合は、少しでも数で勝る側の陰に少数派が隠れてしまいます。その少数派が高い関心とニーズを有する消費者であったとしたらどうでしょうか。

ビジネス・チャンスでいえば、動機・ニーズ・財力の揃ったシニアは宝の山! 認知バイアスを乗り越え、彼らの攻略に成功した者はDXの達人と言えるのかもしれません。