「タクシーを呼ぼう」と都内で考える人は、近ごろスマホを開く。タクシー配車アプリを起動して数分。目の前には、予約済みのタクシーが現れる。
こんな風景が日常となったのは、ここ数年のこと。それまで、タクシーと言えば「タクシー乗り場で並んで乗る」か、「手を上げて流しのタクシーを拾う」という、極めてアナログな乗り方が一般的だった。
タクシーを手軽に捕まえられるアプリがあれば……と、どんな人も思っていた。だが、その実現は遠く思えたはずだ。なにしろ、タクシー運転手の平均年齢は59.5歳*1。DX(デジタルトランスフォーメーション)とはほどとおい世代格差が、IT化を諦めさせていた。
黒船Uber到来 タクシーDXの背景
そこに登場したのが、Uber(ウーバー)である。Uberはアメリカのベンチャーで、「ライドシェア」という概念を作り出した。ライドシェアとは、1台の車に複数の人が乗り合わせることで、効率的に移動できるサービスだ。
私は2016年ごろイギリスにいっとき住んだが、当時のロンドンは「Uber天国」だった。タクシーを使う人はごくわずか。誰もが相乗りで目的地へ向かう。Uberを呼ぶ動作はスマホで数ステップ。誰もがUber運転手になれた。
このままではタクシー業界が滅びる。その危機感が、イギリスを覆っていた。そして私も思ったものだ。「Uberが日本に来たら、タクシー会社は軒並み潰れる」と。
タクシー配車DX初期 乱立して差別化に苦しむ
相次ぐ海外からのタクシー配車DXの到来に応じ、日本でも次々にタクシーアプリが生まれた。だが、当時のタクシーアプリは呼び出すまでに何ステップもかかる、登録が面倒、キャンセルできないなど、さまざまな欠点を抱えていた。
まずは、タクシーアプリを比較してみよう。筆者はこの記事に先駆けて、全タクシー配車アプリを試してきた。その体験談も含めて、事例をお伝えしたい。
Japan Taxi 日本タクシー配車DXの雄
Uberという「黒船」到来前から、2011年に「日本交通タクシー配車」としてタクシーアプリを展開していた日本のタクシー配車アプリの雄。その後名前を変え、現在はJapan Taxi。後述の理由で合併するまでは、日本タクシー配車アプリシェア1位を記録していた。*2
私は当時、2010年代前半とは思えないアプリのサクサクした動きに感動した思い出がある。他方、その後のUX(使い勝手)更新に苦戦し、ライバルの成長を招いた。
MOV タクシー配車DXを推したベンチャーアプリ
Japan Taxiが老舗なら、MOVは新鋭気鋭。MOVは旧DeNAのタクシー配車アプリ部門が開発したアプリで、使い勝手の良さから急激にシェアを伸ばした。当時、Japan Taxi最大のライバルとして、年間数十億円の広告費を投下しあい、しのぎを削った。その後、「GO」に名称変更し、現在のシェア1位を獲得する礎となった。
DiDi 中華系DXの黒船DXアプリ
5,000人のエンジニア、総ユーザー数5.5億人*3。圧倒的なマンパワーをもつ「DiDi」は、ソフトバンクと共同で立ち上げたタクシー配車アプリだ。Uberをしのぐ使いやすさ、そして圧倒的な広告投下による知名度アップで次々と他のアプリを駆逐。現在はGOに続くトップ2位のタクシー配車アプリとして君臨している。
なお、DiDiはクーポンを多めに配布する傾向がある。そのため「安いから」という理由でも現在はシェアを獲得しており、今後持続的に成長できるかは不明な点も残る。
フルクル 迎車代無料の異例DXアプリ
他のタクシーアプリは複数のタクシー会社が提携しており、抱負な資金力と配車量を誇る。その中で、例外となるのがフルクルだ。フルクルは国際自動車(KM)が提供するタクシーアプリ。2017年と後発アプリかつ、1社のタクシーしか呼べないデメリットを抱えながらタクシーアプリで5位に位置している。
人気の理由は、他のアプリでは必要な迎車代金がいらない点と、手元のスマホを降るだけでタクシーが来る圧倒的な利便性だ。
GO MOVとJapan Taxiが融合した次世代DXアプリ
MOV、フルクルやDiDiといった機能性に優れたアプリが登場したことで、焦ったのがJapan Taxiである。Japan Taxiは使った筆者の実感として、どうしても「一昔前のちょっと使いづらいアプリ」という立ち位置にあった。
そこで当時ライバルだったMOVと異例の業務提携。それも、システムはMOVの方式に統一することで、刷新された使い勝手の良さを実現したアプリ「GO」として生まれ変わった。現時点でシェア1位を誇るタクシー配車DX界の勝者である。現在、Japan Taxiアプリは残存しているが、利用するとGOへの転換をおすすめされる仕組みになっている。
S.RIDE 使い勝手の良さで追い上げる最新DXアプリ
S.RIDEは国際自動車・大和自動車交通・寿交通・グリーンキャブ・チェッカーキャブ、およびソニーと子会社による合弁企業が開発した、最新式タクシー配車アプリだ。その操作性はGOをしのぎ、指を右から左へスライドさせるだけでタクシーが配車される。タクシー配車DXの観点からは、最も先端を行くアプリであろう。
2020年後半にサービス提供開始ながら、タクシー内広告で効率的に知名度を上げ国内シェア7位に位置づけている。今後を期待されるタクシー配車DXアプリである。
新型コロナウイルスとDX済タクシーの需要増加
タクシー配車のDXは、単にUberの到来で進んだわけではない。そこには新型コロナウイルスの影響もあった。新型コロナウイルスで緊急事態宣言やまん防が適用される中、公共交通機関での移動は避けたいと考える方が増えた。その追い風を受けて、タクシー配車へのニーズが高まったのだ。
持病を持つ50代女性はこう語る。
「これまでは電車で病院へ通っていました。どうしても心臓の(病気)都合で、月1回の定期検診が必要だったもので。でも、新型コロナウイルスが流行ってからはちょっと……いわゆるハイリスク群ですからね。それで、タクシーアプリを使ってみることにしたんです。一回使うと便利ですね。今はこれ(タクシーアプリ)に頼りっきり」
タクシー配車DXと対比になる個人タクシーの苦境
だからといって、タクシー会社が儲かっていたわけではない。オリンピックで見込んでいた需要は無観客化でゼロになったうえ、新型コロナウイルスで宴会がほぼゼロに。飲み会帰りの客を送る需要がなくなってしまったからだ。
そのため、体力がない個人タクシーは廃業を決意したニュースも出ている*4。高齢化も相まって、2015年には34万人いたとされるタクシー運転手は、2025年までに24万人にまで激減する予想だ。
これまで、個人タクシーを支えていたのはインバウンド需要だった。それが新型コロナウイルス、オリンピックの無観客化で激減。配車アプリのDXも含め、タクシー業界は「お金をふんだんに持つ大手 vs 廃業を考えるしかない個人」の格差社会になりつつある。
他方、ユーザー側にとっては悪い話ばかりではない。筆者もコロナ禍でタクシーを使う頻度が上がったものだが、ここ数年の個人タクシーの接客態度は大きく変わった。これまで個人タクシーは当たり外れも激しく、敬遠するユーザーも多かった。ところが、今回の変化で接客態度が大きく改善したのだ。
競争がない社会ではやる気が失せる。いっぽう、厳しい競争ではあぶれる人が出てしまう。このメリットとデメリットのせめぎあいで、今日もタクシー配車アプリのDXは進んでいく。
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*1:参考:一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会 タクシー運転者賃金・労働時間の現況 令和2年 賃金構造基本統計調査
*2:参考:ICT総研 2021年 タクシー配車アプリ利用動向に関する調査