昨今のデジタルブームにより、日常生活はもちろんのこと仕事上でもすいぶんと無駄が減ったように感じます。「無駄」と言ってしまうと語弊があるので、「手作業」「アナログ作業」とでも言いましょうか。
紙に押印することが生きがい! という人には住みにくい世の中に感じるでしょうが、多くの顧客相手に商売をする私の立場からすると、いちいちハンコ決済を待っていては仕事が回りません。
さらに、アナログ作業が続くとケアレスミスにも繋がります。
「先生、お願いしていたあの申請どうなってますか?」
「そちらへお送りした書類の返送待ちですよ!」
「ええっ?…あ、ほんとだ! すみません、すぐに押印して郵送します」
このような無駄なやり取りが多いのも実情です。そしてこちらは私1人で回しているため、1つの企業だけを監視し続けることは困難です。そのため、書類を紛失したとか記入を間違えたとか、先ほどの企業のように「そもそも作業を失念していた」といったケアレスミスを防ぐためにも、電子化は非常に有効な手段といえます。
効率化やシステム化を目指す場合、デジタルの導入は必須です。しかしその裏で、完璧なデジタルに対応するためには、人間サイドも完璧であることが求められるのです。
これがどういうことなのか、私の実体験とともに見ていきましょう。
コンピューター相手の苦悩
社労士である私のルーティンワークは、顧問先企業の労働者に関する諸手続きをおこなうことです。少し前までは、決められた紙の様式に記入して郵送したり、直接行政機関へ届出に行ったりと、時間もお金もかかる方法が主流でした。
しかしオンラインによる申請が可能となってからは、どんな荒天時でも、世界中どこにいても、インターネットにさえつながれば24時間365日電子申請が可能となりました。
このオンライン申請ができるサイトは「e-Gov(イーガブ)」と呼ばれ、行政サービスや各種オンラインサービスの提供をおこなう、デジタル庁管轄のウェブサイトです。私たち多忙な社労士からすると、このサイトなしには仕事がはかどらないため、切っても切れない“大切な相棒”といったところです。
そんな相棒とともに仕事を続けて早10年。私たちがコミュニケーションをとれるようになるまで、たくさんの障壁を乗り越えてきました。
たとえば、社会保険(健康保険・厚生年金保険)の事業所情報を変更する手続きをおこなう際、いくつかの記号番号が必要となります。
- 事業所整理記号
- 事業所番号
- 法人番号
この3つを記入する欄があるのですが、ある時、完璧に入力して申請したはずのデータが返戻されました。一言一句間違っていないのに、なぜ?
すると、e-Govからの自動メッセージにこう書かれていました。
「指定可能な文字以外が指定されています」
全角入力と半角入力の罠
一瞬、時が止まりました。私は間違いなく「数字とカタカナ」を入力したはずなのに、「指定可能な文字」といわれても打つ手がありません。
途方に暮れながら、サポートセンターへ電話をするもつながらず、問い合わせフォームを送信するも即レスなどあるはずもなく、相変わらずだんまりを決め込む相棒と決別しかけました。
その時ふと、あることに気がついたのです。
――全角と半角の違いとか?
まさかと思いつつも事業所整理記号を半角で入力し、再申請。すると、なんと事業所整理記号のエラーが消えたのです。しかし事業所番号のほうは相変わらず「指定可能な文字以外」とのこと。こちらもそそくさと半角に直して再再申請すると、案の定こちらもクリア。
こうしてめでたく、私の申請内容が行政へと到達したのでした。
この時の心境は、
「だったら最初から、半角入力しかできない設定にしておけばいいのに!」
でした。数字もカタカナも間違っていないのに、「間違い」として返戻されるもどかしさよ――。
人間がまるでコンピューターのよう
私も大人、さすがにコンピューター相手に喧嘩はしませんが、相手が人間となると勝手が違います。
電子申請という手段はオンラインを使って申請情報を送信し、到達した行政側の審査を経て処理が終わります。この「行政側の審査」という部分がキーポイントでありネックになります。なぜなら、この審査は人間がおこなっているからです!
ある日の夕方、携帯電話に着信がありました。
「雇用保険電子申請事務センターの××ですが」
数日前に電子申請した内容で確認したいことがある、とのこと。
「申請いただいたヤマザキさんのザキの漢字、つくりが『立』ではないですか?」
嫌な予感がする――。早速、該当者のフォルダを開き履歴書を確認。本人記載の履歴書には「山崎」と書かれています。
「うーん。戸籍上は『﨑』なんですよね。残念ですが漢字が違っているので返戻しますね」
……な、なんと。
返戻された“ヤマザキ”さんの申請をやり直しながら湧き出た感情
この電話は一体何のための電話だったのか、私はあっけにとられました。ザキの漢字が新字体ではなく異体字であるならば、そのように修正して審査を進めてくれればいいのではないでしょうか。ましてやマイナンバーを記載しているわけで、そちらの情報を優先し修正するためのマイナンバーじゃなかったのでしょうか。
そしてそのことをわざわざ電話で告げてくれなくても、返戻のメッセージに記入してもらえれば理解できます。電話で確認をして、淡い期待を抱かせたあげくに「返戻」とは、あまりにむごいではありませんか。
加えて、異体字の多くは環境依存文字となることが多く、電子申請でそのまま使うことができません。結局のところは備考欄などに「漢字のザキのつくりは立」と、一言添えなければならないのです。
たとえば渡辺さんの「辺」や斉藤さんの「斉」は、よくある異体字の代表例ですが、環境依存文字ではありません。しかし今回の「山崎」さんや「辻」さんなどは、異体字かつ環境依存文字となる場合があるので注意が必要です。
こうして、返戻された“ヤマザキ”さんの申請をやり直しつつ、
「人間が審査するならば、手で直してくれたらいいのに!」
という気持ちを抑えられませんでした。なぜなら、これが紙での申請ならば十中八九通るからです。
紙に手書きの場合、乱雑な文字や達筆で読めないことも多々あります。その場合にいちいち、
「戸籍上は異体字なので、訂正してください」
などと戻されることはありません。また、手書きの数字で「0」が「6」や「9」にも読める場合、電話確認のみで審査が進みます。
それなのに、なぜ電子申請の時だけは人間が厳しいのでしょうか…。
とはいえ、ここ最近はこれらの軽微なミスについて、電話確認のうえで担当職員が修正してくれるようになりました。きっと、私のようなクレームが殺到したのではないかと想像します(笑)。
すべてが電子化された場合の恐怖
しかしデジタルトランスフォーメーション(DX)過渡期の今は、まだマシなほうかもしれません。これがもしオールデジタル化された場合、一切のミスも言い訳も通用しないでしょう。全角・半角の違いですら許さないコンピューター、漢字が違うだの読み仮名が違うだのといったケアレスミスは、容赦なく「返戻」となるはず。
人間相手ならば交渉の余地や情状酌量といった、血の通った措置も期待できます。しかしコンピューター相手となると、これらのふわっとした温情は期待できません。つまり我々人間側も、コンピューターにバカにされない正確性を身に着けなれれば、どちらに主導権があるのか分からない状況となるでしょう。
――コンピューターが「血の通った措置」をおこなえる時代が、いつか来るのでしょうか。
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執筆
URABE(ウラベ)
早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。生業はライターと社労士。ブラジリアン柔術茶帯、クレー射撃元日本代表。
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