住所変更や証明書の発行、自動車の登録など、わたしたちは生活の中で役所などの窓口に出向かなければならないことがしばしばあります。
また、運転免許証、健康保険証、交通機関の定期券、病院の診察券…と、財布の中に様々なものを持ち歩かなければなりません。
しかし、ヨーロッパにはそのような手間が一切不要な国があります。
IDカードが1枚あれば行政手続きはすべてオンライン。選挙の投票もインターネットでできてしまうのです。
バルト海に面する小さな国「エストニア」のデジタル行政に、世界が注目しています。
世界から視察団が訪れるバルト海の小国
エストニアという国については、名前は聞いたことがあってもよく知らない、という人は少なくないと思います。
「バルト三国」と言えば聞き覚えのある人は多いでしょうか。バルト海の東海岸に並ぶエストニア、ラトビア、リトアニアのことで、ロシアからの独立に長く時間を要した国々です。
エストニアはバルト三国のうち最も北に位置し、人口は約132万人の小さな国です。面積は4.5万平方キロメートルで、日本の9分の1ほどしかありません。
その国が、世界最先端の「電子国家」として世界から多くの視察団を受け入れる国になっているのです。
何がそんなにすごいというのでしょうか。
オンラインでできないことは2つだけ
エストニアのホームページをのぞいてみると、このようになっています。
オシャレなサイトですが、左下を拡大してみましょう。さらりと凄いことを紹介しているのです。
「2 digital impossibilities」。
デジタルでできないことが2つあるということです。
その2つとは、
- 結婚
- 離婚
だけです。
逆に言えばそれ以外の行政サービスは、オンラインで利用できるのです。わざわざ窓口に並ばなくても、出生届、死亡届、氏名変更、転居、税金申告、銀行取引、土地登記、自動車登録などが可能です。
また、デジタルですので、24時間365日利用可能です。日本では考えられないことでしょう。
貴重な昼休みを潰さなくても良いのです。そもそも窓口に行かなくて良いのですから、仕事の合間や通勤時間にいろんなことが済んでしまいます。
「帰りに寄ろうと思ったのに、市役所間に合わなかったー!」
なんてことはありません。
会社を設立したときの法人登記も、オンラインで3時間ほどでできてしまいます。実はエストニアはSkype発祥の国です。勢いのあるベンチャー企業が次々と生まれています。
こうした手続きにはIDカード、日本で言うマイナンバーカードのようなものを使います。このIDカードはデジタル署名、健康保険証、運転免許証、交通機関の定期券などがオールインワンになっていて、お財布もスッキリで済みます。
電子カルテも発行され、IDカードに紐付けられていますので、病院の診察券がなくても大丈夫です。
そして、投票もインターネットで可能です。2019年の欧州議会選挙では46.7%、半数近くの人が電子投票を利用しています*1。
電子国家ぶりの極めつけは、「e-Resident」という仕組みです。エストニア以外の国の人も、パスポートとクレジットカード、そして1万円程度あれば誰でも申請でき、大きな問題がなければエストニアの「電子住民」になれるのです。
2020年現在、エストニアには約7万人の電子住民がいます。
単にエストニアのファンという人もいれば、会社を設立するために電子住民になっている人が多くいます。e-Residentになれば、たった18分で法人登記が終わってしまいます。
エストニア国内に多くの企業が生まれることで、経済発展のメリットもあります。
本当によくできた仕組みです。
エストニアはなぜ電子国家になったのか
さて、エストニアはなぜここまで最先端の電子国家になったのでしょうか。様々な歴史的背景が重なっています。
「バルト三国」と言えば、侵略との長い戦いがあります。また、中世にはスウェーデン領に置かれたり、第二次世界大戦中にはナチスドイツに占領されたりと度々領土を奪われてきました。
最終的に、旧ソ連からの完全な独立を果たしたのは1991年のことです。
まず国を立て直すにあたって、ばらばらに散ってしまった国民を特定し、公共サービスを提供できるようにする必要がありました。
さらには、旧ソ連の占領中、エストニアにはITや人工知能の研究所が置かれていたため、優秀な人材がたくさんいたのです。これらの事情が相まって、独立直後からデジタル国家の建設が始まりました。
また、このような思惑もあります。
「再び領土を失うことがあっても、データがあれば国は再興できる」という考え方です。
危機感のレベルが日本とは全く違います。国というのは、歩んできた歴史によってこうも違うのか、と感心してしまいます。
そして、エストニアは他国に「データ大使館」まで作ってしまいました。国が持っている国民などの基幹データを、同盟国であるルクセンブルク国内に置いたサーバーに転送し、コピーを保存しているのです。
有事に遭遇しても、すぐに行政を立て直すためです。
透明性への信頼が電子国家の屋台骨
エストニアでは、内閣も電子化されています。
e-Cabinet=「電子内閣」は、リアルタイムで関連情報が更新されるデータベースを核にして、内閣のメンバーはそれに賛成するか反対するかをチェックしておきます。
反対者がいなければその議題はそのまま通るというシステムで、閣議は大幅に短縮されています。
また、議会では音声認識技術によって全ての発言が改ざん不可能なデジタルアーカイブとして残ります。さらに、どの省庁が誰の情報にアクセスしたかもしっかりと記録されます。
警察などが必要に応じて一部の個人情報をチェックした際には、その旨が個人にメールで通知されるという仕組みもあります。
個人情報がすべてIDカードを通して政府に把握されている、ということに対して日本では心理的抵抗を持つ人が多くいます。
しかしエストニアでは、政府自らがデジタル技術を行政の透明化に利用していることや、自分のデータがどう使われているかを把握できるのです。透明性が国民のデジタルへの信頼を生んでいます。
IDカードが生活の中で非常に役立っているという、大きなメリットを国民が感じていることもまた行政のデジタル化に繋がっていることでしょう。
「あなたはコンピュータを買収することはできません」。
エストニアのトーマス・ヘンドリック・イルヴェス前大統領の言葉です。人間よりコンピュータに信頼が置かれてしまうのは少し悲しいことですが、思わずうなずいてしまいます。
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