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SNSがきっかけで起業。自分に自信のない女性が、輝ける場所を見つけるまで

海外に移住し、起業した女性。それだけ聞くと、確固たる信念を持った人物像をイメージしますよね。

しかし、ケニアでアフリカ布を使ったアパレルブランド「ラハケニア」を立ち上げた河野リエさんの場合、移住も起業もなりゆきだったそう。しかも起業のきっかけはTwitterだったとか……!

「ラハケニアは、SNSなしではできなかった」

そう語る彼女は、どのようにブランドを立ち上げ、SNSを活用したのでしょう。詳しいお話をうかがいました。

自分を変えたくてキャリア迷子に

(ケニアからオンラインで取材)

ケニアからオンラインで取材

 

――ケニアに移住したきっかけは?

夫がケニアで起業したのでついてきました。移住したのは2018年2月のことです。その後、約1年間はコロナの影響で日本に滞在していたので、ケニア生活は実質2年くらいですね。

――移住が決まったときはどう思いましたか?

海外移住って、やりたいことや使命感を持った人がするイメージだったので、まさか自分がなりゆきで移住することになるとは思いませんでした。だからこそ、確固たる信念を持っていないのに移住を体験できるのはラッキーだなと(笑)。 

当時はとにかく自分を変えたかったので、「移住がそのきっかけになるかもしれない」と期待していました。

――「自分を変えたい」と思っていたのはなぜでしょう?

人生の迷子になっていたんです。もともと、大学卒業したら大手企業に入って、いい人と結婚して……といった成功パターンを思い描いていたんですね。だけど就職活動で60社落ちて、もう理想のルートには行けないんだと落ちこみました。

その後、輝ける場所を探してキャリアを転々としました。介護職だったり、また大学に行って教員免許を取って転職したり。で、最終的に丸の内OLに行き着いたんです。「丸の内OL」って素敵な響きじゃないですか(笑)。だから嬉しかったけど、3年くらい働くと、この先もずっとそこで働くことがイメージできなくなりました。

いま思うと、私の原動力は「周りに認められたい」気持ちでした。自分自身がどうしたいかではなく、どうしたら親や友達から認められるだろうと、それを基準に人生を選んでいたんです。

――人からの評価を気にする性格は、ケニア移住後も変わりませんか?

変わりました! 日本人がいないだけで、人からどう思われるかがあまり気にならなくなりましたね。

それに、ケニアの人たちは周りの目より、自分がどうしたいかを重視しているように見えるんです。それに影響を受けたのかも。

――リエさんがケニアに行ったとき、親や友達など、周りの反応はどうでしたか?

移住前は「アフリカなんて大丈夫?」「やっていけるの?」と言われることもありました。親もケニア行きに反対でしたし。

だけど移住してすぐの頃、ケニアの文化すべてが新鮮で楽しくて、その様子をインスタにアップしていたんですね。すると、それを見た親や友達が「楽しそうでいいね!」「私もケニア行ってみたい!」と反応してくれるようになりました。ケニアに行ってからの私は、日本にいたときよりイキイキして見えるらしいです。

――周りの目を意識しなくなったリエさんのほうが、結果的に輝いていたんですね。海外移住や起業というと、いわゆる「キラキラ女子」のイメージを持たれることも多いのでは?

ネットではそう見えるかもしれません。でも私、ぜんぜんキラキラしてないですよ。人生に迷ってばかりで、こんな私にできることなんてないと思っていましたから。

いま思えば、自分が一番「できない」と決めつけていました。やってみたら意外とできることもあると、いまならわかります。

自信をなくしていたとき、アフリカ布の服に出会う

――移住してすぐに起業したのでしょうか?

いえ、移住してすぐの頃は業務委託で仕事をしていました。日本企業のお仕事で、数ヶ月ほどリモートで働きましたが、「ケニアでこの仕事をするのもなんか違うな」とモヤモヤして……。だから、タクシーの運転手さんやお店の人に「何しにケニアにきたの?」と質問されるのがプレッシャーでした。「夫についてきた」しか言えない自分が情けなくて。

思えば、それまでは学校や会社に属していたから、自分の存在意義を見いだせていたんです。どこにも属していないただの「河野リエ」になって、自分には何もないと気づき、自信をなくしました。

そんなとき目に留まったのが、カラフルなアフリカ布を身にまとっている女性たちでした。

アフリカ布の服

カラフルなアフリカ布の服

――とても華やかですよね! ケニアの女性はみんな着ているものなんですか?

みんなが着ているわけではないけれど、教会に行くときの正装なんですよ。ケニアは気軽にオーダーメイド服を作れる文化があって、路上にテーラーさんがいるんです。

――リエさんが初めて着たアフリカ布の洋服も、テーラーさんが仕立てたものですか?

そうです。路上にいるテーラーさんではなく、友達から紹介された方のオフィスで仕立ててもらいました。

私はそれまで、洋服を選ぶ基準が「無難さ」だったんですね。カラフルな服は、オシャレに自信がないと無理だと思っていました。

だけど自分好みに仕立てたアフリカ布の洋服を着たら、新しい自分に出会えたようで嬉しくて。初めて堂々と「これが私だよ!」と言える気がしました。

なにげないツイートに思わぬ反響が!

――そのときのツイートがこちらですよね。このツイートをしたときは、すでにブランドを立ち上げる予定でしたか?

実は、会社はケニア移住前の2017年12月に設立していました。なぜかというと、夫に「やりたいことができたとき、会社があると便利だよ」と言われて、言われるがままに書類を提出したら会社ができていたんです(笑)。だから準備は整っていたのに、何をやりたいのかわからず走り出せない状態でした。

そんなときにこのツイートをしたら、「私も欲しいです」とおっしゃる方がけっこういたんです。

――そういう反響が来ることを想定していましたか?

いえ、ただセットアップが可愛かったから、フォロワーさんに見てほしくてツイートしただけです(笑)。「売りたいです」って書いたけど、具体的に販売することまでは考えていませんでした。

だけど反響が嬉しくて、すぐに先着3名限定でテスト販売してみることにしました。

すると10名ぐらいから一気に問い合わせが来て、条件を承諾してくれた3名のお客様にテスト販売することになりました。

――小売業は初めてでノウハウがなかったと思いますが、布の仕入れや仕立てはどうしたのでしょう?

まず、市場でパパッと布の写真を撮って、DMで「この中から好きな布を選んでください!」と送り、お客様に選んでもらいました。

次に、テーラーさんに「服を作るためにはどうしたらいい?」と尋ねたら、メジャメント(採寸)するように言われました。お客様にメジャーでサイズを測ってもらい、その数値をテーラーさんに伝えて……そうやってオーダーメイドの服を作りました。

このときはテスト販売だったので、ビジネスというより「友達の代わりにオーダーメイドの服を注文する」感覚でしたね。

本格的にブランドを立ち上げ。販路はTwitter

――その後、ブランド「ラハケニア」を立ち上げたんですね。

はい。「ラハケニア」を立ち上げ、2019年2月にアフリカ布を使ったパソコンケースを販売しました。オーダーメイドではなく、事前に作った商品を販売するのはこれが初めてです。

アフリカ布を使ったパソコンケース

アフリカ布を使ったパソコンケース

 

服を作れるテーラーさんはいるけど、小物を作れる人はあまりいなくて、パソコンケースを作れるテーラーさんを探すところから始めました。

――工場ではなく、テーラーさんが作っているんですね。

私、英語があまり話せなくて、数字すら間違えるんですよ(笑)。だから工場は選択肢にありませんでした。日常会話も怪しいのに、ビジネスの話なんてできない。

そんな私でもできる方法を考えて、思い浮かんだのが毎月開催のハンドメイドマーケットです。そこなら作り手に出会えると思い、パソコンケースのサンプルを1つ作って、マーケットに持って行きました。

出店している人に「これ作れますか?」と尋ねてまわっていると、ひとりの青年が「明日にでも作るよ!」と答えてくれたんです。それが当時21歳のウィリアム君。彼にサンプルを渡し、「このサンプル通りに作ってください」とお願いしたら、できてきたものがとても正確! だから彼に頼むことにしました。布を渡して、ウィリアム君が作れる分だけ作ってもらっています。

河野さんとウィリアムさん

河野さんとウィリアムさん

――制作の体制は整ったわけですが、販路はどのように開拓したのでしょう?

それもやっぱりTwitterです!

――当時は何人くらいフォロワーさんがいたんですか?

3000人くらいです。

移住してすぐの頃、夫に「Twitterやってみなよ」と言われて、アカウント作って発信を始めたんですね。いまはやってませんが、当時は意識的にフォロワーさんを増やそうと頑張っていたんです。一日30ツイートを自分に課してました。ケニア生活のこと、夫婦のことなど、いろんなジャンルで発信して、どんなツイートが伸びるか分析したり。

――フォロワーさんを増やそうとした理由は、いずれやりたいことが見つかったときのためですか?

いえ、単純にTwitterが楽しかったからです(笑)。私、考えたことを言葉にするのは好きなんですけど、短く伝えるのは苦手なんですね。だから考えを140字にまとめる作業が楽しくて。しかも、それに対して反応をもらえるのも楽しい! 1つのツイートを考えるのに2時間かけたこともあります。

「ラハケニア」はSNSなしではできなかった

――リエさんは現在1万人以上のフォロワーがいますが、インフルエンサーの階段を駆け上がってどうでしたか? いいことも悪いこともあると思いますが……。

いいことのほうが圧倒的に多いけど、嫌な反応をされたこともあります。引用RTで「こいつバカじゃねw」とか言われたり。そのときは落ち込みましたが、相手のアカウントを見に行ったら、いろんな人に引用RTで絡んでいたんですね。それを見て、「私はこの人の意見に従う必要はないし、反応するのは時間がもったいない」と思いました。

それ以来、そういうコメントはブロックかミュートです。もちろん参考になる意見はウェルカムですが、傷つけるのが目的のコメントは私の世界にいらないので。

――「人からの評価を気にしてしまう」とおっしゃっていましたが、Twitterでの攻撃的なコメントは気にせずスルーできたんですね。

私は尊敬している相手に認められたいのであって、誰彼かまわずディスりまくるような人に認められたいわけじゃない、と気づきました。以前は「とにかく誰からも認められたい」気がしていましたが、そうじゃないと気づけたのはTwitterのおかげです。

――「ラハケニア」を立ち上げてから、フォロワーさんは順調に増えましたか?

はい。「次はこんな商品を作ります」とか、制作の途中経過をすべてTwitterで発信していたんですね。だから、フォロワーさんはブランドの裏側もすべて知っているんです。私のツイートを見て、販売前から「欲しいです!」と言ってくださる方も多くて。

――舞台裏を見せるのはリエさんのアイデアですか?

最初は戦略とかではなく、販売部門を1人でやっていたから寂しくて、フォロワーさんに「見てみて!」と言ってただけです。かまってちゃんですよね(笑)。だけどその発信に反応してくれる方々がいて、フォロワーさんたち、お客様たちと一緒にラハケニアを作っていった感じです。

ECサイトじゃなくTwitterだからこそ、ご質問やご感想をいただけることが多いですね。「商品届きました!」「もっとこうしたらいいと思います」など、気軽に声をかけてもらえて、お客様と友達のようにやり取りしています。

お客様のことはアカウント名で覚えていて、スタッフ同士の会話に「これ、〇〇さんが好きそうな柄だね」とお名前が出ることもあります。その距離感がとても面白いですね。

――いまはリエさんの他に2人、社員の方がいらっしゃるんですよね。そのお2人との出会いもやっぱりSNSですか?

SNSです(笑)。まさに、ラハケニアはSNSなしではできなかったブランドです。

――ラハケニアを立ち上げて、なりたい自分になれましたか?

なれました! ラハケニアは私がイキイキできる場所。ずっと探していた「自分が輝ける場所」がやっと見つかったと思っています。

――今後、ブランドとしてやっていきたいことは?

ラハケニアのコンセプトが「一歩踏み出すきっかけの」で、何かに挑戦したい人の背中を押すブランドでありたいんです。いまは日本のお客様に向けてそのコンセプトを掲げていますが、「ケニアの人に向けてもやりたいよね」と話しています。ケニアの人にも、一歩踏み出すきっかけをお届けできたらと思います。

 

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執筆

吉玉サキ

エッセイも取材記事も書くライター。 北アルプスの山小屋で10年間働いていた。著書に『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』『方向音痴って、なおるんですか?(交通新聞社)』がある。

編集

川崎 博則

1986年生まれ。2019年4月に中途でさくらインターネット株式会社に入社。さくマガ立ち上げメンバー。さくマガ編集長を務める。WEBマーケティングの仕事に10年以上たずさわっている。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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