鍵井 靖章(かぎい やすあき)さん
1971年、兵庫県生まれ。水中写真家。1993年よりオーストラリア、伊豆、モルディブに拠点を移し、水中撮影に励む。1998年に帰国。フリーランスフォトグラファーとして独立。
自然のリズムに寄り添い、生き物に出来るだけストレスを与えないような撮影スタイルを心がける。大胆かつグラフィカルな水中写真で多くの人々を魅了し、多彩な視点と色使いで水中写真のポピュラリズムを狙う。 一方 3.11以降は、震災を経験した海に生きる生命を定期的に記録している。
主な写真集に、『unknown』(日経ナショナルジオグラフィック社刊)、『不思議の国の海』(PIE International)など多数。2013年、2015年 日経ナショナルジオグラフィック優秀賞受賞など受賞歴多数。TBS「情熱大陸」、TBS「クレイジージャーニー」などにも出演。
Twitter:@Yasuaki_Kagii Instagram:yasuaki_kagii 公式HP:http://kagii.jp/
各業界の著名人にインタビューをして仕事のヒントを得ようという、この企画。今回は「情熱大陸」にも出演し、多くの写真集を出版している水中写真家の鍵井靖章さんにお話をうかがいました。
鍵井 靖章さん 偶然が重なり、水中写真家の道へ
ーー本日はよろしくお願いします。はじめに仕事として水中写真家を始めたきっかけについて教えてください。
大学在学中、たぶん三回生だったと思うんですけれど、そのときにデパートで展示されている水中写真を見て、とても感激したんです。それで、その写真を撮った伊藤勝敏先生に押しかけて弟子になったのが始まりです。
それまでダイビングをした経験も、写真を撮った経験も無かったんですけどね。なんか若いってすごいですね(笑)。
そのとき僕は兵庫県の川西市っていうとこに住んでたんですけれど、師匠も偶然近所に住んでいたんです。
ーーすごい偶然ですね!
そうなんです。まだ偶然があって、同級生の友達と一緒にデパートで展示された写真を見に行ったんですけど、その友達が伊藤先生と知り合いだったんですよ。
「俺もこういう仕事したいな」
ってポロッと言ったら一緒に居た友人が、「私、この人知ってるから紹介してあげる」って言ってくれたんです。そこから始まってます。僕が住んでいた兵庫県の川西市というところは、自然は豊かなんですけど、海がないので水中写真というものに触れたことが無かったので、とても新鮮で刺激的でした。
ーーお仕事をするうえで、気をつけていることや信念について教えてください。
やっぱり、僕の仕事は普通の人よりも海の生き物に近いわけです。僕たちが紹介する写真を見てもらって、自然や海中世界に興味を持ってもらえたらいいなと思っているんですね。
そう思っている僕が、撮影しているときに海の環境を壊すようなスタイルで撮影するのは本末転倒なわけです。やっぱり僕の活動のひとつに、自然を守りたいという気持ちが大きいんです。
なので、なるべく自然環境にダメージを与えない撮影をしたいと意識しています。
世界初の写真を撮影
ーー20年以上、水中写真家をされていますが、今までで印象に残った撮影エピソードを教えてください。
僕が27歳の時に、オーストラリアでミナミセミクジラが交尾をしている写真を撮影できたんですね。僕が撮影するまでは、誰も撮影することができなかった写真です。その写真で国内の動物写真の賞をいただき、水中写真家としてスタートできました。
やはり、これまで誰も記録したことのない生物の生態シーンにめぐり合えて、かつ的確に撮影できたことは良い思い出になっています。
ーー世界初の写真ということですね! 撮影日数はどの位かかったのでしょうか?
約1カ月です。まず最初にセスナをチャーターして上空からクジラを探し、船を借りました。個人の行動としてはありえないぐらいの行動力を持ってのぞみましたね。
東日本大震災から3週間後に東北の海へ
ーー他にも思い出に残るエピソードはありますか?
9年前、2011年3月11日に東日本大震災があったじゃないですか。僕は震災から3週間後に岩手県まで単独で潜りに行ったんです。いまでも潜りに行っているんですけど、岩手県の宮古市や大船渡市とか、津波で傷ついた海に誰よりも早く撮影しに行ったんですよ。
これは講談社の『週刊現代』さんから、海の中の様子がどういうふうになっているのか撮影して欲しいという依頼があって行ったんです。それで行ってみたら、海の中にも陸上と同じような景色が広がっていたんです。
建物が破壊され、引きずり込まれた家があったり、つい先日まで使われていた日用品が海底に落ちてるような感じでした。
週刊現代さんからの依頼は、海中に引きずり込まれた人間生活の痕跡というか、そういうものを撮影するというものだったんです。だから家だとか、ソファーだとか、いろんなものを撮影したんですけど、僕の中で裏テーマのようなものがあったんですね。
先ほども言いましたが、僕は水中写真家じゃないですか。海の生き物に近い立場にいる人間なんですね。なので、自分の中には「震災で傷ついた海で生き延びた命を撮影しよう」という大きなテーマがあったんです。
ただ、3日間潜ったんですけれど、魚が全然いなくて生命を全く感じなかったんです。ヒトデとかはいるんですよ。でも魚がいなくて。
でも最後の最後に、「ダンゴウオ」という魚に出会えたんです。親指の爪サイズほどの大きさの小さな魚。
ダンゴウオに教えてもらった
たくさんの人の命を飲み込んだ海に潜るというのは、とても大きな恐怖心が生まれるんです。これは、潜ってみないと分からないと思います。
果たして僕はここに来るべき人間だったのか? 撮影しながらも、ちょっと半信半疑だったんですよ。
でも最後の最後にダンゴウオという、ちっちゃな命に出会うことができて、やっぱり僕はここに来るべき人間だったんだと教えてもらったんです。
予定どおり、週刊現代さんで一週目は傷ついた海の様子が巻頭グラビアで掲載されたんです。だけど、翌週に「東北の海は生きている」という特集でダンゴウオをはじめとする、生き物の写真が出たんですよ。
それを見た東北に住んでる方から喜んでもらったということを、あとになって聞きました。
なんだろう……他の水中写真家が東北に行って、引きずり込まれた人間生活の写真だけをセンセーショナルに出されるのがすごく嫌だったんです。そこにある命を同時に写して発表するのが僕たちというか、僕の役割じゃないのかなと思って。
変な使命感のようなものです(笑)。家族に悪かったなと思いますけどね。
ーー東北の話をしていただきましたが、海外含めて多くの海で写真撮影をしてきたと思います。印象に残った場所を教えてください。
海外でいうとモルディブですかね。24歳から27歳ぐらいまでモルディブに住んでいたんです。ダイビングガイドをしていたんですけど、僕にとっては若かりし頃に非日常の毎日を与えてくれた場所でした。
海中生活=非日常という醍醐味を教えてくれたモルディブの海は大好きですね。
国内だと、葉山ですかね。僕はいま、鎌倉に住んでいて葉山に潜りに行くことが多いんです。日本の海だから四季もあるし、潮の流れによっては時折ゴミが目の前を通ったりするんですよ。人間生活が反映される人の中にある自然という意味では、モルディブみたいな楽園という一面だけではなくて、葉山の海も大切な海のひとつですね。
鍵井 靖章さん「自分の写真が、誰かの日常になりたい」
ーー1年以上、「まぐまぐ!」で毎日写真を届けていますが、毎日続けるコツを教えてください。
毎日続けるのは大変。超大変。と、言いながら、もう1年半も続けています(笑)。
でも、続けられるのは見てくれる人が居るからですよ。1日の撮影が終わって、撮影した中で好きな写真1枚をパソコンのトップ画面に置いたまま寝たりするんです。僕はこの1枚を撮るために頑張ったんだという感じで。
この気持ちを誰かにも伝えたいなと思ったのが、始めたきっかけです。
僕の1枚が朝や夜に届いて、少しでもその日を、ハッピーな気持ちになってくれればいいなという想いですね。誰かの日常になりたいんです。僕ではなく、僕の写真がね。
僕の撮っている水中写真が誰かの日常になってくれたら、そんな幸せなことはないんじゃないかなという気持ちがあるから頑張れているんです。
【朝版】水中写真家・鍵井靖章<まいにち海中散歩>きょうの1枚をあなたに
【夜版】水中写真家・鍵井靖章<まいにち海中散歩>きょうの1枚をあなたに
#いま写真の力を信じよう
ーー「#いま写真の力を信じよう」のハッシュタグでTwitterやInstagramで発信をされていますが、この発信を始めようと思ったきっかけを教えてください。
大変な日常の中で、僕の写真を見ることで一瞬だけでも癒されたり、優しい気持ちになれたり、嫌な気持ちを忘れることができるなら、素敵なことじゃないかなあと思うんです。
最近は多くの人がそんなことをやってるけど、僕は結構最初の頃からやっていたと思います。新型コロナの時期から始めたわけじゃなくて、2016年の熊本地震からやっているので。
人によっては「鍵井さん、東日本大震災の時からやってくれてますよね」って言ってくれるんですけど、やってたかな? ハッシュタグは付けてなかったけど、発信自体はしていたかもしれないですね。
<今、写真の力を信じよう・27>
過去のストック写真を見て
「へ〜ここから撮影するんだ〜」と
他人視線で自分の写真を見てしまう・・早く始めないと
感覚って鈍るもんかな・・・
そんわけないよね・・・#いま写真の力を信じよう#私の非常事態宣言 pic.twitter.com/nYTXlfHomr— 鍵井靖章 (@Yasuaki_Kagii) 2020年5月21日
ーー「#いま写真の力を信じよう」のハッシュタグを使って発信されたのは最近ってことですか?
そうそう。「#いま写真の力を信じよう」っていうハッシュタグを作ったのは、さくらインターネットの田中社長やもん。言葉自体は僕が考えたんだけど、ハッシュタグとしては田中社長が作ってくれたんです。 あ、ハッシュタグってこうやって使うんだって知りました(笑)。
ーーいま、撮影したいなと思っているモノや場所があれば教えてください。
僕のメインフィールドは外国だったんですよ。月に1-2回外国に行って撮影するのがこれまで約20年間のスタイルだったんです。でも、当分の間は、なかなか外国に行くことが出来ないと思うので、もう少し国内の海に目を向けたいと思います。
日本から出たゴミが、日本のある海岸線や海中に溜まっているという情報をいただいているので、今月は、そこも撮影することを決めました。
なんとなく僕らのイメージだと、中国とか他の国からのゴミが漂着してるイメージが大きいじゃないですか。実はそうじゃなくて、日本のゴミが日本の海岸線に多く漂着してるというのを聞いたので、これは行かなくてはいけないと……。
鍵井 靖章さん「海の楽しみ方はたくさんある」
ーー鍵井さんが思う、海の魅力について語っていただきたいです。
日常生活では出会えない生き物と出会えるんですよ。それは大きな魅力ですよね。 畏敬の念を感じざるを得ない生き物との遭遇です。クジラとかマンタとかジンベエザメとかって目の前にいるだけで、圧倒的な存在感なので、そういう生き物達と出会えるのはやっぱりすごいですよ。
あとは、冒険的な部分もあります。洞窟の中に入っていったり、宇宙空間のような場所を漂ったり。そういう場所に行くのも楽しいですし。 それとは違って、いま僕が居る慶良間(ケラマ)諸島の海なんて白い砂地がワーッと広がって、癒しの景色があるので、楽しみ方はたくさんあります。
ーーさくマガのコンセプトが「やりたいことをできるに変える」なのですが、鍵井さんが今後やりたいと思っていることを教えてください。
水中写真とか写真でご飯を食べることは、とても難しいことなんです。 でも、それを成立させて好きな場所に大切な家族と住んで、日々の生活を送っていることにちょっぴり満足しているんですよ。
これから夢の再構築をしていきたいと思っているところです。
なんだろう……やりたいことは既にやってますね(笑)。
あ! あった! さくらインターネットを通じて、今まで私の水中写真が届かなかった方々に見てもらいたいっ!って、田中社長と約束してます(笑)
それを思うと、このインタビューもその一環ですね!
インタビューにご協力いただいた、鍵井さんからお知らせ
私が毎月お仕事をさせていただいている「ワールドツアープランナーズ」というダイビング専門の旅行会社でダイビングライセンスの取得を始めました。 最短3日でライセンスが取得できます。 是非、この機会にダイビングライセンスを取得しませんか。
https://www.wtp.co.jp/ccard/index.html
フェリシモの部活動『海とかもめ部(TM)』と水中写真家の鍵井 靖章さんとコラボレーション
https://www.felissimo.co.jp/umitokamome/shop
Good Lucks ウェブストアで鍵井さんのオリジナルパネルと写真集を購入できます。