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マインドからDXを目指す。「変わるDNA」を取り戻し、中小企業を再び世界へ

静岡県浜松市を中心とした遠州地域は、本田 宗一郎、豊田 佐吉、山葉 寅楠を生み出した、血気盛んな中小企業の街。株式会社Wewillは、そんな浜松市で中小企業のDX化をサポートし、バックオフィスの業務改善を支援している。同社の代表取締役である杉浦 直樹さんは、日本オラクル出身で税理士資格をもつという異色の経歴の持ち主だ。人口減少、高齢化という逆境のなか、中小企業の再起に日本の未来を掛ける杉浦さんにお話を伺った。

株式会社Wewill代表取締役・杉浦 直樹さん

杉浦 直樹(すぎうら なおき)さん プロフィール

1975年生まれ。静岡県浜松市出身。上智大学文学部新聞学科を卒業後、日本オラクルの営業マネージャー、外資のスタートアップ企業を経て、地元浜松市で税理士資格を取得する。杉浦直樹税理士事務所を立ち上げた翌年には法人化を成し遂げ、「税理士法人Wewill」を設立する。税理士試験勉強中に参加した中小企業勉強会を機に中小企業の魅力を知り、税理士法人からスピンアウトして株式会社Wewillを設立。新しい事務のプラットフォーム「SYNUPS」開発や中小企業の新規事業創出を後押しする「挑む 中小企業プロジェクト」の推進など、中小企業のDX化に邁進する。

「都落ち」で腐った自分を変えた、命がけの経営者集団

「地元浜松に『都落ち』した自分を変えてくれたのは、中小企業の経営者たちでした。僕は彼らを尊敬しているんです」

 

柔らかい物腰で、杉浦さんは中小企業のDX支援を始めた経緯を語った。それは、合理的で頭の切れるエリートをイメージさせる彼の経歴にはそぐわない、情熱的で心を打つ動機だった。

 

上智大学文学部新聞学科を卒業し、上場直後の日本オラクルへ転職。ITバブルを背景に、大企業へのERP(統合基幹業務システム)の営業マネジメント業務を担当するなど、杉浦さんのキャリア形成は輝かしいものだった。当時の同期はその後ユニコーン企業から上場を果たしたスタートアップの創業者や有力外資系IT企業の経営陣になるなど、錚々たる顔ぶれだ。そして、31歳のときにヘッドハントを受け、イスラエルのスタートアップ企業「レッドベンド」に転職を果たす。

 

「調子に乗っていたんですよね。結局3ヵ月で戦力外通告を受けた。『明日からオフィスに来なくていいよ』って」

 

最前線でバリバリ仕事をしていた「エリートサラリーマン」から地元の浜松市に「都落ち」した杉浦さんは、税理士事務所で丁稚奉公しながら税理士を目指すこととなる。

 

「会社の看板を失い、自分が何者でもなくなってしまったと感じました。税理士を目指したのも、何者かになろうと頑張っていなければ気持ちがもたなかったからでしょうね。いま思っても、かなり腐っていた時期でした」

 

そんなとき、友人の誘いで地元の中小企業の勉強会に参加したことが、杉浦さんの価値観を変えることになる。

 

「中小企業の経営者は誰にも守られることなく、自分で頭を張って戦っています。そこに、サラリーマンのときには見えていなかった面白さ、すごさが見えた。地域を活性化するのは雇用、そしてその雇用を担保しているのは圧倒的に中小企業です。みんながトヨタやGoogle に勤められるわけじゃない。そんななかでも、一人ひとりが納得して生きていくことが大切です。地方でそれを実現できるのは、中小企業なんじゃないかって」

 

その思いが、現在の中小企業のDX支援につながった。杉浦さんの率いる会社、Wewillの社是は「世界をもっと面白く、美しく」。「世界」とは一人ひとりの人間、そしてそれをもっと面白く、美しくできるのは、多彩な雇用を支える中小企業だ。

中小企業の三大会計「母親会計」「奥さん会計」「番頭会計」

中小企業の成長を阻むのは「事務の壁」(株式会社Wewill 提供)

中小企業のDX化を支援する会社を立ち上げたのは、税理士として中小企業の内部に入り、その課題が見えてきたからだという。

 

「中小企業は会計で困っているのではなくて、会計の数字を作り上げるまでの業務で、困っているんです。つまり、事務のIT化ができていない。顧問先の中には、数十億の売り上げが上がっていても、会計を担当する事務員は2人という会社もあります。そうすると、事務が属人化してしまう」

 

杉浦さんいわく、中小企業は「母親会計」「奥さん会計」「番頭会計」という三大会計で成り立っている。企業が大きくなっても会計だけは初期メンバーが担当し、引き継ぐ仕組みができていない。かといって「お前を信じる」と、1人の社員に引き継いでも、そこに人間の弱さが出れば不正が始まる。

 

「あるとき、担当していたある会社の事務員さんが、親の介護で退職しなければならなくなったんです。臨時でいいから1人事務員を貸してくれ、といわれました。その1人の事務員さんに会社の会計や事務が集中していて、引継ぎができないんです。考えてみれば、たった1人の事務員が抜けることで会社が回らなくなるリスク、採用した事務員が突然抜けるリスクを繰り返す中小企業はけっこうあると気づきました」

 

2012年にfreee、マネーフォワードなどの会計システムサービスが創業したことを皮切りに、2015年以降SaaS やクラウドなどの流れが中小企業にも急速に広まった。まさにその時代から、業務がデジタル化してインターネットでつながるデータハンドリングによる会計手法が広がっていた。しかし、中小企業の事務現場はそれにまったく対応できていない。

 

「10年後なら、中小企業の現場でもデータハンドリングに対応できるかもしれません。だんだん浸透し、できるようになるでしょう。そのグラデーションをどうやってアップデートさせるのかが自分の役割だと思って、株式会社Wewill を立ち上げました」

中小企業のDXを阻む壁はこんなにある!(株式会社Wewill 提供)

新しい業務管理システム「SYNUPS」

株式会社Wewill では、2022年9月、地元金融機関より出資を受け、バックオフィスのDXを支援するクラウドサービス「SYNUPS」(シナプス)を開発した。現場の業務を細かく可視化し、ひとつの業務を一人で完結しない「内部統制」の仕組みを作り上げるシステムだ。

クラウド業務システム「SYNUPS」のイメージ(株式会社Wewill 提供)

たとえばお金を振り込む作業でも、1人が請求書を集め、Wewill の担当者が銀行振込の準備をし、代表者が振込承認をして、また Wewill の担当者が記帳する。お金を払うという作業でも、携わる人が複数人にわたるので不正が起こりにくくなる仕組みだ。

 

会社ごとにこのような業務の可視化を設定し、各社の課題解決手法を Wewill で取りまとめる。すると、Wewill が事務の知見の集積地となり、A社の課題解決のために、B社で蓄積した知見を利用できるようになる。

 

「現場をデジタル化すれば、外部との協業がしやすくなり、不正も減るでしょう。誰がどの事務をどれだけやっているかが見えるので、突然1人の事務員が辞めてしまっても、こちらで補充できるでしょう。つまり、現場の事務が人に依存しなくなります」

 

今後はこのシステムに、税理士などの士業も組み込んでいきたいと、杉浦さんは語る。

 

「事務がDX化されると、コミュニケーションの取り方が変わります。コミュニケーション方法が変わると、会社が変わっていくんです」

事務がDX化されれば、会社のマインドが変わる(株式会社Wewill 提供)

DXは事務仕事を奪うものではなく、事務仕事からの解放

ここまでの話に、危機感をもつ方もいるかもしれない。事務がDX化され、人に依存しなくなるということは、「事務員」という職業がなくなるということだ。それについて杉浦さんは、「事務員の仕事を奪うのではなく、事務員を事務仕事から解放するのだ」という。

 

「いままでは、限られた業務を限られた人がやっていた。だから、50代になって事務職から転職しようとしてもキャリアパスがない。でも中小企業の事務員は、それぞれ本当はスキルがあるんです」

 

杉浦さんによると、バッグオフィス業務は4象限12段階にわけられる。現在の中小企業の事務員は、レベル1~3までの「定型業務」に固定されている。事務のDXを進めることで、レベル1~3の仕事を社内外で共有できるようになれば、事務員はその先の「専門業務」「設計業務」などにも進むことができ、スキルアップを目指せるという仕組みだ。

事務員の成長を阻む「事務の壁」からの解放(株式会社Wewill 提供)

それでも長年事務員という固定された仕事に従事していると、変化を面倒だと感じる人もいるかもしれない。しかし、変化に対する壁こそが、中小企業の成長を妨げている。

 

「経済産業省の未来人材ビジョンによると、これからの仕事は、中間的なものがなくなっていく。つまり、エッセンシャルワーカーかナレッジワーカーかにわかれていくと予想されています。まさにこの中間的なスキルが事務員です。中小企業の事務員の方は、それなりにスキルをもっている。だから、ここがナレッジワーカー化すれば、中小企業は成長するんです」

 

社員一人ひとりが仕事に誇りと責任をもつ。意欲的に学び、チームとしての成長に貢献し、「何者か」になっていく。DXとは、業務のIT化ではない。マインドの変化だと杉浦さんは語る。

 

Wewill が進めようとしている中小企業のDX、その根底には、最先端のビジネスマンから「都落ち」し、それでも何者かになろうと学び続けた杉浦さんの過去があった。

中小企業に必要なのは「変わるDNA」

次に目指すものは、中小企業のマインドチェンジだ。2022年11月、Wewill は、『起業の科学』の著者であり、国のDX白書の有識者委員でもある田所 雅之氏や、作家で実業家の沢渡 あまね氏と共に、国の補助事業である「挑む中小企業プロジェクト」を立ち上げた。

 

背景には、国の中小企業施策が「高齢化対策」から「新陳代謝」へと大きく方向転換したことへの危機感がある。高齢化した中小企業を守ることより、生き残るものと、新たに生まれるもので新陳代謝を図ろうとしている。つまり、学び、挑み続けなければ、中小企業はもはや生き残れない時代がやってくるのだ。

「マインドチェンジが最も困難な課題」と、杉浦さん

中小企業が変わるためには、変わりやすい体制を作り、マインドを変え、新しいことに挑む。体制作りは事務のDXを進める Wewill が、マインド変化は沢渡氏、そして新規事業創出支援は田所氏が担う。

 

「右肩上がりの時代は変化に対応できなくてもよかったでしょう。同じことを繰り返していれば、より効率化するだけで豊かになった。でも、そこから失われた30年が過ぎ、変わらなければ生き残れない時代になっています。今の中小企業に必要なのは、”変わる”というDNAなのです」

 

杉浦さんのなかには、あの日、腐った自分をもう一度「何者か」にしてくれた地元中小企業の経営者たちに対するリスペクトがある。彼らなら変われるはずだという確信が、杉浦さんを動かす原動力だ。

 

「中小企業が大企業化して、新たにベンチャー企業が伸びてくる。そして最終的にはもう一度、日本の企業は世界に出ていくんです」

 

株式会社Wewill

執筆

宮﨑 まきこ

フリーライター・リーガルライター。静岡県浜松市在住。13年間パラリーガルとして法律事務所に勤務。ライターとして独立後はインタビュー取材や法律メディアを中心に活動中。

※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。

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