宇宙から地球を俯瞰する創業者の視点。人工衛星の研究開発と水産養殖がつながった。海とテクノロジーを掛け合わせ、自宅にいながらスマホで給餌も可能になった。水産養殖の課題をIoTで解決を図るウミトロン株式会社。広報マネージャーの佐藤彰子さんに話を聞いた。
佐藤 彰子(さとう あきこ)さん プロフィール
岡山県出身。慶應義塾大学法学部卒業。株式会社三菱UFJ銀行に総合職として入行。中堅中小企業担当の法人営業として、部門長表彰受賞。その後、LIFULLにて総合職新卒採用のリーダーを経てウミトロン株式会社に入社。
ウミトロンのストーリー
ウミトロン株式会社(以下、ウミトロン)は、2016年に創業したスタートアップだ。拠点はシンガポールと東京にある。ミッションは「持続可能な水産養殖を地球に実装する」。水産養殖とテクノロジーを掛け合わせ、世界中の水産養殖を持続可能にしていく。IoT、衛星リモートセンシング、機械学習をはじめとした技術を用い、持続可能な水産養殖のコンピュータモデルを開発、提供している。一方、ウミトロンのテクノロジーを活用して生産された養殖魚の消費者への認知、販路拡大についても注力しはじめた。
宇宙から俯瞰すると、地球は水の惑星だ。ウミトロンは共同創業者でCEOの藤原 謙さんの思いと気づきからスタートした。藤原さんは故郷大分で豊かな海に囲まれて育ち、JAXA(宇宙航空研究開発機構)で人工衛星の研究開発をしていた。その後、三井物産株式会社で衛星を活用した農業ベンチャーへの新規事業や事業開発に関わる。カリフォルニア大学バークレー校でMBAも取得。さまざまな経験を重ねる中で気づきがあった。農業xIoTはあるが、水産xIoTの領域はまだ誰も挑戦していない。まさにブルーオーシャン。海に対して技術実装することはハードルは高いが、意義があると考えた。
世界の水産資源は、乱獲や気温・海水温の上昇によって、40年間の約半分まで減少した。海の資源を守るためにも、水産養殖には大きな可能性がある。
一方、地球の人口も2050年にはおおよそ100億人に達する予測だ。人体を構成する要素の10%はタンパク質だが、この供給にも赤信号が灯る。畜産産業はCo2の排出量も高く、そもそも地球上の土地は限られている。地球の7割を占める海で食料生産することには、大きなポテンシャルがある。
藤原さんは三井物産を退職後、真鯛の養殖が盛んな愛媛県愛南町に足繁く通い、何か月もかけて現場をまわることで水産養殖の課題が見えてきたそうだ。
水産養殖と現場の課題
そもそも水産養殖とは、どのようなものなのか。佐藤さんに聞いた。
「国内魚類の養殖生産量で1番多いのがブリ、2番が真鯛、3番がカンパチです。ウミトロンのスマート給餌機を現在メインで使っているのは真鯛の養殖事業者です。ウミトロンはこうした養殖場の生産者と主に取引しています。真鯛の養殖は暖かい潮が入ってくる愛媛県や高知県、熊本県、和歌山県など四国・九州・近畿地方が盛んです。その中で真鯛養殖が最も盛んなのが愛媛県です。
養殖事業者は小規模から中規模の事業者が多く、いけすの数は少ないところで十数程度、大規模になると数百程度になります。いけすのサイズは10メートルX10メートル四方が最も多く、中には12メートルX12メートルのものもあります。稚魚から育つにつれて、大きくなるといけすが狭くなるため複数に分けていきます。出荷サイズに成長すると、10メートルX10メートルのいけすに大体8千尾から1万尾の真鯛がいます」
水産養殖の課題はなんだろうか。佐藤さんは1番大きな課題は「餌」に起因し、さらに3つに細分化されると話す。
「1つめは餌のコストです。餌代が養殖における6-7割くらいのコストを占めると言われます。コスト構造的に餌代は重い。1割でも減らせると、経営者には大きなインパクトがあります。儲かる漁業、継続的に利益が得られる経営状態を目指す必要があります。
2つめは餌のやりすぎによる海の汚染。餌をやりすぎると、魚が食べずにいけすの外に流出してしまいます。富栄養化により、赤潮の原因になってしまう。周りの生態系を壊してしまう原因にもなります。これを防ぐことが海を守ること、持続可能な養殖につながります。
3つめは労働に関わること。これは大きな課題です。給餌は毎日複数回、真鯛だと1日2回から3回程度、生産者は毎回いけすを周りながら餌を与えています。天候が多少悪い時も、暑い日も寒い日も、魚は餌を食べるので給餌作業が発生します。
1日に複数回発生する作業のため、なかなか休息や休日が取れません。人手も不足し、若い人はそもそもこうした仕事を選ばなくなっています」
給餌の課題解決が、水産養殖のDXの鍵となる。
課題解決のためのテクノロジー
人工衛星は1度打ち上げられたら、誰からもエネルギーの供給を受けずに飛び続ける。海上も同様で電力の供給はなく、自律的に稼働し続けなければいけない。藤原さんの人工衛星開発の思考が生かされ、水産養殖の課題を解決するプロダクトが開発された。それが次のプロダクトだ。
1.ウミトロンセル
水産養殖用のスマート給餌機。人力による給餌を自動化し、給餌の最適化を実現した。スマホのアプリで操作できる。いけすの上に設置され、給餌の時間設定が自由にできるため、指定した時間、頻度、量で餌を与えられる。スマホからいつでもどこでも遠隔で給餌ができるのだ。いけすの水面を写すカメラから得られる動画により、AIが生産者の代わりに魚の給餌の状態をモニターしている。
ウミトロンセルに搭載されているこのAIで動画を解析し、魚の食欲が低く、餌の食べ具合が悪いときは給餌を一時的に止めて最適化を図ることができる。海上のいけすまで電線での電力供給はないため、自律的に太陽光パネルで発電、また蓄電しながら稼働するように設計されている。
2.ウミトロンレンズ
いけすの中にステレオカメラを沈めて魚を撮影し、魚の大きさ、重量を自動計算するスマート魚体測定システム。AI、IoT技術を活用し、ポータブルの撮影用カメラとスマートフォンアプリの操作によって、水中の魚のサイズを自動で測定し、クラウドでのデータ管理が可能だ。
定期的かつ容易に、魚の成育状況を人手を使わずに定点観測できる。得られたデータは、ウミトロンセルの給餌戦略に活用し、PDCAを回すことを目指す。たとえば魚の大きさが予想より小さければ「もっと給餌の工夫が必要」と判断し給餌の方法を変更する。また出荷時期の予測などにも役立つ。
3.ウミトロンパルス
衛星を活用した、水産養殖業者向けの海洋データサービス。Webのブラウザかアプリにアクセスし、誰でも閲覧ができる。提供されるデータは水温、溶存酸素、塩分、波高など。養殖業者が気にかけている海の状態のデータを提供している。過去データ、予測データもあるため、海の状態のトレンド把握にも利用できる。
IoT導入の効果
ウミトロンセルは給餌のタイミングを自由に設定でき、遠隔からの給餌が可能になった。従来は労働力的にも1日2回から3回の給餌が限度だった。生産者が船でいけすを回りながら給餌をおこなっているからだ。
しかしウミトロンセルでは、遠隔から自由に給餌ができるため、極端な話、1日20回や30回に小分けして給餌することもできる。給餌の方法や頻度を自在に変えられるようになったことにより、生産者によっては魚の成長が早くなり、従来よりも早く出荷できるようになった。
キャッシュフローへのプラスの効果も期待できる。実証実験では、6割から7割を占める餌代を1割から2割圧縮でき、早期出荷ができるようになれば資金回収を早めることもできる。台風や海洋汚染など、予測困難な災害リスクの発生前に出荷ができる。海ではいつなんどき何が起こるかわからない。いけすで育てている間は餌代もかかるため、生産者はいけすの中に養殖魚の在庫を長期間に渡り抱えておきたくないそうだ。
生産者のメリットはそれだけではない。佐藤さんはこう話す。
「『家で子どもと一緒に過ごす時間が増えた。子どもと一緒にお風呂から餌やりしたよ』。そのような声を聞くこともあります。休息や家族の時間が増えたことは、生産者の方々にとってもうれしいことだと思います」
ウミトロンレンズは、魚の体測(長さ、重量の測定)を自動化した。生産者はいままで、それを人力でおこなっていた。数か月に1回、実際にいけすから魚を引き上げ、秤に載せ定規で計測していた。一度に測るのは1つのいけすにつき数十〜百尾にも及ぶ。水中から引き上げられて跳ね回る大きな魚を、手間ひまかけて人力で測るのだ。
そのため体測の作業はそもそも労働力に余裕のある生産者しかできなかった。忙しくて体測ができない生産者も多い。水の上からいけすを覗き込み「順調に育っていそうだな」と、目視で確認するしかなかったそうだ。
例年に比べて育ちがいいのか悪いのか、データによる正確な予測が困難だった。ウミトロンレンズは大きな負担だった作業を自動化し、生育状況の確認をできるようにした。
ウミトロンパルスは衛星データを活用することで、たとえば給餌タイミングの最適化やリスク管理に貢献する。魚の成育には適正水温がある。水温が上昇し、魚の活発になり食欲が高まるかもしれない。予測データや過去2年分にわたるデータを参考にしながら、給餌の方針判断の参考となる。
消費者につなげていくこと「うみとさち」ブランドの展開
養殖をするだけではなく、魚を消費してくれる人たちがいて、はじめて養殖産業は成り立つ。生産者サイドだけでなく、消費者サイドへのアプローチも必要だ。ウミトロンは一流のエンジニアが主体の組織で生産現場への技術導入からスタートしているが、実は技術で育った魚の販売面にもアプローチしている。
佐藤さんは説明する。
「サステナブルシーフードとして『うみとさち』というブランドを立ち上げました。ウミトロンの技術を活用し、餌の量や環境負荷を削減し、生産者の労働負荷も軽減することでサステナビリティに貢献するシーフードです」
国内ではまだまだ「水産資源とは?養殖とは?海ではどのような問題が起こっているの?」という認識の消費者が多い。消費者にまずは興味を持ってもらい、実際手に取ってもらうため、認知向上と販路の多様化が必要だ。ウミトロンでは大手スーパーマーケットでの販売や帝国ホテルともコラボした企画も開始した。
やりたいことをできるに変える、水産養殖の究極のDXを目指して
養殖の生産サイドには、まだまだ多くの改善点がある。一方、ウミトロンが提供しているサービスのデータは蓄積してきた。そのような中、これから進めていきたいことを佐藤さんに聞いた。
「蓄積したデータを統合し、稚魚から成魚になるまで育て、出荷までをデータに基づき効率化・自動化すること。それが水産養殖の究極のDXだと考えています。生産者もきちんと収益を確保しながら持続可能な経営ができて、環境に配慮された魚が消費者に届き、その価値が理解され選ばれるような世の中にしていきたいですね。
私たちのテクノロジーを使いながら、流通・消費側の価値変容と購買行動を変えることにチャレンジしていきたい。養殖の現場から消費の現場まで、テクノロジーによる一気通貫した持続可能な養殖産業を実現できたらと考えています」
人工衛星の開発の宇宙の視点と、故郷の海からの水産養殖の視点がつながり、地球と地域の課題解決が進行中だ。地球の70%をしめる海で、水産養殖DXのブルーオーシャンにのぞむ ウミトロン株式会社。
イノベーションを起こすエンジニア集団が、限りなく広い世界へ航海を進めている。