「はいる、とる、でる」 極めてシンプル。
レジ前に立つと、購入した商品と金額が瞬時にディスプレイに表示される。バーコードのスキャンすら必要ない。簡単でスピーディーに買い物できる日本初の無人決済コンビニ。創業者の思いとテクノロジーの掛け算でコンビニのDXが実現した。株式会社TOUCH TO GO(以下、TTG)代表取締役社長の阿久津 智紀さんに話を聞いた。
阿久津 智紀(あくつ ともき)さん プロフィール
1982年生まれ、栃木県出身。2004年専修大学卒業後、JR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)に入社。駅ナカコンビニの「NewDays」の店舗運営や青森県でシードル(りんご酒)事業に携わる。その後、JR東日本とベンチャー企業との共創プログラムを立ち上げる。JR東日本グループのCVCであるJR東日本スタートアップ株式会社とサインポスト株式会社で無人決済システムの開発・提供を目的とし合弁会社を設立。2019年7月から株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長(現職)
駅ナカを行き交う人たちを見ながら始まった人手の課題
斬新なデザインが近未来的な高輪ゲートウェイ駅。東京オリンピック開催にあわせ、2020年に開業した。JR東日本の山手線と京浜東北線が停車する。
改札前には日本初の無人決済コンビニがある。入口のゲートを抜けると、整然とした商品棚が続く。奥には飲料やビールが並ぶ棚。オシャレなシードルもある。レジのカウンターに店員がいないことを除けば、店内の様子は既存のコンビニとそれほど変わらない。ただ、商品が厳選されポップ広告もない店内はスッキリしたイメージだ。ペットボトルを手に取り、出口前のレジに立つと、ディスプレイには瞬時に価格が表示された。
いったいどのような仕組みなのか。
「人に依存する店舗運営をなんとかできないだろうか」
学生時代、阿久津さんはJR東日本の駅直結の百貨店「グランデュオ立川」でアルバイトをしていた。ターミナルは多くの人たちが行き交う。2004年当時、立川駅の1日平均乗車人員は14万7809人(JR東日本のデータより)。中央線の駅のランキングでは新宿駅、東京駅に続く3番目。東京の多摩地区ではダントツを誇る。2021年度でも中央線のトップ3の順位は変わらない。
「駅って、とんでもなく人が多いんですよ。加えて、朝昼夕の人たちの属性が全然違う。街でイベントがあると、店舗の売上が通常の約200倍に跳ね上がることもあるんです。『これだけ人の流れがある中でビジネスしたら面白そうだな。このトラフィックで何か商売ができそうだ』そう思って2004年にJR東日本に入社しました」
最初に配属されたのが、駅ナカのコンビニ「NewDays」だった。副店長を任されたが、人の管理にとても苦労した。アルバイトの欠員で店舗のオペレーションが回らない。人手に頼る商売に「なんとかならないだろうか」と、20代の阿久津さんは漠然と思っていた。
店長としてコンビニの店舗運営を経験後、自販機ビジネスに携わる。JR東日本管内の自販機の直販化を担当し、大手飲料メーカーとタフな仕入れ交渉もした。自販機は人手を介さない無人販売の最強ツールだ。「食品も売ってみよう」と、トライしたが、なぜか飲料以外は売れなかった。
その後、青森に転勤する。「地域活性化のビジネスを立ち上げよ」東北新幹線の延伸にあわせた辞令だった。青森産のりんごを発酵させて作るシードル事業を手がける。人生で初めての酒造り。最初は何もわからず、何度も試作を繰り返した。苦労しながら最高を目指したシードルは、2020年のイギリスの大会で金賞を受賞するまでになる。いまでは高輪ゲートウェイ駅の無人決済のコンビニにも並ぶ。
5年ほど青森で過ごしたが、ここでも人手に関わる課題に直面した。年間売上の約8割は、ねぶた祭りが開かれる6月から8月の3か月間でまかなっていた。冬の間はまさに冬眠状態。季節によって売上も人手も平準化していなかった。
閑散とした駅前のシャッター通りを歩きつつ、阿久津さんは考えた。
「すべてのモノが人手を介して売られている。しかし、人手があることで収益を圧迫することもある。属人的な店舗運営を、省人化するにはどうすればよいのだろう」
30代でシードル事業を成功させ、責任者として経営にも関与した阿久津さん。視線は次のステージを向いていた。
2017年に出会いがあった。画像認識と物体追跡の技術で無人決済システムを開発したスタートアップ、サインポスト株式会社(以下サインポスト)だ。当時、まだまだ実用化に遠かった技術は、それでも阿久津さんの琴線に触れた。「人手不足の課題解決になるかもしれない」阿久津さんの思いがカタチになり始めた。
TTGの無人決済コンビニ誕生
「お客さまが楽しそうに買い物をしてくれたのが印象に残っています。コンビニで楽しそうに買い物するって、なかなかないじゃないですか」阿久津さんはそう話す。
サインポストと無人決済のコンビニの実証実験をしていたときのこと。レジのディスプレイに瞬時に金額が表示される目新しさに、お客さまは驚いていた。実用化のハードルはあったが可能性を感じた。
JR東日本はスタートアップ企業とのオープンイノベーションをおこなっていた。サインポストと共同してプロジェクトを進めていたが、お互い主業がある。誰かが継続しなければ、阿久津さんの思いも日の目を見ずに終わってしまう。
阿久津さんはJR東日本の役員会に上申した。JR東日本スタートアップとサインポストの合弁会社として、2019年にTOUCH TO GO株式会社が設立。阿久津さんは代表取締役社長に就任した。
無人決済の仕組みとは
TTGの無人決済システムとはどのような仕組みなのか。
店舗の入口を入ると最初にゲートを通過する。入店したお客さまの動きと、棚から手に取った商品の動きは店内に設置されたカメラやセンサーで追跡され、最後にレジの画面で精算するシステムとなっている。通路の天井にはお客さまの動線に沿うように、カメラが等間隔に並ぶ。
これらのデバイスから集められた「お客さまデータ」と「商品データ」が関連づけられ、レジの決済へと進むのだ。入店したお客さまの動きを追跡し、手に取った商品を認識することで精算を自動的におこなうシステムとなっている。
レジでは瞬時に、購入商品と合計金額が表示される。商品のバーコードのスキャンは不要。駅の自動改札を通過するように、電子マネーをかざすだけで買い物できる。
しかし課題もある。子どもの動きのトレースだ。
親に抱かれて入店した小さなお客さまは、店内で解き放たれる。物珍しさにあちこち動き回った挙句に再び親とつながる。カメラとセンサーからすると、一体化し、分離する人の認知は難しい。おまけに手にしたお菓子を放り投げる。「やれやれ…」と親が拾って棚に戻す動きは、最新のテクノロジーでも読み難い。
「子どもは商品をとるけれど、決済はしませんよね。抱っこされて、放たれて。動きの把握が難しい。頑張って対応できるようにしているところなんです。子どもを理解するのは難しくて」阿久津さんは苦笑いする。
会計時に不具合があったときには、お客さまはレジからコールセンターを呼び出して対応できる
都内の大学でディベート大会があった。テーマは「無人決済を広げるべきか」。肯定するチームはTTGの店舗を体験していた。呼ばれていった阿久津さんは、学生たちに「悪口でいいから」と、改善点を聞いてみた。彼らのフィードバックは意に反してユニークだった。
「これ、すごくいいと思います! イヤホン外さなくて済むし。買うもの決まってるから。対面でごちゃごちゃ言われてイヤホン外すのってホント面倒臭くてしょうがない。セルフレジだとやらされ感があるし」
「パッと買えたらクセになる」という学生の言葉に、阿久津さんは「そういう人種なのか」と面白がった。
会社の休憩室にコンビニができた!TTGの新しい業態作り
TTGはファミリーマートと資本業務提携し、コンビニの新しい業態作りを進めている。
コンビニ業界では圧倒的に雇用の確保が難しくなっている。加えて人件費の高騰もある。店舗では4%から5%という粗利の確保を目指している中、それを払拭しかねない人件費と資材費の高騰がある。阿久津さんは既存規模の店舗拡大にも限界を感じているという。
ファミリーマートでは従来のような路面店ではなく、TTGのシステムを使い、ビル内や職域内で小型のサテライト店舗を展開している。
工事不要で電源だけで開業できる極小店舗用のパッケージシステム「TTG-SENSE MICRO」はわずか7平米、4.5畳のワンルームほどの省スペースから出店できる。オフィスビルの一角のわずかなスペースに、ローコストかつ短期間でコンビニができてしまうのだ。
ファミリーマートは、こうしたサテライトの店舗展開を2024年に1,000店まで拡大することを目指している。
2022年7月には会社の従業員の休憩室内にコンビニができた。ファミリーマート ルミネエスト新宿だ。無人決済システムで商業施設の福利厚生の充実を目指す。
一方、こうした極小店舗への商品の供給は、周辺の既存店がハブとなる。路面店が商品倉庫になるイメージだろうか。極小店舗はスペースも配架の棚も少ない。品切れと機会損失、オペレーションコストの損益分岐点を考慮した商品補充の仕組み作りが必要だ。
「極小店舗への配送や商品補充は、既存のオペレーションとは全く異なります。これから店舗数が増えた場合、どう管理していくのか。新しい課題ですね」
「やりたいことをできるに変える」TTGが実現する未来
シャッター商店街や高齢者が巡回バスを使って週に1度だけ買い物するような光景を、都会で身近に見る事は少ないかもしれない。しかし近い将来「日本はそのような国になってしまうかもしれない」と阿久津さんは話す。
「コンビニでおにぎりをサッと買える便利な生活は、やめられないですよね。週に1度しか買い物ができないような世界に、私たちはもう戻れない。日本のコンビニでは多くのアジアの人たちが働いています。しかし、これからアジアの国々がさらに豊かになり、日本で働く魅力がなくなったらどうなるのか。いつか現在のシステムが変わるタイミングがくると思います」
「Amazon Goの無人決済店舗もあるけれど、ECの取り込みを考える彼らとは目指すものは違っています」阿久津さんはそう話す。おにぎりや食品など、生活を支えるものを継続的に売れる仕組みを作っていきたい。そうしたものを商いにしている人たちの助けになりたい。流通の上流から下流まで経験し、青森では現場の人たちと一緒に汗を流してシードルを作った。阿久津さんの視線は人々に寄り添う。
「社会環境が変化しても、便利な生活を維持できるようにしていきたいと考えています。人手不足の課題を解決したい。早めに準備しておかねば」
阿久津さんはサーフィンが好きで全国に出かける。
「奄美大島の突端にも自動販売機があるんです。インフラとして、それこそライフラインとして機能しています。そのような自販機のシステムに準ずるようなものを作っていきたいですね」
”Run with the Future” - 未来の実現へ – TTGのビジョンだ。一歩先の未来を作る阿久津さんは、インタビューが終わると足早に次の目的地へ駆けていった。