“人にしかできないこと”も大切に進めていくDXーネコ型ロボット導入の飲食店

飲食店ではタブレット式のオーダーシステムやQRコードをスマートフォンで読み取る仕組みのモバイルオーダーなども増加。予約システムや会計システムなどでもDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる。人手不足が深刻な飲食業界では、働き手の確保と同時に業務の無駄を省き、働きやすい環境を整えることにも注目が集まっている。

 

そうしたなか、大分県でいち早くネコ型配膳ロボット「BellaBot(ベラボット)」を導入した「こだわりとんかつ かつ弘 大在店」。運営する西日本畜産株式会社は、飲食店経営のほか食肉卸事業部、食肉通信販売、ドライブスルー方式での食肉販売、食肉オーダー加工などを幅広く手がける。 代表取締役社長の山本 竜造さんにお話を伺った。

山本 竜造(やまもと りゅうぞう)さん プロフィール

1985年生まれ。大分県出身。2005年に西日本畜産株式会社 に入社。営業部部長を経て、2021年4月より代表取締役社長に就任。各部署、店舗、加工工場など全体の“和”を大切にしている。

コロナ禍のオープンで“非接触”がカギに

佐伯市にある「こだわりとんかつ かつ弘 佐伯本店」の2号店としてオープン

「こだわりとんかつ かつ弘 大在店」は、佐伯本店に続く2号店として2021年12月6日にオープン。佐伯本店は2015年4月のオープン以来、食肉卸会社直営のこだわりのとんかつが食べられる名店として地元の人に愛されている。

ボリューム満点、家族で楽しめる「ファミリーセット」

肉質やパン粉、お米、味噌など美味しさにこだわり、スタッフの接客にも定評のあるかつ弘が、2号店ではなぜ「ネコ型配膳ロボット」という意外なものを導入したのだろうか。山本さんに聞いた。

 

「飲食店では、働き手の確保の問題が常にあります。今後の労働人口の減少について考えたときにも、ロボットの導入のメリットは大きく、スタッフとして稼働できればと考えました。コロナ禍でのオープンでもあったため、当初から非接触でのオーダーシステムや配膳ロボットの導入を決めていました」

 

かくして、大分県内では当時初となるネコ型配膳ロボット「BellaBot」がオープンと同時に導入された。

 

かつ弘で導入されている配膳ロボットは“にゃー”の愛称で親しまれている。自走式で最大4段までトレーをセットでき、顔の部分のタッチパネルで指示を出せる。“にゃー”は店内のテーブルや洗い場などの位置関係を記憶しているため、行き先のテーブル番号などをセットすれば自走する仕組み。数か所にセンサーがあり、障害物や人にぶつかることもない。

配膳中のネコ型ロボット“にゃー”。取材時は12月でクリスマス仕様にデコレーションされている

かつ弘では、定食類のご飯、味噌汁、キャベツなどおかわりできるものが多い。食後にはデミコーヒー、ミニソフトクリーム、自家製発酵甘酒の中から好きなものを1つ選べる。必然的にスタッフがテーブルを行き来する回数が増えるため、“にゃー”がおかわりや食後のサービスを運んでくれることでその負担が軽減されている。

コミュニケーションのとれるロボット

配膳ロボットによっては、天井やテーブルに目印や矢印の設置が必要なタイプもあるが、BellaBot では必要ないという。

 

「3社で7台くらい、比較検討しました。60cm の幅があれば走行できることや、目印を設置せずに移動できることがポイントですが、最大の決め手はコミュニケーションがとれる機種であったことです」

耳をなでると、「くすぐったいにゃ~」などと話して喜ぶが、触りすぎると怒るお茶目さも

“にゃー”は画面上でさまざまな表情を見せ、定位置で待機中には愛嬌たっぷりのまん丸の目をぱちくりさせている。耳の部分にセンサーがついており、触られると「あったかいにゃ~」「くすぐったいにゃ~」などと喜ぶが、ずっと触り続けると怒るというネコらしさもある。

 

かつ弘のお膳は食器が重く、お客さまに下ろしてもらうのが難しいと判断したため、“にゃー”は子ども向けのメニューやおかわりの配膳を担うが、意外にお年寄りからも好評だという。

 

「当初は、『こんなもん寄こして』などと言われるのではというクレームも想定していましたが、意外にもそういったクレームはまったくありませんでした。逆に面白がってもらえたり、『ロボットが来ていない』と残念がられたりすることもあり、できるだけ一度は“にゃー”がテーブルを回るようにしています」

 

取材時は12月。“にゃー”はサンタの帽子をかぶり、前面には雪の結晶などクリスマスっぽくデコレーションされていたが、季節ごとに“衣替え”もして可愛がっている。

 

「先日まではワールドカップのデコレーションをしていました。その前はハロウィン。季節ごとに可愛くしているので、お客さまにも可愛がってもらえるとうれしいです。ご来店の際にはぜひ“にゃー”の耳をなでてみてください」

高いコストパフォーマンス

表情豊かな配膳ロボット“にゃー”

“にゃー”は営業終了後に充電しておけば、わずか2.5時間程度でフル充電に。1日の走行距離は平均約3.5km。昼のランチタイムと夜のディナータイムまで文字通り1日中、1年365日働いてくれ、社会保障費も不要、体調不良もない。

 

「弊社の試算では、“にゃー”の働きを6年単位で考えたときに、時給換算しても200円未満でした。時給ベースは上がっていくことも考えると、将来的なメリットはさらに大きくなると予想しています」

 

充電のためにかかる電気代などは月約3,000円ほど。これまでのところ、故障やシステムトラブルもないという。

 

「もちろんスタッフ1人分として働けるかというと、人と同じ業務ができるわけではなく、人の助けも必要な分、0.6~0.7人分の働きというところかと思います。しかし、一度に大量の下げ膳ができるなど、ロボットが得意とする部分や、タッチパッドでの注文システムによる効率化などもあり、大在店では既存店と比べてスタッフが1名マイナスで運営できています」

スタッフからも好評

“にゃー”はスタッフからも好評だ。テーブルを片づける際に、洗い物を2往復して下げてからテーブルの消毒に戻らねばならないところが、“にゃー”と一緒に行けば、下げ膳を洗い場まで運ぶのを任せられる。スタッフはテーブルの消毒までを終えて、次のお客さまの案内に行けるため、効率的に動くことが可能だ。

洗い場までもバリアフリーで行ける。行き先を洗い場にセットするだけで下げてくれる

スタッフ同士でも、気がついた人が手伝いに行く代わりに、片づけているテーブルに“にゃー”を送り込んで手伝ってもらうような使い方もできる。下げ膳の効率は大幅にアップしたそう。

 

「“にゃー”の使い方が上手なスタッフは、本当にうまく活用しているなと感心してしまいます」と山本さんは笑う。

ロボット導入の障壁

顔部分のタッチパネルで感覚的に操作ができる

便利な一方で、ロボット導入には障壁もある。これから導入を検討している企業はどんな点に注意が必要か。費用・人・設備の3つの問題が考えられるという。

 

「初期に高額の導入費用が必要になることがネックになる可能性はあります。しかし、人件費を考えると十分に回収可能です。ただ、佐伯本店のように既にオペレーションが慣れているところに導入すると、スタッフが自分で行くほうが早かったり、操作に慣れるまでの負担が大きかったりして、活用されにくいかもしれません」

 

ロボットを扱う「人」も導入の上でカギとなると明かした。もう一つの問題は、設備だ。

 

「現行のロボットで段差に対応できるものがないため、バリアフリーやテーブル間隔の確保などの問題で、既存店舗では導入しづらいかもしれません。大在店では初めからロボットありきで店舗を考えたため、そのあたりはスムーズでした」

 

店内は全てバリアフリー。ロボットの行き来に便利なだけではなく、車いすの方でも入店しやすい店舗づくりにつながっている。

在庫管理や原価の計算がスムーズに

大在店では配膳ロボットと同時に独自のタッチパッド式のオーダーシステムも導入した。おかわりや食後のサービスなどすべてをタッチパッドで注文できるようにするため、既存のシステムでは対応できず、独自のシステムにこだわって作ったという。

各テーブルに設置されたオーダーシステムは一元管理に一役買っている

画面の出方や微調整には苦労したが、レジやコンピューターと連動しているため、在庫管理が容易になった。直接オーダーやシステムを介さない注文により、既存店では不明なロスが発生することもあったが、システム導入後は不明なロスや品切れの確認漏れはなくなった。

 

「原価計算などをする際も、これまで時間がかかっていたものが、データが簡単にスッととれるようになり、効率が大幅にアップしました」

‟人にしかできないこと”も大切にしていきたい

大在店では大活躍している様子のネコ型ロボットやタッチパッド。佐伯本店の導入予定について聞いた。

 

「働き手の確保が常に課題としてあるなかで、DX による効率化や配膳ロボットは、企業としてのメリットが大きく、基本的には進めていきたいと考えています。その一方で、人にしかできないことも大切にしていきたい。佐伯店ではスタッフに会いに来てくれているお客さまもいらっしゃるので、今すぐの導入は考えていません」

 

既存店舗での導入は、前述のようにロボットが足手まといになる懸念もある。佐伯店ではお客さまからは見えない在庫管理などのDXに取り組み、一元管理が進んでいるという。

 

その一方で、便利なものをすべて使うのではなく、セルフレジなどの同社とは合わないと感じるシステムについては導入する予定はない。

 

「会計が自動化されてしまうと、お客さまの目を見てきちんと『ありがとうございました』が伝えられないのではないかという懸念があります。弊社としてはお客さまの意見を大切にしたい。会計時に感想をいただいたり、きちんと感謝を伝えたりして、食べに来てくださるお客さまとのご縁は大切にしたいという考えです」

 

同社のお客さまに対する姿勢が垣間見えるのが Googleマップの店舗情報だ。佐伯本店、大在店ともにお客さまからのコメント一つひとつに丁寧に返信している。寄せられた意見はできる限り店舗運営に活かして改善しているという。

 

「もし悪い口コミや評価があっても、しっかり受け止めて、謝罪して、次につなげていきたいと思っています。データの管理や効率化といったデジタルの便利な面は活かしつつ、人と人のつながりやコミュニケーションはなくしたくない。デジタルとうまく融合していくことを目指しています」

 

地元に愛されながら飲食店のDXを推進するポイントは、コミュニケーションや人と人との関わりも大切にしつつ、店舗に合ったテクノロジーを取捨選択することなのかもしれない。