自然の力をシステムで支える。有機農業の自動化に取り組む「トクイテン」

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スーパーや飲食店で、「オーガニック野菜」の表示を見たことのある方は多いだろう。農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことを基本として栽培する「有機農業」で作られた野菜たちは、栽培時の環境負荷の少なさや食の安全の面から国内外で関心が高い。近年は、アジア圏でも市場が拡大している。

 

しかしその栽培方法ゆえ、安定供給は容易ではない。農家の手間もかかり、「需要はあるが、ビジネスとしての確立が難しい」という状況なのである。そこに着目し、有機農業の自動化を目指す企業が、株式会社トクイテン(以下、トクイテン)だ。ロボットエンジニアの野々山さんと、同社の農場で働くスタッフのみなさんに話を聞いた。

左から、エンジニアの奥野さんと野々山さん、栽培管理担当の磯村さん。
野々山昭太(ののやま しょうた)さん(写真中央) プロフィール

株式会社トクイテンのロボットエンジニア。自動車やその部品などを開発・設計する企業に勤めた経験を活かし、トクイテンの設立直後にジョイン。現在は愛知県知多市にある自社農場で、ロボット開発や全自動化に向けたトマトの栽培方法の検討などをおこなっている。

ロボットと AI によるスマート農業システムを開発

愛知県知多市にある農場「トクイテンオーガニックファーム」。広さは20アール(写真提供:トクイテン)

トクイテンは、有機農業の自動化を目指して 2021年に創業したスタートアップ企業だ。農業用ロボット「ティターン」を使った、スマート農業システム「トクイテンパッケージ」の開発・販売をおこなっている。

 

拠点は東京都と愛知県の 2か所だ。愛知県知多市にある自社農場「トクイテンオーガニックファーム」では、ティターンを使ったミニトマトの栽培を実践。収穫できたものは、県内のスーパー、ホテルのレストランのほか、併設の直売所で地域の人々にも販売している。2022年には愛知県東郷町の「スマート農業アドバイザー」にも就任するなど、全国の自治体・企業から注目を集める存在だ。

葉かき用のアタッチメントを装着した「ティターン」(写真提供:トクイテン)

ティターンはどこかかわいらしい雰囲気だが、ファミリーレストランや携帯ショップの店頭で見かけるような「お手伝いロボット」とは一味違う。

 

カメラと AI を搭載しており、野菜の色を判別して時期が来たものを収穫する。機体内部にはコンピューターを備えているため、スマートフォン1台あればどこからでも遠隔制御が可能だ。自律走行も可能で、カゴを装着すれば野菜の収穫から運搬まで、すべて自動で進めてくれる。

スマートフォンで県外からの遠隔操作も可能な「ティターン」の 2号機

ティターンの自律走行を実現するまで、約半年。試行錯誤を繰り返して完成したティターンは現在8台になり、同社の農場で活躍している。

 

同社のスマート農業システム「トクイテンパッケージ」では、このティターンをミニトマトの収穫や運搬に活用し、栽培をするハウス内にはAIやセンサー類を設置。さらにハウス内で計測したさまざまなデータと植物生理理論を活かして、有機農業の自動化・安定化を図るもの。今後は、トクイテンパッケージの導入社数を増やしていくという。

負担なく安定供給ができる「持続可能な有機農業」を見据えて

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自社で開発したアタッチメントを使い、ミニトマトを収穫するティターン。(写真提供:トクイテン)

同社が考えているのは、有機農業そのものが抱える課題の解決だ。オーガニック市場は世界的な広がりを見せており、今後ますますの拡大が見込まれる。また、慣行農業*1 に使用する農薬や肥料の大部分を輸入に頼っているという背景から、国が国内農業の強靱化をねらって有機農業を推進している点も見逃せない。

 

つまり、ビジネスとしての有機農業を確立することは、農家・農業の存続にも関わるポイントなのである。

 

「有機農業は、従来の農薬や化学肥料を使っておこなう農業に比べると収穫量が減りやすいんです。有機JASで認められている農薬・肥料は使っているのですが効果が控えめで、株ごとの成長スピードや味・見た目にも差が出やすい。人間が手間暇かければカバーできる部分が多いものの、それによる農家の負担が大きいのも事実です」

 

趣味の畑程度なら良いが、事業として展開し、かつスケールすることは難しい――。それが、現在の国内における有機農業に言えることだ。

 

「ロボットやAIを活用すれば農家の負担が減り、少ない人数でも大きな農場での有機栽培、そして安定生産が可能な状態を目指せるのではと考えました。そうすれば、有機農業はもっと広げられると思ったんです」

トクイテンの農場で収穫したミニトマト「サンタスティ」(写真提供:トクイテン)

同社が作業の自動化をする最初の作物としてミニトマトを選んだ理由はいくつかあるが、決定打となったのは「市場の大きさ」だった。

 

2017年度の段階で、国内におけるトマトの産出額はすべての野菜のなかで最高額となる2,422億円。次点のイチゴに、約670億円もの差を付けた。ミニトマトの消費量も増加しており、トマト市場の過半数を占めている。つまりミニトマトは、今後も一定の需要がある野菜だと考えられるのだ。有機農業で作られたものとなれば、なおさら需要が高まるだろう。

 

しかし、そのミニトマトの栽培は容易ではない。栽培準備から出荷・畑のあと片付けまでさまざまなプロセスがあるが、もっとも工数がかかる工程が「収穫」だ。たくさん実ったなかから穫れるものを見つけ、丁寧にもぎとらなければならないが、少しでも収穫のタイミングが遅れると、実が割れたり落下したりしてしまう。

 

「少ない人数では、収穫の時期を逃しかねません。ですからミニトマト農家は、高い人件費をかけて収穫に必要な人材を確保しています。ただどこも人手不足なので、人材確保にも苦労しているんですよね」

 

収穫から出荷までにかかる工数は、ミニトマト栽培における全工程の 3割にのぼる。この工程を「摘花・果房除去」「選果」「パッキング」などにさらに細分化すれば、実の収穫にかかる工数は収穫に関連する作業全体の約56%にもなるという。

 

「大部分を占める作業を自動化できたら人件費が減らせるし、そもそも確保すべき人数が減るので人手不足にもならない。それにロボットなら機械的な動作・判断ができるので、作業にムラが出にくくなります」

「リモート開発」で優秀な人材が集える地盤を整える

同社の“特異点”は、もう 1つある。それは「設立当初からフルリモートでロボットやスマート農業システムの開発をおこなっていること」だ。

 

前述のとおり、東京都と愛知県の 2か所に拠点がある。ロボットエンジニアのほか、広報やバックオフィス、生産を管理する部署、ハウスで農作業をするスタッフから構成されている。

 

ロボットエンジニアは現在 7名だが、その内訳は東京都に 2名、愛知県豊橋市に 3名、碧南市・阿久比町に各 1名。いわば「散り散り」になっている状態だ。その他の部署も、大半がフルリモート。農場で活動しているのは、野々山さん・奥野さんの 2名と、栽培管理スタッフが中心だという。数か月に 1回、東京で活動するエンジニアが農場を訪れることもあるが、全員がそろったことは、まだない。

 

この体制は、同社の設立当初から一貫しているものだ。日々のコミュニケーションは「Slack」に一本化し、企業理念から社内の決定事項、ミーティングの議事録などは「Notion」に集約。定例会議も最低限に抑えられており、各自の判断で行動する時間のほうが圧倒的に長いのだ。

「入社時期やポジションを問わず、Notionを見ればトクイテンのすべてがわかる」という状態にしている(写真提供:トクイテン)

「もしどこかのオフィスに出社するかたちをとっていたら、まず従業員が集まっていなかったと思います。そもそも、ティターンの開発すらできてなかったでしょう」と、野々山さんは言う。それもそのはず、トクイテンに集まっているのは、もともとロボット開発や AI などに知見が深い人物ばかりだからだ。

 

同社以外の学業・事業に携わっている人物も多い。たとえば共同創業者である森さんは現在、早稲田大学 次世代ロボット研究機構で客員主任研究員、研究院客員准教授も務めている。「時間と場所を選ばず働ける」「日々のやり取りはテキストに集約する」というポイントを徹底しているからこそ、即戦力となるメンバーがそろったのだという。現在もメンバーを随時募集しており、良い出会いがあれば積極的に受け入れている。

 

「もちろん、リモートならではの弱点もあります」そう話すのは、ティターンの自律走行機能の開発をしている奥野さんだ。

 

「現場にいる僕たちと、画面越しに確認や指示出しをする遠方のメンバーとでは、良くも悪くも視野の広さが違います。同じものを一緒に見られないぶん、認識のすり合わせが難しいと感じることも多いです」

 

しかしそういった課題にも、テキストコミュニケーションを重ねて歩調をそろえているという。

 

「メッセージのやり取りには多少のタイムラグがあるので、スピーディな進行が難しいこともありますよ。でもそれより、「言った・言わない」「記録に残っていない」ことのほうが、会社として存続していくためには避けたいこと。今後もこの体制で続けていくでしょうね」

固定観念にとらわれないことが新たな道を開く

トクイテンの農場では、今日もティターンが活動している(写真提供:トクイテン)

「有機農業の自動化」「フルリモートでのロボットとシステムの開発」と、良い意味で耳を疑うような取り組みをしている同社。それが実現できている理由を野々山さんにたずねると、こう返ってきた。

 

「『◯◯とはこうでなければ』という固定観念を一度取り払ってみると、ヒントが見つかると感じています。古くから使われている方法は活かしつつ、別のアプローチができないか考えるといったことですね」

 

じつは既に、ロボットを使ったスマート農業システムを推進している企業はいくつか存在する。他社との差別化についても、野々山さんにうかがった。

 

「たしかに弊社と似た事業を展開している企業もありますが、『有機農業に着目する』『ロボット単体ではなく、栽培パッケージを販売する』という企業はほかにありません。いまは、ティターンとはまったく違うロボット……もっと大型のものと、より気軽に使えるものを作って、トクイテンパッケージをさらにブラッシュアップできないか検討中です」

 

農家も農業そのものも続いていける仕組みを作るために、まず自社に優れた人材が集まりやすくなる下地を整える。そのうえできちんと事業をかたちにして、広く展開する。創業から一貫した姿勢を崩さないトクイテンからは、見習いたいところが多い。

 

株式会社トクイテン

 

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*1:農薬や肥料を使っておこなう、従来の農業の方式のこと