会議にすら入れない上司を支える若手社員 「DX介護」の実体

新型コロナウイルスが 5類扱いに変わってから、出社制限を解く企業が増えている。散見されたのは、のびのびと働ける在宅勤務が終わって悲しんでいる人々……ばかりではない。「やっと出社できる!」と、水を得た魚のようにいきいきと出社する方も、多くいたのだ。

 

世界最高レベルに密な通勤電車に乗って、なぜわざわざ出社を? と、感じる人にはわからない世界がそこにある。

50代で二極化する DX介護のあり・なし

いまの 40代以下にとって、インターネットは青春時代から当たり前に存在したものだ。触れたメディアが違っても、苦手意識はない。「SNS は嫌いで」という人も、Amazon で買い物をし、スマホアプリを使っている。

 

それに対して、DX に対する意識が二極化するのが 50代以上だ。会社員になってから DXが始まった方々にとって、デジタル化は「やるか、やらないか」を選べるものだった。パソコン作業は必然的に増えていったため、さすがにキーボードも打てない人は少ない。それでも 50代以上になると、「かなキー配列で、ゆっくりとしか打てない」「報告書レベルなら、手書きのほうが早い」という方が出てくる。

 

そこで問題になるのが、在宅勤務だ。在宅では原則、インターネットでやりとりができなければお話にならない。前ならすっと立ち上がって、話しに行くだけでよかった隣の部署の担当者とも、メールかチャットが必要だ。もともと苦手意識があるタイプにとって、在宅勤務は大変な苦行だっただろう。

 

さらにそこへ、在宅勤務に特化したツールが導入されていく。外回りの報告、会議参加、稟申など、これまでなら対面だったものが、すべてオンラインでおこなわれるからだ。そこで、ついていけない……! と、感じた50代は意外と多い。

 

そんな 50代以上はどうするか。答えは「頼る」一択だ。社会人としてこなれたコミュニケーションが取れるようになる 50代。これまで、得意なことは積極的に引き受け、苦手なことはお任せすることで山場を乗り越えてきた。苦手なことを無理に背負って、パンクするほうが周囲の迷惑になる。だから、オンラインでの手続きは「得意な人」にお願いしよう。

 

と、細々したことを周りへ依頼することになる。そうして、周囲はデジタルに疎い社員の「DX介護」をするはめになるのだ。

DX介護が生まれてしまう理由

確かに、ほかの分野であれば「持ちつ持たれつ」が成り立っただろう。試算が苦手な人が、代わりに営業支援をする。文章作成が苦手な人が、代わりにデータの抽出をおこなう。少数精鋭の企業ならなおさら、領域を超えた「持ちつ持たれつ」が発生していた。

 

ところが、DX に関してはそうもいかない。なぜなら、いまや IT知識なしでできる作業は、ほとんどないからだ。「アプリとか、インターネットとか苦手なのよ~」と人にお願いしようとすれば、細々したタスクを大量に依頼せねばならない。さらに、デジタルが苦手な人が得意としがちな「対面でのコミュニケーションスキル」は、リモート環境だと発揮する機会が少ない。だから、相互扶助の関係が崩れてしまうのだ。

DX介護は、老々介護である

さらに見逃されがちなのは、「DX介護は若手ばかりが担うものだ」という思い込みである。確かに、職場で IT に明るい若手がいると、依頼は若手へ殺到する。しかし、日本企業にはもはや、そこまで若手がいない。超高齢化社会まっしぐらの日本では、社員の平均年齢は 48歳。もはや、頼る後輩もいないのだ。

 

そうなると、IT化に乗り遅れた 50代の面倒を見るのは誰か。答えは、同じ 50代である。

 

「Word で、”……”って、どうやったら打てるの?」

「それはね、”てん”とひらがなで打てば出てきますよ」

 

といった初歩的なやりとりから、

「Teams で会議に参加しようとしたら、こんな画面が出てきたんだけど」

 

「あー、これはあれですね。○○さんって、Teams のアプリ入れてます? わかんない? それならアプリが入っているかどうか、確認しましょうか。えーと。パソコン画面の一番下にある”検索”っていうスペースに、Teams って文字を入れてみてください。なんて表示されます? あ、“Web結果を見る”って表示された?

じゃあ Teams のアプリ、入ってないですね。大丈夫です、ダウンロードとかしなくても会議参加できますんで。まず、さっきの画面で『キャンセル』を押してください。そうそう。青い背景のボタンです。それで、下の画面に表示される『このブラウザーで続ける』っていうボタンを押してもらえますか? あ、押すっていうのはね、クリックです」

 

といったやりとりが、そこかしこで起きているのである。問題は、この手の社員はいつまでたっても Teams の会議に参加する方法を覚えてくれないことだ。「頼り方」を覚えれば、それでいいと思っているからである。そのため、この社員をオンライン会議に参加させたければ、つねに誰かが「DX介護」をせねばならない。

DX介護を拒否すれば「パワハラ」に

いつまでもこんなこと、やっていられない。いっそのこと、参加できない社員は会議から締め出してしまえばいいのでは? と思うところだが、そうは問屋が卸さない。

 

厚労省が解説する「パワハラ防止法 」の概要には、さまざまなパワハラの条件が記載されている。そして、その中には

 

――人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)――

 

という項目があるのだ。つまり、特定の社員だけが会議に参加できないよう手配すれば、パワハラに該当するリスクがある。2023年現在のパワハラ防止法に罰則はないが、厚労省から勧告を受ける可能性はある。

 

「だって、この人、いつまでたっても会議に接続する方法すら覚えてくれないんですもん」

では、通じないおそれがあるのだ。50代までその会社で生き残れている社員だから、人脈もあるケースが多い。若手でもあるまいし、先輩社員から一喝入れることが難しいケースもある。「まあ、あの人はそういうの苦手だからさ……頼むよ」と、DX介護を背負わされているケースがあとを絶たない。

 

正直、DX介護は楽しくない。こうして介護を担当させられる社員のエンゲージメントが下がり、離職や異動願いへのスイッチが入ってしまうわけだ。

DX介護を解決する「トップダウンの圧」

では、こういった「DX介護」の輪を止めるにはどうすればいいか。答えはトップダウンの圧である。まず、トップが積極的に DX へ適応すること。時間の合間を縫っては新しいツールに触れ、自分から慣れていく。

 

「ChatGPT の勉強会を開いてくれないか」

と、部下へ依頼してはいけない。これこそ DX介護の始まりだ。そうではなく、自分でアカウントを作って、いじってみる。同じように Slack や Teams をいじりたおしてみる。自分のパソコンにだけ保存していたファイルを、共有フォルダで同期してみる。

 

そのうえで「俺も/私もやっているんだから、あなたたちにもできますよね?」という圧をかけるしかない。トップが率先して新しいツールを使う企業では、部下が言い訳できない。トップが自分より年上なら、なおさらである。逆に言えば、トップが DX介護を要求する人間だと、部下も同じように要介護になってしまう。

 

私はよく、「DX は覚悟だ」という話をさせていただく。覚悟するのは現場の社員ではない。経営者だ。自分の子どもに頭を下げ、使い方動画を YouTube で見ながらなんとか新規ツールに触れていく覚悟。ついていく努力。それがなければ、IT に明るい社員から離職していく。

 

DX介護が生まれている状況でデジタルの知識がある中途社員を雇っても、穴の空いた風呂桶に水を注ぐようなものだ。その人は新たな介護要員にさせられ、去っていってしまう。自社を腐らせないためには、社長が陣頭指揮を取るしかないのである。