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森のなかに現れたUFOはキラキラと光り、地上へ放射された光線のなかを大きな牛が吸い上げられていく。一見、恐ろしそうな光景だが、月夜に浮かぶUFOを見上げる人たちはなぜか全員、ニコニコと満面の笑顔を浮かべている。
江戸時代から町づくりと文化の創造を担ってきた鳶(とび)。家屋建築に携わりながら、町火消しとしても町を守ってきた。江戸の粋が脈々と息づきながら、新たな価値を創造する株式会社鳶髙橋の代表取締役の髙橋 慎治さんに話を聞いた。
髙橋 慎治(たかはし しんじ)さん プロフィール
株式会社鳶髙橋 代表取締役
1973年生まれ 東京都出身。高校時代から音楽に傾倒。伝説のDJバー、渋谷インクスティックでDJとして活躍。27歳でメジャーデビューし、CM音楽制作に携わる。33歳のときに家業を承継。「東京文創」をブランドコンセプトに、建設業だけでなくさまざまな人・コト・モノをつなげる活動に取り組んでいる。
江戸がルーツの鳶が空飛ぶUFOのDJブースをつくる
「『UFO型のDJブースをつくって、その下でみんなで踊ったらどんなに楽しいだろう』と。想像を超える体験をすると、人は自然に笑いだします。そうした体験は生きる原動力にもなるんです」
さまざまな書籍やレコードが並ぶキャビネットを背にして、柔らかな表情で髙橋さんはそう話す。佇まいはクリエイターそのものだ。硬派なイメージの建築会社の代表にはとても見えない。
2023年11月に「バーニングジャパン」が開催された。この祭典は米国で毎年開催されている「バーニングマン」の日本版だ。参加者は「傍観者にならない」「売買ではなく与えあうこと」などの基本精神にのっとり、やりたいことを持ち寄ってみんなで楽しむというお祭りだ。髙橋さんは建築業として町づくりに関わる活動のなかで、「バーニングジャパン」に出会った。「ギブ」の精神に共感し、空飛ぶUFO型DJブースのデザインと建築を担当した。
「鳶職人」とも呼ばれる鳶は、建築現場の足場づくりや骨組みの組み立てなどを担う。空を舞う鳶のごとく、高所の足場をひらりひらりと歩くことから、こう名付けられた。江戸時代、鳶は火災のときに活躍する町火消しとしても活躍した。
町火消しのルーツは享保3(1718)年に時の町奉行 大岡越前守忠相が火消組の制度を組織したことに遡る。「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるように、江戸の町は幾度も大火にあった。当時の消火方法は、放水で消化するのではなく、炎の行く手の家屋を破壊し延焼を防ぐ「破壊消防」だった。建築に携わり家屋の構造にくわしい鳶は、「造る」と「壊す」の両面から江戸の町を守っていたのだ。
髙橋さんは江戸にルーツを持つ鳶を生業とする株式会社鳶髙橋の三代目。一代目の祖父、三蔵氏は当時の最先端の建築だった新宿伊勢丹の建設にも携わったという。父である二代目の修治氏から家業を承継したのは、髙橋さんが33歳のころだ。
「祖父や父がものづくりに心血を注ぎ、町火消しの伝統を紡いでいく姿を見て育ちました。
いまでも自分のなかには江戸の粋(いき)が息づいていると思っています。
江戸は豊かな庶民文化が花開いた100万都市でした。当時、これだけの大都市は世界中で江戸が唯一でした。多様な人々が江戸の町に集まり、さまざまなイベントである『コト』が生まれ、豊かな文化として育っていきました。大相撲や歌舞伎、江戸町火消しもそうした文化の1つです」
鳶は町火消しとして江戸の町を支えていた。
髙橋さんは現在でも、いろは四十八組のく組の町火消しとして伝統文化の継承に努めている。江戸時代のく組は四谷伝馬町、麹町十一丁目より十三丁目まで、市ヶ谷本村町を担当していたそうだ*1。現在の新宿区の四谷一丁目・二丁目から、防衛省のある市谷本村町周辺にあたる。
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鳶髙橋のブランド創造のストーリー
鳶髙橋の活動は建築設計、施工だけにとどまらない。伝統と時代の先端の境界を越え、積極的なブランド創造に取り組んでいる。
先代の父から家業を継ぐ以前、髙橋さんは音楽に明け暮れていたそうだ。当時は時代の最先端をいく伝説のDJバー、渋谷インクスティックでDJをしながら音楽を創作するクリエイターだった。
「渋谷は僕のホームグラウンドでした。バンドにのめり込んだ高校時代は放課後になると友人たちと渋谷に繰り出していました。感度の高いサブカルチャーを浴びながら、自分にとって一番好きなものを見極める審美眼を磨いていましたね。
22歳のころ、通いつめていたインクスティックから『うちで働かないか』と、声をかけられました。カウンターのなかでカクテルでもつくるのかと思っていたら、プランニングと企画を任されたんです。当時、そこには茶道にも精通した伝説のDJ、小林径さんがいました。
彼は『無の心境』になって選曲し1秒先をつくれる人でした。セッションの緩急と山と谷をつくることにかけては右に出る人がいなかった。イケイケのヒット曲だけ選曲しても、フロアのお客さまはただ踊り疲れて終わってしまう。最初はグッと引きつけて、そのあと少しダルい曲を流し、最後に思いっきり弾ける。径さんはこうしたストーリーづくりが抜群にうまかった。
僕は径さんの薫陶を受けながら、印象に残るストーリーづくりのエッセンスを学びました。ここでの学びは建築の仕事で世界観をつくることや鳶髙橋のブランドづくりにも活きています」
27歳でメジャーデビューも果たした髙橋さん。CMの音楽作成を担うほどの実力を発揮し世間の耳目を集めていたが、父が病に倒れ33歳で家業を継ぐ決断をする。パソコンなどで誰でも手軽に音楽制作ができるようになったことなど、時代の変化も感じていた。
しかし、事業承継していざ蓋を開けてみると財務状況は最悪だった。老舗の鳶と言われつつも、これでは商業的には成功しない。早急な事業の再構築と改革が必要だった。現代的な建築だけでなく寺社の修繕などの実績も重ねつつ、一時は危ぶまれていた事業を軌道に乗せながら、髙橋さんは鳶髙橋のブランド構築に取り組みはじめた。
ブランドコンセプトは「東京文創」
鳶髙橋のブランドコンセプトは「東京文創」。その心は「江戸時代から続く町鳶の伝統で100年をつくる町づくり」。多様な人や生活、異なる思考がミックスしブレンドされて、1つの町が形づくられ、変化を続けることで文化が形成されることを目指している。
東西南北から多様な人々が集まり豊かな文化が育った江戸の町のように、東京でもたくさんの人が集まり「コト(イベント)」が起き、人同士がつながり文化が育っていく。
「文創」とはもともと台湾で生まれたムーブメント。昔から伝わるよきものを見直し再生することで新しい価値をつくり出し、深みのある文化を創造し育てていくという考えだ。
「東京文創」が目指すものは、江戸時代から鳶が担ってきた地域社会の文化創造とも極めて親和性が高い。「東京」と掲げながらも活動は東京だけでなく、地方にも及ぶ。
「意識していることはシームレス。よくやるのは、空間の内と外を境目なく同居させることですね。外の景色を建物のなかに継ぎ目なく取り込む借景のようなイメージのデザインです。さらに古いものと新しいものを同居させることにも取り組んでいます。2024年2月には長野県にある老舗旅館を、歴史とモダンが融合したゲストハウスとして生まれ変わらせるプロジェクトを実施しました。
新たな価値を生み出すためには、『これはこうあるべき』といった常識を疑うことが大切です。一見常識外れに思えることが、新しい価値を生み出すことがありますからね。たとえば、古くなってしまった旅館をそのままきれいに改装するのでなく、古きよき旅館のレトロ感を活かした形でリフォームしていく。いまの流行にそぐわない前時代的な伝統や古めかしいデザインも、僕たちから見たら価値の源泉なんです。『こうあるべき』といったバイアスは外していかないと」
YouTubeで「しめ飾り」を紹介する動画も制作した。説明しているのは髙橋さんだ。日本は瑞穂の国。古来から日本人の生活は稲とともにあり、農閑期には稲わらで生活道具や祭祀の道具を作ってきた。祭祀に関わる伝統的なしめ飾りを紹介するプロジェクトは、地方と都市とつなぐ取り組みとして多くのステークホルダーから評価を得た。さらに英語で紹介することで海外における認知向上にもつながっている。
広報・PRブランディング領域で発揮されるIT・インターネットの力
前述の「しめ飾り」の紹介動画だが、じつは髙橋さんは英語は話さない。そこでAIを使って日本語から英語に変換した。髙橋さんの声のトーンはそのままで、発音だけを英語化し発音に合わせて唇の動きもAIで画像処理した。画面で話す髙橋さんの姿はネイティブそのものだ。
「建築業のIT化といえば、施工管理やCADなどが真っ先に挙げられます。しかし、僕たちは広報やPRなどブランディングの領域こそ、IT・インターネットを活用すべきだと思っています。
建築業界はレガシー産業であり、一棟一棟建設してお客さまに引き渡す積み上げ型のビジネスです。しかし、SNSを使えば、リーチできる人たちの母数は格段に増加します。Instagramを使えば、世界中に情報発信できて、じわじわと全世界に鳶髙橋ののファンをつくれます。ブランディングにおいては、ファンづくりが大切。鳶髙橋では営業活動もマーケティング活動もしていませんが、ユニークな情報発信が注目されて弊社へのアクセスが増えているんですよ」
髙橋さんは、AIで妄想建築の画像を作成し、Instagramにアップしている。ペンギンの形をした家やポップコーンの家など、常識を疑うようなデザインばかりだ。
「『なんだこれ? 鳶髙橋っておもしろい!』など、こういった画像をきっかけに、鳶髙橋のファンになってくれたらうれしいですね」
「情報発信をする対象は建築だけに限りません。町づくりや鳶髙橋のルーツである江戸の文化のことまで、対象は無限です。とくに海外には江戸に興味を持っている人たちが多く、江戸に関する情報発信は反応もかなりよかったです。これからも、建築に限らず多様な情報を発信し、アクセスの間口を広くしていきます。そこから仕事につなげていけるのがいいですね」
長野の旅館を再生したケースのように、都会の人が、地方の老舗旅館の価値に気づくことと、一方で海外の人たちが、日本人が忘れかけていた江戸に価値を見出すことは、同じ構図なのかもしれない。
「常識を疑うひらめきのインスピレーションは、五感にとっても心地よい環境から生まれると思っています。ノートパソコンとWi-Fiさえあれば、時間と空間の束縛から解放されてアイデアを生み出せます。リモートワークもできるので、自分がクリエイティブになれる環境が一番です。チームメンバーの海外移住も大歓迎です。“外からの目線”で日本を見たら、新たな価値を発見できるかもしれませんね」
仮想空間で世代間の分断をつなぎ伝統を紡いでいく
髙橋さんはデジタルテクノロジーによる世代間の分断解消にも期待を寄せる。
「最近は、Appleが開発した初の空間コンピュータ『Apple Vision Pro』に注目しています。これはデジタルコンテンツを現実の世界とシームレスに融合できる、革新的な空間コンピュータと言われています。たとえば、仮想空間のメタバースに水田をつくって、寝たきりになった農家のおじいさんが、若手に田植えを教えることもできるでしょう。こうした世代や空間を超えた取り組みが生まれることを期待しています。
近年、デジタルリテラシーが不足しがちな高齢層とデジタルネイティブの若年層で世代間の分断が起きています。これからはこうしたテクノロジーによって、空間と世代間がシームレスにつながることで、歴史と伝統を次世代に伝えていくことになるのではないでしょうか」
江戸から脈々と続く鳶のDNAと、新しい技術やクリエイティビティを持つ髙橋さん。2者が掛け合わさることで、伝統的な鳶のイメージを覆す、革新的な取り組みを生んでいる。
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