「診療までの時間が長い」「会計時に待たされる」など、医療全般におけるマイナスイメージを DX によって覆した眼科がある。福岡県福岡市にある「たける眼科」だ。同院では自動精算機や電子カルテ、画像ファイリングシステム、オンライン予約システムなどの導入により徹底的なシステム構成をおこない、積極的に DX を推進している。院長の吉村 武(よしむら たける)さんに、眼科では珍しい DX推進のきっかけや、システム導入の経緯について話を聞いた。
福岡県八女市生まれ、長崎大学医学部卒業。九州大学眼科・生体防御医学研究所にて免疫学の学位取得。米国ボストン留学から帰国後の2018年秋に、福岡市早良区西新地区「高取商店街」にたける眼科を開院。ホームページを自作することから始まり、患者さんに役立つ小さな医療DX推進にも勤しむ。
IT の活用によって捻出した時間を患者さんに提供したい
「『IT を活用して、人が関与しなくてもいい作業はすべて減らそう』とクリニックの開院時に決めたのです」。吉村さんは、DX推進の理由をそう話す。
院内に一歩足を踏み入れると、受付には2台の iMac と自動精算機が設置されている。さらに検査室に進むと、眼科とは思えぬほどおしゃれで明るい空間に、MacBook や iMac が並ぶ。診察室にも複数のモニターや Mac mini、iPad が設置されている。これだけ院内に Mac が並ぶ眼科はかなり珍しいだろう。もちろん、この眼科において注目すべき点はそれだけではない。検査終了後、瞬時に診察室に画像が送られる画像ファイリングシステムや電子カルテ、オンライン予約システム、初診問診フォームなどを導入し、IT を活用して徹底的に無駄を排除している。
「あらゆる業務がなるべく人の手を介さなくて済むように、どうすれば省力化できるかを相当考えましたね。効率化で捻出した時間は、すべて患者さんのケアや説明の時間に充てたいと思いました」と、吉村さんはにこやかに語る。
クリニックのホームページも、吉村さん自らが手掛けたものだ。同サイトには、眼科の診療情報を載せるだけでなく、ブログ機能を活用した眼の疾患についての情報発信にも、積極的に取り組んでいる。このように聞くと、もともと ITツールをバリバリ駆使してきた、デジタルがとても得意な人なのだろうと感じるかもしれない。しかし吉村さん自身は、特段 IT にくわしいわけではないというのだから驚きだ。
「IT は好きなのですが、正直に言うと細かいところまで理解できているわけではありません。ホームページも自作しましたが、コードやCSS などもほとんどわかっていないです。それでも、こうして院内に ITシステムを構成できているのは、技術の進歩による恩恵と、理想を形にするために手を貸してくださった方々のおかげだと思っています」
自作のホームページに対する思い入れはとくに強い。知人にすすめられたホームページビルダーを使用し、2018年の開院直後にサイトをオープンさせた。ところが、使用を続けるうちにより多くの機能を使いたいと感じるようになり、開院から2年後の2021年に WordPress に移行。サーバーの契約や旧ホームページからの移行作業もすべて自身でおこない、現在のホームページを完成させた。
患者さんが必要としている情報にすぐにアクセスできるように、メニューも「よみもの/最新情報」「初診の方へ」「院内設備」「予約ページ」など、最低限のものをわかりやすく揃えている。これだけ充実したホームページを、院長自ら手掛ける眼科はなかなか見られないだろう。閲覧数 は月5万PV を超えており、ほかのクリニックの医師からホームページの作り方を尋ねられることも増えた。
自分の目で見て導入するシステムを決定
現代は各地でデジタル化が進み、業務改善に成功している企業も多い。しかし眼科ではあまりデジタル化は進んでおらず、いまだに紙のカルテを使用していたり、ホームページがなかったりするクリニックもあるという。では吉村さんはなぜ、眼科では珍しい DX に取り組もうと思ったのだろうか。
「クリニックの運営にかかる費用をなるべく抑えたい、スタッフみんなが働きやすく、患者さんにも優しい環境を整えたいと思ったことがきっかけです。当院は新規での開院で、設備なども一から用意する必要がありました。開院時はさまざまな面で非常に多くの費用がかかることに驚きましたね。当初はホームページも専門の企業に制作を依頼することも考えたのですが、数百万円もの費用がかかるケースもあると聞き、ほかによい方法はないものかと模索していたのです。すると知人が『ノーコードでホームページを作れるサービスがあるよ』と教えてくれたので、まずはホームページの制作から取り組んでみようと思いました。なるべく運営費を抑えたら、その浮いた分は患者さんやスタッフのために使えると考え、できることは自分で取り組んでみることにしたのです」
吉村さんは開業当時、院内の ITシステム構成のため、各システム同士が連携可能かを確かめる導入予定図を描いていた。そして思い描いていたシステム構成を実現するために、各システムを提供する企業に足を運び、導入するシステムを実際に自分の目で見て決めていったのだ。
「以前から開業を計画していたわけではなく、偶然の成り行きで決めたので、まずはどうやってクリニックを運営するのかについて考え始めました。そこで最初におこなうべきは、いろいろな方の話を聴くことではないかと思ったのです。なので、実際に電子カルテなどのサービスを提供している企業を訪問してみることにしました。また、その会社の方の話を聴くことで、導入するかどうかを判断したのです。いま思えばコロナ禍前だからこそできたことだと感じていますが、実際に対面で話したことで理解が深まりましたし、会って話をしたからこそ知ることができた情報もあります。時間はかかってしまったものの、行動していなければいまのシステム構成は成功していないと思います」
なかでも困難を極めたのは、電子カルテの導入だ。吉村さんは直感的な操作ができる点を気に入って Mac を愛用していたが、電子カルテは基本的に Windows での使用を前提としているため、Mac に眼科医療機器を繋げてくれるメーカーはほとんどなかったのだ。しかし開業を決めたある日、たける眼科の向かいにあるレディースクリニックが Mac で電子カルテを使用しているのを見かけ、すぐにそのシステムの導入を決めた。
「そのカルテは福岡市に拠点を置く株式会社エムアイユー社のもので、導入前には実際に会社を訪ねて話を聴きに行きました。何かトラブルが発生した際もリモートですぐに対応してもらえるので、本当に助かっています。この電子カルテに出会うまでには、広島や東京、大阪に行ってカルテに関する情報収集をおこなったものの、当院にぴったり合うと感じるものはありませんでした。なので使い勝手のよいものを導入できて、本当に助かっています」
DX によって患者さんのストレスも軽減
何度も各地に足を運ぶなどさまざまな苦労をすることになったが、DX の成果は非常に大きかった。とくに患者さんの待ち時間は大幅に短縮されたという。
「お会計には自動精算機を導入していて、診察終了後は最短時間で診療情報をレセプトソフトに送信し、POSレジに取り込まれる仕組みです。金額の手入力は一切なく、受付カウンター内でタッチパネルを操作するだけで、合計金額がカウンターに表示されます。そのためお会計のために何十分も待機してもらう必要がなくなり、お会計を長く待つ患者さんの姿はほとんど見かけません。また受付カウンターで操作するため、患者さんの帰り際にスタッフからも“お大事になさってくださいね”と言って差し上げられるところは、アナログと全く変わりません。自動精算機の導入によって、合計で20-30分は時間を短縮できているのではないでしょうか」
さらに、診察室での患者さんへの説明のしやすさも格段に向上した。複数台のモニターを活用し、いまおこなったばかりの検査の画像や、眼の画像を一緒に見ながら説明できるような環境を整えたのだ。
「眼科の外来はかなり忙しく、それまでに勤務していた病院では、患者さんへの説明に十分な時間を割くことができない場合もありました。なので、当院では眼のことをより理解してもらえるように、できるだけくわしく病状を説明したいと考えたのです。眼科では説明時に使用するモニターが上部にあることが多いですが、あまり見えやすいとはいえません。そのため当院では患者さんの目の前にモニターを設置して、検査結果や眼の画像などを一緒に見ながらお話できるようにしています」
検査終了後、診察室の画像ファイリングシステムに瞬時に画像が送られる仕組みを導入しているため、検査後の患者さんの待ち時間も少なくなった。「おかげで患者さんを待たせることなく、くわしい説明ができるようになりました」と吉村さんは話す。また患者さんへの病状の説明の際には、モニターだけでなく iPad や Apple Pencil も活用している。図を描いたほうがわかりやすい場合は、手元に用意した iPad でサッと図を描き、患者さんに見せている。そして患者さんへ説明したあとは、AirDrop でその図を Mac に転送し、電子カルテに保存するのだ。
「以前はメモ用紙に図を描き、それをスキャナでスキャンしてパソコンに取り込んでいました。しかし iPad を活用するようになり、よりわかりやすく説明できるようになっただけでなく、手間の削減も可能になりました」
吉村さんは満足そうな笑顔を見せる。
さらなる DX でより便利な環境を整えたい
同院の DX は留まるところを知らない。たける眼科では現在も DX を推進しており、さらなる便利さを追求している。コロナ禍の始まりからは、Web問診フォームに記入された内容を自動的に Googleドキュメントに変換する仕組みも採り入れた。また最近では、業務マニュアルを Googleドキュメントで作成したほか、LINE での予約受付や個別問い合わせも受け付けるようになったという。
「2018年からオンライン予約システムを導入しているのですが、より手軽に利用してもらうため、最近は LINE での予約受付も開始しました。子どもを含めた若い世代の患者さんが多いので、LINE で予約する方は増えているようです。また、来院前にご自宅でゆっくりと症状を記入できるように、2020年から導入しているのが、Googleフォームを使ったオンライン問診票です。患者さんが問診票を記入すると、自動化ツールの Zapier によって Googleドキュメントに自動変換され、その後 Slack に通知が来る仕組みを導入しています。Googleフォームの画面は少し見にくいので、Googleドキュメントへの自動変換は大変便利ですね。事務作業の削減にもなり、とても助かっています」
現在院内に構成されているシステムはほかのクリニックを参考にしたのではなく、吉村さんが理想とする「できたらいいな」を追求した結果だ。「これからも患者さんのために、眼の病気に関する情報発信や業務の自動化をおこなっていきたいです」と力を込める。
「ホームページに掲載している疾患についての記事は、まだまだ増やしたいと考えています。ほかにも、再診が必要な患者さんのリマインドができると非常に便利だなと感じているので、それも実現したいですね」
患者さんやスタッフが過ごしやすい環境の整備に尽力している吉村さん。「これからも患者さんに寄り添いながら、さらに便利な環境を整えていきたい」と意欲を見せた。
執筆
タケウチノゾミ
福岡市在住のフリーライター・編集者。インタビュー記事や顧客事例、プレスリリースなど幅広く執筆。趣味は観劇と美術鑑賞、猫を揉むこと。
HP:https://fukuoka-kurashi.com/
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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