杉養蜂園は熊本に本社を置く蜂産品の専門企業だ。 ミツバチの飼育から採蜜、販売まで一貫して自社でおこなう6次産業化に取り組む。直営店やECサイトを運営するほか、ダイレクトマーケティングも得意とする。店頭での会員登録も毎日おこなわれているが、申込書データの登録作業が業務上の大きな負担となっていた。同社ではAI-OCR(人工知能と光学文字認識技術を組み合わせたシステム)の導入で課題を解決し、1日あたり約6時間の業務短縮を実現した。空いたリソースでさらなる業務改革を目指すという。同社の執行役員であり、ダイレクトマーケティング本部 本部長の古荘 輝幸さんに話を聞いた。
古荘 輝幸(ふるそう てるゆき)さん プロフィール
1966年生まれ。1989年、熊本工業大学(現在は崇城大学)卒業。同年、HOYA情報システム株式会社(現在は富士フイルムデジタルソリューションズ株式会社)に入社。アメリカ現地法人での勤務なども経験。2006年、熊本県立大学大学院修士課程卒業。2007年、株式会社杉養蜂園へ入社。同社執行役員、ダイレクトマーケティング本部 本部長(現職)。
「養蜂家がつくった はちみつ」“蜂屋”のこだわり
杉養蜂園は、養蜂家が創業した蜂産品専門の企業だ。現在でもミツバチを育て、蜜源となる花の開花前線とともに熊本から北海道へと北上する生産体制を続けている。70年以上変わらない自然との共同作業が、会社の根幹を支えていると古荘さんは教えてくれた。
「はちみつを大量に扱う一般的な企業と違うところは、みずから養蜂もおこなう“蜂屋”だということ。ミツバチを育てるところから自分たちで手掛けるビジネススタイルにプライドを持ち、蜂産商品を生産、販売しています」
国産のはちみつは、蜜源となる花の開花状況や天候など気候変動の影響を受けるため、安定生産が難しいが、品質が高く付加価値もある。
熊本市北区の食品工業団地「フードパル熊本」にある本社では、巣箱から採取したはちみつを加工する様子も見学できる。
はちみつ製品を扱う企業は分業化が進んでおり、スーパーなどに並ぶはちみつは海外から輸入された原料を加工専門業者が製造、仲介業者や小売店を経て消費者へ届くルートが一般的だという。杉養蜂園では海外産の原料由来の製品も、現地で採蜜し熊本で加工する生産スタイルにこだわっている。
普段の食生活に品質の確かなはちみつを取り入れてもらい、生活をより豊かなものにする。「美と健康と明日への活力」をお客さまに届けることが、杉養蜂園のミッションだ。
店頭販売やECサイトだけではなく、ダイレクトマーケティングもおこなう同社は、お客さまとの対話を通した販売スタイルを重視する。
「お客さまに商品をおすすめする際には、どういった背景でつくられたものか、生産過程も含めて真摯に伝えることが大切だと考えています。養蜂家は花や樹木に誰よりもくわしいという自負がありますし、ミツバチという生き物の命を相手にする仕事です。だからこそ『美味しいですよ』といった単なるセールストークではない、本物の言葉が出てくると思うんです」
はちみつのことを誰よりも知る専門家が、店舗やコールセンターでお客さまのニーズに合った商品提案や食べ方を提案できる。生産者しか知らない知見が会社の自慢だと古荘さんは語る。ときにはミツバチの生態についてお客さまと話をすることもあるという。
すべては生産者のこだわりをお客さまに直接伝えるため。その機会を最大限に活かそうと、杉養蜂園では店頭で商品を購入した人にも会員登録を勧めている。
会員価格での購入や会員誌の購読、アフターフォローなどのサービスが受けられることもあり、会員登録者数は増加しているという。
試行錯誤してたどり着いた人工知能搭載OCR
杉養蜂園の直営店は全国72店舗、海外6店舗。会員登録は、紙に直接記入してもらうスタイルを採用している。
申込書は画像データとしてすべての店舗から本社へ送られ、社員によるダブルチェックを経てデータベースに登録される仕組み。氏名や住所など重要な個人情報が含まれるため、正確性を担保する意味でも人の目によるチェック体制は欠かせない。その一方、ダブルチェックをするためには2人のマンパワーが必要となり、社員の業務負担が大きな課題となっていた。
「入力作業も自社でおこなう方針です。登録者数が増えると社員の残業や休日出勤が増え、ほかの業務を圧迫します。入力は単純作業ですから、モチベーションも上がりません。この悪循環を改善し、働く人たちのリソースをもっと有効に使いたい。そこで入力作業の機械化を進めることになりました」
デジタルペンやタブレット入力など、店頭で入力する段階での電子化も検討したが、登録時の手間が来店者の負担になることがわかり断念。紙の登録用紙はそのまま残し、「OCR(光学文字認識)」を導入することで課題をクリアしたという。
OCRとは文書の画像データを読み取り、テキストデータに変換するシステムのこと。杉養蜂園ではOCRに人工知能の技術を組み合わせたAI-OCR「DX Suite」を採用。使用を重ねるほどAI(人工知能)が学習し、読み取り精度も上がるシステムだ。
「AI-OCRをいくつか検討した中で、読み取り精度が最も高かったものを選びました。お客さまはこれまで通り登録用紙に記入するだけで済みます。情報を処理する工程をDX化することで、お客さまに負担をかけることなく会員登録作業を効率化できました。現在は、2人でおこなっていた入力業務のうち、最初の1人分の作業をOCRに置き換えています。これにより業務時間を1日当たりおよそ6時間短縮でき、入力作業のための時間外労働も解消しました」
従業員が活躍できる環境づくり
DXを進めたことで、新たなリソースが生まれた。さらなる業務効率化を目指し、社内改革を進めている最中だという。
「これまでは、社長がそれぞれの部門から上げられた売上レポートに目を通し、改善の指示を出す意思決定スタイルでした。そういった社内体制を変えていこうと、自部門でデータ分析をおこない、打ち手の検討まで完結する文化にしたいと考えています」
データ分析に用いるのはキーエンス社のデータアナリティクスプラットフォーム「KI」。このシステムを活用して、部門ごとにデータから導き出した目標を設定、実行できる組織を目指している。
「機械的に売上レポートを提出して、上からの指示に従う。これでは仕事に面白みを感じなくて当たり前だと思うんです。働く当事者の意見を聞く文化がなければ、宝の持ち腐れになってしまう。社員のモチベーションを上げ、組織のPDCAサイクルがスムーズに回る環境を整えるのが私の仕事だと思っています」
組織体制を変化させ、業務分掌の再定義や教育をどうするかなど「大きな課題が山積みです」。そう言いつつも、部署ごとにまとめたデータ分析の結果を含め、今後のプランを話し合う最初の会議を控えていると、期待する様子もうかがえた。
健康づくりもDXも「小さなことからコツコツと」
『美と健康と明日への活力を届ける』ための環境づくりが進む杉養蜂園。従業員にも健康意識を高めてもらおうと、参加型のウォーキングイベントもおこなっているという。
「全国の従業員全員が毎日歩数を記録しているんですよ。歩数に応じて毎月表彰者が決まり、1位から3位までの人には社内商品をプレゼントしています。
上位入賞者には常連の方もいます。熊本では自家用車がメジャーな通勤手段ですが、電車通勤がメインの地区では2、3駅歩く習慣を毎日続けている人もいるようです」
健康づくりのためのイベントが、遠く離れた同僚との交流にも一役買っているようだ。
杉養蜂園では、「食事」「睡眠」「運動」が暮らしの基本と考え、社内はもちろんお客さまにも提唱している。健康への考え方が一致する熊本市と、2022年10月に健康増進に関する連携協定も結んだ。地元企業として健康意識の向上や健康づくりの取り組みに関わり、市民の健康増進に貢献することが狙いのひとつ。熊本市が提供する健康アプリ内で実施する企画で、商品提供をおこなっていく。
取材の最後に、これからDX推進をはじめる企業へのアドバイスを聞いた。
「DX推進事業はスモールスタートではじめ、PDCAを回しながら大きく育てていくことをおすすめします。初期段階で取りやめ、見直し、再出発をすることもひとつの選択肢です。動いてみないとわからないことも多くありますから」
健康づくりもDX推進も小さなことからコツコツと。できることから取り組み、ときには試行錯誤することも大切だと教えてくれた。
執筆
桑原 由布
1987年生まれ、熊本県出身。フリーライター、編集者。企業、観光、医療などをテーマに地元で暮らす人たちを取材している。趣味は写真撮影、生きがいは愛猫たちと過ごす時間。
※『さくマガ』に掲載の記事内容・情報は執筆時点のものです。
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